魔法都市へ戻ってきてからも、ミカの心のざわつきが治まることはなかった。
決して表面に出さぬよう神経を尖らせてはいるものの、やはり心はナルへの確信で渦巻いている。
(まったく、どこから手をつけようかしら…)
ミカが考えを巡らせているなか、ソファに腰を下ろしたナルは落ち着かない様子。
それを見たステアは隣に腰かけ、ナルへ笑顔を見せる。
「ナル、大丈夫か?」
先ほどまでの迷宮の森でのことだと思い、ナルは頷く。
素直な反応にステアも頷き、困惑しているナルの代わりに気持ちを述べた。
「なんというか、驚いたなぁ…」
キッチンでお茶の用意をしていたユグも頷きながら答える。
「ほんと、まさかの展開だったね」
「我に向けるその優しさ、それは魔王ゆえになのか?」
続けて「スモーキーもびっくりだよ」と呟こうとしたが、シオンの言葉に飲まれてしまった。
ナルは驚いた様子でシオンに視線を移す。
紫電の瞳は変わらずナルだけを映しているが、その表情はとても硬く、寂しそうだとナルは感じた。
「あの…私…」
彼が満足するであろう答えを言葉にすることが出来ない、ナルのその姿は怯えているようにも見える。
「魔王の血がそうするのか?そなたの意志はあるのか?」
まるで駄々をこねる子どものように焦るシオンの様子に、どうにも居た堪れなくなったミカが声をかけた。
「二重の君、今はまだ問うときじゃないわ?」
「しかし…」
シオンは口惜しそうに俯く。
「我は今すぐ、ナルの気持ちを知りたい…」
ナルは項垂れた悪魔の手をそっと握ったがかける言葉が見付からず、ただ寄り添うことしか出来なかった。
その様子を横目で見ながら、ファルが向かいのソファに腰を下ろす。
「とりあえず、状況は振り出しに戻ってしまったね…」
小さなため息を吐き出すと、ユグがタイミングよく紅茶とスコーンをテーブルに並べた。
「まぁまぁ…ちょっとお腹に入れながら、また考えよう?」
「そうだな、今後どう動くかまとめるかぁ」
ステアは出されたスコーンをさっそく頬張り、今までの流れを頭の中で整理する。
あれこれ考えを巡らせていれば、ミカが挙手をした。
「はい、ミカどうぞ」
口を動かしているステアの代わりに、ユグがミカを指し応えた。
一度呼吸を整え、ミカは最重要な目的を伝えることにする。
「ナルの出生に関わった事柄を把握したいわ、トゥエラーシュ家的にね」
敢えて家の名前を出し、興味本位ではないことを強調する。
ミカの真剣な眼差し、凛とした態度。
その姿と態度に真剣さを受け止め、ステアは紅茶を流し込むと「ふむ」と唸る。
「家的に、というと…つまり?」
「ナルが魔王の娘というのであれば、我が家が代々ナルを守っていたことになるの」
ファルも聞き逃せない様子で、空色の瞳を細めるとミカに問う。
「それは…トゥエラーシュ家の、あの宝物庫が関係しているのかな?」
(食いついたわね、ここからだわ…)
ファルの反応を逃すまいとミカは大きく頷く。
「そうよ、何者かが宝物庫へ侵入し、我が家の庇護からナルを略奪をしたの」
あえて刺々しい言葉を選べば、思惑通りファルは眉間をひそめた。
ナルのこととなると冷静さを欠くのはファルの欠点であるが、今回ばかりはそれに感謝するしかない。
「それは何者なのか…今はまったく見当がつかないの…」
「んー、つまり当時の宝物庫に侵入した盗人を特定したいってことか?」
紅茶でスコーンを流し込んだステアが尋ねた。
ミカは頷きながら続ける。
「そこを明瞭にしたいのよね、なんの目的でナルを盗んだのか…」
ティーカップを静かに置いたユグは首を傾げた。
「でもナルは孤児院で育ったって言ってたよね?」
「ええ、その事実と照らし合わせるとナルを目的とした盗みだったのか、あやしくなるわよね…」
放棄するのであれば、わざわざ宝物庫からナルを盗み出す理由が当てはまらない。
他にも価値のあるアイテムはトゥエラーシュ家には山の様にある。
魔王の娘などでは到底横に並ぶこともできない、国を動かせるほどの価値があるものもある。
「そう考えると不自然さがすごいな…」
ステアも頭を悩ます。
やはり謎を紐解くにはピースが少な過ぎる。
「とりあえずミカの意見は分かった、で…ナルはどうしたい?」
ステアの問い掛けにナルは困惑した表情で口を開いた。
「私は…できるなら思い出したい…」
至極全うな答えにステアは微笑み、「そうだな」と呟いた。
その様子にファルも頷き、ティーカップを置くと立ち上がる。
「とりあえず、宝物庫関連はぼくなりに調べてみるよ、あとはナルの生い立ちについてか…」
「お、そっちならうちも手伝うぞ」
確かにステアの行動力と情報網、それが侮れないことはお墨付き。
ファルは「助かるよ」と答え、素直に感謝の笑顔を浮かべた。
自分の事でありながら動くことのできないナルが表情を曇らせているのに気付き、ファルは弟子の頭をやさしく撫でる。
「すこしの間、傍を離れてしまうけど…いい子でお留守番できるかい?」
迷宮の森をすすむ間、ファルは自分が師であり、ナルを守り続ける存在であると、そう告げていた。
「はい…待てます、お師匠様…」
返事のそれはナルのままであるのに、込められた信頼はやはり以前より劣る。
今の頼りなさげなナル、その全てを暴くことになったとしても、ファルの意志は揺らぐことはないと確信して彼女を抱きしめた。
「いい子だね…たとえどんな答えが出たとしても、ぼくが守ってあげるから」
退魔師は弟子の額に祝福の口づけを落とし、彼女の行く末から常しえに闇を祓う約束をした。
その様子を見守っていたミカは、目を閉じ、緊張していた心をゆるく解く。
(やっと動き出したわね、長かったわ…!)
そんなミカの心などお構いなしに、ユグは精一杯の背伸びをした。
「じゃあ、ぼくは皆のお弁当でも作ろうかな!」
ユグがキッチンに向かうの見て、ミカは首を傾げる。
「…なんで皆の分?」
するとユグはウインクをしながら「少し休ませてあげよう?」と、すっかり疲れた様子のシオンとナルを指差した。
彼なりの配慮を察したミカは頷くと、ファルとステアの帰りをストレイキャットで待つと告げた。
シオンに案内されるまま、ナルはゆっくりとゲフェニアの地を踏み締める。
気を利かせたユグが「ついでだから」とシオンとナルの分まで弁当を用意し、情報収集組が戻るまで心が落ち着けばと二人をゲフェニアに送り出してくれたのだ。
(地下なのに、こんなに明るいのね…)
広い空間には光る綿毛がフワフワと舞い、昼間と変わらぬ明るさが満ちている。
ナル自身がゲフェニアを訪れるのは初めてではないが、記憶の欠落は景観への感動を改めてもたらした。
(不思議な場所…空気もなんだか甘い気がする…)
人の手から離れ、永い刻を封じられた地は、ナルの来訪で色めき立っているようだった。
(どこか懐かしくて、なぜか心が湧き立つわ…)
先を歩くシオンの背中をぼんやり見つめていると、どこからかともなく鳥のような羽ばたきが聞こえはじめた。
その羽音の主を探そうと見渡しながら歩き続けていると、いつの間にか立ち止まったシオンの背中にぶつかってしまった。
「いてて…」
鼻頭を押さえるナルの顔を、えらく心配そうな顔でシオンは覗き込む。
「すまない、大丈夫か?」
「うん、ごめんね…前みてなかった…」
すこしだけ涙を浮かべるナルの頬を撫でるシオンの後方、そこに一組の男女が舞い降りた。
背中にコウモリに酷似した翼を生やした異形の姿。
それは、人ならざる者の証。
ナルは途端に警戒しはじめ、シオンに助けを求め身を寄せる。
「お帰りなさいませ、主様!」
女の元気な声にナルは身体をビクリと震わせる。
あまりに怯えるナルへ「大丈夫だ」と囁きその手を握れば、助けを求めるように柔らかい手は握り返してくれた。
「ああ、今もどった…変わりはないか?」
「ええ、なにも!」
シオンと慣れた様子で会話をする夢魔たちの姿に、ナルの緊張も幾分やわらいだようだった。
手を握る力も随分とゆるくなったが、やはり異形の出立ちの夢魔の振る舞いに対する緊張は隠し切れていない。
(怯えているな、まるで生まれたての小鹿のようだ…)
こうして頼られるのも悪くないと、シオンはナルの手を握り返す。
その様子を見ていた夢魔達はナルの指に指輪を見付け、それぞれ歓声を上げた。
「まあ!こちらが奥方様ですのね?!」
「なんと清楚な方でしょう!」
子供のようにはしゃぐ夢魔を尻目に、シオンは苦笑しながらナルに彼等を紹介した。
「改めて紹介しよう、我の魔力から生まれ落ちたサキュバスとインキュバスだ」
「ナルです、初めまして…」
二人の威勢の良さに圧倒されつつも挨拶をすれば、サキュバスはナルの顔を覗き込み、なんとも色っぽい笑みを浮かべた。
「奥方様、サキュバスですわ、どうぞお見知り置きをっ」
彼女の声はよく頭に入り込む、不思議な声色であった。
「インキュバスです、よろしくお願いします」
インキュバスを瞳に捉えようとしたとき、シオンはその手でナルの視界を塞いでしまった。
「え、え…なにシオン?どうしたの?」
突然の事にナルが驚いていると、シオンはバツが悪そうに口を開く。
「その、なんだ…あまり夢魔たちを見てはならない…」
意図が汲み取れずにナルが戸惑っていると、サキュバスはクスクスと笑いながら耳元で囁いた。
「我等は性と夢を司っております…ゆえに、奥方様が心乱されることを心配なさっているのです…」
「くだらないことを言うな!ナルは疲れている、今日はもう散れ!」
楽しそうなサキュバスを一喝し、シオンは頭を痛そうに押さえると盛大なため息をつく。
奥方だと一方的に認識していたナルにも会えたうえ、普段の冷静な姿からは考えられないほどに彼女を気遣う主の様子に満足した夢魔達は、満たされた笑みを浮かべながら空へ舞いあがる。
「うふふ!奥方様、またお会いしましょうね!」
「主様、どうぞご無体なさいませぬよう!」
夢魔達は楽しそうに笑い声を上げ、羽音と共に二人の前から姿を消した。
「まったく…驚かせてしまったな、すまない」
ため息混じりに片手で頭を抱えたシオンを見て、ナルは小さく声を上げた。
「ほんと、びっくりしちゃった…!」
「ああ…あれらは生まれがそうだからな…」
シオンが言うのはつまり、夢魔特有の魅力的な外見を指しているであろう事がナルにも伝わった。
しかし、伝えたかったのはそうではない。
それは、つまり…。
「あのね…ほら、奥方様だなんて、いきなり言うから…」
夢魔たちの言葉、それに対するシオンの反応からすると、自分たちはとてもそうだとは思えない間柄だ。
「なんだそっちか…そうだな、奴らが勝手に言い出したことだ、気に掛ける必要はない」
視線をナルへ落とせば、先ほどの緊張はすっかり解け、しおらしく頬を染める姿。
まるで花のように恥じらうような仕草にシオンは息をする事を忘れ、自分に都合の良い答えに甘い期待を寄せる。
(これは…もしや…)
ナルは瞳を伏せ、己の上気した頬に手を添える。
「そうだよね…迷宮の森でも一生懸命になってくれてたから、もしかしてって…そう思っただけなの…」
交差することのない視線。
(まちがいない、ナル、そなたは…)
今を逃してはならない、シオンの魂がそう告げた。
「もし、ナルが構わないというのであれば…」
シオンの言葉にナルは顔を上げた。
どこか期待に満ちた、しかし気まずそうにも見えるゆらぎのある表情を浮かべ、紺碧の瞳は紫電の瞳の悪魔を映す。
「我はいつでも、そなたと番える覚悟はある」
あれやこれやと考えていた求愛の言葉だったが、ただ真っ直ぐに心からこぼれ落ちてしまった。
「私と…シオンが…?」
「ああ、そうなりたいと思っている」
シオンに自分を止める事など、もはや出来なかった。
「記憶がないのに?」
「構わない、そなたがそなたであればいい」
躊躇いがちに問うナルに迷いなく答え、改めて彼女への誠実な思いを告げてゆく。
「このこと、また忘れちゃうかもしれないのに…?」
そう、今の彼女はナルであってナルではない。
記憶が戻った際、元のナルに今の記憶が残るかすらも分からない。
それを考えると悪魔の心は寂しさへと揺らいだが、相手の心を射止める言葉を紡ぐため、脈打つ心臓に合わせゆっくりと深呼吸をする。
「…我はナルを慕っている、それは記憶がなくとも、シフェルの娘だと知った今とて変わらなかった」
真実を貫く紫電の瞳。
それは決意も真意もすべてを含み、ナルの心に突き刺さる。
「肝心のナルは、どうなのだろうか?」
これはストレイキャットでも口にしていた、シオンにとっての大きな不安の素なのだろうとナルは悟った。
自分が記憶を無くす以前より、己は番いに相応しい相手となりうるか、これはきっとシオンにとって答えのない気持ちだったのだろう。
「そうだね、今の私は…きっとシオンが好きだと思う…」
ナルの言葉にシオンの表情がすこし緩む。
しかしこれではまだ足りぬと、シオンはナルに問い掛ける。
「それは、我が施しを与えたからか?」
その問いにナルは迷いなく頭を横に振った。
紺碧の瞳はシオンを捉え、紫電の瞳もまたナルを捉える。
「あなた、だから」
言葉を選ぶ最中、自分の師だというプリーストを思い浮かべた。
ファルもまたナルに優しく接してくれる。
ストレイキャットのメンバーもそれは大差無く、自分を大切にしてくれているのは伝わってくる。
しかしシオンは特別、縋りたくなるような気持ちが湧き出るのだ。
(きっとこれは…記憶がなくたって変わらないはずよ…)
ナルは深呼吸をすると、想いを言葉にした。
「私は、あなたが好き」
それはまるで呪いのようにシオンの心に深く刺さると、やがて心は歓喜に打ち震えた。
(ああ、なんと甘美な…!)
彼女の特別を賜ること、それは格別な果実のように甘く、蕩けそうなほどの心臓は早鐘を打つ。
幸せそうな笑顔を浮かべたシオンは、ナルの手を優しく取る。
「ありがとうナル…記憶が戻ってから、ぜひまた聞かせてくれ…」
今のナルに約束は出来ないだろうことを知りつつ、己の小指をナルの小指へと絡めた。
いつぞやの「共にいる」という約束をした方法と同じくしたそれは、彼にとっての特別であった。
ナルは笑顔を浮かべ「はい」と答えると、ゲフェニアの悪魔と呪いのような甘い約束を交わしたのだった。
一方、ステアはファルと共に情報を集めるため、首都プロンテラへ来ていた。
行き交う人々に見合う露店は数え切れないほどあり、静かなゲフェンに慣れ親しんでいるステアには目眩を覚える。
そんな人煩わしさのなか、ファルは落ち着いた様子で首都を進む。
ステアはプロンテラ内で情報を集めると思っていたが、どうやらそうではないらしい。
南十字路を抜けた辺りで、ファルが東門へと向かっていることに気付いた。
(ん、このまま進むと…)
ファルが目指す方角を不思議に思いながら後ろを付いていけば、とうとう東門をも抜けてしまった。
海岸線に沿ってマンドラゴラが自生する森へ向かうファルへ、ステアはたまらず声をかけた。
「ちょっとファルさん、一体どこへ行くんだ?」
ステアの質問に対し振り返ったファルは、穏やかな笑顔を浮かべる。
「ナルが育った孤児院だよ」
その答えにステアは「あ」と小さな声をあげた。
向かいの森を抜けた先、そこにナルが育った聖カピトリーナ寺院があるのだ。
まず始まりの地である場所に、なにかしら足取りがないか睨んでいることをステアも理解した。
「なるほど、ね」
理解したであろうステアの様子に、頷いたファルはふたたび歩き始める。
「確証がない宝物庫に行ってもね…まずは思い当たる所から当たっていくしかないと思ってさ」
確かにファルの案には一理ある。
魔王の娘の痕跡さがしなど、まさに雲を掴むような話。
まずは振り出しに戻り、順を追って辿るべきだろう。
「まぁナルが記憶喪失でないとしても、本人が把握してるかどうかも怪しい話だしなぁ…」
ステアのぼやきにファルも頷く。
(それに魔王の娘だなんて生い立ち、ナルは知りたいなんて思うのかな…)
むしろ、自身すら知り得なかった秘密を暴かれることになるなど、己の存在を全否定する可能性すらある。
だからこそファルは「どんな事になろうとも守り続ける」とナルと約束したのだ。
二人は様々な思惑を心に、木々のその先に建造物を捉える。
「あれが寺院だね」
夕暮れが近付き始めた森を抜けた先、寺院はその姿を現した。
モンクの修行場所としても名高い聖カピトリーナ寺院、そこは教会とは違った神々しさを放っていた。
「うち、教会っぽいの想像してたわ…」
夕日に照らされる寺院の入り口には若いモンク僧が二人、門番としてファルとステアを迎え入れてくれた。
「うちは来るの初めてだけど、ファルさんは?」
荘厳な雰囲気に飲み込まれたステアは、なんとか気を紛らわせようと積極的に話しかけてくる。
その様子にファルは笑いながら「ぼくもだよ」と答えた。
「さて、まずは孤児院で話が出来そうな人を見付けないとね」
そう言うが早いか、ファルは近くを歩いていた初老のモンク僧に声をかけた。
「すみません、孤児院はどちらになりますか?」
鍛え上げられた巨体を揺らすモンク僧は、二人を交互に見比べる。
「ふむ、孤児院に何の用事だね?」
二人は互いに見合わせ、それならばとステアから言葉を紡いだ。
「友達がここ育ちなんだけど、ちょっと困ったことになってて…うーん、なんて言ったらいいかなぁ?」
第三者に説明するには制約が多く、自ら話し始めたにも関わらずステアは頭を悩ませてしまった。
あまりの様子に見兼ねたファルが話を取り持つ。
「その子が記憶喪失になりまして、こちらでの思い出が治す手掛かりになればと思い、訪ねてきた次第なのです」
モンク僧は顎に手を添えて「なるほど」と呟いた。
とりあえず嘘をついてはいないし、現状は理解してもらえたようである。
「それで名前は?」
「うちはステア、こっちはファルさん」
自分の問い掛けに丁寧に自己紹介したステアに、モンク僧は豪快に笑いを飛ばした。
「違うよ、その記憶喪失の子だよ!もしかすると私の教え子かもしれないからね!」
「あ、そっか…えへへ!」
モンク僧につられ、ステアも自分の勘違いに笑みが浮かぶ。
ようやく緊張がほぐれただろうステアの様子に、ファルも穏やかに笑いながらモンク僧に告げる。
「その子はナルと申します」
ナルの名前を出した途端、モンク僧はピタリと笑いを止め、先ほどとは打って変わって真摯な面持ちへと表情を浮かべた。
「…本当に?ナルが?」
モンク僧の問いに二人は同時に頷く。
「なんてことだ、私…このルセアンの教え子だよ…」
ルセアンと名乗ったモンク僧は更に続けた。
「ナルは私が育てたんだ、赤ん坊の頃からね」