「Stray Sheep」あらすじ
■-11 恐怖
Stray Sheep
鎧の城から英雄の町へ戻る途中、シシララが予知能力で化け物を見たと訴える。
「あそこは、英雄の町、英雄の像が、盾も鎧も剣も綺麗になってて……、そしたら黒い石が」
「それで、声がして、気が付いたら大きな化け物が……」
「要は英雄の像に武具を戻さなきゃ、その化け物は襲ってこなさそうだって事だな」
リッツレーの推測から一つの作戦を立てる。
英雄の像へ武具を戻すと黒いクリスタルが出現する。入手するなり全員で町の外へ駆け出すと、巨大な亀の姿をした怪物・玄武が追いかけてきた。
玄武との戦いでは硬い甲羅に苦戦していたが、苛立ったウェルハートが怒りに任せ鉄拳を打ち込む。甲羅が砕け、反撃に出ようとした時だった。玄武の尾である毒蛇にアースラが噛まれ、瀕死に陥る。
朦朧とする意識で声を聞く。
「お前だよ」
「今回はお前だよ」
「お前が死ぬんだよ!」
立ち上がったアースラの顔に生気は無い。其処に玄武が突進する。
刀が閃き、甲羅ごと玄武を両断したところでアースラは倒れた。
「これで勝ったと、思うなよ……」
事切れる前に玄武が残した言葉の意味は、まだ解らない。
町に戻る頃には雨が降っていた。
薬や回復魔法によってアースラは一命を取り留める。皆が寝静まった頃、目覚めたアースラは同室の臾僖へ尋ねた。
「玄武は? どうやって倒したんです」
「……君が」
互いに言葉に詰まり、この話を打ち切った。
臾僖は長く抱いていた疑問を投げかける。
「アースラ君。どうして、僕を連れているの?」
「どうして……?」
「僕は戦う者じゃなかった。僕は弱かった。力も知恵も、僕は持っていなかった。ユーリはギルドマスターに頼まれたから、フェレスは自分からだったし強引だった。でも僕は何もしていない、だからどうして?」
アースラは言葉に迷いながら答える。
「何だか、俺と、似たような……あんな気持ちしてると、他の人から、ああいう風に見えていたのかなって……、俺も同じだなって、思って……」
臾僖は納得も不満も示さなかった。
「剣の王……カエサレアに、君は自分と同じだって言ったよね」
「僕も、同じだと思った」
「誰も助けてくれない、自分だけで耐えなきゃいけない。そんな生活だった?」
頷くアースラ。
「僕はどうする事も出来なかった。カエサレアのように強くもなければ、君のように優しくもなれなかった。両親なんて……怖いだけの存在だった」
アースラは以前、殺される両親を夢に見ていた。それを悪夢だとは言わず、求めていた。
「それって……」
だが、臾僖は。
遠い昔に千切れた耳を撫でた。
「この耳も、両親にされたんだ」
雨が何処かで重い音を立てていた。
「誰かを殺すのが楽しいって思えるのは、それの所為なんじゃないかなって思うんだ。虐待をされた子供はそれを自分の子供で繰り返す、って説があるんだ」
「両親への仕返し……ですか?」
「ううん、そうじゃない。あの二人は消えてくれるだけで充分だった。きっと、小さい頃から溜めた嫌な感情が、矛先を何処に向けたらいいのか解らなかったんだと思う。ずっと、これは、死ぬまで治らないだろうなあ……」
「死ぬまで……、俺も……」
何故臾僖へ苦しみをぶつけようとしているのか、アースラ自身ですら解らなかった。
「俺は、戦って、勝って、なんでまた生き残ったんだろうって、どうして死ねないんだろうって、そればかり考えているんです」
「小さい頃からずっと、俺はいないほうがいいんだって、独りになるだけじゃない、存在が無くなればいいのにって、ずっと思ってました」
縮こまる身が心に不相応に大きく思えた。
「ねえ」
臾僖の声音は何故か恐ろしい。
「君の事が好きだよって言ったら、君、どう?」
臾僖の顔は暗闇でよく見えなかった。
「どうなの」
言葉の意味が解らず、それでも答えた。
「好かれる事は……嫌じゃありません……」
「本当?」
臾僖の腕がアースラを組み伏せる。アースラはされるが侭に、のしかかる臾僖を止める事が出来なかった。止める気が無かった。
「じゃあ、好きになったから、好きだと伝えても、いいのかな」
迫った臾僖を拒む事も出来なかったが、歯がぶつかる。行為の訳を問うだけのアースラへ、臾僖は顔を歪めた。
「僕はこれ以外にどう伝えたらいいのか知らない」
「今、今すぐに、ちょっとずつじゃない、一度に全部伝えたい」
臾僖の考えをアースラは罵倒出来なかった。
「……怖いんだよ」
それを知っていたからだ。
アースラはそっと尋ねる。
「嫌われるのが?」
「それもある」
「死んでしまうかもしれないって?」
「それもある」
「……誰かを愛する事が?」
「それも……、それだ……」
アースラは涙声で告げた。
「怖いの、当たり前じゃないですか。自分の所為で誰かがどうにかなっちゃうって、それも結局仕方無いじゃないですか……」
そうしてアースラは決意し、誓う。
「貴方が信じられるように、生きてみせますから、もうそんな事は考えなくていいんです」
傷を舐め合う事になるのだろう。
漸く涙が流れた臾僖が、酷くか弱い声で呟いた。
「ごめん……ごめんね」
これでアースラは死ねなくなった。だがアースラは、ただそっと告げた。
「独りぼっちは、もうやめにしましょう……」
Creatura Triste
臾僖と関係を持つアースラ。
受け入れられた全ては救われる筈も無く、ただ慰め合うだけに終わる。
今まで、それだけのものに届かなかった。
Previous Next
Back