「なるほど、そうでしたか…」
もはや言い逃れることのできる都合のいい嘘など浮かぶはずもなく、ナルは何故ソウルリンカーでありながら他職の技と術が使えるのか説明する運びとなってしまった。
「ファスキー殿がゲフェンの悪魔の花嫁とは驚きましたが、…それならば納得がいきます」
話を遡った結果、ゲフェニアの悪魔に魅入られた存在であることまで伝えきり、ナルは大きなため息をはきだした。
主であるドッペルゲンガーにも内密でソウルリンカーとなり、ようやくゲフェニアから旅立ちを迎えたのに、あっさり自分は人ではないことまで自らの口から伝える隙を見せてしまった自分のふがいなさに眩暈がした。
しかしその結果、丁寧な説明に合点がいったセツナは納得した表情でうなずいており、その姿に居た堪れなくなったナルは彼の手を握りいまにも泣き出しそうな顔で懇願する。
「他の人には絶対に内緒だよ?!」
「ええ、大丈夫です!命の恩人の秘密なのですから、決して他言は致しませんとも!」
気遣いそのまま優しい笑顔を浮かべてくれたが、主である悪魔と瓜二つの顔で言われたところで落ち着くわけがない。
いまにも「なんという失態だ、だからあれほどゲフェニアにいろと言ったのだ!」と言い出しそうな彼が浮かぶ心に、ナルは再び肩を落とすと大きなため息をつくのが精いっぱいであった。
そんなナルとは対照的に、命の恩人を気遣うセツナは浮かんだ疑問をぶつけてみることにした。
「しかしどうして花嫁であるファスキー殿は逃亡したいと思ったのですか?」
「と、逃亡?!」
確かに急な旅立ちではあったが、悪魔に黙ってゲフェニアを出てきた訳ではない。
彼も了解してくれた為に心軽やかに旅立ったつもりだが、他者からすれば逃亡に見えるという事実に改めておどろいてしまった。
眉をひそめながらセツナはさらに問いかける。
「逃亡でないのでしたら…何故、逃げる力を手に入れたのですか?」
そう問われ、ナルは喉を鳴らす。
力を欲っするのは一人で行動する為であると自らに言い聞かせてきたが、安寧を約束された悪魔の傍から離れてみたかったのかもしれないと立ち止まってみれば、否定できない後ろめたさに心は揺れる。
「私は…」
約束された安全に飽きた自分は、幸せを噛み締めるため敢えて寂しさを探しにきたのだ。
つまりそれは、間違いなく今の彼からの逃亡。
俯いてしまったナルの姿に、すっかり地雷を踏みぬいてしまったと後悔したセツナは口を開く。
「出しゃばり過ぎました、申し訳ない…」
ナルは首を横に振ると頼りなさげな笑顔を浮かべる。
「いいえ、逆に見えたものもありました…ありがとうございます…」
その返答にセツナは申し訳なさそうな笑みを浮かべ、上の階への道を見据えるとため息を吐き出す。
「…さて、私の力量では上の階へすすむのは無理そうですので、昼食も兼ねて街へ戻ろうと思います」
セツナが告げた昼食というキーワードは、ナルの飢えた身体を反応させた。
すっかり忘れていたが、今日は朝からなにも口にしていない。
「そっか、うん…私もご飯だけでも食べてこようかな…」
「おや!ならばご一緒に如何ですか?贅沢は出来ませんが、恩人と自分の昼食の代金程度でしたら持ち合わせていますよ?」
宿代すら惜しい懐と食欲に負け、ナルは照れくさそうに親切な騎士の申し出を受け取ったのだった。
砂漠の都市へもどった二人は、露店に腰を落ち着ける事にした。
ゲフェンにあるようなオープンカフェなんて洒落たものなどない。
モロクの建物はそのすべてが砂塵をよける構造であり、どの建物も堅牢ながら風に負けぬ狭い造りとなっている。
それゆえ店舗内に大勢の客をいれる余裕などないため、軒先に日除け用のテントを張り、店前には乱雑に木製のテーブルと椅子を置いただけの安い店が多いのが特徴だった。
旅立って間もないセツナとナルがまさか贅沢などできる訳もなく、二人はどちらともなくそのような飲食店を選んでいた。
「いやぁワープポータル、すごく便利ですね!」
席に着いたセツナからあがった言葉に、ナルは得意気に微笑む。
スフィンクスダンジョンからの帰還にワープポータルを使ったのだが、セツナは初めて利用する魔法だったようで興奮冷めやらぬ様子。
「私はプリーストだった当時から使っている魔法への有り難みは少ないけど、そう言って貰えると嬉しいな」
「そういえば、支援が得意と仰っておられましたね」
「うん、もうずっとしていないから、腕は相当落ちていると思うけど…」
照れくさそうに頷くナルの前に、ようやく待ちかねたランチが運ばれてくる。
ブリキ製のプレートには鶏の照り焼き、炒めたミックスベジタブル、そしてターメリックで黄色く色付けされた米が盛られていた。
セツナの前にも同様のランチが運ばれてきて、二人はようやく食べ物を口にすることが出来る幸せをかみしめる。
「支援プリーストと組んだ経験のない私からすれば、簡易であろうとも補助を受けながら戦えるなど夢のような話です…」
お世辞にも美味しいとは言えない食事を水で飲み下し、若い騎士からあがった言葉をナルは噛み締めた。
かつての自分の周りには自らを含めプリーストが多かった故に気付かなかったが、単身で冒険をする者の支援者の憧れとは高い要求らしい。
「セツナさんの腕前はなかなかだと思ったけれど…それでも、支援はしてほしいものなの?」
「それはもちろん!私は剣を扱うので接近戦が多いですから、その分ダメージも貰いやすいので…」
「うん、そうだよね…」
そしてナルはちらりと彼の帯刀する魔剣を見た。
たしかに武器が火の力を秘めた魔剣では、どうしても戦う相手を選ばなければならない。
筋張った肉を咀嚼しながら、せめて彼の獲物が属性を纏わない剣であれば、そう考えれば悪魔の花嫁が辿り着くのはお節介だった師の影響とも言える選択であり、それを口に出すのは彼女の自然体ともいえた。
「…支援、してあげようか?」
その言葉にセツナは飲み干しかけていた水を吹き出しかけ、その目を見開き目の前に座るソウルリンカーを見た。
「な、なんですと…?」
「支援だよ、元プリーストとして!」
単身の冒険者がプリーストに支援してもらうには、まず書面で支援を希望する期間を教会へと申請をし、請け負うプリーストの腕に相当する値段を払い、ようやく聖職者の恩恵を受ける事が出来る。
たまに契約していないプリーストが気紛れで支援をする場合もあるが、本来は教会に活動の全てを管轄されていなければならない事であり、プリースト本人が属するギルドでの活動など、特別措置で申請免除を取られている特例事例もあるが、それも契約に基づいてのルールのひとつである。
ちなみにナルの師匠であったファルは退魔師としても支援者としても非常に人気が高く、当時は主にその支援活動によって当時は生計を立てていたもので、腕の良い師に思いを馳せつつナルは言葉を続けた。
「もう教会からは除名されているし、今はソウルリンカーだからね、私も久し振りに支援をしてみたいし…」
「でもプリーストを雇えるようなお金は…」
そう、プリーストを雇うにはそれなりの大金が必要であり、それを案じて険しい顔をするセツナにナルは微笑む。
「そんなのタダでいいから、ただし条件があるよ?」
「じょ、条件、ですか…?」
タダという甘美な言葉に喉をゴクリと鳴らし、セツナは悪魔の花嫁の言葉を待つ。
そんな期待を寄せられた悪魔の花嫁は人差し指を彼の前に突き出すと、その条件とやらを声高らかに告げた。
「普通の剣を一刀買ってきて!安いので構わない!」
「え?獲物でしたらここに…」
彼はファイアーブランドを指すがナルは首を横にふる。
「それじゃダメなの、普通の剣じゃなくっちゃね!」
彼女が何をしたいのかは分からなかったが、セツナは初めて得ることになった支援の力に心を踊らせ、武器屋へと向かったのであった。