No.9

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健やかなる時も病める時も(永遠の恋人へ十の言葉 )
 頭痛い。
 クリリンはちょっと泣きそうになりながら目の前で繰り広げられる光景から目を逸らした。
  逸らした先では天津飯が似たような顔で肩を落とし、その手は餃子の両目を覆っている。
 いくら童顔とはいえ、彼は立派な成人のはずなのだが。
 そんなどうでもいいことを考えて注意を逸らさないとやってられないというものだ。
 
 
 トランクスがここ界王星にやって来たのがつい先日。
 どうしても心配で、界王様に強請ってはたま~に下界を覗き見たりなんかして。
 そうして人造人間をトランクスが破壊し、あの世から万歳三唱をして数年後のこと。
 あんなに嬉しそうな姿を見せた悟飯は久しぶりだったのに。
  少しずつ、豊富とは言えない物資からこつこつと溜めたエネルギーで、お世話になった人たちにお礼を言いに行く、と。楽しそうにしていたトランクス。
  油断はしていた。平和な日々で身体がなまっていたのも確か。
 だけどあんまりだ、と。復興も進んできて、やっと、幸せ一杯に生きて、生きられると、思っていたのに。
 クリリンは忘れない。あの時の悟飯を。
  一瞬だったけど、金色の光に身を包んで一言。
  『殺してやる……』
  憎しみに満ちた目に、正直心臓が凍った。
 そんな義理は勿論ないし、悟飯を見るまでは似たような思いを抱いていたというのに、つい緑色の化け物に「ご愁傷様」と呟きそうになってしまった。それほどまでに恐ろしい空気を纏っていた。
  悟飯があんな暗い声を出せるなんて知らなかった。知りたくもなかったけれど。
 いつだって穏やかで、滅多なことでは怒りを顕わにしない少年。ずっとそう思っていたから。
  思いの深さを見せ付けられて、見慣れた年下の青年にどうしようもなく怯えてしまった。
 だから、わざわざ悟飯が悟空を引き連れてあの世の入り口までトランクスを迎えに行ったときはハラハラしたものだけれど、悟空の瞬間移動で現れた二人+一人(悟空)の姿には別の意味でどうしようかと思った。
 
  何でお姫様抱っこ……。
 
 きっと、天津飯やヤムチャやピッコロも同じ気持ちだったに違いない。皆であんぐりと顎を落としていたのだから。
  満面の笑みでトランクスを抱きかかえる悟飯と、真っ赤になって下ろしてくれろとわめくトランクスの姿がいやに対照的だったとクリリンは記憶する。
 
 その二人は今もやらかしてくれている。
 トランクスの首筋に鼻を埋め、悟飯がくすくす笑う。
  掛かる息がくすぐったいのか、トランクスは身を捩って逃げようとするが悟飯の腕がそれを許さない。
  嫌なら振り払えばいい。純粋に力比べをしたならばトランクスのほうが数段上なのだから、それは可能なのだ。しかしそれをしないところを見ると、つまりはそういうことなのだろう。
 それどころか幸せそうに微笑む姿はもうご馳走様、ってなもんだ。
  「くすぐったいですよ」
  「うーん、もうちょっとだけ」
 もうちょっとってお前の定義では何時間だ。
 そう言いたい。言いたいけど言えない。言ったら気功弾が飛んでくるから。
 
 ずっとこの調子なのだ。
  憚るほどの人目はないとはいえ、実の父親の前でそれはどうよ、などとは無駄な意見である。当の父親が全く気にしていないのだ。それどころか息子を見習おうとさえしているのだから救われない。
 クリリンにとってはいい迷惑である。
 ここはピッコロのように瞑想でもしているべきか。それともヤムチャのように天国の女の子をナンパしに行くべきか。でもそうすると悟空が拗ねるし。
  困ったなぁ、とクリリンは天を仰いだ。
  草とゴリラと虫しかいないこの星で、今最も輝いているのは間違いなくあの二人だ。
  「何だ、クリリン腹でもいてぇんか?」
  「……お前どっから顔出してんだよ」
 ひょい、と悟空が顔を出したのはクリリンの腋の間。そのままクリリンを座らせると、ごろーんと転がって太ももに頭を乗せた。
  汗臭いのは今までグレゴリーと追いかけっこをしていたらしい。当のグレゴリーは向こうでへばっているというのに、悟空ときたら平然と息も乱していないのだから、グレゴリーが哀れである。
  「男に膝枕してもらって嬉しいかぁ?」
  「悟飯もトランクスによくしてもらってるぞ」
  「いや、あいつらは別だろ……」
  師弟愛なんて言葉、とうの昔に飛び越えて、神様の前で神聖なる儀式ってやつをやらかしてもおかしくない。何せここには神様の片割れと神様よりも偉い界王様がいるのだから。
 もっとも、してもしなくてもどうでもいいのだろうけれど。
 そんなことを悟空にぼやいてみるが、暢気は死んでも直らないらしい。さっくり「いいじゃねぇか」と切り捨ててくれた。
  「必死でトランクス慰めてんだろ。そっとしといてやってくれよ」
  父親の顔でそう微笑まれ、口達者を自覚するクリリンは珍しく言葉が見つからなかった。近くにいた天津飯にも聞こえたのか、はっと悟空の顔を見つめている。
 たまに、こいつは誰よりも賢いんじゃないだろうか、と思うことがある。
 そういえばトランクスがここに来て、悟飯が側を離れた姿を見かけたことが無い。何かしら理由を作ってはトランクスにべたべたべたべた引っ付いている。
 それは単に今まで側にいられなかった分を取り戻そうとでもしているのかと思っていたけれど。
 
  悔しく、無いはずは無いのだと。
 
 それはクリリンにだって、天津飯にだって覚えのある思い。
 もっと強ければ、と。己の無力が悔しくて、残してしまう友人や仲間に申し訳なく。
 そうだ、その時は悟空が。
  思い出し、クリリンはいつもの笑顔で自分を見つめてくる悟空の額をぺちりと叩いた。
 テケトーに生きてるようで、ずばっと物事の本質のみを見抜くことに長けたこの男が、気付いてないわけがないじゃないか。
 つまり悟飯は死んだことを後悔させないように、死んだとしても今ここに自分がいるのだから悲嘆に暮れたりしないように、と腐心しているわけだ。数年前の父親のように。
 そうして結局は、悟飯がいるならそれでいいか、と。
  思わせてしまうのだろう。数年前の父親のように。
 そっと視線をずらせばトランクスが笑っている。悟飯のちょっとした仕草で容易く引き出せるその笑顔が、自分たちにはどれだけ敷居の高いものか、見慣れすぎて忘れていた。
  自分たちが知っていても、トランクスが過去の自分たちに会ってきたとしても、この場にいる自分たちとトランクスは初対面も同然なのだから。
 そんな自分たちがどれだけ言葉を尽くしたとしても、悟飯が小さく呼ぶ「トランクス」というその一言にすら敵わないのだ。
 そこまで慮ってやれなかった自分の不明が口惜しくて、八つ当たり気味に。けれどやっぱり悟空はただ笑っているだけで。いちち、と言ってはいるけどそれさえ考えてやってるんじゃないかと思わせる。
 そんなわけはないと知っているけれど。
  「子供がさ、笑ってるといいよなー」
 その『子供』には確実にトランクスも含まれている。そして勿論疾うに成人している自分の一人息子も。……餃子はどうだろうか。もしかしたら入っているかもしれない。何せ悟空のことだから。
 しかし反論する人間などここにはいやしない。
 クリリンは「そうだな」と呟いて寝転がった。拍子で悟空の頭が脚から転げ落ちてうめき声が聞こえてくるが無視してやる。
  天津飯は餃子を連れて天国へ遊びに行くらしい。悟空の『子供』発言に触発されたようだが、本当にいくつだと思っているのやらである。もしかしたら本当に永遠の子供なのかもしれない。
  何はともあれ、仲良きことは美しき哉、だ。
  「何か、修行時代思い出すな」
  「ああ、修行終わった後はいっつもこうして寝転がってたな」
  「て言うか、立ってられなかったんだよな。そういやさ……」
  記憶を辿れば次から次に話題が溢れる。
  優しい時間。そう思えるようになったのは紛れも無くこの男のお陰。
 だから。
 
  今はまだ、必死で構い倒している悟飯にぎこちなく返事を返しているトランクスが、いつかは自分から笑って思い出話を出来るようになりますように。
  神様じゃなく現実的に、今のところ唯一最年少の美青年を笑わせることに成功している友人の息子へと願った。
 
 
 そして。
 
 
  「亀仙人のじっちゃんたちは何年後に来るかなぁ?」
  「お前死んでから性質悪くなってないか……」
  死を悲劇と捉えないのも考え物だ、とクリリンは悟空のつんつん頭を引っ張った。

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