炎色反応 第五章・6



「そんな!」
びっくりしてティスは声を上げるが、オルバンは平然としたものだ。
「ディアルの野郎が警告して来るぐらいだ。グラウスとやらがオレを狙っているという話、すでにあちこちに流れてるんだろう。つまりはそれだけ、あいつらも広く網を張ってこっちを狙っているということだ」
予想の範囲内のことであるらしく、オルバンの口調には淀みがなかった。
「オレは今までも何度かエルストンを使ったことがある。人間しちゃ優秀な奴だからな。だが、どうも誰かがあいつを見張っていたようだ。夕べの内に襲撃して来なかったことを考えると、ふん、見張りは雑魚か。オレ相手に喧嘩を売るのが嫌だったんだろうな」
こんな時でも彼の不敵さは健在だ。
ふふんと鼻を鳴らして言うが、それが当たりならと余計にティスは青くなった。
「な、ならっ、強い誰かを呼んで来たってことじゃ…!」
「だろうな。楽しみだぜ。ティス、お前で性欲は紛れるが、お前相手じゃ死ぬまでぶちのめすってわけにもいかないからなぁ」
きな臭いような笑みを浮かべ、オルバンはにいと残酷に笑う。
格好の獲物を見付けたとばかりの嬉しそうな顔を見ると、安心すればいいのか怯えるべきなのかいまいちよく分からない。
それに、風のグラウスとやらが寄越してくる誰か。
多分魔法使いだろう。
一体どんな相手なのか、それが分からない内は不安を拭うことなど出来なかった。
表情を曇らせるティスの頬に手を当て、オルバンは大きな瞳を覗き込むようにして言う。
「なんだ、そんな顔をして。まさかオレが負けるとでも思っているのか?」
「いえ…」
あのディアルをすら圧倒したオルバンの能力を、ティスは改めて思い知らされたばかり。
彼の強さは疑うべくはないにしても、「一番強いのは風」というディアルの言った言葉はまだ耳の中に残っている。
火の魔法使いとしては比類なき能力を誇るオルバン。
人間はおろか、水の魔法使いも地の魔法使いも物ともしない強さを持っている。
しかし、一番強いとされる風と比べるとどうなのか。
そう思うと曖昧な返事しか出来ないティスを見下ろすオルバンの目が、わずかに細められた。
「主人を信じられないとはいい度胸だな、お前」
どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
また別の意味で青くなるティスの顔を強引に仰向かせ、オルバンは口付けを仕掛けてきた。
「……んっ……」
ぴんと背筋が伸びる。
頭一つ分ほど身長が違う男に圧し掛かられ、舌で舌をまさぐられると息が出来ない。
「ふぅ……ん、ぅ…………」
溢れた唾液が顎を伝い、半透明の筋になって肌を伝う。
何度も抱かれて来たのに、口付けというのはまた別なのだろうか。
舌を絡められ、あやすように先を吸われると頭の芯がくらくらする。
触れ合っている唇が燃えるように熱い。
「ふあ……、ん、ん…」
息苦しく、首の筋がつりそうな感じもするのに、やめないで欲しいと思ってしまう。
オルバンの唇から流れ込む熱が全身に巡り、自分の体がどろどろに溶けてしまうような錯覚にティスは陥った。
だが、陶酔の時間は呆気なく終わってしまった。
オルバンが突然顔を上げ、ぐいっとティスを胸の中に抱き込んだのだ。
びっくりしながらティスが背後を振り返った時、オルバンが片手を振り上げた。
赤い精霊の石がその指で輝いている。
拳大の火の塊、火星が枯れ木をなぎ倒す勢いで空を走った。
それを、同じ光が迎え撃つ。
火星と火星がぶつかり合い、激しい爆音を立てて両者とも消えいく様をティスは唖然として見つめていた。
「……火の、魔法」
火の魔法使いも何人かグラウスの側にいるようだ。
昨夜のエルストンの言葉が脳裏を過ぎった。
そうこうしている内に、火の魔法を使った人影が林の中から姿を現す。
襲撃者は二人いて、彼らは面白いぐらいに対照的な容姿を持っていた。
一人は大袈裟に言えば周囲の枯れ木と見分けが付かない。
濃い茶色の、体をすっぽり包むような裾の長い長衣に身を包んでいるのにそれでもやせ細っているのがよく分かる。
顔まで肉がそげたようで、頬骨が浮いてまるで骸骨だ。
おそらく若いと思われるのに生気がほとんど感じられない。
彼と比べたらエルストンが健康的に見えてしまうだろう。


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