「Stray Sheep」あらすじ
■-24 怨嗟
やめられないしもどれない
36日目。
目が覚めるとベーシックタウンの病院にいた。依頼を達成した直後に倒れたのだという。
綾菟に問い詰められるが、病には罹っていない事を理由に至って異常は無いと告げる。
37日目。
寝転がり、腕の中にあの子を抱いて、脆弱な呼吸をしながら思い出す。
この子にとって、謝る事は癒やしでもあり苦しみでもあった。
体を重ねる時だけが逃げ場だった。逃げ場で吹き溜まりになるしか出来なかった。抱えきれない弱さを、一つも支えてやれていなかっただろう。そうでなければ泣いていなかっただろう。
行為の最中でも譫言のように繰り返していた。実際そうだったかもしれないが、時には気を失うまで謝り続けていた。
この子の瞳に、果たして自分は映り込めただろうか。涙に滲む視界に、歪んでいても映っていたのだろうか。もしかすると映った事は無いのかもしれない。
何度も聞いた苦しみの声も、今となっては聞けない。だが、頭の中で反響し続けている。
響く声に懇願する。もういい、やめてほしい。だが記憶の声に縋っている自分がいる。
38日目。
また夢を見る。熱い、鮮明な夢だった。
この子には一瞬でも、安らいで欲しかった。
「どうして君が謝らなきゃいけないんだ……」
「どうして……あんな、怖い思いをしなきゃ、いけなかったんだ……」
死への恐怖も、弱音も言えなかった。
「怖かったね……よく頑張ったね……」
この子の恐怖は、死して尚も続いている。死は何の解決にもなっていない。
「つらかったね……痛かったね……苦しかったね……」
今更認めてやれても意味は無い。
「僕は、君を、独りぼっちにして……」
「結局、君を一番苦しめたのは、僕なんだ……」
自分からも解放されないこの子は、記憶で泣き続けていた。
39日目。
意識が途切れる度、夢を見る。
「ごめん、なさい……、ごめん、なさ、い……」
「違う、君は、何も悪くないんだよ」
呼びかけても応えてはくれない。
いつかこうなる事が、この子には予測出来ていたのだろうか。
「君の所為じゃない……君は悪くない……、だって君は一生懸命生きてた」
「ご、めん、なさ……」
「生きていても、死んでも、苦しむだなんて、どうして……、君の居場所は、何処にも無いなんて、そんな……」
誰も知らずに、誰もが忘れ、臾僖一人が知っている。存在まで失ったこの子に、もう何も残されていない。
臾僖が残されたからこそ、この子の自責の念は止まらない。
二人で心中すれば良かったのだろうか。それも違った。死を恐れた二人にとって何の意味も成さない。恐怖が襲いかかってくるだけだ。
「もう……もう、お願い……」
「ごめんなさい……」
「お願いだから……もう泣かないで……」
もうこの子には、自分には、苦しみの共有さえ許されていないのだろうか。
40日目。
「君は……」
「生まれて良かったんだよ……」
「だって……君が生まれなかったら、沢山の人が気付かなかった、沢山の人が前に進まなかった、沢山の人が救われなかった……」
言葉にすると、怒りが湧き上がった。
「なのに……なのに、なのに! どうして君には悲しみしかないんだ!」
誰に向かって怒りをぶつければ良いのか解らない。だが、止まらない。
「どうして! どうして君が、君だけが! 苦しまなきゃいけないんだ!」
苦悩と淋しさを抱え、独りで死ななくてはいけなかったのか。
「どうして君だけが! 全部持たなきゃいけない! どうして、どうして、どうして……!」
死の間際にも謝るしか出来なかった。
「どうしてなんだよおっ、どうして、どうして、どうし、て、う、ううう、うわあああああっ、ああああっ」
泣き叫んだ。泣き叫ぶ事すら、この子には許されなかった。
「アースラ、アースラっ、うううぅっアースラっ」
思考の片隅で思う。自分は卑怯だ。泣きたいだけ泣き、求めたいだけ求めている。そして満足していない。ただ貪欲だ。
臾僖を責めないこの子の姿が浮かぶ。そのような人物だった。
「どうして君が死ななきゃいけないんだよおっ、どうして君が全部失くしたんだよおっ、どうして君は幸せになれないんだよおおおっ!」
全てを憎むしかなかった。
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