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第10話 情報屋と深淵の騎士

新たに直面することとなった問題に先手を打つべく、ステアとファルはストレイキャットへと急ぎ帰還した。
まずは残っていたミカとユグの無事を確認すると、ステアは胸を撫で下ろす。
 「どうしたの、そんなに焦って…収穫はあったの?」
不審そうな表情のミカにステアはうなる。
 「収穫は収穫なんだがなぁ、それはそれとして…ゲフェンから一時的に離れるぞ」
 「なに、どういうことなの?」
要領を得ない返答に、ミカはファルを問いただす。
 「この状況下で、ナルが狙われてる可能性が強まったんだ」
ファルの言葉を聞いたミカの背筋に、冷たい電流が駆け抜ける。
いったい誰がどんな目的でと尋ねようと口を開き掛けたとき、ステアが慌ただしく二階から駆け下りてきた。
 「おおい!あいつら、上にいねぇんだけど?!」
 「ナルとシオン?今はデートしてるはずだよ?」
ユグより知らされた二人の能天気さにおもわず卒倒しそうになったが、その隣で苦悶の表情を浮かべ奥歯をきつく噛みしめているファルが目の端に映る。
 「ファ、ファルさん…大丈夫か…?」
 「い、いいんだ…今は時間が惜しい、ぼく達はフェイヨンへ行こう、伝手があるんだ」
ナル達の帰還を待つあいだ、何が起きても後手になるのは確実。
問題を最小限にすべく、まずは安全な場所を確保するのが先決だろうと、ファルは進言した。
現在、別行動をしているナルについては、共にいるシオンの庇護により危険にさらされる可能性は低いため、合流はあえて機会を伺うべきだろう、と。
ファルの提案は信頼できる内容であり、反対する気もないステアはギルドメンバーのみ聞くことが出来る通信魔法を実行した。

 ─ みんな、聞こえるな?
 ─ すこしばかり厄介なことになった
 ─ しばらく拠点をフェイヨンに移す
 ─ 落ち着いたら再び連絡する
 ─ しばらくゲフェンには近寄らないでくれ

この魔法はギルドマスターのみ発信することが可能な特殊なもので、メンバーからの返信は受け取ることはできない。
しかし、そのとても強い制約のお陰で、遠い場所で別行動をしている影丞や寿にも伝えることが可能であり、それはもちろんナルも例外ではない。

 ─ とくにナル
 ─ お前は一定の場所に留まるな
 ─ できるだけ場所を変え続けてくれ

ゲフェニアで通信魔法を聞いていたナルは、名指しされたことに非常に驚いた。
近付いてはならぬとされた魔法都市の真下にいるうえ、ここよりさらに逃げろという。
 「…そんな…私、どこへ向かえば…」
一人で肩を落とせば、傍らのシオンが心配そうにナルの細い手を握る。
 「ナル、どうしたというのだ?」
シオンはストレイキャットに所属している訳ではないのでステアの声が届くことはなく、彼の目にはナルが突然肩を落としたように映り、その姿を案じずにはいられなかったのだ。
 「ステア様がゲフェンから離れるようにって、私は同じ場所に停滞してはいけなくて…皆はフェイヨンにいくみたい」
 「ほう…そうか…」
断片的な情報ゆえにステアの意図は分からなかったが、通信魔法の内容はおよそ把握することが出来た。
 (それぞれ個々で移動し、特定の場所で停滞をしない…追手でも掛かったか?)
あえて口にはしなかったのはナルを悪戯に不安にさせぬシオンなりの配慮であり、推測のみで適切な状況判断を下せたのは彼の悪魔たる素質でもあった。
 (ならば、ナルもフェイヨンへ行くべきだろうが…)
しかし、今のナルは地理の記憶もあやふや。
つまりワープポータルの魔法そのものを忘却したに等しく、ここより仲間が向かうというフェイヨンへ直接向かうことは不可能である。
また、ゲフェンより離れろとも言うのだから、追手以外にもなにかしら不測の事態が起こっている可能性も否定することは出来なかった。
 「停滞…つまりゲフェニアも候補にあがるという訳だな?」
 「うん、そうだと思う…」
シオンが事態の詳細を把握していれば、閉ざされたゲフェニアこそ安全な場所だと判断できただろう。
しかし、運命的な試練とは、都合悪く起こりうる事象。
二人はステアからの指示に従うべく、勇気を心に灯し手を取り合うとゲフェニアから出る決心をした。
 「しかし、我ら二人でとは…行ける場所など限られてしまうな…」
避難先などそう簡単に思い浮かぶはずもなく、シオンは「ふむ」と呟くと黙り込んでしまった。
 「ねぇ、ここから一番近い街とダンジョンって、どこか分かるかな?」
 「街であればアルデバランだな、ただ今からとなると夜を迎える山脈を越えねばならない」
 「そ、それは…ちょっときびしいかも…」
確かに今のナルの装備で夜の山越えは、あまりに無謀だ。
もちろんシオンには、夜の闇から彼女を守り切る力もあるし、アルデバランまで無事に辿り着く自信もある。
しかし、夜の山越えなどすれば、人間であるナルへの負担は想像をはるかに越えるであろうし、いたずらに体力を消耗させるだけなのは明白。
 「ならば…ダンジョンだが、グラストヘイムはどうだろう?」
 「そこは山を越えなくても済むの?」
 「ああ、ゲフェンより西の橋を渡ったその先だからな」
記憶を失っているナルに、グラストヘイムがどんなダンジョンかなど検討もつかなかったが、シオンの説明から距離的な問題はなさそうに聞こえる。
 「私、今はあまり魔法が使えないみたいだけど…それでも平気かな?」
ダンジョンならば、ナルの魔法が必要になる場面が訪れるに違いない。
そうなった際、自身はおそらく応えることが出来ないであろう申し訳なさゆえの問い掛けなのだと、シオンは気付いてしまった。
自分へ気を使う様子はなんとも微笑ましく、また、その優しさに含まれる不安にシオンは笑みを浮かべる。
 「そなたの魔力を消耗させず守る、それもまた番いとして当然の責務だ、気にすることはないぞ?」
 「まあ!シオンったら!」
シオンの自信溢れる言葉にナルの不安は散り、二人はグラストヘイムを目指すことにした。



フェイヨンへ到着したステア達は、ファルに案内されながら街を進んでいた。
首都プロンテラより東に位置するフェイヨン。
そこはすでに東方の空より、新たな日の気配を伺わせていた。
フェイヨン弓手村その奥、小さな池の畔に佇む青果店をファルは指差す。
 「あそこが馴染みの情報屋なんだ、少しお世話になろう」
ファルは店の奥へと、遠慮なしに上がっていく。
軒先の店主と思しき男性がいるが、ファルに視線を寄越しただけで制止する素振りはない。
ステア達も店の奥へと足を踏み入れてみると中は座敷で、一同は靴を脱いで二階へと向かう。
その先では、マーチャントの少女が忙しそうに算盤を弾いていた。
 「あら、ファル?お久し振りね!」
少女は視線は決して算盤から目を離さず、ファルに声を掛けた。
一方のファルは深く頭を下げ、少女の機嫌を伺うように背筋を伸ばす。
 「イズミ姐さん、ご無沙汰してます」
イズミと呼ばれたマーチャントは、掛けていたミニグラスを外すと机に置く。
 「ふぅん…随分と客人を連れてきたのね、賑やかだわ」
 「しばらく厄介になりたいのだけど、どうにかなりませんか?」
ファルの言葉にイズミはニヤリとした。
 「さてさて、魔王の娘はどなたなの?」
急にしわがれた声になったイズミは再びミニグラスをかけ、ステア達をジロジロと見定め始めた。
 「ちょっと…姐さん、魔王の娘って…まさか…」
狼狽えたファルの様子に、イズミはゆっくりと立ち上がる。
その姿を見たステアは驚いた。
てっきり少女だと思っていたが、それは錯覚だった。
今、目の前にいるマーチャントは老婆なのだと、その腰の曲がり具合でようやく認識できた。
一体どんなことをして少女の見た目を維持しているのか問うてみたがったが、それよりも彼女の発言に一同は肝を冷やしていた。
ナルが記憶を失ってからというもの、ストレイキャットのメンバーでも限られた人員のみで行動をしている。
つまり、今いる誰かが外に情報を流さなければ遠方まで話が伝わるはずもなく、不吉な空気がそれぞれの心を揺らす。
イズミはパイプタバコを手に取り火をつけ、ゆっくりとした動作で煙を吐き出す。
 「とっくにアサシンギルドが動いているよ、寿から何も聞いてないのかい?」
イズミの言葉にファルの身体が強張る。
 「いや、別行動中です…それより姐さんにどんな情報が流れてきてるのですか?」
肺にいれた煙を吐き出し、イズミは口を開いた。
 「退魔師ファルの傍で、行方が消失していた魔王の娘が確認されたってさ」
イズミの言葉にファルは口をきつく結ぶ。
 「レッケンベル社がアサシンギルドに依頼して、血眼になって探してるよ」
退魔師としての知名度、恐らくそれが仇になったことにファルは苦虫を噛みつぶしたような心持ちとなる。
そして繋がっていく、それぞれの点と点。
 「しかも、ゲフェニアの悪魔も連れてるらしいじゃない?」
ファルはため息を吐き出し、小さく「参ったな…」と呟いた。
フェイヨン方面にて屈指の情報屋であるイズミ、その情報がなにより信頼出来ることをファルはよく知っていた。
その情報の速さと正確さは恐ろしくもあるが、なにより恐るべきはイズミ自身が敵でもなく味方でもないところだった。
 「悪魔くんは大聖堂の上部の人間は把握してるから、姐さんに流れても不思議じゃないけど…」
言葉につまったファルを見て、イズミはニヤリと笑った。
 「どうも迷宮の森で仲良くしてる所、他の冒険者に見られちゃってたみたいね?」
そこより流れ出た情報、それが短時間でレッケンベルまで届いた速度にも心底驚かされる。
ファルは顎に手を添え、少し考えてから言葉を選ぶ。
 「先ほどの話と改めて三十万ゼニー積みます、…レッケンベルは魔王の娘をどうしたいのだと?」
イズミは「よく分かってるね」と笑うと、パイプタバコの灰を捨て、新たに火をつける。
 「まぁ…向こうの都合で生体として確保したいんだろうね、詳しくは分からないが」
ふぅと煙を吐き出すとイズミは続ける。
 「それにうまくいけば、同行してるゲフェニアの悪魔も捕獲出来るかもしれないんだろ?」
 「まぁ、そうなりますね…あと二十万ゼニー、いかがです?」
恐れる様子なく高額な金額を提示して情報を買うファルに、ステアとユグは震えて交渉を見守っている。
 「いいね、そういえば…研究所で人間とモンスターの交雑種を作ってるみたいだね」
 「魔王の娘もそれに使われるってことですね、なるほど…」
 「それに知能の高い古代種なんかも、喉から手が出るほど欲しいだろうねぇ」
次々出てくるイズミの言葉に、ミカはショックを隠しきれなかった。
人の手で命を操作し生み出すなど、まさに先の戦争で魔王シフェルがやっていた所業と変わらない。
なんとか平常心を保とうとするが、感情の昂ぶりで萌黄色の髪が赤味を帯び始める。
 「おや、あなたが次のトゥエラーシュ御当主様?可愛らしいねぇ…!」
イズミの言葉に応える余裕はなく、ミカは軽くお辞儀をするとユグの後ろに隠れてしまった。
それがイズミには余計に愛らしく写り、さらに愛らしいと絶賛された。
 「イズミ姐さん有難うございました、報酬はいつもの方法でお送りします」
ファルが会釈をしたと同時に、イズミはステアに向かって金色の鍵を投げた。
うまくキャッチしたステアは「これは?」とイズミに尋ねる。
タバコを燻らし、イズミは笑顔を浮かべた。
 「気まぐれのおまけさね、ファルと行動すると目立つから、あんたらはフェイヨンに残りな」
そして、弓手村の空き家の鍵だから、その家を使えと言ってくれた。
ステアは深く礼をし、イズミに感謝の意を伝える。
 「ぼくは…レッケンベルまで行くしかないかな…」
ファルが呟くとイズミは「そうねぇ…」とまた少女のような声を出す。
 「わざとファルが捕まって、向こうで内部情報を撹乱しちゃうのもありかもね?」
追い詰められつつある野良猫たちの選択肢は少なかった。
ファルはイズミの提案をうけ単身レッケンベルを目指すことに落ち着き、情報屋を後にしたメンバーは一度ゲフェンに戻るというファルを見送りフェイヨンにて待機することとなった。



同じ頃、ようやくグラストヘイムへと辿り着いたナルとシオンは、朽ちた中庭を彷徨い歩いていた。
休息が足りないナルは大きな欠伸をして、しきりに目を擦っている。
 (これは休ませないと持たないな…)
そう思ったシオンは適当な建物へ目星をつけ、足を踏み入れる決断をした。
一時的にでも休める場所ならばダンジョンの中にもあるだろうし、うまくすれば仮眠も可能かもしれないと思ったのだ。
 「ナル、中ですこし休もう」
そしてシオンが選んだのは騎士団であった。
かつては立派な拠点のひとつであったであろう建物は朽ち果てつつあり、今にも幽霊の類いが顔を覗かせそうである。
ひとたび足を踏み入れれば重圧な空気感に包まれ、薄暗い人工的な屋内はゲフェニアでは感じる事のできない恐怖心を煽った。
 「…ちょ、ちょっと怖い…かも…」
ナルが弱音をはいた瞬間、ガシャンと大きな音を立てレイドリックが二人の前に立ちはだかった。
 「きゃ!」
驚きのあまりナルは小さな悲鳴をあげてしまったが、レイドリックがその剣を振り下ろすことはなかった。
すらりと空を切る音が耳に届いたそれは、シオンが両手剣でレイドリックを切り裂いた音であり、ナルはあまりの早業に息を飲むことさえ忘れた。
 「歓迎されている、ナルは下がれ」
シオンの言葉通りすぐさま現れた新手のレイドリックは彼の手により横に薙ぎ払われ、続けて襲い来た数体もシオンに切り伏せられてしまった。
 「シオンって、実はすごく強いんだね…知らなかったよ…」
ナルの声を耳にしたシオンは、己の胸の高鳴りを感じた。
よく考えれば自分の強さを披露する機会など、ナルが記憶を失ってからはなかった。
迷宮の森では久し振りに本気で剣を振るったが相手はあのバフォメットであり、自分の強さをナルに披露するには至らなかったとも思う。
 「そうか…今のナルは我の戦いぶりを知らないのだな…」
少し考えたゲフェニアの悪魔はナルの前に跪くと、彼女の右手を取り赦しを乞うように口づけた。
突然の行為に戸惑いながらも、ナルは向けられた紫電の瞳に心を奪われる。
 「シオン…!」
与えられた名で呼ばれた悪魔は、彼女のためだけに誓う。
 「ならば…我が剣、その総ては君のために…」
そう呟き立ち上がったシオンは、剣を携え騎士団の奥へナルを誘いながら足を進める。
物陰から次々に現れるライドワードを躊躇なく切り裂いて蹴散らす様子は、彼が彼女だけの一振りの剣となったようでもあった。
剣を振るうたびにナルの視線を感じ、次第に抑え切れなくなりつつある高揚感は如何ともし難い昂りで、なぜかそれを悟られるのは恥にように思い、シオンはナルへ努めて優しく伝えた。
 「少しばかり離れてくれ、巻き込まずに済む」
 「うん…シオン、大丈夫?」
己を案ずる声色は褒美のような魅力に溢れ、たまらず振り返ってナルの瞳を見てしまった。
 (ああ…今、そなたの目に写るのは、我だけだ…)
紺碧の瞳に写る自分の姿は陽炎のようにして揺らぐ、月明かりの如き儚さであった。
 「大丈夫だ、なにも問題はない」
そう答えるのが精一杯だった。
独り占めにできている達成感とは、彼が今まで経験した事のないほど満たされるものであり、素晴らしいと感じるものでもあった。
昂るままに圧倒的な力差でモンスターを蹴散らし、ついに二人は二階へと続く階段前まできてしまった。
 「グラストヘイム、大した事はないな…ふふ…!」
ナルの目には殺戮を心から愉しむシオンが写り、その様子に戸惑うばかりで掛ける言葉を見つける事が出来ずにいた。
自分と行動するあいだ、これほどの衝動をどうにか抑えているのを知ってしまったのだ。
 (見た目は私たちと変わらないのに…やっぱりキミは悪魔、なのね…)
躊躇無く剣を振り下ろすその姿は、彼をゲフェニアの悪魔たらしめているかのように思える。
 (私の記憶があったのなら、この光景…どう感じるのだろう…)
やはり心を痛めたのだろうか。
それとも、彼の奥底にある獣の如き欲望を抑えつけようとしたのだろうか。
ナルの心が戸惑いに揺れたその時、馬の鋭い嘶きが辺りに響き渡り、漆黒の馬と夜の闇のような黒い騎士がなにもない空間より姿を現した。
 「ほう…深淵の騎士か、少しは楽しませてくれるか?」
衝動を抑えきれなくなりつつあるシオンは、なんとも嬉しそうに深淵の騎士を挑発する。
 (…シオン…君は…!)
シオンのことを案じていると、何者かに後ろより羽交い締めにされた。
 (何者?!)
力任せに抵抗するが不意をつかれたため、冷静に振り解くことが出来ない。
悲鳴が上げられぬよう、口には布を押し当てられている。
訪れた危機に混乱していると、ナルの耳元でそれは聞こえた。
 「大丈夫です、大人しくして下さいっ」
若い女性の声だった。
 (女の人…!)
すこし冷静になったナルは抵抗をやめると、それに倣うように拘束していた女性もすこし力を緩める。
しかしナルの頭にはステアからの逃げ回れという言葉が浮かんでおり、この女性が原因の人物なのだと結論付けるに時間は必要ではなかった。
自分達は追われている、ナルはそう確信したのだ。
大人しくなったことで油断した女性は、ナルの口元から布を外す。
 (今だ!)
外されたと同時にナルは精一杯叫んだ。
 「シオン!たすけて!」
ナルは声を上げたと同時に、身体が攫われるのを感じた。
咄嗟に閉じた目を開くと、そこは既にシオンの腕の中。
 「…聖職者め!我が君に何をする!」
 「シオン!来てくれたのね…!」
ナルの声が震えているのに気付き、ようやく彼女が感じていた恐怖をシオンも感じ取る事ができた。
自分に縋る指先、不安に揺らめく瞳。
そのあまりの弱々しさに、シオンは胸が締め付けられる。
 「ああ、怖い思いをさせてしまったな、すまない…」
シオンは戦いの欲にまみれた己を恥じつつも、ナルを拘束した女プリーストを睨み付けた。
プリーストはアークワンドを構え、シオンに負けじと睨み返してくる。
肩に当たり跳ね返った柔らかそうな白銀の髪。
ビー玉のように丸い瞳は、まるで銀細工のような輝きを湛えている。
 「聖職者を人質に取るだなんて卑怯ですよ、はやく解放しなさい!ゲフェニアの悪魔め!」
凛とした態度でシオンに命令する。
 「人質だと?なにを馬鹿げたことを…」
 「離しなさい!」
シオンの言葉を遮るプリーストは、引く様子が全く見られなかった。
ステアからの通信にてナルは追われている身であるのは確実。
またこの場で対面しているプリーストも、自分たちを追ってくる相手も、どちらも素性が知れぬ相手。
どうも相手には「ゲフェニアの悪魔がプリーストを人質に取っている」ように見えるらしいが、もしかしたらそれも演技かもしれない。
このプリーストが追っ手である可能性は、やはり捨てきることは出来なかった。
 (やはりナルを離す訳にはいかない…)
ナルを抱き寄せる手に力を込めると、深淵の騎士が長い剣を振り下ろしてきた。
 「きさま、邪魔をするならば…っ!」
怒りのままに振るった太刀筋はぶれ、深淵の騎士に防御を許してしまった。
それでも力の差か、深淵の騎士は漆黒の馬から投げ出される。
 「ヒラリーさん!」
白銀の髪のプリーストは驚いた表情で悲痛な声をあげる。
 「お怪我は!大丈夫ですか!?」
深淵の騎士の傍らへ走り寄り、白銀のプリーストは回復魔法を施し始めた。
優しい光に包まれ、深淵の騎士はみるみる内に力を取り戻し、再び漆黒の長剣を構える。
その光景を見たナルは息を飲む。
 「魔物の名を知る上に、癒しの施しを与えた…?」
かたやシオンはナイトメアを数体呼び出すとナルを囲うように配置し、こちらも引けを取らぬように剣を構える。
 「貴様らは我が君に手を掛けたのだ、もはや容赦はしない…!闇の住人は闇に帰してやろう!」
再び深淵の騎士とゲフェニアの悪魔の戦いが幕を開けた。