それはそれは大切な


■-3

 夜になり、煌々と月の輝く中を武装して宿を出る。西区の中央に陣取り、明かりも徐々に消え始めた頃、二人は暗闇へ耳をそばだてた。暫くは静けさが漂っているだけだったが、やがて小さな悲鳴を遠くに聞く。
 ジダルドが悲鳴の方角を指差すとアユルスは頷いた。互いに走り出して悲鳴の発生源を追いかけるが徐々に町の外へと移動しており、遂には西区の端にある町の出入り口へと辿り着く。外は何も無い開けた場であり、戦闘となるならば好都合だった。
 そうして町の外へと出ると、アユルスが空を指差して叫ぶ。
「あれ!」
 指し示された先には鼻の長い獣を背に乗せた、様々に合成したような獣が翼も無く夜空を自在に舞っていた。アユルスの予想通りに犀系モンスターの貘とキマイラ系モンスターの鵺であり、かなりの高度を飛んでいる。それにアユルスが魔法書を構えようとするが、ジダルドに手で制された。
「取り敢えず、ね」
 ジダルドは足を止めると素早くビームライフルを構え、スコープを覗きながら一発撃つ。発射された赤い光は瞬く間に獣達へ追い付くが寸前で気付かれたらしく、身をよじった鵺の脚に当たった。衝撃に霧散する光が落下する獣達の姿を一瞬明確に照らし出す。地面へ叩き付けられた貘と鵺だったが、衝撃をものともせずに素早く立ち上がった。鵺は撃たれた脚を庇っているものの、傷は深くないようだ。
 二人は武器を構え、月影を頼りに二体と対峙する。
「ヒィィイイッ」
 頭を振り上げて不気味に鵺が鳴くと、その口から暗色の霧が吐き出された。毒霧は意思を持つようにジダルドへ向かったが、すぐさま発動したサイコミラーによって跳ね返る。だがその瞬間、ジダルドの視界は毒霧で隠されていた。
「右に走って!」
 アユルスの声でジダルドは咄嗟に駆け出すと、今いた場を断続的な青白い光線が薙ぎ払う。アユルスも反対へ駆け、射出される光線を避けた。地面に突き刺さる光線は次々に小さな爆発を起こす。サイコミラーでは反射出来ない、念動波による魔力攻撃だった。鵺の毒霧は目隠しでもあったらしい。
 高位の特殊能力であるサイコブラストを放った貘を見遣り、ジダルドは侮蔑の笑みを浮かべる。
「お手本を見せなきゃね?」
 ジダルドは脳裏で能力を欲し、その会得を感じ取るとすぐさま発動させた。ジダルドの周囲を拳大の青白い光球が取り囲むと、全ての光球から光線が放たれる。貘と同じサイコブラストだが、威力は数段上だ。光線は貘と鵺へ着弾し、次々に爆発を起こす。全てが収まった頃には体を撒き散らされたような二体が残された。
「取り敢えず回収しよっか」
「……うん」
 事件の証拠として二体の首を回収しようとするジダルドに頷きながら、アユルスは悪寒すら覚える。ジダルドと初めて出会った瞬間に放たれたのは、間違い無くこの手加減無しのサイコブラストだった。身に宿る膨大な魔力が無ければ、アユルスも二体のようになっていただろう。
 当時の痛みの記憶を振り払うように、ジダルドの隣でアユルスは小さくかぶりを振った。
「これで尻尾出してくれると――」
 首へ近寄りながらアユルスを振り向いたジダルドは言葉を途中で切ると、突如アユルスを抱き寄せる。そして一瞬の浮遊感の次には左手遠くに爆発が見えた。短距離を空間転移し、爆発を間一髪避けたようだ。
「これって、フレア……!?」
 アユルスがジダルドから身を離しながら、最高位の爆発魔法の名を呟く。当たればアユルスであっても身が保たない。
「アル、あそこ」
 ジダルドの目線の先には、月を背に剣を手にした人影が浮いており、徐々に高度を下げてきていた。その背には大きな鳥の翼がある。
「アスタロート、悪魔系の最高位……」
 アユルスの言葉にアスタロートが嗜虐的な笑みを浮かべた。
「冒険者にしては勤勉だね」
 貴金属を身に着けたアスタロートは明確に言葉を話し、内容からしても知恵ある存在ではあるらしい。ジダルドが軽く告げる。
「事件起こしたの、アンタ?」
「そうだよ、暇だったんでね。可愛いペット達の可愛い悪戯はどうだったかな? どんな奴が一番に来るかなって思ったけど、まさか一人はこんなガキだなんて! ご褒美にお菓子をあげようか? はははっ」
 アユルスを指差し、楽しげに高笑いするアスタロートへジダルドは肩を竦めた。
「よく喋るねえ、さっすがー」
 アスタロートの表情から笑みが失せ、一気に不快感が広がる。その様子にアユルスとジダルドも構えた。その中でアユルスがジダルドへ告げる。
「あいつに属性攻撃は効かないし、物理も通りが悪いよ」
 見ればアユルスは魔法書をホルスターへ納めており、サイコソードのみを持っていた。サイコソードの魔力の刃は純粋な物理耐性では軽減出来ないものだ。
「そっか。ありがとね」
 ジダルドは応えながらライフルを投げ捨て、密かに特殊能力を複数書き換え始めた。ビームライフルは物理攻撃ではないが連射速度はそれ程無く、接近戦になれば劣勢だ。
 アスタロートは表情に不快感を広げた侭、吐き捨てるように呟く。
「小賢しいのは嫌いだなあ!」
 アスタロートが手にした剣を薙ぎ払うと刀身が分かれて伸び、食らい付く蛇のようにアユルスへ襲いかかった。だがその間にジダルドが割り込み、片腕を伸ばすと刃を巻き付かせる。
「ジダルド!」
「大丈夫!」
 驚くアユルスだったが、ジダルドの余裕を含んだ返しに腕を見ると血の一滴も流れていない。身体を頑強にする特殊能力であるボディアーマーの効果だった。その侭ジダルドに刀身を掴まれ、アスタロートは剣を離す暇も無く一気に引かれ体勢を崩す。怪力は筋力を著しく増大させる特殊能力スーパーパワーの効果だろう。
 前のめりになったアスタロートへ、アユルスの突き出したサイコソードの刃が伸びる。だが当たるか否かにアスタロートの姿が掻き消えた。
「後ろ!」
 ジダルドの鋭い声にアユルスは振り返る。その背後へテレポートしたアスタロートの重い蹴りは、突如発生した光の壁に受け止められた。衝撃に光の防護壁は砕け散ったが動きを鈍らせるには充分であり、その隙にアユルスは後ろへと飛び退く。
 ジダルドが能力を書き換えて発動させたサイコバリアへ、特異性を知らないアスタロートが眉根を寄せた。
「何だお前、都合良すぎるぞ……?」
 能力の書き換えを普遍的な突然変異であると思っているアスタロートへ、ジダルドは腕に巻き付いた剣を容易く引き千切りながら、たっぷりと嘲りを込めた笑みを向ける。
「なぁんでだろうねえー?」
「お前、よくも僕を馬鹿にしたな! この糞が! 絶対に潰してやる!」
 再度不快感を露わにするアスタロートの罵声をジダルドは半ば以上無視し、アユルスへ告げた。
「アル、足止めするから合わせて」
「解った」
 すぐさま返ったアユルスの答えに高揚感すら覚えながら、ジダルドは特殊能力を再度複数書き換える。
 アスタロートが翼を羽ばたかせ宙に浮き、ジダルドへ狙いを定めて滑空した。怒りのあまり魔法を使おうとは考えていないらしい。
 ジダルドが再び会得したサイコブラストの光線を一斉に射出する。アスタロートは光線を掻い潜りながらジダルドへと迫ったが、突如地面から伸びた光の柱に呑み込まれた。今し方書き換えて会得したテレキネシスにより、アスタロートは自由を奪われ地へ落ちる。魔力の動きも止めているのでテレポートも封じた形だ。
「アル!」
 既にアスタロートの背後へ走り込んでいたアユルスがサイコソードを振り下ろすが、ほぼ同時に捕縛の念動力を振りほどかれ、アスタロートはまたもテレポートする。しかし間に合わなかったらしく、斬り落とされた片翼がその場に残された。
「ぐううう!」
 苦痛と屈辱への呻きを聞くと同時にジダルドがアユルスを抱え、即座にテレポートする。二人のいた場を爆発が襲い、空振りへアスタロートが更に悔しげに呻いた。
「二回目、だいぶへばってるねえ」
 転移先でジダルドが呟く。魔法書ではなく本人がフレアを発動させる場合、使用に耐え得るのは三回までとされており、無理に使えば身体へ負荷の影響が重く及ぶので、戦闘では制限を守らざるを得ない。
「でも、またテレポートされたら当たらないよ」
 アユルスの告げる通り、テレキネシスを短時間で振りほどかれた事や、テレポートは依然として問題点だ。しかしジダルドの表情に焦りは無い。
「アルに任せるしかないかな」
 ジダルドの言葉の意図をアユルスは測りかねたが、すぐさま脳裏に言葉が聞こえる。
『頭の中煩くなるけど、我慢してね』
 たった今能力を書き換えてテレパシーを会得したようだ。アユルスはジダルドの思念へ思考のみで返答する。
『うん』
 その直後にアユルスの思考は空白になり、次の瞬間にはアスタロートの思考が流れ込んできた。アスタロートの思考を覗き見たジダルドが自らを中継点として、アユルスへと流しているようだ。ジダルドから告げられた注意点通り多少煩いが、思考や動きを阻害しない程度なのはジダルドが調整しているらしい。
『この後あんまり動けないから、お願いね』
『解った』
 アユルスが思念で答えると、ジダルドは再びサイコブラストを発動し、アスタロートへ放つ。飛べなくなったアスタロートは咄嗟にテレポートして二人の背後に移動したが、其処へ読んだ思考の通りに駆け出していたアユルスがサイコソードを薙ぎ払っていた。刃はアスタロートの首を正確に捉え、斬り飛ばす。驚愕の表情を張り付かせた首が宙を舞う中で、倒れる体は三回目となるフレアの発動を試みており、指し示されていた指はジダルドのいる方向へ定まっていた。
『来て!』
 アユルスの思念の叫びにジダルドはテレポートを発動させる。告げられた通り転移座標にアユルス本人を指定して飛ぶと、アユルスを引き寄せて再度離れた場所へテレポートし、狙いの外れたフレアの爆風から逃げた。逃げる直前に吹き荒れる爆風で高熱を感じたが、それぞれの保有魔力が一定の抵抗をしたのか火傷を負う程ではない。
 爆風が収まり、二人は転がるアスタロートの首へと近付く。丁度鵺と貘の死体の側だった。
「結構でかいねえ」
 特に貘を見ながらジダルドが呟く。基本的に首はギルドへ討伐完遂の証として提出しなければならず、鵺と貘の大部分が燃え尽きた中で首が残っていたのは幸いだった。
「……アル?」
 死体を前に固まっているアユルスを呼ぶと、驚いたのか肩を跳ね上げ、次には小さく溜め息をつく。
「どうしてこんな事したんだろう」
 アユルスの疑問にジダルドは軽く答えた。
「自由だからじゃないかなあ」
「自由……なのに……」
 アユルスが拳を作る。言葉は羨望と寂寥に染まっていた。



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