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第2話 火の魔剣

ダンジョンも三階まで到達する頃、弓のみでの探索には不安がでてきた。
マーターやマルドゥーク相手では、そう苦戦することはなかったものの、単身攻略では多数の敵を相手にすることが難しくなってきたのだ。
 「やっぱり接近戦に切り替えた方がいいのかな…」
戦いには幾分不馴れであるナルは不安そうにナイトの魂をその身体に宿し、今度は細身の両手剣を具現化するとツーハンドクイッケンを唱え、より慎重に歩き始める。
先ほどは曲がり角という好条件も相まって上手く仕留めることができた牛のようなモンスター、それはナルにとってなかなか手強かったことがさらに緊張を増長させていた。
例のモンスター独特の荒い鼻息を感じ身体を向ければ、それは現れた。
 「ミノタウロス…!」
モンスターの名前を口すれば身体は強張り、異形の姿は恐怖を駆り立てナルの瞳に映った。
怯える気配を察したのだろう、ミノタウロスは手にした大きなハンマーを床に叩きつけ威嚇代わりだといわんばかりのハンマーフォールを打ち鳴らしたのだ。
瞬間、視界は大きく揺れ、ナルはよろめくと奥歯をきつく噛む。
 (相手に飲まれてはだめ、しっかり!)
自分を奮い立たせ、目の前に迫り来るハンマーを寸前の所で避けて腕を振れば、光の剣は軽々とミノタウロスの足を凪ぐ。
途端に溢れる獣臭い血の香りに手応えは感じたが、やはり致命傷には程遠い。
そう、まだ仕留めてなどいない。
交差した視線の先、相手も怪我を負った程度では戦意喪失などせず、身をよじりながらも再びナルの行動を制すべく、ハンマーを床へと叩きつけようとミノタウロスは大きく振りかぶった。
その大きな隙を悪魔の花嫁が見逃すわけもなく、無防備になったミノタウロスの胴に狙いを定めたナルは一気に駆け抜ける。
 「これで終わりよ!」
深く刻まれた一閃は確実に急所を捉え、ミノタウロスはようやく床に沈んだのだった。
額の汗を拭い、戦利品である牛の鼻輪をナルが手にした、その時。
進むべき先の通路で、ハンマーを床に叩きつける独特の音が聞こえてきた。
 (音が一つじゃない…誰か苦戦してる…!?)
そう思った時には、すでに身体は駆け出していた。
光の剣を消滅させ、代わりに師から受け継いだ愛用のアークワンドを手にして走る。
プリーストの支援魔法を身に施しながら音のする場所へと到着すれば、男の騎士がたった一人、果敢にもミノタウロスの群れに立ち向かっているではないか。
 (五、六、…もっといる!)
どう見ても明らかな騎士の劣勢。
しかも剣を振るう為のその腕には出血が見受けられ、ナルは迷う時間すら惜しく、咄嗟に騎士の足元にセーフティウォールを展開した。
続けて手馴れた様子で祝福魔法を次々に施し、勝利へ導くため彼の後ろへ駆け寄った。
 「御支援致します、突破を!」
 「ありがたい!」
ナルの声に反応した騎士は迷いを絶った様子でその身を黄金に輝かせ、向かってきたミノタウロスに剣を向けた。
人間の騎士がモンスターの攻撃をすべてかわす余裕などないのは明白ゆえ、ナルは重点的にキリエエレイソンを施し続け、それによりダメージが通ることのない騎士は恐れることなど無いように真紅の両手剣を振るう。
騎士の太刀筋はけして遅いものではないが、主の剣を操る速度に慣れ親しんだナルの目にはなんとも穏やかに映り、それは芸術的な動きにも見えるほど美しい姿であった。
主の振るう剣は濁流のように荒々しく、まるで全てを飲み込むような感覚を与えるがこの騎士は違った。
 (まるで穏やかな清流みたい、なんてきれいなの…)
的確に相手の弱点に剣を当てる太刀筋はとても美しかった。
最後の一頭の喉を真紅の刃が掠めると、その巨体はようやっと倒れ込み息を止める。
剣を鞘に収めた騎士はナルへと身体を向け、息が上がったまま笑みを浮かべた。
 「ありがとう!プリースト殿…って、あれ?」
 (あ!しまった、自分がソウルリンカーなの忘れてたよ…!)
騎士の驚愕の表情に今さらながら、ようやっく自分の立場を再認識してしまった。
ソウルリンカーはプリーストの魔法を使えない、はずなのだ。
不思議そうに瞬きをする騎士の顔を見ていられず、ナルは俯くと思考をフル回転させる。
 「あの、その…なんていうか…うぅ…」
言葉にならないナルの様子に騎士は不思議そうに首をかしげていたが、咳払いを一つすると足を揃え胸に右手を当てると敬礼の形を取る。
 「事情がお有りとお見受け致しました、まずは助けて下さったこと、心より感謝します」
騎士の丁寧な言葉に顔を上げたナルは、まるで心臓が止まったかのように息が詰まるのを感じた。
月光のような淡い金の髪。
片方だけ後ろに整えられた髪型。
そして、顔のパーツの造り。
その全てがゲフェニアの悪魔と瓜二つで、騎士の姿をした彼がいるのかと眷族である自分が勘違いする程、そっくりだったのだ。
違うのは茶色く落ち着いた瞳の色だけで、言葉にならない気持ちをかかえるナルは騎士の言葉に頷いただけだったが、騎士は丁寧に深く頭を下げる余りある礼儀正しさに、ナルも慌てて頭を下げたのだった。
 「私はセツナと申します、恩人の御名を聞いても宜しいですか?」
 「え、えっと…!」
脳裏に無闇に真名を教えてはならないとドッペルゲンガーに言われた事を思い出す。
なんでも契約する際に自分の魂と名前は悪魔の物になったので、その名前を知るのは主たる彼のみの特権にしなくてはならないのだという。
真名を知る者が少ないほど悪魔とナルの間の絆は強くなり、その繋がりが強まる程魔力の供給が強固となるらしい。
事実、ナルの名前を知っている人間達が亡くなってからというもの、魔力の扱いは格段にうまくなった。
 (そう、だから偽名!偽名を言わなくちゃ!)
そして頭の中で辿り着いた名前を口にした。
 「ファスキーです!」
 「とても良い名前をお持ちですね」
微笑むセツナにたまらず頬を染めてしまったことを恥じたナルは、静かに頷くのが精いっぱいだった。
ナルが名乗ったファスキーとは師であるファルが好んで使っていた通称名で、宿屋の記帳などでよくサインしていたのをナルはよく覚えていたため、つい口にしてしまったが思惑とは裏腹に良い名前だと褒められ、なんだか悪い気がしなかった。
 「ファスキー殿はどうしてここに?」
セツナの問いに逡巡するが、答えられる範囲ならば真実を口にした方が心は軽いと判断し口を開く。
 「旅立って間も無いものでして、まずは資金調達をと思いまして…」
 「なるほど、ちなみにご出身はどちらなのですか?」
ナルの頭に浮かんだのはゲフェニアの景色であったが、まさかそのままでは言えずにゲフェンと答えた。
セツナはフェイヨンの出身だそうで、ナイトとして一人前になってから日が浅いのだと言う。
 「私もソウルリンカーになってからそんなに経ってはいないんです、奇遇ですね!」
 「しかしファスキー殿は中々の手練れとお見受けします、私は腕試しでこの有様だ…」
打ち倒したミノタウロスの群れに視線を落とすとセツナはため息をつく。
彼の帯刀する剣を凝視すればマグマのような鼓動を感じる。
 「セツナさん、その剣…もしかして…」
セツナはナルの言葉に苦笑しながらも、抜刀して真紅の刀身をかざしてくれた。
それはフェイヨンに伝わる炎の魔剣、確かにファイヤーブランドでありナルは何度も瞬きをする。
 「火に愛される剣でミノタウロスを倒していたの?」
ミノタウロスは火属性に耐性を持つモンスターであり、火属性を持ち合わせる攻撃では効果的なダメージを与える事が出来ない相手。
つまり彼が何故ミノタウロスに手を焼いていたのか、その理由を把握したナルは苦笑するしかない。
その様子にセツナも苦笑すると、再び魔剣を納刀する。
 「私の全財産を叩いて買ったのですが、どうにも扱いきれなくて…魔剣とは難しいものですね」
確かに駆け出しのナイトでは扱いきれないであろうことはナルにでも分かる。
過去に三大魔剣の一つ、処刑剣のエクスキューショナーを見た事があるが、纏うオーラは禍々しい物で、その姿かたちは見るのも躊躇する程だったのを思い出す。
火に愛された剣と言えども魔剣は魔剣。
やはり扱いには相当の鍛錬と絆を築いていくことが必要なのだろうと思った…、その時。
セツナの背後に仕留め損ねた一頭のミノタウロスが立ち上がり、今まさに巨大なハンマーを振り下ろすためにおおきく振りかぶるのが目に映る。
今このタイミングでナルが危険を叫んでも納刀し油断している彼が攻撃を防げる可能性は低い。
 (ダメ!間に合わない!)
ゲフェニアの悪魔に愛されたソウルリンカーの判断は的確かつ素早かった。
迷うことなく自らにウィザードの魂を憑依させ、ミノタウロスに向かって魔力を氷の刃にして解き放つ。
ナルのアイスボルトは火の狂牛を打ち倒したが、引き換えにその光景を目の当たりにしたセツナを驚かせてしまったのだった。