それはそれは大切な
■-2
翌日、微動だにしないルルムを留守番させて宿を出た。
狩りよりも良い報酬はどうかとのジダルドの提案により、アユルスはアドベンチャーズギルドへと足を運ぶ。ギルドには様々な依頼が舞い込み、定住していない冒険者向けのものも多い。そして大抵の冒険者は期待出来ない素行の持ち主だった。破ればギルドへの立ち入りを禁ずる独自の掟もあるが、粗暴でなければこの界隈で生き抜けないだろう。
ギルドへアユルスが足を踏み入れた途端、周囲の視線が蔑む色へと変わった。この場においてアユルスは若すぎる。侮蔑の小声も聞こえ始めたが、アユルスは顔色一つ変えずにいた。周囲の織り成す無駄な行為にジダルドが小さく笑う。
依頼内容が書かれた紙が幾重にも貼られた掲示板の前まで歩を進めると、アユルスはジダルドを振り返った。
「どれにしようか」
「アルが気になったのでいいよ」
依頼を選別する目を養う目的だとは告げず、ジダルドは片手でアユルスの決定を促す。
「じゃあ……これ」
アユルスが指差した紙には、町の片隅で起きている事件の解決を依頼する文章が書かれている。ジダルドも文面を読むと、怪事件と呼ぶに相応しい内容だった。悲鳴が聞こえる霧の夜に悪夢を見るというが、霧の発生は局所的であり、悪夢も複数人が同時に見るらしい。そして僅かずつ弱り、遂に死んだ者も幾人かいるようだ。その結果なのか報酬は高めであり、ジダルドも異論は無かった。
「へえ、調査系かあ」
ジダルドの漏らした言葉にアユルスは小さくかぶりを振る。
「これ、多分討伐系だよ」
アユルスの中では結論が出ているらしい。ジダルドは目を細め小声で告げた。
「詳しい事は、こっそりね」
アユルスは頷き、依頼書を取るとカウンターにいた女丈夫のギルドマスターへと差し出す。だがギルドマスターは受け取ろうとしなかった。
「此処はガキが来る場所じゃないよ」
ギルドマスターは眼差しと声音を鋭くして言い放つが、アユルスは退かない。
「認めないなら課題でも出してください。やりますから」
挑戦的な言葉にギルドマスターが片眉を上げる。
「へえ。それじゃあ――お前さん達、面貸しな」
ギルドマスターは指を差して席にいた三人を指名し、応えて席を立った三人がアユルスを取り囲んだ。人間が二人にエスパーが一人であり、身形からして冒険者のようだ。
「表出な。その三人、降参させてみな」
侮りにやつく三人をアユルスは一瞥すると、ギルドマスターへ向き直る。
「解りました。審判はこの人に任せていいですか」
アユルスが手でジダルドを示し、ギルドマスターは頷きながらジダルドへ告げた。
「妙な子を連れてきたね」
「アハハ、アルはいいコだよ」
その意味するものが僅かでも見えたのか、ギルドマスターは溜め息をついた。
町の外へ出ると冒険者三人が早速武器を構える。人間一人とエスパーは剣、残りは斧だ。
「殺すなよ、俺達が姐さんにどやされちまう」
言葉にアユルスは反応せず、ホルスターから魔法書を取り出し、鞘からサイコソードを抜いた。それらを見て冒険者達が顔をしかめるが、言葉の前にジダルドが冒険者達を制止するように手を振る。
「まあまあ、好きにさせてよ」
そうしてジダルドが両者の中間地点に立ち、合図の手を上げた。
「よーい、始め!」
ジダルドの手が振り下ろされると同時に、剣を持った冒険者二人がアユルスへ駆け出す。だがその足元に突如として業火を撒かれ急停止した。左手に持った魔法書から無言で火炎魔法ファイアを発動させたアユルスは魔法書を再発動させ、跳ね返ってきた炎を新たな炎で相殺する。発動はまたしても無言だ。
熱風が逆巻く中、ジダルドが人間とエスパーへ軽い調子で尋ねる。
「はい、二人は今ので消し炭だったけど、どうしよっか?」
「嘘だろ……」
人間であるアユルスが魔法を発動させた事へ驚くあまり不満すら言えず、その場を退く二人を見遣るジダルドも内心驚く。呪文を破棄したにもかかわらず、発動した炎は確かに制御され、強すぎるものだ。
残った人間一人は持っていた斧を無意識に握り直す。ルーンアクスと呼ばれる、魔法を反射する斧であり、先程のファイアも素早く掬い上げて反射したらしい。
アユルスは魔法書を閉じると、右手のサイコソードを構えた。鍔から先が殆ど存在しない剣から途端に青白い光が伸び、長い魔力の刃を形成する。
冒険者が斧を体の横に構え、アユルス目がけて突進した。アユルスは其処から一歩も動かずにサイコソードを振り上げ、しなやかに鋭く振り下ろす。途端にサイコソードの刃の部分が柔軟性を持って伸び、鞭のようにしなるとルーンアクスの刃を留めている部分を打ち据え、砕いた。通常の使い方ではあり得ない刃の動きだ。
「うおっ!?」
驚いた冒険者の首元へ、意思を持つように曲がりくねったサイコソードの刃が添えられる。其処でジダルドが片手を高々と上げ、宣言した。
「勝負ありっ。文句無しにアルの完勝だねえ」
冒険者三人の恨みがましい目線へ、アユルスは武器を持った侭で告げる。
「有り難うございました」
アユルスは頭を軽く下げるが、あくまでも警戒を解かなかった。
ギルドマスターは冒険者の壊れたルーンアクスを見て呆れた後、アユルスの依頼受注に許可を出した。アドベンチャーズギルドは登録制ではなく許可制でもないが、簡単に死なれてはギルドに対する依頼者の心証を害するので、無謀な挑戦を止めるのもギルドマスターの役割である。それをアユルスも理解しており、ギルドマスターからの一連への文句は無かった。
先程の依頼書を正式に受注し、ジダルドはアユルスと共に事件現場である町の西区へと向かう。依頼は完全にギルド管轄である為に依頼主の元へ赴く必要は無く、証拠をギルドへ示せば済む仕組みだ。
道すがらジダルドはアユルスの推理を聞く。
「あの依頼、討伐系って言ってたけど?」
「相手は三人以上、その内二人は鵺と貘だと思う」
「モンスターも色々いるけど、あれで特定出来たっけ?」
アユルスは頷くと言葉を続けた。
「夢に干渉出来るなんて貘くらいだし、よく悲鳴が聞こえるってあっただろ、あれは鵺の鳴き声なんじゃないかって。野生の鵺は悲鳴みたいに鳴くんだ。霧も鵺の毒霧じゃないかな」
「よく知ってるねえ」
ジダルドは楽しげにアユルスの推理を聞く。モンスターの種類はかなり多く、並の冒険者では此処までの知識は無い。ジダルドにとっても最終的に殺す相手の情報など些末なものだったが、こうして知識により怪事件を一気につまびらかにされると、情報を得る事にも興味が湧いた。
ジダルドは続けてアユルスへと尋ねる。
「で、三人以上っていうのは?」
「野生のモンスターがこんなに繊細に連携取って、ゆっくり攻めてるなんて考えにくいから、裏に誰かいる。誰かまでは解らないけど……」
「其処まで解れば充分。どっちみち厄介だねえ」
ジダルドは肩を竦めながら、冒険者にあまり無いアユルスの性質へ驚異をも覚えた。
西区の宿を取り、夜まで各々が持ち込んだ武器を再確認する。アユルスはホルスターの魔法書を貘の弱点である氷結魔法ブリザドに変更し、ジダルドは携行武器を光線を発射するライフルに決めた。鵺が翼を持たずして飛行能力を有する為だ。
「ジダルド」
武具の確認が済んだところでふとアユルスが呼ぶ。
「うん?」
「特殊能力の書き換えって、何でも出来るのか?」
「エスパーの能力全部と、モンスターの能力も幾つか出来るよ。流石に神サマとかは解んないけどね」
ジダルドは笑いながら告げたが強ち冗談でもない。塔を創造せし神は実際にいたが、塔を制覇した冒険者によって斃されたとの記述を冒険者自身が残しており、今にまで知られている。神はどの種族も扱えない力を持っていたらしく、今も研究対象になっていた。
「そうなんだ。じゃあ、サイコミラーも会得出来る?」
サイコミラーとは、魔力攻撃を跳ね返す特殊能力の事であり、ルーンアクスと同じ効果を持つ。ただし使用して初めて効果を発揮し、使用者の正面にのみ反射壁を張る為に広範囲の攻撃には対応出来ない弱点もあった。
「出来るよ。鵺の毒霧対策?」
鵺の毒霧も魔力によって生成されるものであり、サイコミラーの反射対象である。
「うん。あとは他にも役に立つかもしれないから」
「正体不明のヤツが何してくるかってとこだねえ。了解」
アユルスの提案へジダルドは納得を示しつつ、懸念点を尋ねた。
「でもさ、アルは毒霧とかどうするの?」
「俺はブリザドで吹き返せる」
吹き返すにも相応の強い魔力が必要だろうが、アユルスの保有する魔力はそれを容易くやってのけるらしい。本来ならばあまり現実的ではない魔法書の使い方だ。
「……すご」
ジダルドから素直な驚きが漏れる。アユルスへは無闇に常識を当て嵌めないほうが良さそうだった。
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