きみのゆうわくのめ


■-2

 ジダルドのテレポートで転移した先も月明かりで青白い。鎧の城下町にある宿の一室なのだろう。狭い部屋の片隅には、ジダルドが普段使いしているらしい武器や雑貨といった携行品が詰め込まれた段袋が無造作に置かれている。ジダルドの特異性として特殊能力一つを自在に変更する力があるとはいえ、保有魔力には限界がある為に普遍的な武器も欠かせないものだった。
 アユルスは大人しく抱き上げられた侭でいる。瞳はまだ濡れており、見詰めているとその深い赤色へ取り込まれてしまいそうな感覚がした。
 ジダルドは一台しかない寝台へと歩き、アユルスをそっと横たえる。其処へ靴を脱ぎ捨てたジダルドが覆い被さると、アユルスの腕がジダルドの背を抱き締めた。その縋り付くような手付きにジダルドの淋しさが打ち震える。
「明日、仕事休んでもらうかも」
 抑えきれない強欲を込めて告げると、アユルスはジダルドの背を優しく慰めるように撫でた。
「そうしたいな……」
 返事にアユルスの持つ欲望を見て、ジダルドは突き動かされる侭にアユルスへ口付けようとする。だが直前でアユルスが思い出したように声を上げ、ジダルドは一旦動きを止めた。
「どうしたの?」
「る……ルルムは……」
 ジダルドが常に行動を共にしているルルムは当然此処にもいるだろう。だが見たところ姿が無い。
「あー、あそこ」
 ジダルドが振り向いた先を目で追うと、サイドボードの上に布を被せた何かがあった。
「まさか……」
「多分あの中で寝てると思うよ」
 言葉が推測であるのは、ルルムが人前で寝顔を晒した事があまりに少なく、毎日寝ているのかさえ謎に包まれている為だ。起きていた場合を考えてアユルスは一気に頬を赤らめるが、この薄暗さではよく解らないだろう。
「もし起きてたらどうするんだよ」
「その時は俺の事殴ってくれてもいいよー、確認出来たらね」
 布の下を確認するまで可能性が混在しているだけでも困る状況だが、言葉を喋らないルルムから確認のしようが無いのでは更に困り、アユルスはジダルドの胸元を軽く叩いた。
「意地悪……」
「アハハ、ルルムだし許して?」
 以前ジダルドが思考を覗いた際、ルルムの精神は異常なまでに空の状態だったとは聞かされている。何があったとしてもルルムには響くまいが、アユルスの恥じらいを煽るには充分だった。
「でも……やっぱり気になるよ……」
 ジダルドは困り果てたアユルスの頬を撫でる。伝わる熱さが頬の赤さを容易に悟らせた。
「その内気にならなくなると思うよ。そうするからさ」
 軽く挑発してみると、アユルスはやがて小さく息をつく。その吐息に含まれた僅かな甘さがジダルドへ向ける感情を物語っていた。
「じゃあ……、そう、してよ……?」
 見詰めてくる赤い瞳に絡め取られるような心地になり、ジダルドはアユルスへ恐怖に似た期待を感じる。素直という性質の持つ底知れなさは、もしかするとどのような誘惑も霞んでしまう程に濃厚なのかもしれなかった。
 ジダルドは顔を寄せ、アユルスへ深く口付ける。開いた唇へ舌を差し入れると、今回はアユルスも積極的に絡まってきた。
「ん、はぁ、んむっ……、はふ……」
 唾液が口の端から垂れるのにも構わず、夢中になるアユルスへジダルドは今回への期待を更に高めてしまう。多少ながら要領を解ったアユルスに、自身はどう夢中になるのかを思うと高揚感は果てしない。
 高ぶる感覚にジダルドは口を離し、熱に潤んだ瞳を向けてくるアユルスの服の裾を軽く引いた。
「汚れるし、脱ごっか」
「ん……」
 アユルスが緩々と体を起こすのを支える途中、同じように高ぶっているのを見付ける。先程まで独りで抱え込んでいた疼きを思うと、焦らすような事はジダルドの高ぶりにおいても出来そうになかった。
 アユルスは最後に脱いだ自身の服を床へ放ったところで、寝台に座り込むジダルドの表情を窺ってからその下方の晒した体へ目を遣る。
「あの、さ……」
「ん?」
 アユルスは先を言いづらそうに唇を引き絞ったが、やがて途切れ途切れに続けた。
「ちょっと、その……、俺に、任せてみて、くれない、かな……」
「え、嬉しい」
 素直さが伝染したのか、ジダルドの胸中が直接言葉になる。告げられた正直な感想にアユルスは目を逸らさず、身を屈めて其処へ顔を伏せた。まだ熱を覚えて間も無い体を手に取ると、そっと根元へ口付ける。続けて上方に向かって舌を這わせ、先端の合間を舌先で抉るように弄った。
 ジダルドがアユルスの頭を撫でると、アユルスは上目で表情を窺ってくる。その仕草に疼きを促されていると、アユルスが体を咥え込んだ。苦しげに鼻で息をするアユルスの口内で膨張していく自身を認め、ジダルドは少しばかり我儘をぶつける。
「もう少し、喉に当たるまで」
 言われるが侭アユルスが更に深く咥え、多少嘔吐いた。それでも口を離さない健気なさまに甘えすらしたくなる。
「唾、呑み込んでみて」
 苦心しながらアユルスが嚥下すると、吸い付くような蠢動がジダルドの体を襲った。
「ふ……、いいよ、あとはアルの好きなようにしてみて」
 学ばせてから放任する事にジダルドは意地の悪さを自覚するも、再びジダルドを見たアユルスの茫然とした眼差しには到底勝てないものを感じる。
 アユルスが動き始め、その吸い付きも舌遣いも不慣れなものだが、何処を刺激すれば良いかの勝手だけは解っているらしい。そうして苦しげなさまが徐々に夢中へ染まると、むしゃぶりつくように咥え込まれる。
「ん、んぅっん、ふぅう……」
 柔らかな舌が筋を大いに舐め上げたかと思えば、舌先が段になった部分へねじ込まれた。時折嚥下され、熱く吸い付いてくるさまはこの先を欲しがるようで、ジダルドは声の揺れを抑えず尋ねる。
「この侭、出していい?」
 アユルスから返答代わりに先端を吸われ、動きが速まった。かなり無理をしているのだろうが、それを喜ばしく思う以上やめさせる理由も無い。
「……こんなん夢でもまず無いよねえ」
 間違い無くアユルスの技術は拙いが、それを補って余りあるものへジダルドは溺れる。素直さの生んだ強烈な蠱惑はジダルドのこれまでの認識を覆し、夢中にさせた。
 やがて限界を迎える事は口に出さず、アユルスの喉奥へ欲を放つ。
「んぐっ、かはっげほっ、げほっ……」
 突然の苦しみに口を離し、アユルスは激しく咳き込んだ。肩を上下させて呼吸を整えようとする中で、アユルスは身を起こしてジダルドの様子を窺う。熱に浮かされ、白濁を口に垂らした顔にジダルドの抑えが利かなくなるが、まだ踏み留まった。
「ごめん……」
 アユルスの意外も過ぎる言葉にジダルドは目を白黒とさせる。
「えっ、なんで?」
 中止したい程に怖がらせたかと不安にすら駆られるジダルドを尻目にアユルスは紅潮した顔で俯いた。その目線の先には今し方自身が吐き出したばかりの白濁がある。
「全部、飲めなかったから……」
 その答えで先程までのアユルスが為そうとした努力の全てを知り、ジダルドはアユルスを掻き抱いた。勢いで二人して倒れたが、尚もジダルドはアユルスを離さない。
「ジル……?」
 そっとアユルスがジダルドの背に腕を回すと、やがて耳元に囁きが聞こえる。
「今も、俺が覗いた時も、夢中で俺の事だけ考えてくれたんだよね」
 声音に普段の余裕や軽さは何処にも無く、アユルスはジダルドの持つ柔らかな弱さに触れているのだと知った。
 ジダルドが震えた息を深く吐く。もう少しで涙声に変わりそうな歪みだった。
「アルが何に対しても一生懸命だから、誰に対しても優しいから、じゃなくて。そういう事じゃ、ないんだよね」
 アユルスの手がジダルドの背を撫でる。温かく優しいそれは愚かさに似て、実際そうなのかもしれなかった。
 ジダルドは自嘲するように軽く笑う。
「俺は馬鹿だからさ、はっきり言われないと解んないんだよ。だから馬鹿みたいなお願いしか出来ないんだ」
 自由でいるには、相応に鈍感でなければいけなかった。だがその副産物として、何事をも上手く感じ取れなくなっていたのだろう。他者の後ろ暗い裏側を覗くようで、其処に自身の弱さを見ているだけだったのかもしれない。それをアユルスの前で晒す事に、安らぎさえ感じていた。
「聞かせて、アルの気持ち」
 弱音にアユルスは迷い無く答える。
「ジル。大好きだよ」
 穏やかな言葉には決して艶やかさは無い。だがその温もりはジダルドの切望したものであり、代え難い喜びを与えた。
「うん……、うん、ありがとね。俺も大好き」
 喜びを隠せない声にアユルスが横を向くと、ジダルドの困ったような笑みと目が合う。それにアユルスは穏やかに微笑み、どちらともなく口付けた。アユルスの口内には苦さが残っていたが、気にせず求め絡み合う。
 唾液の糸を引きながら口を離すと、アユルスの名残惜しそうな半開きの唇から熱い吐息が漏れた。濡れて揺らぐ赤色の瞳に見詰められると意識を掻き乱されるような心地になり、エスパーやモンスターが使う幻惑の瞳を思わせる。だがそれはアユルスが人間には無い魔力を持っているからではなく、それ以上の力を持つ直向きな感情へ互いに浸っているからなのだろう。
 ジダルドはアユルスの首筋に口付け、舌を這わせて鎖骨まで下りると其処へ吸い付き、一瞬強く吸い上げた。
「んっ……」
 アユルスの体が軽く跳ねる。続けざまに胸元へも吸い付きを繰り返していると、アユルスから声がかかった。
「隠れる、ところで……」
 暫くすれば胸元には幾つも赤い跡が残るだろう。目的は伝わっていたようで、ジダルドは小さく笑った。
「うん、そうしてる」
 跡を残される事そのものには何の苦情も無い事実に欲を刺激され、ジダルドは不意に尖りへ吸い付く。舌先で撫でて適度に吸い上げながら、もう片方を指先で摘まみ転がすように弄った。
「あっ……は、うぅん……」
 身をよじるアユルスの腰が揺らぐ。とうに硬くなった体からは粘液が滲んでおり、耐え難いのか時折微かに動きを見せた。
 ジダルドは身を離すとアユルスの仰ぐ体に手を触れる。途端にアユルスの体が跳ねるが、粘液を手にまとわせるだけに留めた。指を滑らせて窄みへ宛がい、ぬめりに任せてまずは一本埋めていく。
「ふうっ……うぅ、はぁあっ……」
 慣れた頃にもう一本指を差し入れ、内部で広げるように動かすとアユルスから震えた吐息が零れた。
「はぁ、はぁ……あ……、ふあ……」
 指先に触れる柔らかなものが段々と手応えを持つのを感じたところで、ジダルドはゆっくりと指を抜く。物欲しそうにひくつく窄みに、そうさせたのはジダルド自身であると思い知らされ、獰猛な欲を抑えきれなくなった。その証に体は既に硬度を取り戻しており、これからを望んでいる。
 ジダルドはアユルスの足を抱えて引き寄せると、体を窄みへと宛がった。ふとアユルスの表情を窺うと、期待するような切ない目が見ている事に気付く。組み敷かれ弄ばれる行為を抵抗無く求めているアユルスの姿に、その身の抱える激情が更に見えた気がした。
 腰を寄せ、徐々に体を埋めていく。生々しく熱い体温が互いに伝わった。
「はっ……ふ、んはぁ……うぅあ……」
 アユルスの両手が強くシーツを掴む。全てが収まったところで大きく息をつき、不安定になった呼吸で胸を上下させていたが、やがてジダルドを呼んだ。
「ジル……」
 まだ慣れない感覚に翻弄されているだろうが、それ以上に求めてやまないと声音が訴える。その訴えに従ってジダルドが腰を動かすと、アユルスから甲高い声が上がった。
「あ! ふあ、あっあ、んあぁ」
 律動の度に揺れていたアユルスの仰いだ体を掴み、激しく扱いてやる。
「はあっあ、んうぅっ……ふあぁっあぁあっ」
 いつの間にか動きに合わせてアユルスが腰を振っていた。内部では先日知ったばかりの締め付けが煽り続け、ジダルドは思わず満足げな息をつく。
「はぁ……最高」
 明らかな本音にアユルスが歓喜の声の合間に告げた。
「はふ、ジル……っ、う、あぁ、ほん、と……?」
「ほんと。だからさ」
 ジダルドは腕を伸ばし、備え付けられていた枕を掴むとアユルスの腰の下に挟み込む。そうして更に上がった腰を寝台へ押し付けるように突いた。
「んぅああっ!」
「もっともっと、最高にさせて?」
 無遠慮に奥深くを幾度も抉られ、アユルスの体が痙攣し始める。
「あんっあ、ひっう、んはぁあっ」
 大いに揺さ振られる中で不意にアユルスがシーツから両手を離した。手は彷徨う事無く胸元に置かれ、その指先が尖りに触れて動き始める。
「はぁ、あ、ジルぅ……」
「いいよ、そうしたかったんだよね」
「ん、んんっ」
 アユルスは頷き、後は喉を反らして感覚に浸っていた。それを最初から望んでいた事実がジダルドへ多幸感を与え、アユルスへ更に応えたいと願う。
「はあぁ、ジルぅもっと、うぅあっジルぅっ……」
「この侭イくよ、いい?」
「う、んっ、いい、いいよ、もう、だめ、だからっ……!」
 言われて手と腰の動きを速めると、アユルスが一段と歓喜に喘いだ。
「あっあんっ、やっあはぁっああぁぁああっ……!」
 深く突くと共に手の中のアユルスの体が脈打ち、その腹に白濁を撒き散らす。程無くしてジダルドも奥深くへ欲の丈を注ぎ込んだ。
「はっ、あふ……、でて、る……」
 唾液を垂らした唇の呟きは艶めかしく、抑えられない熱い吐息がジダルドを煽り続ける。全てを放ったジダルドは体を離しながら呻くように声を上げた。
「あー……」
 充足感に言葉が出ずにいると、アユルスが揺れた声で尋ねる。
「足りないのか……?」
 そうならば付き合う気でいるらしいアユルスへ甘えたくなるが、ジダルドは欲望を必死に堪えながら答えた。
「ん、んー……、でもこれ以上はほんとに遅くなっちゃうから、ね?」
 堪えきれなかった欲望にアユルスが楽しげに笑う。その表情も今は色気を感じた。
「じゃあ、また今度にするよ」
「今度もあるの? うわ嬉しい」
 次への確約といっても差し支えないだろう言葉に再度ジダルドの心が直接零れ、それをまたアユルスに笑われる。その遣り取りが二人へささやかな幸福を呼んだ。



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