ふわりと彼の胸元に顔を埋めて両手を背中に回した。自分の体よりも数段がっちりとしたそれを相手に、回した手と手を繋ぎ合わせることは無理だが、締まり切らない手製の輪っかを最大まで縮めて彼の身体とピッタリと重なり合った。
ふふふ、と無意識に顔が緩んでいく。
結局自分はどうしようもなく彼の事が好きなのだ。自分と彼との間にある空気すら嫉妬の対象にあり、愚かにもどいてくれと願ってしまうほどに。
ピクリと彼が身動ぎする。
それは微かなノイズのような音だった。
次の瞬間、彼が私の両肩を掴み、ゆるゆると力を籠める様に私と彼との距離を造っていく。
私がこれ程彼との間に何物の存在も許せないと感じているにも関わらず、彼はそれを否定するかのように距離を造ったのだ。
「ご、」
「俺はっ!」
自分が発した言葉と、彼の叱責にも似た叫びが上げられたのはほぼ同時で、私は彼のそんな声など殆ど耳にした経験がなかった為に自らの口を塞ぐしか方法を知らなかったのだ。
うつむいた彼の表情は私の立ち位置から読むことは出来ないが、震える肩が、私を捕える両手が、カタカタと怯える様に刻む振動を私に伝え、事の異常事態を警告している。
「俺は、木野を大事にしたいんだ!」
今にも泣き出してしまいそうな叫びだった。
「大事にしたい、でもっ、…でも、木野にこんな風に触れられると勘違いするかもしれないから…。だから…」
「ごう、えんじ、…くん?」
目が合ってしまう。
少し潤んだその瞳に、私は漸く事の重大さを思い知った。
「…自制が、効かなくなる」
「…あ、」
「木野に嫌われるようなこと、するかもしれない…」
好きだという感情だけでは駄目なのだ。
好きだと互いに自覚して伝え合ってしまうと、きっとその先が欲しくなる。
人間に、というよりも動物である以上遺伝子に組み込まれている根本的な本能のようなもの。
互いの体温を。
とうとう直視できなくなった私は、迂闊にも彼から目を逸らしてしまっていた。