No.4

DB

ブラックホール
「新刊そっちの棚だから」
「はい」
 また後で、と別れて名前は司書室に入る。そこでは司書がカップを片手に本を読んでいた。
「またですか」
 声をかければすぐに名前に気付いて破顔する。笑うと幼く見えるこの司書は、確か今年で三〇のはずだ。
 自分の童顔を気にしているのか、髭など生やしているが実はちっとも似合っていない。
「いらっしゃーい。だって、新刊入ったんだもーん」
「もーん、じゃないっすよ。あんた、司書が真っ先に読みふけってどうすんです。借りたい奴が借りれないでしょうが。あと本に熱中してる時は飲まない! それで何回溢したよ!」
 一気にまくしたてると司書は眉を下げて情けない顔をしてみせた。だって、と唇を尖らせるが名前はさらに口を開く。可愛くないおっさんがやったってその仕草は何の効果も発揮しないのだ。
「こないだの本の修繕も原因の三分の一はあんただっつーの! いらん手間ばっかかけさせやがって、ちったぁ反省せんか!」
「ごめんなさい……」
 今までの鬱憤を晴らすかのような言葉に、司書は目を白黒させる。その後ろからクスクス笑う声が聞こえ、覗きこんでみるともう一人の本日の昼番、イレーザが立っていた。
「相変わらずね、名前
「イレーザ、久しぶり」
 オレンジスターハイスクールはこの国でも有数のマンモス校である。何しろ世界を救った英雄の住む街であるから、人口も半端ない。
 故に生徒数も多いので、同じ委員と言っても図書委員などは委員会のある日以外は同じ人間と当番になることなど滅多にない。同じ委員で友人同士がつるんでいるというなら話は別だが。
 イレーザはその明るい性格で友人知人が多い。名前も同じ委員になる前から知っていた。
 入学式で少し迷った時に(何しろこの学校は広いのだ!)連れ合いになった中である。あまり思い出したいことでもないが。
「先生も反省はしてるみたいだから、許してあげたら?」
「反省だけな」
 反省はしても行動が伴わない。
 言外に告げる名前に、司書はしょんぼり肩を落とす。その姿が結構可愛いとイレーザの密かなお気に入りなのだが、さすがに可哀想かとフォローの言葉を探す。
 そこへ、
「すいません」
 天の助けとばかりにカウンターの向こうからお声がかかる。
「ほら、お客さんよ」
 そう言えば、名前は結局腰をあげる。関係ない人間に無下に八つ当たりはしたくないと思っている。しないと言い切れないのが高校生ではあるのだが。
 短い付き合いでもそのくらい理解できる程度には、分かりやすいのだ、彼女は。口の悪さに誤魔化されることも多々あるが。
「あの、新刊案内のこの本ってもう貸出中ですか?」
 デジャ・ヴュ。カウンターの向こうにいたのはまたも悟飯。
 そして示された本のタイトル。
 どっかの馬鹿がコーヒー片手に読んでいた、あの本。
「おいこらオッサン」
「あーれ? 悟飯くんじゃない!」
 振り向き、司書への文句を言おうとしたその瞬間。イレーザの驚きの声が静かな図書室に響いた。
 悟飯もぱちりと目を見開く。
「イレーザさんも図書委員なんですか?」
「そうよ。って、私もって?」
「あ、さっきここに来る時に知り合ったんです」
 そう言って、悟飯が名前を見る。
 司書へと文句を言おうとしていた名前は気勢をそがれ、大きな目を更に見開くイレーザへ頷いてみせた。名前は悟飯のことは前から知っていたのだけれど。
 知り合ったのは確かに先ほどなので、特に否定はしないでおく。
「へぇ、意外な繋がりね。
 あ、でも悟飯くん、本が好きなら名前と仲良くなってて損はないわよ。この図書室仕切ってんの、司書さんじゃなくてこの名前って言われてるぐらいなんだから」
 ばしーんと名前の背中を叩き、イレーザは笑いながら言う。この細い腕からどうやってこんな力を出したのか、つんのめって咳き込む名前には分からない。
 悟飯は涙目になる名前を気の毒そうに見ながら、二人の後ろからのっそり現れた人物にちょっと頭を下げた。勿論司書である。
「ごめんごめん、僕が読んでた。
 これ、名前ちゃんが選んだだけあって楽しいよ」
 しれっとおべっかも忘れない。これがこの司書が愛される理由だろうか。
 名前はため息をつき、横目でこちらを伺ってくる司書を表情には出さずに許すことにした。
「じゃあ貸出するんで学生証……」
「はい」
 名前はてきぱきとパソコンを起動させ、貸出システムを呼び出す。バーコードを読み取り、返却期限をスタンプして本に挟んだ。
「あれ? 図書新聞は?」
 見ていたイレーザが首を傾げる。悟飯に本を手渡しながら名前は言った。
「発行月一でしょ。孫君今月何回も来てる」
 パソコンの画面には貸出履歴。利用率の悪い図書室、何度も借りている人間は名前が並んで表示されたりする。切ないことに。
 ちなみにここ最近の貸出履歴は悟飯、悟飯、名前、悟飯、名前
「それじゃあ、僕はこれで」
 貸出手続きを終え、教室に戻ろうとする悟飯をイレーザが呼び止めた。
「あ、待って、悟飯くん。よかったらお昼一緒に食べない? 私たちこれからなのよ。悟飯くんもでしょ?」
「え、い、いやでも」
「どうせカプセル持ってるんでしょ」
「? カプセルって、弁当にカプセル?」
 ブリーフ博士の大発明、カプセルはそれこそ大容量の物の持ち運びには便利だが、はて、弁当にまで利用するようなものだったろうか。空のカプセルと言えどもタダではない。
 不思議そうな顔をする名前と司書を満足そうにみやり、イレーザは悟飯の返事も聞かずに司書室へと招き入れた。名前も司書も特に異存はない。
 しがない司書室、見られて困るものなどないのだ。
「このテーブルでいいかしら」
 イレーザが指したのは何とか本の侵略を免れている大きなテーブル。名前も昼休みの当番の時はそのはしっこで食べているのだが……。
 諦めたのか、イレーザには敵わないのか。多分後者だろうと名前は見た。何故なら自分もだから。どうもこの騒がしい少女は強引で、しかもそれに何となく逆らえないような空気を醸しているのだからやり辛い。
 大人しく引っ張られて来た悟飯は少し考えて、カプセルのスイッチを押した。
 
 
 
 
 
 
「……まじ?」
 名前は目の前で食後のお茶を美味しそうにすする少年を見つめた。
 先程繰り広げられた恐ろしい光景が網膜から離れない。
 広いテーブルが埋まるほどの料理を次から次へと胃という名のブラックホールへ流し込んでいく物静かな少年。
 あんたフードファイターとしてやっていけるよ。
 とは、あまりの勢いに気押されて言えなかった。
「腹、大丈夫か?」
 恐る恐る問う名前に、悟飯はきょとんとした顔で全てを物語ってみせた。
「いやー、いい食べっぷりだねぇ!」
 カラカラ笑う司書は、呆気にとられていたのは初めこそ。すぐに感嘆のうめきを洩らし始めた。
 曰く、美味そうに飯を食う奴に悪人はいない! らしい。ならば餓死寸前の脱獄囚に食事を与えてみたらどうなのか。
 そんな意地悪な考えが頭をよぎったが、口に出すほど名前は空気が読めない人間ではなかった。
「あんまりたくさん食べると午後の授業、眠くなっちゃうんで」
「これで八分目!?」
 確かにその腹ははち切れるどころか八分目、程度。
 頬を引き攣らせた名前を、イレーザが面白そうに眺める。彼女も同じ表情をしたことがあるのだ。
 その気持ちはよく分かる。
 なんせ、量が半端じゃない。
「そ、そんなに多いですかね……」
「いや、まあ、体調が悪くないならそれでいいんだけど」
 かすれた声を出す名前に、何故か司書が大きく頷く。
「いっぱい食べていっぱい遊ぶといいよ」
 近所のお爺さんのような台詞を吐く司書に、名前はちらりと冷たい視線を寄越す。
 それでこんな大人になっていたのでは処置なしである。
「もうすぐ昼休みも終わるわね。じゃあ戻りましょ」
「ああ」
「はい」
「またね~」
 イレーザに促され、図書室を後にする。えっちらおっちら階段を上りながら、名前は教室に入るまで悟飯の腹を見つめていた。

#DB #孫悟飯

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