モロクから南下し、海岸沿いに西へと進むと大きな灯台が姿をあらわし、さらにそれを横目に森と海の境を歩いてゆく。
ナルとセツナの二人は、高台の上から波打ち際にいるラッコのようなモンスターの群れを見下ろしていた。
「あれは…シーオッター、ですかね?」
「…あれってシーオッターだっけ?それなら毛皮が高かった気がするよ」
なにか被り物をしているような風貌に記憶違いを感じつつ、ナルは長い髪を高く結い上げ黒いリボンで留める。
それはステアが狩りの際していた、特別な髪型だった。
敬愛していたギルドマスターからもらったリボンを使うという行為は、ナルの心に生前の彼女をつよく思い出させる儀式でもあり、長い紺碧の髪は心を揺さぶりながら海風になびく。
「セツナさん、買ってきたツーハンドソードを私に向けてもらってもいい?」
ナルに言われるままにセツナは真新しい両手剣を抜刀し、その切っ先を悪魔の花嫁へとかざす。
剣の属性をまちがいなく確認したナルは、自らにいま必要な魂を選び出す。
「宿れ、セージの魂!」
セージの魂を宿した手をツーハンドソードに添えると、その刀身には黄色い風の加護が巻き起こったのだった。
「まさか!属性付与ですか?!」
セツナは目の前で起こった現象にふるえ、声を張り上げた。
全ての職の力を統べることが出来るとは聞いていたが、まさか属性石もなしに属性付与をしてみせるとは思わなかったのだ。
「魔法は想像力と術に対する代価で成り立つの、私は全部魔力で補ってるだけよ?」
「私にはさっぱり分かりませんが、なんだかスゴいですね…」
感嘆の言葉を口にしたセツナに微笑ましいと思ったナルは、次にこれであると選んだアルケミストの魂を宿す。
セツナにバーサクポーションの力を解放させ、海岸線に戯れるモンスターの群れを指差した。
「さあ行こう、支援は任せて!」
心強い彼女の言葉に頷き、風の力を携えた騎士は、二人で行う初の狩りへと初陣した。
二人に気付いたラッコのようなモンスターはムキュムキュと鳴き声を上げ、その領地を侵す侵入者を排除すべく瞬く間に集まり始める。
丸っこく可愛い外見に似合わず、その手から繰り出す平手打ちはかなり強力で、セツナは攻撃の合間を見定め剣を振るう。
一頭の襟元を掠めるとラッコの着ぐるみのようなコートは脱げ、中からオットセイのような生き物が姿を現した。
「な、なにこの子!なんか着てる?!」
ナルの声に驚いたのかコートが脱げたせいなのかは分からないが、顔を真っ赤に染め海へと逃げ帰る姿は少し愛らしかった。
「このコートが毛皮なんでしょうか?」
「んー、わかんないけど…多分そうじゃないかな?」
属性付与と祝福魔法の恩恵を受け、セツナは次々に彼等のコートに剣を当てゆく。
どうやらコートが脱げれば戦意喪失をするようで、一匹、また一匹と彼の剣捌きにより確実に毛皮を集めてゆく。
しかし問題であったのがその鳴き声であり、交戦中であることを知らせる声に呼ばれ、コートを着た不思議なモンスターの全体数は増える一方。
「…ちょっと多いね、減らすから少しだけ耐えてね?」
彼にキリエエレイソンを施し、その足元には絶対防御のセーフティーウォールを展開する。
決してセツナが頼りない訳ではないのに悪化してゆく戦況に敗北の気配をうっすら感じ、ナルは迷うことなくウィザードの魂を降ろすと詠唱を始めた。
ラッコの繰り出した器用な攻撃により、刀身を抑え込まれたセツナの動きが制限される。
「くっ、ファスキー殿!」
「来たれ雷鳴の王!ロードオブヴァーミリオン!」
まだかと促せば彼女はすでに雷雲を作り出しており、その電撃の力は暴力的に周囲へ降り注ぐ。
彼女の電撃魔法は海に住まうラッコ達に抜群な効果をもたらし、雷電を受けたモンスター達は人目もはばからずコートを脱ぎ捨て、我先にと海へ一目散に帰ってゆく。
そんなナルの魔法の威力に気を取られていたセツナは、彼女の背後から忍び寄る一頭に気付く。
「後ろです、ファスキー殿!」
油断していたナルが振り返れば、ラッコは丈の短いスカートから覗く足をめがけ強打した。
肉に食い込む鋭い痛み。
(爪を隠しているなんて…!)
どうやら彼らの丸い手には鋭い鉤爪が隠されているらしく、叩かれた事により深く食い込んだ爪の痛さにナルは顔をしかめる。
すぐに次の攻撃に移ろうとするモンスターにアークワンドを向け、つよい魔力を込めたユピテルサンダーを食らわせると後方へと吹っ飛ばせば電気の力に焼かれたコートを脱ぎ捨て、ナルを負傷させたモンスターも海へと帰ってしまった。
「大丈夫ですか?!」
セツナが慌ててナルに走り寄れば、彼はとても奇妙な光景を目にした。
回復魔法は唱えていないのに流れ出ていた血は傷口へと伝い戻り、深くえぐれた傷は跡形も無く消えてしまったのだ。
異常な光景に口を噤むセツナに苦笑したナルは、バツが悪そうに苦笑する。
「カアヒだよ、自分にしか使えないけどソウルリンカーの魔法で魔力による自動再生なんだ」
「あ、ああ…なるほど、初めて見たので少々驚きました…」
そしてナルはセツナが少しだけ負ったかすり傷にヒールを施す。
「私に供給される魔力は無尽蔵だから、カアヒを利用すれば首をはねられても平気なんだよ」
「え!そうなんですか?!」
ちょっとからかったつもりだったが、真に受けたセツナがあまりに驚いたのでナルは笑い声をあげる。
「ちょっとしたジョークだよ、ふふ!」
しかし自分でも興味のあることではあり、もし自分の身体が引き裂かれたとて、この力があれば永久に前線から撤退せずにいられるのでは、と。
自らが体験した負傷の記憶を参考にすればするほど、頭が落ちる前に再生力が勝りそうであり、自分に討ち勝つ人間などいないのであろうと、すっかり離れてしまった尊い生を思う心は憂う。
(…私を倒せるなんて、きっと主様くらいだわ…)
彼の攻撃速度と力があれば無限の再生力を上回り、きっと自分を討ち倒せるだろう。
ナルはゲフェニアの悪魔に想いを寄せながら、モンスターの残していったコートをセツナと共に集めることにした。
戦利品を獲得した二人はモロクへと戻り、意気揚々とそれらを買い取ってくれるはずの防具屋へ足を向けた。
こんもりと淡い水色のコートを抱え、セツナは嬉しそうに口を開く。
「ファスキー殿のお力添えのお陰で、当分は資金には困りそうにないですね!」
これだけの量がある毛皮を売り捌けば、慎ましくであればひと月は困ることはなさそうである。
「いくらになるんだろうね、楽しみだよ!」
買い取り受付口、その順番がやっと巡ってきたことに心を震わせると、二人は勇ましく戦利品を鑑定テーブルに置く。
しかし店主は眉間に皺を寄せる。
「なんだなんだ?オットーのコートか、これ?」
「オットー?」
店主が口にしたモンスターの名前をナルがおうむ返しする。
その聞き慣れない名前にセツナも首傾げると店主に問う。
「シーオッターの毛皮の間違いではないですか?」
その言葉に店主の男は苦笑すると、残酷な現実を叩き付ける。
「バカ言うなよ!これは間違いなくオットーのコートさ、大して価値なんかありゃしねぇよ!」
オットーとはコモド海岸に棲息する害獣で、よく漁師の網に掛かった魚を食い荒らすモンスターである。
それをコモドとモロクの両漁師が協力しあい、定期的に数が増えすぎないよう、駆除を行っているという。
そのため彼らの毛皮は安定した流通量があり、冒険者が片手間で討伐した程度の毛皮による懐への還元率は非常に低く、オットーとシーオッターの違いが分からず、こうして毛皮を持ち込む冒険者も少なくないのだそうだ。
「な、なんて事だ…」
すっかり顔を青褪めさせてしまったナルとセツナに店主は告げる。
「本当にシーオッターの毛皮がこんだけあるなら、あんたら大金持ちだったのになぁ!」
そうして渡されたのは、たったの3000ゼニー。
二人は今夜だけでも凌げる金額に感謝し、夕焼けに染まるモロクの街並みへ肩を落として歩き出したのであった。