炎色反応 第五章・7
「なんだ? ザザじゃないか」
オルバンが意外そうに、そして非常に馬鹿にした態度で彼を呼んだ。
するとザザと呼ばれた青年は痩躯をびくっと引きつらせる。
蹴られ慣れた犬のようなしぐさだ。
「オ、オルバン……ひさ、久し振り、だ。変わりない。相変わらず、偉そうで」
微妙に灰色がかった黒い髪と瞳を震わせ、ザザはそう言った。
どうやらお互い顔見知りらしい。
ついでに言うと、ザザはオルバンのことをひどく怖がっているように見えた。
精一杯虚勢を張り、馬鹿にし返そうとしているのだろうがどうにも腰が引けて見える。
「まさかお前までグラウスに従っているのか? ……ふうん。こいつはグラウスの野郎の器も知れたな」
ザザの言葉など意に介した風なくオルバンはぐさりと言い返す。
突然の襲撃を受けたことなど全く気にしていない風だ。
露骨に貶められてザザは返す言葉をなくしてしまっているが、そんな彼を見て連れの男がげらげら笑い始めた。
「言うじゃねえか。聞いた通りだな、火のオルバン」
よく通る豪快な声でそう言ったのは、燃えるように赤い見事な赤毛の男である。
気性を表すような剛毛は長くふさふさとしていて、前髪の部分は広く額を出すようにして後ろに流してあった。
半袖の茶色い上着から覗く腕も、皮製と思われるズボンの上からもそうと分かる足も筋骨隆々としている。
がっしりとした恵まれた体躯はディアルを思い出させるが、非常に寡黙だった彼とは対照的な性格のようだ。
節くれて太いその指に赤い光。
ザザの枯れ木のような指にも同じ光がある。
オルバンと揃いの精霊石をはめたこの二人は、間違いなく火の魔法使いだった。
「お前は誰だ? 知らない顔だな」
オルバンが言うと、赤毛の魔法使いはにやりと笑う。
「オレはヴィントレッド。お前らとは違う火の集落出身の魔法使いさ」
お前ら、とオルバンとザザをくくるということは、やはり彼ら二人は同郷の出身らしい。
周囲の火の魔法使いたちは幼いオルバンをよく扱わなかった、と聞いた。
ザザは彼の子供のころの話を知っているのだろうか。
気になってザザの方を見てしまうティスだが、ふと視線を感じてヴィントレッドを見た。
彼は、あからさまにじろじろとティスの顔や体を眺め回している。
「聞いていたよりずっと可愛いな。色白で、細くて。実にうまそうな兎だ」
欲望むき出しの言葉にぞっと鳥肌立つ。
いかにも陽気そうなその、髪と同じ赤い目の中に危険な光がちらついているのが分かった。
彼の腕が持ち上がる。
そこからほとばしった赤い閃光に視界を焼かれ、ティスは小さな悲鳴を上げて顔を覆った。
何も見えない。
目を開けてみても、訳の分からない残像がちらちらするだけだ。
すぐ側にいるはずのオルバンのことさえ全く分からない。
「ザザ、今こそ仕返しの時だ。オルバンは任せたぜ!」
「ヴィントレッド!?」
ザザのそんな、という感じの声。
強く腕を引く何かの力。
体が持ち上がり、足が宙に浮く。
慌ててばたばたと手足を動かしても、低い楽しそうな忍び笑いが聞こえて来るだけ。
やがて足の裏が地面らしきものに触れ、同時に身を拘束していた全ての力がなくなった。
ちかちかする目をこじ開けてどうにかティスが再び周囲を見回した時、辺りに広がっているのはどことも知れない林だった。
***
「……何、起こって…」
当惑しながら辺りを見回す。
貧相な立ち枯れた木が続くこの場所は、多分さっきいた場所の側ではあるのだ。
けれど人の姿がない。
自分がどっちから来たのかも分からない。
「困り顔がそそるな、ますます可愛い」
きょろきょろしていたところに背後から声をかけられ、ティスは文字通り飛び上がった。
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