炎色反応 第四章・23
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「夜が明けたぞ」
頬を軽く叩く感触にティスは目を開けた。
気付くと辺りは明るくなり始めており、自分はオルバンの腕の中に抱かれて木の根元に横たわっている。
ディアルの残していった布も被せられていた。
びっくりして身を起こすと、オルバンは裸の彼をにやにやと見て言った。
「また服がいるな。今度から替えも用意しておいた方が良さそうだ」
情事の名残はいつもの浄火によって燃やされてしまったようだが、ディアルに服を裂かれたためティスは素裸なのだ。
布一枚はかろうじて与えられたとはいえ、頼りない格好であることに変わりはない。
「も……申し訳ありません…」
「まあいいさ。いっそ今度は首輪だけっていうのはどうだ? ティス」
満更冗談でもなさそうな言葉にティスが答えに困っていると、彼はくすくすと笑った。
「さて、行くか。今度はどっちに向かうかな」
明確な目的を持たないオルバンの旅は万事この調子だ。
いきなり道を戻ったりすることも多く、気まぐれを起こせばどこにでも気軽にその足を向ける。
彼の両親は、彼を人と魔法使いの間に立たせようとしていたという。
火の魔法使いたちはそれを許さず、オルバンの両親を火あぶりにしておいて結局残された息子に辛く当たったという。
己が生まれ、意志を持つその前から他人の思惑に人生を操作されていたオルバン。
現在の彼が欲望に非常に忠実で、場当たりとすら思える行動を好んで取るのはその反動なのかもしれないとティスはふと思った。
もう誰の支配も受け付けない。
言葉や行動の端々から、オルバンのそんな思いがうかがえる。
「行くぞ、ティス」
「あ………、は、はい」
裸のまま立ち上がれば、ひょいと逞しい腕に抱え上げられる。
飛水を使う気なのかと一瞬思ったが、水の魔法はもう使えないはず。
しかしオルバンは、つと火の精霊の指輪のはまった指を前方に向けた。
赤い光が輝き始め、帯状の閃光が二人の前からまっすぐ伸びて丘を下っていく。
輝く光の道の上に、オルバンはティスを抱いたまま一歩足を踏み出した。
「こんなものか」
具合を確かめるようにつぶやいた魔法使いとその奴隷は、光の道の上を滑るように進んでいく。
これがどういう魔法かは分からないが、要するに飛水と似たような移動のためのものなのだろう。
今頃ディアルは、レイネに大事な指輪を返してやったのだろうか。
地の魔法使いがくれた布を握り締め、ティスは黙ってオルバンの胸にもたれた。
最強の能力を持つ風の魔法使いが動き始めたという。
これから一体何が起こるのか、ただの人間であるティスにはまるで見当が付かない。
けれど…………例え何が起こっても、自分はオルバンのもの。
ティスにとっても最も恐ろしいはずのその事実は決して揺らがないだろう。
なら、それ以上に怖いものなど何もない。
不思議に安らかな気持ちで彼はそう思った。
〈終わり〉
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