「おぅ〜い、今日は万寿だぜ、ってどうしたんだよ?」 「・・・・・・。」 間延びした呼び声とともに、今日も今日とて一升瓶を片手に 断りも無く我が家へ侵入したターレスを、 しかしバーダックは縁側に寝転び組んだ腕を頭に敷いたまま、見やることもしなかった。 何かあったのかと訝しむまでもなく、 青痣や切り傷の浮かんだ顔を見れば原因は明らかだった。 「へぇ。久しぶりにカカと喧嘩して、見事にやられちゃったのかぁ。」 「・・・そんなんじゃねぇよ。」 よしよし、と子供を相手にしているときのように自分の頭を撫でている 褐色の手を払いのけ、バーダックは深く紫煙を吐いた。 長い付き合いで、自分がそんなことに気を取られている訳ではないことくらい 分かっているだろうに、わざと違ったことを言ってみせるこの男だけは未だに理解できない。 食えねぇ野郎だ・・・バーダックの小さな呟きは奥歯で噛みつぶされた。 「んー、今日もいい天気だな・・・暑いくらいだ。」 大きく伸びをしながら、ターレスが突然無関係なことを口にした。 それはいつの間にか決まってしまった、暗黙の了解。 話せと言外に詰め寄る男に苦笑をこぼしながら、 咥えた煙草もそのままにバーダックはぽつりぽつりと言葉を漏らしていった。 「カカロットの奴がなぁ・・・するんだってよ・・・・結婚。」 「カカももうそんな年か・・・。」 「今日な、連れてくるんだと・・・相手の男。」 「・・・・・ック、ハハハハハ!悪い、笑い止らない! 自分の方が、よっぽど悪いこと、してたくせにっ、プ、ハハハハハ!」 「・・・・うるせぇ。」 ひとしきり腹を抱えたターレスは、目尻に浮かんだ涙を拭いながら 相変わらず顔をにやけさせ、それでも一応の謝罪の言葉を吐いた。 もとからあまり良くなかったバーダックの機嫌が止まるところを知らず下降していく。 「悪かったって。けど中々女の子連れてこないと思ってたら、 そういうことだったんだな。・・・血は争えないか。」 「ハァ・・・どんな顔して会えっつぅんだよ。」 「そのままでいいんじゃないか?」 「・・・・・・?」 「世界で一番カッコイイ親父、なんだろ?」 「まぁな。」 得意げに笑う男に、相変わらず単純だなとターレスはにっこり笑い返したのだった。 「どうしたんだ、その顔!?」 「ああ、昨日親父とちょっと、な・・・。」 目の縁を青く腫れさせた姿を認め目を見張ったベジータに、 力無げな笑みを浮かべたカカロットの表情は、 即座に幼い子供に言い聞かせるようなそれに変わっていた。 周囲の人間のことなど視野にも入らないらしく、 彼らに注目されていることにもベジータの困惑にも気づかず、 大きな声をあたり一帯に響かせる。 「ベジータ、親父には気をつけろよ。普通の親父じゃねぇんだからなっ!」 「声がでかいぞバカっ。」 「ちゃんと聞けって!オレが前に連れていったジュリアって子も、 あいつにセクハラされて逃げ出したんだぜ。」 「・・・・・ほぅ。」 突如として低くなったベジータの声と機嫌にカカロットの身体が思わずピクリと震えた。 しかしいくら自らの失言に気づいたところで、哀しいかな、 今更音となってしまった言葉を取り消すことはできないのだ。 もうカカロットには必死に弁明するしか道は残されていなかった。 「い、いや、別に深い意味は無いんだぜ・・・?」 「・・・・へぇ。俺じゃなくその子を探した方がいいんじゃないのか?」 もはやこれ以外になす術も浮かばず、カカロットは冷酷な眼差しを向ける ベジータを抱きしめ必死に愛しているのだと囁いた。 彼が己のそばを離れてしまうことを考えれば、 カカロットにとっては恥や外聞など喜んで捨てられるものに過ぎないのだ。 いつの間にかベジータの存在は、片時も離したくないと思わせるほど 大きなものになっていたのだから。 「うわっ、離れろバカ!」 「んなこと言うなよ。お前が一番だって分かってんだろ。」 恥ずかしがってかジタバタともがく姿すら、いとおしい。 この愛らしい彼が無差別に通行人の目に触れているなどと、 考えただけでもはらわたが煮えくり返りそうになる。 カカロットはまるで人々の視線から隠すように、 力を込めベジータを自分の腕の中に閉じ込めた。 「ここをどこだと思ってるんだ!!早く放せっ。」 「大丈夫だって。誰も見てねぇよ。」 「思いっきり見られてるだろうが!!」 「もう黙れって。」 何を思ったか往来で唇を触れあわせようと目を閉じ 近づいてくる端麗な顔を、ベジータは力の限り拳で撃った。 これで笑い者にだけはならなくて済んだと吐き出した安堵の溜め息とともに、 二度と同じ過ちを繰り返させぬよう決定打をくれてやる。 「どこででも盛るな、年中発情期野郎!!!」 しかし、周囲から漏れたクスクスという控えめな笑い声に 赤く染まったベジータの顔を目にしたカカロットは、 やっぱり可愛いという思いを新たに、反省という言葉からは程遠い だらけた笑みを浮かべた。 「コイツがオレのベジータだ。・・・ベジータ、こっちが兄貴のラディッツで、 こっちが親父のバーダックな。」 「・・・・・・。」 妙なところを強調するカカロットに肘鉄を喰らわせながらも、 ベジータは黙然と浅く頭を下げた。 しかし、否、やはり珍しい訪問客に対する応対も、 親子とはいえ二人ともまったく違うものだった。 「・・・・へぇ。」 「・・・・・・・・・。」 「な、何か?」 にやりと片頬を上げるバーダックと、魂を抜かれたように茫然とする ラディッツの二人に見つめられ、困惑で眉をしかめたベジータに バーダックは静かに腕を差し出した。 慌てたように握り返された男のわりに白くきめ細かな手を撫でながら、 予想以上の出来だと内心息子を褒めたことなどおくびにも出さず、 嘘くさい爽やかな笑みを浮かべる。 「これから宜しく頼むぜ。俺のことはバーダックでいい。 聞きてぇことがあったら何でも聞いてくれ。質問は?」 「それより手を放し、」 「それにしても俺のクソガキがあんたみてぇな 別嬪(べっぴん)捕まえてくるとはなぁ・・・驚いたぜ、ベジータ。」 何故かいつまでも自分の手を撫で続けている義父へと向けた 弱々しい拒否の言葉は、矢継ぎ早に繰り出される彼の声に儚く掻き消されていった。 別に不快ではないのだが、やはり何となく落ち着かない。 相変わらず爽やかな笑みを浮かべ続ける男の長い話に口を挟む隙を、 ベジータは虎視眈々と狙っていた。 「だから手を、」 「二人ともここに住むんだろ?部屋の説明して、」 「馴れ馴れしく名前呼んでんじゃねぇよ、エロ親父。」 二度目の失敗を悔しがる暇もなく即座に話の腰を折ったカカロットに、 自分にはあれほど難しかったことを、いとも容易くやってのけたと称賛を贈る。 そのベジータの心境を知ってか知らずか、カカロットは凍るような眼差しで 浅からぬ因縁をもつ男を睨みつけた。 「それに早く手放せよな、ベジータが困ってるだろ。」 「いや俺は別に・・・。」 「ほら見ろ。別に困ってねぇじゃねぇか。男の嫉妬は見苦しいぜ、なぁ?」 同意を得ようと訳の分からぬ問いかけを口にするバーダックに、 これから一緒に暮らしていけるのかさすがに不安になったベジータの瞳に映ったのは、 未だ部屋の隅でぼんやりとこちらを見ているラディッツの姿だった。 子供のようにギャーギャーと喚いているバーダックの手を振りほどき、 埃舞い立つ中一人静かにたたずむ男のもとへ歩を進める。 「こんばんは・・・ラディッツ、さん。」 「うわっ!あ、あの、お、俺にさんとか付けなくて大丈夫だから! あと、う、うるさくてゴメン・・・。」 「いや、もう慣れた。これから宜しくな・・ラディッツ。」 「お、おう・・・ベジー、タ。」 お互いに照れながら最も一般的な握手を交した二人の前を、 カカロットの蹴りを喰らったバーダックが壁に飛んでいった。 同じ部屋に隙間なく敷かれた二組の布団に目をやる度に赤面するベジータの身体を、 あぐらをかいた自分の膝の上に乗せながら、カカロットは珍しく落ち込んだ声を出した。 己の一存で無理矢理引っ張ってきてしまっただけに、 今日の失態は彼の身に重くのしかかるのだ。 手持ち無沙汰からチュッと軽く音を立てながら耳朶に唇を寄せると、 首筋に廻された彼の腕にぐっと力がこもった。 「うるせぇとこでほんと悪ぃ・・・。」 「勝手に俺の部屋を解約したくせに。」 「・・・ああ。けどちょっとは悪いと思ってるんだぜ、これでも。」 「それなら俺を帰すか?」 「冗談だろ。お前が帰るっつったって、柱に縛りつけてでもここに居させるさ。」 「それじゃあもうここから出られそうにないな。」 「何だよ、出ていくつもりだったのか?」 「さあな。」 クスクスと笑うベジータの息にくすぐったさを感じ、 首をすくめて彼の身体を床に横たえる。 そのまま情事にもつれ込まされると思っていたらしい、 不思議そうな顔をするベジータに悪戯っぽい笑みを返し、 まなじりを上げたカカロットはずかずかと廊下へ歩いていった。 「・・・カカロット?」 訝しげな声にしっと人差し指を顔の前に掲げ、 電光石火の勢いですばやく襖を開け放った。 軽やかな音とともに現れたのは、先ほど会ったばかりの男二人で。 「・・・聞き耳立てるなんていい趣味してるじゃねぇか。」 地を這うような低い声を出すカカロットに必死に言い訳をする バーダックとラディッツの姿に、やっぱり帰ろうかと思いながら、 ベジータは大きな溜め息を吐くのだった。 願わくば明日も晴天ならんことを。 |