影法師の涙痕


■-2

 アユルスを連れて歩を進めると、やがて人通りの無い町の出入り口近くへ差しかかる。目的地がいよいよ予想出来ず、アユルスの抱く疑問が不安へと変わった頃、ジダルドは足を止めた。
「着いたよ」
 ジダルドの視線を追い、場所を把握したアユルスが首を傾げる。
「復活の館……?」
 眼前にあるのは、死体に残る生命力を触媒に蘇生を行う施設だった。主に冒険者向けの施設であり、町の出入り口に程近いのもその為である。そして冒険へ赴かない一般市民向けには別の使い道があった。
 館との呼称だが石造りの外観は豪奢でもなく、沈みかける夕日の色を宿した小振りな建物は何処か寂しげな印象を与える。アユルスは不安げに館を見詰めていたが、ふとジダルドに呼ばれて振り向いた。
「アル。あれから、生命力鑑定した?」
 あらゆる生物は、基本的に生命力を三つ貯蓄している。貯蓄生命力は死亡してから五時間程で全て消滅してしまうが、それは生命力が僅かでも残っていれば蘇生が可能だという事実でもあった。復活の館は貯蓄生命力を鑑定する施設でもある。
 そしてジダルドが指すのは、アユルスが一度死亡し、ルルムによって蘇生した時だ。
 アユルスは小さく頷いた。
「うん……」
 恐らく事態を知ったアユルスの父ルイセが鑑定させたのだろう。ジダルドはアユルスの暗い返事に、おおよそを予想しながら続けて尋ねた。
「何個だった?」
 アユルスは俯いてジダルドから目線を逸らし、だが嘘をつけず、やがて答える。
「……二個だった」
 ルルムの正体である最上位鳥系モンスターのフェニックスは、自己再生の能力には優れているが、他者への回復能力は全く持たないとされる。復活能力を無理矢理に他者へと使うにあたり、貯蓄生命力を触媒にせねばならなかったのだろう。
「そっか」
 アユルスの返答を確かめるなり、ジダルドはアユルスの手を引くと館へと歩を進めようとした。
「ジダルド!」
 予感にアユルスがジダルドの手を強く引き、歩みを止めさせる。
「駄目だ、そんな……」
 アユルスの予想通りの反応へ、ジダルドは振り向くと苦笑した。
 生物の生命力は恒久的な結晶化が可能であり、その出入も自由に行えるものだ。復活の館は生命結晶を取り扱う店でもある。そして生命結晶の価格は莫大であり、冒険に出ない一般市民が復活の館へ売却する事も珍しくない。
 ジダルドはアユルスへ向き直り、朗らかに告げる。
「ねえさんの事がやっと落ち着いたし、こうしたいってずっと思ってたんだよ。あ、ルイセおとうさまには内緒にね?」
「でも」
 歪みかけた声のアユルスへ、ジダルドはそっと手を伸ばした。そうして頭を撫でてやると、いつかのように促されて赤い瞳に涙が滲む。
「アル。俺はさ、アルの命はこんなんじゃ足りないくらい、大切だって思ってるんだよ。これだって一か八かのものにしかならないけど、それでも縋りたいくらいにね」
 アユルスの暗い表情は頷かない。ジダルドは己の無力を改めて感じ、言葉を願いで飾るのをやめた。
「……俺があとちょっと強かったら、もしかしたら、こんな事しないで済んだかもしれないって、ずっと思ってたからさ」
 ジダルドの秘していた自責へ、アユルスが小さくかぶりを振る。
「そんな、どうして……」
 アユルスの不安へ、ジダルドは無理矢理笑みを作った。封じていた悔しさを晒す行為は苦痛を呼んだが、その無様さに恥を感じないのは相手がアユルスであるからなのだろう。
「前に言ったの覚えてるかな、俺はモンスターの能力も幾つか会得出来るって」
「うん……まさか」
 気付いたアユルスが驚きを示し、ジダルドは一つ頷いた。
「そう。あの時、レイズに書き換えたんだよ」
 蘇生魔法であるレイズは、生命力を触媒には用いない。対象へ一切の負荷をかけずに蘇生させる、最高位の治癒魔法といっても良いだろう。ただし一般には最高位の一部モンスターが使用出来るものであり、エスパーは会得不可能なものだ。ジダルドの特異性である特殊能力の書き換えはレイズにまで及ぶらしい。
 ジダルドの目には、あの瞬間のアユルスが映る。
「けどね、解っちゃったんだ。俺の魔力は、あと一歩、それだけ足りなくて、出来ないんだって」
 疲労感が滲んでしまい、ジダルドはアユルスから手を離すと、自身の顔を隠すように片手を顔へ当てて俯いた。
 保有魔力が僅かに足らず発動出来なかったあの瞬間から、再び打ちのめされる。
「俺がアルを生き返らせたかったのにさ。ほんと……悔しくてさあ」
 繕った筈の明るさは全く形になっていなかった。
 あの時、絶望が血と共に暗く沈み、無念だけが残され、ただ其処にいただけだ。
「きっと、ルルムはそういう俺を解ってたんだろうね。奇跡なんて起こらないから、どうやったって俺には出来なかったから、無理矢理動いてくれたんだろうね」
 何一つ語らぬルルムの真意は誰にも解らない。だが本来なら、アユルスを蘇生させる義理など露些かも無い筈だった。真意は推し量るしか出来ないが、其処には情があったのかもしれない。そしてその不明瞭なものにアユルスのみならず、ナユルやジダルドも確かに救われたのだ。
 手を離し改めて眼前を見ると、アユルスの赤い目が瞬き、大粒の涙を零すさまが見える。
「だからね、アル。これはただの俺の我儘だよ。あの時の俺への、ほんの小っちゃな救いなんだ。もし良かったら、聞いてくれないかな」
 アユルスは俯き、涙に押し潰されそうになりながら言葉を絞り出した。
「……怖いんだ」
 固く握られた両手が震えている。
「ジダルドの気持ちは、凄く嬉しいし、他のみんなの気持ちも、凄く嬉しいよ。でも、俺に死んでほしい人は、沢山、沢山いる。だからいつか、俺だけじゃない、みんなが危なくなる事だってあるかもしれなくて、俺と同じ目に、遭うかも、しれなくて、そんな、のは、いやだ……」
 優しさ故の恐怖はアユルスの生きようとする決意を掻き乱し、大いに惑わせた。だがその惑いはアユルス自身ですら到底受け入れられず、容易く実行出来るものでもなかっただろう。
 ジダルドは過去、他者の死を恐れるアユルスへ告げた言葉を思い出した。皆で生きる為に自らも死なないように努める、その思いはアユルスへ矛先を向ける多くの人々の前では脆弱すぎる。そしてどれ程願ったとしても、真似ようの無い特異性を持ったとしても、その身は決して死の訪れを避けられない普遍的なものだ。現に突然の襲撃でアユルスは命を落としている。
「ごめん……、上手く言えない、けど……」
「ううん。ありがとね」
 弱々しくなった夕日の赤がアユルスを照らし、あの瞬間の赤へ沈ませるように見えた。振り払えもしない光景を見詰め、ジダルドは穏やかに告げる。
「アルは目に見えないものを信じてくれてるから、未来が怖くて、ヒトの気持ちが嬉しいって思えるんだよ」
 思いを丁寧になぞるジダルドの言葉へ、アユルスは頷いた。
「それって凄い事だし、俺も凄く嬉しいよ。だから……ほんと、我儘ばっか言っちゃうな」
 そうして困り果てた笑みと共にジダルドは希う。そうするしか出来ない。
「怖がって、うんと怖がって……それでも生きててほしいな」
 アユルスは腕で乱暴に涙を拭いながら、幾度も頷いた。
「ありがとう……ありがとう、ジダルド」



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