No.13

DB

恋をしちゃいました
 美味しいのだけど。美味しいはずなのだけど。
 味がしないのはなんでだろう?
 
 
「悟飯ちゃん、お行儀が悪いだよ」
 母に言われ、悟飯は漸く自分がフォークを銜えたままぼーっとしていたことに気付いた。
 あはは、と愛想笑いで誤魔化して、目の前のケーキにフォークを一刺し。そしてぱくり。けれどやっぱり。
「やっぱり名前さのお菓子は美味しいだな~」
 チチの声に思考が中断させられる。
「お兄ちゃん、食べないなら僕にちょうだ~い」
「え、あ、駄目! 食べる食べる」
 釈然としないものを抱えていても、やっぱり名前のお菓子を取られるのも嫌だった。サイヤ人特有の食い意地とは別に、だ。
 しかし。
「悟飯ちゃん、名前さと何かあっただか?」
「え!?」
「いつもは美味しい美味しいって食べるのに、今日に限って黙々と食べてるし、ちっとも美味しそうじゃねぇだ」
 それは名前にもお菓子にも失礼だ、とチチは眦を吊り上げる。
 悟飯はフォークを置いて口を噤む。そんな息子をチチは心配そうに見た。
 その間に悟飯のケーキに手を伸ばそうとする悟天をぴしゃりと叩く。行儀が悪い。
 いてて、と手を振る悟天を見てちょっと笑うと、悟飯は少しずつ口を開いた。
「これ、片方は僕が貰ったんですけど、僕のために作ってくれたんじゃないんです」
 チチははっと息を呑んだ。まさか。
「他の男子にあげるつもりが、もしかして名前さフられちまっただか!?」
「……なんでそうなるんです……」
「こないだブルマさに貸してもらった少女漫画に書いてあっただ」
 何だそりゃ。
 悟飯はがくりと肩を落とした。
 都会に毒されるなと言っておきながらチチの方が毒されている気がするのは何故だろうか。
 それはともかく。
「違います。そういうことじゃありません」
 でっかいため息をついて悟飯は今日の出来事を語りだした。
 
 学生の日常は変わらない。
 朝起きて、学校に行って、勉強して、部活して、遊んで、帰って、飯食って、寝て。そんなのの繰り返しだ。
 とある正義の味方はその間に「人助け」が入るのだろうけれど。
「これ、前言ってたやつ」
 名前はほれ、と大き目のランチボックスを悟飯に渡す。
 悟飯は首をかしげて受け取ったランチボックスを掲げた。
「前……?」
「グレートサイヤマンへのお礼」
「ああ!」
「と、……ケーキ」
 おまけのように告げる。
 悟飯ご所望のフルーツケーキ。
 とんでもない出来事の所為で予定は狂ってしまったけれど、何とか作り上げることが出来た。
 結局ぶっつけ本番一発勝負になってしまったが、そこそこいい仕上がりだと思う。……人間が食べれる程度には。
「……あ、ありがとうございます。覚えててくれたんですね」
「いや、まあ……うん。じゃあ、それ頼んだ」
「あ、はい。確かに渡しておきますね」
「ああ。じゃあまたな」
「えっ、もう行っちゃうんですか?」
 悟飯は残念そうに名前を見る。しかし名前は既に小走りで教室へ戻るところだった。
「この後移動教室なんだ」
 悪い、と言いながら教室に駆け込み、すぐに教科書を持って出てくる。
 悟飯にまたなと手を挙げてそのまま走り去っていった。廊下は走るな、とも言えない勢いである。
 悟飯は両手に抱えた自分と、もう一人の自分宛ての贈り物が急に重く感じた。
 嬉しいのに。嬉しくない。
 名前の作る菓子は美味しい。店で買おうなんて思わないくらいに。名前は本気に取ってくれないけれど、本当なのだ。
 だけど。
 片方は自分の。もう片方も自分の。でも、名前が渡したのは自分じゃない誰かへ。
 そんなもやもやしたものを抱えて家に帰って開けてみれば。
 いつもの差入れ→カップケーキ。
 グレートサイヤマンへのお礼→フルーツケーキ。
 え、前言ってたやつってグレートサイヤマンへのお礼? みたいな。それも、面倒くさそうだからと自分にも作ってくれなかったもの。
 名前は入れ物を間違えていた。
 同時に作っていたのでこんがらがってしまったのだ。
 しかしそんなこと悟飯は分からない。
 故に、
「も、も、も、もしかして名前さんはグレートサイヤマンがすすす好きなのかも、って!!」
 なんて勘違いを起こしてしまっていた。
 そんなの嫌だ! と情けない表情を見せる息子にチチは困った顔をした。
「でも、グレートサイヤマンも悟飯ちゃんだべ?」
名前さんは僕がグレートサイヤマンだってこと知らないんです!」
 実際は知っているが。
 悟飯は名前が知っていることを知らないのだ。それが余計に悟飯を追い詰める。
 しかも何故追い詰められているのか分かっていないのが厄介だ、とチチは思った。
 岡目八目とはよく言ったもの。悟飯の気持ちなんて一歩引いたところから見ればすぐに分かるというのに。
 自分で気付くのを待っていたら孫の顔も見れなくなってしまうかもしれない。なんて、恐ろしい考えまで浮かんでくる。
「悟飯ちゃんは、何で名前さがグレートサイヤマンを好きだと嫌なんだべ?」
「へ……?」
 それまで身悶えていた悟飯の動きがぴたりと止まる。
 考えてもみなかった、という表情にチチは頭を抱えた。何もこんなところまで父親に似なくてもいいのだ。いや悩むだけマシなのかもしれないけれど。
「何で……?」
「よ――――っく考えてみることだべ。ケーキは部屋に持ってくといいだ」
 いつもなら勉強をしている時以外はリビングで、と言うチチの言葉に、悟飯は首を傾げつつも頷いた。
 その頭の中は『何で?』で埋まっている。
 よろよろと自室の扉をくぐり後ろ手で閉める。その煤けた背中にチチは小さなため息を一つ。これで気付かなければ父親以下だ。
 ケーキのお代わりをせがむ次男の皿に自分の分を乗せてやり、残りは長男の為に取っておいてやることにした。
 きっと独り占めしたがるようになるだろうから。……気付けば、の話だけれど。
 お母さんはお見通しなのだ。
 
 そして数十分後。
 
 悟飯の部屋からキャーだかギャーだか、とにかくとんでもなく甲高い声が聞こえ、母親はやれやれと微笑んだ。

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