No.29

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 ロマンティックなどそう簡単に転がってない
「ほれ、あのおめぇのかの……」
「それが名前さんのことを言ってるなら、界王神界吹き飛ばしますよ」
 笑顔で切り捨てられる。袈裟切りにざっくりと。
 悟空はさすがチチの息子なだけあると冷や汗を流した。こんなとこは嫁さんそっくりだ。
 亀仙人そっくりのじいちゃん、もといゼットソードに封じられていたという一五代前の界王神。彼のなにやら凄い能力というものを見せてもらう代わりの条件として、ピチピチギャルの乳を触らせてやるという約束をしたのだが。
 微笑みを形作る表情の奥。しかしその実は笑顔にはミクロの単位にも届かない。
 殺気の籠った視線に、悟空は諸手を上げて降参する。
 悟飯もそんな年頃か、とちょっと感慨深く思う。
 悟空に若い女の子の知り合いなどいるはずもない。そもそも七年も死にっぱなしだったのだから。
 ならば悟飯の知り合いを、と思ったのだが、返答は魔貫光殺法だった。お前いつの間に習得したんだよ、と聞きたい。
 ブルマなどには鈍い鈍いと詰られる悟空だが、これでも一応人の親。ある程度の常識はチチに仕込まれているのだ。
 自分にはあまり縁のない感情を悟飯が燃やしているということも何となく解るようになった。
「じゃあ、ブルマに頼んどいてくれよ」
「僕がブルマさんに殺されますよ」
 言葉とは裏腹に、その表情からは険が取れている。この豹変を見られればそれこそブルマに殺されそうだ。
名前さんだけは、駄目ですからね」
 先程の勢いをかき消して言う。
 本当は、だ。悟飯にそんな権利はないのだ。自分で分かっている。
 悟飯がいくら名前を他の男に触らせたくないと思っても、恋人でもない彼の拒否など意味が無い。何にしたって名前の可否の言葉一つなのだ。
 名前が「世界のためならば」と喜んで自分の胸を差し出すとは思わないが、名前の行動は未だに読めない。もしかしたら別に胸ぐらい、などと思っているかもしれない。
 女の子の気持ちは分からないが、名前の気持ちはもっと分からない。
 知りたい、理解したいと思っているのに、一つのことを知れば次の瞬間十の疑問が生まれる。知りたい気持ちばかりがどんどん大きく育っていくから、何一つ名前の本当を知っている気になれない。
 頭を抱えて座り込む息子に悟空は首を傾げてみせた。
 威勢良く殺気を振り撒いていた長男がいきなり元気をなくして落ち込んでいるのだ。しかも泣きそうな顔で。
 何だかよく分からないけれど、子供が悲しい思いをしているのなら、親のすることはたった一つだ。
「よーじいちゃん、オッケーだぞ」
「きまった!!」
 ブルマの乳を犠牲に嫌な契約を結ぶ。ちょっと離れた所で当代界王神が物言いたげな視線を送ってくるが、世界の平和と息子の心の平穏の為に無視させてもらう。
 ゴホンと一つ咳払いして自分の「おそろしい能力」を披露する老界王神に、いつの間にやら悟飯も興味を示している。
 難しい年頃だなぁ。悟空は自分の十六歳の頃を思い出し、役に立たないその記憶に小さく唸り声を上げたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 いっそ天晴れ。ヤムチャは真っ赤な顔をするビーデルと、未だ爆睡中の名前に苦笑した。他の大人たちも似たような表情をしている。
 漸くフュージョンを試すというから名前とビーデルを呼びに行って見れば、そこには一つの毛布を足にだけかけて冷たい床で眠りこけている二人の少女。
 少し揺するとビーデルはすぐに起きたが名前は何度起こしても起きず、終いには脳天チョップを頂いてしまった。勿論ヤムチャがそれで痛がるということはないが、何となく精神的にダメージを受けてしまった。
 名前は別段フュージョンに興味を示していたわけではないから、このまま寝かせておいた方がいいだろう、という結論を出してビーデルだけを連れて神殿の外へと向かった。
 名前の姿が無いことに首を捻るブルマたちに事情を説明すれば苦笑いが広がった。
「えぇー、姉ちゃんいないのかよぉ」
「いいじゃない、完成してから見せてあげなさいよ。きっと驚くわよ」
 名前を気に入ったらしい息子をブルマが笑って諌める。料理を食べさせてくれる相手に懐くのはサイヤ人共通らしい。
 これは本気でトランクスの嫁とりを狙えるかもしれない。そんな野望を胸に秘め、息子たちが横に並ぶのをブルマは見守った。
 何度目かの失敗の後、現れたゴテンクスの姿にクリリン、ヤムチャ、ビーデルなど一端の武道家達は知らず感歎の声を洩らす。しかしブルマはそれよりも気がかりな点があった。
 自分の息子+友人の子供。ということは半分は悟空とチチの遺伝子が入っているのであろうが、そのどちらもこの場合当てはまらない。つまりその原因は自分……ではなくあの父親の所為、としか思えない。現実問題としてそうなのだ。
 こんなトコ似なくてもいいのに。
 ブルマはゴテンクスの額を眺め、小さくため息を吐いた。完全なるM字型だ。
 タカビーな性格もきっと父親譲りだろう。それはブルマにとってどうでもいいことだったが、M字型の額は予想外だった。何せトランクス自身はそんなことはなかったので。
 もしかしてフュージョンの所為でブルマの遺伝子が弱まったということだろうか。戦闘向けの肉体になるために、地球人であるブルマの遺伝子よりもベジータの遺伝子が強く出た、とか。
 グルグルと考え込む。ブルマはどうせすぐに全て解決するどうでもいいことできっかり三〇分間悩み続けたのだった。
 そして三〇分後。
「ブルマさんって天才馬鹿○ンですよね」
「誰が馬鹿よ」
「いえ天才だとは思ってますよ。
 あ、そうか。天才ってどっか千切れてるって言いますもんね」
「千切れてるって何。褒められてるのか貶されてるのか分からないんだけど」
「褒めても貶してもいません。感じたことを感じたままに言っただけで」
 爆睡していた名前を叩き起こし、悩み事を打ち明けた次の瞬間一気に下がった室温に震えながらブルマは唇を尖らせた。部屋の隅っこではデンデが顔色を悪くして(元々緑色なので分かり辛いが)女二人を見守っている。
 名前の機嫌は悪い。ものすごく悪い。
 気持ちよく寝ていた所を叩き起こされ、慌てて飛び起きたらば目の前には眉間に皺を寄せたブルマがいて。もしや何かあったのでは、と神妙な顔をすればその真っ赤な唇から出てきたのは「息子がM字ハゲになるかもしれない」という名前にとって至極どうでもいいような相談とも呼べない愚痴。
 そんなどうでもいい相談同じ母親同士でしてくれ、と思いチチの名を出せば「笑わないで聞いてくれそうだったの名前ちゃんだけだもの」ときたもんだ。
 確かに名前は笑ってはいない。が、呆れてはいる。
 名前がブルマに聞こえないような音で舌打ちしたのを、デンデの高性能なでっかい耳はばっちり捉えていた。別に名前の舌打ちを聞くために大きいわけではないのだが。
「ね、ね、どうすればいいと思う?」
「別にトランクス君自身はM字ハゲじゃないんでしょう」
「ゴテンクスだってまだハゲじゃないわよ!」
「いやそれはこの際どうでもいいですから。
 当人がM字ハゲじゃないならこの後もならないかもしれないでしょう」
「なるかもしれないじゃない。あのベジータが父親なのよ!」
 あんた自分の旦那を一体何だと。
 名前はあの世でしとしと涙を零すベジータを思い浮かべた。デンデもちょっと同じ光景を想像した。普段のベジータを知っている分名前よりは比較的早く立ち直ったけれど。
「なら自分で育毛剤なりなんなり作ればいいでしょう、ブルマさん科学者なんだから」
「あたし器械には強くても生物には弱いのよ」
「何でそんな自信満々に言い切るんですか。もうどうでもいいじゃないですか将来ハゲようが毛だらけになろうがそんなのトランクス君の自由でしょう自由ってのは自分で掴み取るもんですよフリーダムあーカップ麺食いてーなだからそんときゃそん時で本人に作らせればいいじゃないですか曲がりなりにも爺さん母ちゃん天才なんだから血筋的にも悪かないですよ大丈夫あの子ならやれます初めて見たときから只者じゃない目付きしてると思ったんですよというわけなんでおやすみなさい」
 一息。そして続くのは寝息。
 デンデは目を丸くした。いつも淡々と話す声しか聞いたことの無いデンデとしては、名前がこんなに一気に捲くし立てる姿など想像できなかった。
 つまり、だ。
「ブルマさん、あの、名前さんすごく眠いみたいなんで……」
「そ、そうみたいねぇ」
 一瞬にして安らかなる眠りについた名前を再び叩き起こせるほどブルマの神経は悟空並みではない。その眉間にはくっきりと夫並の皺が寄っている。
「そーっと出ましょ、そーっと」
「えぇ、それがいいと思います」
 頷きあい、デンデとブルマがそーっと部屋を出て行く。
 残されたのは名前と本とソファと毛布。そして結局起きてこなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 そもそも神殿は地面にくっついているわけではないので地震など起きない。
 そのことに気付くのに名前はたっぷり二三秒かかった。
「あ?」
 気付いた時には何故か落下中。周囲では瓦礫も一緒に落下中。
 すぐ目の前を眩しい光が横切り、空気の流れに沿って靡く名前の髪を焼いた。
 焦げ臭い。ということは、これは現実である。
 そう認識し、一瞬で名前の胆が冷えた。
 が。
「よかった、名前さん!」
「……デン、デンデっ?」
 緑色の小さな身体が名前を抱きとめ、高速で飛び立つ。
 悟空や悟飯たちのようなスピードは出ないものの、瓦礫を上手く避けて一気に加速する。名前が後ろを振り返るとピンクの物体が金色の光とぶつかり合っているのが見えた。
 が、すぐに見えなくなる。漸くデンデが地上に立った時、彼の息は散々に乱れていた。
「デンデ、何があった。あれは、魔人ブゥ……か? それと、あの金色の。他の人たちは」
 名前は矢継ぎ早に質問を繰り出す。普段ならば多少デンデの息が整ってから質問するという程度の理性は見せるのだが、今はあまりにも尋常ではない事態に不安が勝った。
 あまりよろしくない予感が心臓を締め付けるが、今はそれよりも事態を知る必要があった。
「はい、えー、今のは、魔人ブゥです。色々あって、あんな姿になってしまいました。力も、前よりもっと強くなってます。あの金色の光は、ゴテンクス……悟天さんとトランクスさんがフュージョンした姿です」
 すーはー大きく息を吸い、デンデは名前の質問に一つずつ答える。
「他の人たちは、」
「ドラゴンボールがあれば生き返らせることが出来るな?」
 全てまで言わせず、名前はデンデの言葉を遮った。
「はい」
「よかった、デンデが生きてて」
 掛け値なしに。デンデが死ねばドラゴンボールが使えない、とか。それもあるけど。でも、やっぱり、一人あの場にいたとしても地面と熱烈な抱擁の挙句五体バラバラの肉片が出来ていただけであろうから。
「ポポさんが僕は絶対死んじゃいけない、って逃がしてくれたんです」
「そうか」
 名前の手がデンデの頭を撫でる。こめかみに安堵したような名前のため息がかかった。
「なら、後はゴテンクスくん……たち? に任せるしか出来ないってことか」
 岩肌がむき出しになった大地。名前は服が汚れるのも気にせず直接地面に座った。流石に寝起きに宙ぶらりんのまま高速移動というのは結構辛かったのだ。
 デンデもその隣に座る。今は本当に出来ることが少ない。
「ゴテンクスさんは一人ですけど……」
「でも中身は二人だし……」
 ぽつぽつとどうでもいいことを話し続ける。暇であると言えばそうなのかもしれないけれど、何も出来ないのだからこうやってボーっとしているのだ。出来ることがあるならばとっくに行動に移している。
 お互いの気持ちが痛いほど分かる。故に敢えてお互いにどうでもいい話を続ける。それがちょっと悔しいだなんて、思っていても口には出さない。それが最低限の礼儀だ。
「あ、ねえ、名前さん、見てください! 悟飯さんですよ、ピッコロさんもいる!」
 近付いてくる気の集団を感知したデンデが明るい声を上げる。
 名前は目だけを動かしてデンデの向いている方を見る。そしてすぐに逸らした。
名前さん? ……あの、嬉しく、ないんです、か?」
 恐る恐る。望まぬ返事が返って来ることに怯えながらも大事な友人の為、今のうちに聞いておく。もうすぐこの場に降り立つであろう彼に聞かせるわけにはいかない。かもしれない。
「いや、そういうわけじゃなくて……悪いかも、とか?」
「悪い?」
「……私だけで」
 母親も、古馴染みの仲間も。全てが魔人ブゥの腹の中。ピッコロもいるのなら、悟飯もそのことを知っているだろう。そんな中で、自分だけが生き残ってしまった。それが申し訳ないな、と思う。足手まといが増えた。
名前さんっ」
 名前は怖い顔をするデンデにちょっと笑ってみせた。今のは悟飯を侮りすぎたかもしれない。
「孫は、喜んでくれるんだろうけど」
 友情に厚い男だから。名前が無事だった、そのこと自体を喜んでくれるだろう。
 だからこそ余計に友人の手助けさえ出来ない自分が情けなくもあるけれど。
「勿論です。悟飯さんはそういう人です。だから、そんな悲しいこと言わないで下さい」
 必死で諭してくれる年下の神様が可愛くて、名前はその小さな身体をひょいと抱き上げ膝に乗せた。
 ついでにちょっと大きめなぬいぐるみにするように、軽く力を入れて抱きしめる。「あひゃぁ」という声が聞こえたが名前は無視した。
「サンキュ」
 小声で礼を言う。デンデの耳なら捉えられる音だ。
 同時に側に誰かが降りてきたのが分かった。デンデを抱きしめる名前の手より一回り大きなそれがそっと重ねられる。
 ふわりと鼻腔を擽るのは汗と埃と男の匂い。それと、よく知ってる、
「ちょっと、遅くなっちゃいましたね」
「二日の遅刻だすっとことんま」
 振り向きながら。頭上右斜め八三度で微笑む悟飯を睨みつけた。
#DB #孫悟飯

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