No.20

DB

謎のヒーローなんかじゃなくて
 もしかしてだな。
 同級生に聞こえないよう囁くクリリンに、悟飯は嘘ォ! と目を丸くした。
 名前の危惧していた通り。悟飯やその父、弟は兎も角。その仲間たちまでが宇宙規模の鈍感共かというとそんなはずは勿論なく。
 何となくだけどな、とクリリンは前置きして言った。
「お前は痴話喧嘩に夢中で気付いてなかったみたいだけど、」
「痴話って!」
「いいから最後まで聞け。お前があの子の作った料理食べたくないみたいだから文句つけるなんてとんでもない! みたいなこと言っただろ?」
「はい。名前さんの料理本当に美味しくて。こないだはおにぎりで僕の顔作ってくれたんですよ」
「うん、惚気はいいから。
 それでだな、そん時あの子、『孫が食いたいならいつでも作る』みたいなこと言ってたんだよ」
「はい。それって僕のこと嫌いなんてこと有り得ないってことですよね」
「ああ有り得ないな惚気はいいから。
「お前が」あの子の料理食いたいっつったんだぞ。なのにあの子は「悟飯が」食いたいならいつでも作るって言ったんだ」
 この意味分かるよな。
 視線で問う。それに悟飯は一瞬呆け、そして力強く頷いた。
 
 
 
 
 
 
名前さんは僕のこと、ちょっとは好きでいてくれるってことですよね」
 
 
 
 
 違わないけど違うよ悟飯。
 
 ここがから○りTVだったらナイスボケをやりたいところだ。
 残念ながらクリリンは司会者でも出っ歯でもなかったが。
「じゃなくて、グレートサイヤマンがお前だって気付いてるかも、ってことだ」
 悟飯に輪をかけてナイスボケ親父の親友は伊達じゃない。こんなボケではめげないのだ。
 重大事項をさっくり告げて、大声を上げようとする悟飯の口を小さく逞しい手で瞬時に覆う。
 クリリンが蓋をしてくれたお陰でぷすぷすと息は漏れたが声が漏れることはなく。悟飯は視線で謝意を告げるとその手を外してもらった。
「……でも、今まで一度も……」
 そんなことを言われたことはなかった。
 言いかけて、はっとする。
 名前は「そういう人」ではなかっただろうか。
 言いたくないならそれでいい。秘密があるのは人として当たり前。
 そして例え何かに気付いても、それが知られたくないであろうことならば。言いたくなった時にでも言え、と。言いたくないのなら一生言わずとも口外せぬ、と。
 そういう人であると悟飯は知っていたはずだった。
 そしてそこが有り難い、と。思ったことを覚えている。
 甘えていたのだろうか。悟飯は思った。名前の気遣いに。
「おいおい、そこまで落ち込むなって。別に誰もお前に演技力なんて求めちゃいないんだからさ」
 しれっと酷いことを言ってくる古馴染みの言葉も右から左へ通り抜ける。
「本人に聞いてみればいいじゃないか。もし仮に気付いてなかったとしても、そういうの言いふらす子じゃないんだろ?」
 だからなのだ、と。言うことも出来ず、悟飯は口をぱくぱくと鯉のように開閉させる。
「まぁ、お前は若いからまだ結婚とかして一生あの子と付き合うってわけじゃないだろうし。隠し通せるんならそれでもいいのかもしんないけどな」
 あまりにもショックを受けている悟飯の姿に何とかフォローをしてやろうと思っての発言なのだが、それが尚更彼を追い詰める。
 そんなつもりで名前が好きだ、と。思っているわけではないのだ。
 人生経験ではクリリンに及ばないかもしれないが、それでもこの気持は本物なのに。けれど心のどこかで。
 焦るクリリンの姿を横目に捉え、悟飯はふぅ、と小さくため息を吐いた。
 
 
 
 
 
「あの二人強いんですねぇ」
 天下一武道会少年の部決勝。
 その真っ最中に名前はそう呟いた。隣で聞いたブルマが飲んでいたジュースを噴出しかける。美人科学者の名に賭けて阻止したが。
 目の前で繰り広げられるのは非常識な戦い。気孔波を撃ち空を飛び髪を金に目を緑に染める。会場の観客はあんぐりと口を広げて少年たちの戦いを固唾を呑んで見守っているというのに。
 名前のこの台詞は肝が据わっているというべきか。
 言葉を捜してブルマが迷っていると、名前はそれを見て取り「充分驚いてますよ」と唇の端を持ち上げた。
 笑うと幼い顔つきになる人間は多数知っているけれど、普通に笑って悪人面になる人間も珍しい。ブルマは自分の夫を思い出してちょっと笑った。
「昔は少年の部なんて無かったのにね」
「そうなんですか? つか、前に見たことあるんですね」
「まーね、孫君……悟天君のお父さんが武道家でね。何回か」
「ふーん」
 それであんなに強いのか。
 名前は斜め後ろから感じる悟飯の視線を気にしつつ、目に見えない速さで戦い続けるちびっ子達の戦いを見守った。
 トランクスたちの戦いが始まる少し前、後頭部に突き刺さる視線を感じて振り向けば、そこには素敵なお召し物を身に纏った同級生。と、そのクラスメイト。
 やっぱり一緒にいるのか、と思う反面、何となく面白くない。
 ビーデルのことを苦手に思っていたんじゃないのか、と自分には係わりの無いはずのことで文句を言いそうになる。泥で出来た料理を食べるとこんな気持になるのかもしれない。食べたことはないが。
 自分も武道をしていれば、あの隣に並んでいられたのだろうか。
 思うが、それは有り得ないと自分で打ち消す。読書に使う時間を武道に回そうとも思わなければ、今の生き方を後悔するほど名前は年をとってもいなかった。
 だからこれはただのやっかみだ。気に入りの友人が、自分以外の人間と楽しそうにしているものだから、つい。
 ここ数年感じたことのない感情に舌打ちをしかけ、膝に座る少女の存在を思い出して寸でのところで我に返った。流石に教育に悪い。
 その後、試合はトランクスの勝利に終わり、ミスターサタンが壁まで殴り飛ばされて試合は終わった。 周囲の人間はわざとサタンが負けてやったと思っているようだが、名前は確実に本気でぶっ飛ばされたのだろうとサタンに哀れみの視線を送る。あの規格外のパワーをまともに食らったのだ。
 それでも厭くまで「ちびっ子の為に負けてやったヒーロー」を演じる根性は見上げたものだと思うが。
 大人の部開始までの休憩時間を告げるアナウンスを聞き流し、名前は抱えていたマーロンを後ろに座るヤムチャへと預けた。
「あれ? 名前ちゃんどこに行くんだ?」
「お花を摘みに行ってきます」
 言い切り、鞄を片手に立ち上がる。
 その言葉にヤムチャは「ごめんごめん」と謝った。
 階段を上り一番近いトイレへと向かう。あまりの人の多さに少々苛ついたが、流石にその辺の事は考えて設計されているらしい。然程待たずに用を足すことが出来た。
 洗った手を拭きながら席に戻ろうとしたら、ふっと頭上に影が落ちる。
 見上げれば、そこにいたのは先ほどビーデルと並んで観戦していたはずの悟飯。しかし辺りにビーデルの姿は見えない。
「どうした、ビーデルは?」
「えーと、トイレに行くって言ってきました」
 流石にほのかに思いを寄せる男と連れションには行きたくないらしい。ビーデルの乙女心に苦笑して、名前はそうかと頷いた。
「あの、名前さん」
「ん?」
 微かに顔を上に傾け悟飯の言葉を待つ。この微妙な差がムカつくんだよ、と思いつつ。
「ちょと、人が少ないとこに、来てもらえませんか……?」
「いいよ」
 なにやら思いつめた声から面倒そうな話だと予想をつけつつ、人気の無い所をざっと探す。丁度会場の入り口をすぐ出た所に人通りも無く死角になっている場所を見つけた。
 一方悟飯はあっさりと頷いてくれた名前に拍子抜けしつつ、これからのことを考えた。
 クリリンに言われるまで、もしかして、とさえ思わなかったのは紛うことなき悟飯の落ち度だ。そんなわけないと思い込んでいた。
 だからといってこの後ろめたさが消えるわけではないけれど。名前の後ろを着いて行きながら肩を落とす。
 正体を言わなかったのは、名前を信用していなかったということだ。言いふらすような人じゃないと思っていた。けれど、どこかでもしかしてという気持が無かったとは言えない。
 好きだの何だの言っておいて、結局はそういうことじゃないか。
 建物の影に着いても尚口を閉ざしたままの悟飯に名前は首を傾げた。これは余程話し辛いことらしい。
 そんなに話し難いのなら、後日に回せないのだろうかと思う。何せこれから試合なのだ。優勝すればかなりの額が賞金としてもらえる。半分はビーデルに脅されたのだろうとしても(彼女は強い人間と戦うのが大好きな人種だ)、残り半分はその為に出場したのではないだろうか。
 このままでは不戦敗になりかねない。
 急かした方がいいだろうか、と名前が悩み始めた時。
名前さんに、聞いてもらいたいことがあるんです」
 悟飯がやっと覚悟を決めた。
 嘘つき呼ばわりされても信用されていなかったのかと怒られても、ずっと隠し続けているよりはマシだと思った。一生……続くかどうかなんて知らないけれど。
 今自分が好きだと思っているのだからそれが事実だ。
 それに確率は少ないだろうが名前が気付いてなかったとしたら。このまま言わなかったとして、他の誰かの口から自分の正体について聞かされる姿など想像もしたくないから。
 やっとそこまで思い至ったのだ。ならば行動に移すべきなのだ、と悟飯は思う。この先まで名前のことが好きだと言いたいのなら。思い続けたいのなら。
 右手を頭の後ろに回す。左手は耳の横。
 
 
 
 
 白い布がふわりと空に靡いた時、名前の目がゆっくりと開かれていくのを、悟飯はスローモーションよりも遅く感じた。

#DB #孫悟飯

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