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婚前旅行 2

ナサ ◆QKZh6v4e9w氏

「……クロード」
落ち着かず、しばらくごそごそと身じろぎを続け、やがて大きく寝返りをうったサディアスはクロードの様子を窺った。
まだ宵の口でもあり、生殺しのような状態になったままでもあるので、案の定全然眠くない。
近づくなと彼女は言ったが、近づきたい。
近づいて引き寄せたい。
柔らかい腕に抱かれ、細い腰を抱いて、挿れて、啼かせて、わかりきっているので以下省略。
王宮の衛兵宿舎ではさすがに無理だったが、慎重に示し合わせてこれまでに数回は都の下町で逢い引きしている。
その逢瀬時の、いつもの態度とは隔絶の感のある甘い反応の記憶が細い後ろ姿に重なって、サディアスはたまらない。
だが壁際に消し忘れたままの蝋燭に照らされた彼女の背はぴくりともしなかった。

「もう寝たのか?」
サディアスはそろそろと起き上がった。
いくらなんでも、この状況はちょっと耐えられない。
彼女の意思はできるだけ尊重したいが、ものごとには我慢の限界というものがある。
女は怒ればあっさり状況を忘れる事ができるのかもしれない。
だが、男には無理だ。
クロードがどんなに怒ろうと厭味を言おうと聞き流そう。
いや、憎まれ口を叩こうとしたらその前に唇を塞いでやる。
彼は決心した。
「──そっちに行くぞ」
上半身を傾けて毛布に掌を滑らせ、広い寝台の半ばを一気に越境しようと試みかけたその途端、いきなり彼女が飛び起きて叫んだ。

「………あっ!!!」

度肝を抜かれてサディアスは尋ねた。
「ど、どうし」
クロードはふんふんと自分の両腕を鼻先に寄せ、小さく呟いた。
「…やべぇ…!あー、良かった……あの女が来てくれて助かったぜ!」
彼女は勢いよく彼に顔を向けた。
「サディアス!」
「なんだ」
「風呂屋に行け」
「風呂?」
あっけにとられてサディアスはクロードの顔を見た。
「今から?」
「そうだよ。来る途中にあっただろ。鍛冶屋の近く」
確かに、やたら温い湯気の吹き出ている界隈があったことをサディアスは思い出した。
「だが、なぜ今なのだ?」
クロードの、薄暗いので紺味のかった碧い目がきらりと光った。
「とっとと行かないと閉まるじゃねーか。ほら、行った行った」
「おまえは?」
「俺は無理だ、見た目と中身が違う。行く時、食堂で盥と湯を頼んでくれよ。湯はたっぷりだぜ」
矢継ぎ早に言うとクロードはすばやく床に降り立った。サディアスが動かないのを見て眉をよせた。
「なにしてんだ?急げよ」
「いや、それより俺は、おまえと──」
クロードはサディアスの荷物に突進すると、それを抱えて投げてよこした。
思わず両手で受け取ると、彼女はいらいらと掌を振った。
「ほらそれ持って。急げってば!」
忙し気にせきたてられるままに、気付けばサディアスは上着を着、革ブーツの紐を結んでいた。
マントを羽織っている最中、無情にも、部屋を追い出された。




サディアスはとぼとぼと未だ人影の多い通りを歩き、営業終了間際の風呂屋に入れてもらうことに成功した。
こういう時、特に何も言わずとも生まれついての強面と大きな躯は役に立つ…ただこの特質は、元副長である婚約者に対してはもはや何の効力も有しないが。
ほかに客はもう二・三人しかいなかった。
天井の低い小さな室の壁際に並べられた熱した堅レンガの上に、係の男が瓶から水を振っている。
残っている客のためというよりはレンガを完全にさますのが目的だろう。
それを横目で見ながら室の外でマントを外し、上着とズボンをとり、さらに下着を脱ぎ──、彼ははたと気付いた。
レンガから立ち上る新鮮な湯気に誘われて、もわりと滲み、たちのぼる自分自身の汗の臭いに。

それもそのはず都を出てからの丸二日間、街道を馬で駆けっぱなしだったのだ。
それに昨夜は野宿のため当然ながら身ぎれいになどできなかった。
室に入り、他の客に遠慮しながら作りつけられた座の端っこに座る。
顎を撫でてみるとざらつくひげが掌に痛い。
湯気でふやけるまで待ち、試しに腕を親指の腹で何度かこすると埃と垢が丸まった。
「…………」
サディアスは、壁に広い背をもたせながら考えた。

女はきれい好きだというが、これが自分を追い出した理由なのか?
臭いと彼女は思ったのだろうか。
クロードも湯浴みすると言っていたが──。

───彼女はいつマントと上着を脱いだのだろう。

寝台の果てで跳ね起きたときの彼女の格好を、サディアスはようやく思い出した。
ブラウスだった。あれは確かに上着ではなかった。
いつの間に?
どうも、あの脱色した髪の女が来た時にはもうすでにブラウス姿だったような気がする。
肩を揉んでやろうと申し出てくれた時か?
違う。その後だ。
うつぶせになっていろと言われた。
あの時に脱いだのか?
見られるのは恥ずかしいから?それとも驚かそうとして?
いや、それはどうでもいい。
あの女さえこなければ、もしかしたら物事が非常にうまく進んでいたのか?
───そうなのだ。
その前の『妙に可愛らしいあくび』に『これ見よがしの肩こり宣言』に、『視線をあわせての甘えた微笑』。

サディアスはがばと躯を起こすと、室に備え付けの粗布をでかい掌で鷲掴みにした。

くどくど考えずさっさと行動に移っておれば、今はとうに彼女を抱いておれたに違いない。
なんと自分は…もう我ながら突っ込み飽きたのだが、間抜けで鈍感な弱腰男なのだろう。
彼女に言わせれば、たぶんいろいろ慮かりすぎて建前ばっかり言っている自分が悪い。
自分に言わせればいろいろひねくれていてさっさと本音を言わない彼女が悪い。
お互い様ではあるのだが。
結果的に風呂に入れてよかったのだろうが、なにはともあれこの有様でよくぞクロードは愛想をつかすことなく傍にいてくれるものだ。

急がねば。




出たときとは別人の勢いでサディアスは、腕に抱えたマントの裾を翻しながら宿屋に駆け込んだ。
狭い廊下を抜け、重量に文句を言う階段を二段飛ばしに踏みつけると左に曲がり、部屋の扉の取っ手を掴む。
開かない。
そして彼は鍵を持っていない。
「クロード!」
サディアスは肺活量全開で呼びかけた。
「クロード、俺だ!」
部屋の中から軽い足音がしたかと思うとガチャガチャと、錠をいじる音がたつ。
いきなり扉が開き、まさにその表面を拳で叩こうとしていたサディアスはもんどりうって部屋に転がり込んだ。
「…静かにしろって、馬鹿!でかい声出すんじゃねぇ!」
床から顔を上げ、サディアスは謝ろうとした。
「すまん。だが──」
喉に空気が通らなくなり、彼は青い目を丸くした。

ほっそりした片足ごとに五本ずつ、合計十本の指が並んでいる。
サディアスの足と比べると細工物じみた小ささで、どこか同じ人間のものとは思えない。
きちんと指の先ひとつひとつに爪が並んでいて、肌の白さにはめ込まれたそれは健康な血色を映した桃色だ。
きゅっと引き締まった足首へ、そこから滑らかな脛へ、歪みのない線が続いている。
その線は遮られることなく可愛らしい膝に這いのぼり、そこで機能美を描いたあと、弾力の強いしなやかさを得てさらに上へと続いていた。
太腿の上半分を覆っているのは着替えらしき白のブラウスで、脚の線は裾で断ち切ったようなすとんとした直線で途切れている。
だがそのそっけなさが、かえって、衣服の内側で華奢な躯が脚と同様、細身ながらも魅力的なラインを形作っていることを容易に想像させてしまっている。
クロードが靴もズボンも履いてない事がサディアスにはわかった。
…たぶん、下着も。

もっともそれすら予想できないとなるともはや、人としてすら不合格になってしまうだろうが。

「大丈夫?」
クロードが床に両膝をついた。
サディアスは差し出されたその手を掴み、引いた。
ささやかな重さが容易く腕の中に納まり、そのしっとりと潤ったような躯を彼は夢中で引き寄せた。
湯浴みをしたばかりの肌と石鹸の匂いが入り交じり、サディアスの記憶の中でクロードの匂いとして認識されているそれに重なっている。
「風呂に入ってきた」
「そう」
クロードはまだ濡れている黒髪の頭を傾け、サディアスの首に腕を巻いた。
「さっぱりした?」
「うむ。……おまえも、いい匂いだ」
「そう」
クロードの声に安堵が滲んだ。
「良かった。クサイって思われんの、やだもん」
サディアスは呟いた。
「おまえがどうでも、俺は構わなかったのだが」
クロードはちょっと黙り、彼の見える範囲の首すじが赤くなった気配がした。
腕をほどいた彼女は、サディアスの青い目を憎たらし気に見た──つもりだろうが、視線が柔らかいのでたぶん意図どおりの迫力はない。
「……そんなの、恥ずかしい。ばか」
サディアスは頷いた。今回ははっきりと自覚がある。
「それでも本当に、それで良かったのだが」
「あのな……。ま、いいや。ほら、立って」
クロードは身をくねらせるようにして腕から抜け出し、サディアスの腕を引っ張った。

立ち上がった巨漢と手を繋いだ彼女は、綺麗な碧い目で彼を見上げた。
「じゃあ約束どおり、肩、揉んであげるね」
「いらぬ。それより俺が揉んでやろう」
クロードを宙に引っ張りながらサディアスは、部屋の奥の寝台に向かった。




「揉むって…」
寝台にクロードをひっくりかえし、サディアスはその横にあがりこんだ。
「肩が痛いのだろう」
「……ううん」
クロードは赤くなった。
「あれ、嘘」
「遠慮するな」
サディアスは笑った。素早く彼女を転がして、うつぶせにしてしまう。
「え、あの…でも、悪いし」
じたばたするクロードの首根っこをおさえつけた。力は加減している───つもりだ。
そのまま大きな掌で首すじから肩へのなだらかな線をおさえ、柔らかく揉み始めた。

窓の下の街路で、酔っぱらいが何人かあやしげな歌をがなり始めた。
とても聞けたものではない。
どこか別の建物で窓を開けた誰かがなにかを叫んでいるが、サディアスの耳には聞こえない。

「…あ。気持ちいいや…上手」
クロードのくぐもった声がした。
揉みながら、サディアスは答える。
「だろう?……『遠慮するな』」
彼女は幸せそうに小さな溜め息をついて毛布の合間に沈みこんだ。
リラックスしている様子だ。
こんな時が、彼がクロードをしみじみと女性だと実感する瞬間だったりする。
その気があるとわかっている男相手に、そして自分もそれがイヤではないくせに、同じ寝台の上で、ほのぼのとした平和な状態にすぐ頭が切り替わるらしいのが不可解だ。
それはサディアスが、一旦欲望に囚われるとそれを吐きおえるまでは弛緩することができない男という種族だからなのだろう。
女は「あなたに抱きしめられているだけで幸せ」とよくのたまうが男にはそうは思えない。
もちろんしっかり抱きしめてはやるがそれは通常その先の目的のためなのだ。
女式の快楽につきあってやりたいのはやまやまだが、サディアスだって我慢してきた。
いい加減、自分の側に彼女を引きずり込んでも文句を言われる筋合いはない。

肩から二の腕に掌を滑らせ、その細い危うさを堪能しながらサディアスはまだ真面目に揉むふりをしていた。
矢を引く右腕が左にくらべると多少かたい。
だが、その腕前は男並か男をしのぐほどなのに、筋肉はあからさまな発達のしかたはしてはいない。しなやかな腕である。
柔らかくしまった背中の、肩甲骨から背骨に沿ってを指でほぐしてみる。
指先に伝わる弾力も、染み込んでくるような皮膚の柔らかさもそれだけで彼を誘っているようだ。
躯を覆っているのが薄いブラウスだけなのはとっくにわかっているので、あまり胴から下に手を置かないように気をつけている。
クロードの安心しきったような横顔に喜びと満足を感じるが、穏やかなそれは今はあまりにも弱い感情だった。

そろそろ、裏切りはじめることにする。



サディアスの掌が離れた気配に、クロードは薄く碧い目を開けた。
なかなか次の感触が訪れないので、これで終わりなのだと彼女は思った。
躰をほぐされる快感に本当にうっとりしていた。
こうなると、やはり相手の躰もほぐしてやりたくなるのが人情というものだ。

「ありがとう、サディアス。じゃ、次は交替」
肘をついて起きあがろうとしたところをおさえつけられた。
背中から腰に滑った大きな掌が上から圧している。
「遠慮するな、と言っておるのだ」
「あ、でももう…」
いいよ、と言いかけた言葉は尻窄みに消えた。
腰に降りた指先が、ブラウスの裾にするりと潜った。


「あっ」
「うむ?」
肩をねじって振り向いたが、サディアスは至極真面目ないつもの顔をしていた。
「……ううん…」
すぐに背中に戻った指が背骨の下側をおさえはじめたので、クロードは今のは自分の勘違いかもしれないと思った。
多少裾があがってしまったのが気になるが、過剰に反応するのも大人げない。…お尻が見えそうですこし恥ずかしいと彼女は思いながら、それでもおとなしく毛布に顎を埋めてみる。

いきなり寝台が揺れた。
その揺れはさほどでもなかったが、背の大部分にサディアスが覆い被さった気配がして、彼の匂いが流れた。
体重はかけてこないが、温もりが伝わって圧迫感を感じる。
クロードは慌てて毛布の上に掌をついたが、うなじの付近にまた、平穏な声が落ちた。
「手が届かぬからな」
「そ、そう…」
サディアスの掌が、親指を背骨にあてひろげたようなかたちで彼女の躰をあがっていく。細さを確認されているようで、クロードはかなり落ち着かない。
どこに手が届かないのだろうと考えていると、するりと乳房と毛布の間に、その厚い掌は潜り込んできた。
これではっきりした。
「サディアス!そこは凝ってないから!」
クロードは跳ね起きようとしたが、同時に落下してきた重量に呻いて諦めた。
すぐにそれは退いたので、サディアスには彼女を圧死させるつもりはないらしい。

「いや。気づかぬだけで、本当はひどく凝っているかもしれぬぞ」
その声に、どことなく愉しんでいるような、興奮しているような軽みがある。口調は全く変わらないのだが。
さすがに元衛兵長だよなぁ、とクロードはどうでもいい感心をする。
この男が表面上、感情を隠すことが得意なのは知っているが、緊張するとどもる癖までが彼女と致す場合に限って姿を消すのが不思議である。
せっぱつまってくると緊張も照れも薄れるらしい。
これはこれでやはり単純な男だと、言っていえないこともない。



ごつごつ節くれ立った彼の指や関節を押しつぶしていると自分の躯のほうが痛いので、クロードは仕方なく肘をついた。
あまり躯を浮かせると今度は背中が分厚い胸にあたってしまうので、どこまで力をいれればいいか、迷う。
迷っていると、乳房を柔らかく握られた。
「……」
は、とも、あ、とも違う吐息をかみ殺し、クロードは躰を丸めるようにして、赤くなった顔を伏せた。
首を曲げすぎたのか、きっちり閉じていないブラウスの胸元から、内側がぼんやりと見えた。



あまり大きくない、白い乳房が目の前にある。
ブラウスの裾をはねあげた逞しい腕が脇腹をまわり、指をひろげた掌が乳房を焦らすような弱さで揉んでいる。
いつもはかたちがいいのに、もうその面影などはない。めまぐるしくかたちが変わる。
下を向いているので余すことなく掌におさまった重量が思いのままに捏ねられていた。
そうこうしているうちに、もう片方の腕も反対側から潜り込んでくる。

彼女は小さく喘いだ。
「…ぁ……」
自分の躰を愉しんでいる彼を見る余裕はいつもはあまりないので、クロードの頭の芯はそのエロティックな眺めにすっかり占領されてしまった。
薄い闇の隠微な眺めから目を離せずにいた彼女の肩がびくりと跳ねた。
その勢いで、サディアスの肩の後ろにとどまっていたマントがばさりと流れ落ちた。
うなじに吸い付いた軟体動物の正体は明らかで、それが濡れた音をたてつつ細い首すじに動きはじめるとクロードはついに声をあげた。
「そっ、それ、揉むって言わない!」
「……」
顔をあげる気配。
「…では、何と言うのだ」
「舐め…てるんだろ」
「そうとも言う」
それきり言葉はやみ、そうもなにも、舐めるのは舐めるってだけじゃねぇか!と叫びたいのに、現実にクロードの唇を割るのは情けない喘ぎだけだ。

いつも逢瀬の時には時間がなかった。
二人とも熱心だったが、いつもあわただしく時間を気にしていた。
だから、サディアスがこんなにけろっと『遊び』をしかけてくる事もなかった。


「サディアス…ねえ…」
耳のあたりを咬まれながら、クロードは細々と呼びかけた。
彼が愛撫をするたびに躰を叩くマントが気になっている。
「ねぇ、あの…」
いつまでサディアスはこんな格好をしているのだろう。
自分だけ湯上がりのままの適当なブラウス姿(しかも胸ははだけているし裾はまきあがっている)なのに、サディアスだけきっちり服を着込んでいるのが、恥ずかしいというか羨ましいというか、つまり恨めしい。
「やはり凝っているようだぞ」
サディアスの指は、乳房の先端をさっきからつついてくる。
掌におさめたまま動けなくして、といういかにも憎たらしいやり方である。
逃げられない。
クロードは染まったままの顔を振る。逃げるつもりもないが、すこしは抵抗のそぶりだけでもさせてくれればいいのにと思う。
彼のする事に一直線に反応してしまう様子を見られているのはひどく恥ずかしい。
「サディアス、ったら……あぅ…」
返事をしない彼に苛立ち、声が大きくなったところですっかり目覚めた乳首をピンと弾かれた。
軽くのけぞり、その事自体が照れくさくて彼女はまた肩をすくめる。
「なんだ?」
「は……あ、あの、服…脱が、ないの?」
サディアスの躰がずしりと腰にかかる。
乳房ごと上半身を絡め取るように腕を胸の前で交差され、耳に声が響いた。
「脱いだほうがいいか?」
内心では、当たり前だ!と叫びたい。
だが元副長の威勢の良さはどこに行ってしまったのか、今の半裸の躰には喘ぎや吐息しか詰まっていないようだった。
クロードは仕方なく、辛うじて出せる声で呟いた。
「うん…お願い」
「わかった」
サディアスの躰が離れた。
ふう、とクロードは小さな息をつく。
彼の重みは嫌いではないが、なにせ大きな躰なので、長い時間はきつい。



彼女はころりと転がって身を起こした。
マントの留め金に手をかけながらサディアスが、いかつい顔をほころばせて彼女を見ている。
その目の青さがいつもよりわずかに薄い事に気づくと、彼女はとっさに前をあわせた。
ブラウスのボタンが、いつの間にか全て外されている。
「いっ、いつの間に外したんだよ!」
男の躰の下から離れると、いつも通りの口調が口をついて出た。
サディアスはどんどん服を脱ぎながら言った。
「さあ」
「さあじゃねぇよ!」
サディアスは服も下着も広い寝台の片隅に放り出し、のそりとクロードに近づいた。
ブラウスを気にしている彼女の胴を捕まえて引っ張り寄せた。
「要らぬだろう」
「そりゃ……」
碧い目が、困惑の表情を隠して見上げてきた。
「……そう、だけど」
「クロード」
「え?」
「手を貸せ」



彼女がサディアスの顔ばかり見ているには理由がある。
服を脱いだ彼の股間を目の当たりにするのを避けているのだ。

通常の状態ならまだしも興奮したそれはおそらく造形的にもこっけいというか間抜けなものであろうから、女の恥じらいを別にしてもしかたないといえば仕方ない。
だが、見て欲しいわけではないが、無視されるのは困る。
他の男は別に困らないのかもしれないが、サディアスは困る。
というのもクロードの指は、比べるも愚かだが彼の指などよりはるかに細くてしなやかだ。
本人は矢だこがあるんだぜと主張するが、気になるほどではない。
逢瀬の時にその指を絡めてもらった時の快楽が忘れられない。
ゆっくりできるときにぜひとももう一度してもらおうという密かな決意を一方的に固めていたのだが、今こそがその絶好の機会だ。



彼の拳に握られてそこまで導かれると、クロードの目元は赤く染まった。
「えっ、あ…」
見ないわけにはいかないし、でもまじまじと見るには抵抗があるらしい。
躰の奥深く沈められるのは気にならないくせに、女とは不思議なものである。
背中を引き寄せて、困惑から解放してやることにする。
ブラウスがまといついてはいるがもう裸も同然の姿で、クロードはサディアスの肩に顎をかける格好になった。
裾のはしから尻が出ている。
白い、可愛い尻だ。
浮かせたその尻に続く腹に隠されてみえないあたりに、勘でクロードの手を押しつけた。
耳元で、クロードが小さく息を漏らした。
「………すご」
かなり硬くなっている事に触れられて気づく。
ずっと気分が盛り上がっていたので慣れてしまっていたのかも知れぬ。
先端を、指先がすぅっと撫でた。
もう一度撫でた指先が濡れている。その指で輪郭を辿るように、クロードはモノを撫でた。茂みをおさえ、幹の長さをあらわにする。
その下の実を軽くつつく。厚ぼったい皮をひっかくようになで上げて、彼女はだらりとした重みを掌に載せた。

だんだん、クロードが愛撫に力を入れ始めたのがわかった。
彼女が小さく呟くのが聞こえた。
「……面白い、ここ…」
最初はいやいやという気配もあったが、さわっているうちに興味を覚えたのだろう。
袋は袋で嬉しいが、どちらかというとずばりそのものの棒に触れて欲しいのだが。
どうやらこりこりした楕円の玉が、触れるとにゅるりと逃げていく独特の感触の虜になったらしい。
クロードの愛撫がいつのまにやら実験をしている気配を漂わせはじめたのを感知して、彼は憮然とした。
「待て。……もういい」
「待ってよ」
クロードは躰を起こした。きらきらした碧の目は魅力的だがなんだか雰囲気がいつもと違う。
「どうしてこうなんだろう」
もうほとんど乾いたらしい、短い黒髪が宙を舞った。
呆然としているサディアスの膝に手をついて、顔を近寄せた彼女はじっとモノを見つめた。
「おい」
サディアスはもじもじした。
無視されると傷つくが、注目されると結構恥ずかしい事を発見する。
「…そう、じろじろと見るな」
持ち主は照れくさいのに、珍しくも綺麗な女性に注目されて張り切ったのか、モノは萎える気配もなく誇らしげに勃ちあがって揺れている。
「クロード」
「…ねぇ」
クロードは邪魔なのか、前髪をかきあげた。
「ここも洗ってるよね?」
当然である。サディアスは頷いた。
「洗った」
「じゃ、平気かな」
「なに」
が、と言いかけてサディアスはくぐもった声を漏らした。



ぱく。

そういう擬音が聞こえそうな邪気のなさで、彼女がそれを銜えたからだ。
一口に銜えられたわけではなくほんの先のことではあるが、モノがモノであるだけにその刺激は凄まじかった。
唇の内側に熱い舌に小さな鋭い歯の先端に口腔の内側の濡れた暖かさが一気に先端を包み込む。
「うお」
変な声を出したサディアスを気にもせず、彼女は口を離した。
「…大きいんだ」
感心したように彼女は呟いた。
「そ、そうか」
なんだか襲われているような気がする。サディアスは襲撃に喜び勇んでびくびくと震えているそれにちらりと目をやった。
クロードがまたかがみこんだ。
今度はなんだ。

ぺろ。

舐めた。
「うおっ」
サディアスは、また驚きの声をあげてしまった。
いや、今回ここまでさせるつもりは。
クロードは今度はすぐにはやめなかった。
先の、広い部分をつるつると舐め、先っぽの孔から滲み出る液体まで丁寧に舐めとっている。
「……変な味…」
こもった声が幹にぶつかる。サディアスは必死でその肩を掴んだ。
「そ、そうか。もういい。無理をするな」
クロードは顔をあげた。
荒げた息で上下する分厚い胸板を眺めている。
「……サディアス、…なんだかすごく気持ち良さそうだな…」
見上げてくる目の碧がこれほど危険な色に思えた事はない。
「いや、クロード、もういい。いいから顔を…」
サディアスは元衛兵長の威厳を身に纏おうと努力したが、こんな状況でそれができる男はおそらく世界広しといえども一人としていないだろう。

はむ。

「うわ」
ついにクロードはそれを含むと、口の中で飴玉でも舐めるようにくまなくしゃぶり始めた。
時々歯がぶつかるが、それでも気持ちいい。
それなのに気持ちいい。
なぜだ。
ぺちゃぺちゃと、腰が抜けそうな唾液だかなんだかの音がたつ。
「クロード、頼む。やめろ、このままではイく」
見栄もなにもなく、サディアスは渾身の力でクロードをひっぱがした。

彼女のしわくちゃになった男仕立てのブラウスは、もはや本来の用途である、躰を隠す役には立ってはいなかった。
その上の白く整った顔は不満そうである。
呼吸が少々乱れているのがその淫らさを増幅させている。
「……なんだよ。すごく気持ち良さそうだったのに」
「それが困る!肝心の事ができなくなるではないか」


「肝心…あ」
勢いよく押し倒されたクロードは、すぐに上に載ってきたサディアスの下で身をよじった。
「待って、まだブラウス脱いでない」
「着ていても同じだ」
「でも……あっ」
クロードは唇を開いて小さな声をあげた。
太股の間に割り込んできた彼のモノが当たっている。
碧の目が不安そうに瞬いた。
「あの、む、無理じゃない…!?い、今、凄い事になってるのに」
サディアスは囁いた。
「これまでも入った」
「今まではちゃんと見てなかったから!」
クロードは言い返した。
「見たら…その…なんか……」
「舐めてくれた」
サディアスは面倒そうに、さらに低く囁いた。
「……………か、可愛かったんだもの。ぴくぴく揺れてて」
クロードは赤くなり、サディアスに抱きついた。
「では、怖くはないだろう」
「………うん」

その腰の後ろを抱きとり、ゆっくりと太腿の間に入り込む。
「…んっ…」
細い躯がかすかにのけぞった。
「あ……あん……」
おしいられた花の芯から熱い蜜が溢れてサディアスにたっぷりとまつわりつく。
これ以上ないほど硬く充血した幹のこわばりも充分滑らかに入り込めるほどの濡れかただった。
「クロード……」
反応を見ながら、これ以上進めなくなるところまで入り込む。
「……んん……」
クロードが顔を反対側に背けて喘ぐ。
おそらく苦しいわけではなかろうが、自分の内側に男を迎え入れるのがどんな感覚なのかサディアスには想像もつかない。
ただただひたすら、彼女の中は熱くてきつくてぬるぬるしていてとてつもなく気持ちいい。
「…ちゃんと、入ったぞ」
「…はぁ……」
クロードは、いつの間にか瞑っていた碧い目を開けた。
「…ほんとだ…あ…すごいね…」
サディアスの肩にまわしていた腕をおろし、自分のなめらかな下腹部をそっと指先でおさえる。
「……ここ…らへん、かな……?」
この感覚のもとがさっき見たものなのだと納得しているらしい。
やっと挿入できて軽く満足したサディアスは、そこですかさず提案した。
「動かしてみるか」
クロードは顔をあげて微笑した。
「…うん」



その躰をしっかと抱きしめる。
彼女の腰はたしかに細い。
男女の違いというだけでなく、サディアス自身の躰の大きさが人よりも違うので、なにやらひどい事をしている気分に、たまになる。
それでもクロードはいやがらないし、サディアスのその大きい躰すら好ましいらしい。
それが、彼も嬉しい。
愛されているような気がする。

ゆっくりと始めた動きが早くなっていくのに、さして時間はかからなかった。
サディアスがこれまで辛抱していたせいもあるし、クロードの反応が良かったせいもある。
「ん…あ、はぁ…ねぇ、だめ……だめだよ、そんな……」
何度もサディアスの名を呼び、彼が突き上げる時々に漏らす喘ぎも声も、切羽詰まって切な気でとても可愛かった。
「あ、あ…あっ、サディアス、だめっ……もう…!…」
熱く叫んで全身をしならせ、震えながら、彼女の中がサディアスを絞った。
これまでにも軽く波のきたことはあったらしいが、彼にもはっきりとわかるほどの反応を彼女が与えたのはたぶんこれが初めてだった。
「あ…っ、あっ、あ…あ…!…………」
大きく息を吐き、緊張していた躯の力を全て手放して彼女はサディアスの腕の中に崩れ込んだ。
「は……あ……ぁん……」
潤んだ碧がぼんやりと彼の顔に視線を這わせた。
「ん…っ……」
まだひくひくと震えている。
彼女は囁いた。
「…今のが、そうなんだ……」
「…は、……あ、良かったか……?」
「すっごく」
甘い吐息をついて、クロードはサディアスの動きが変わらないのに気付いた様子で小さく呻いた。
腰をくねらせて啼き声をあげる。
「……そんなに、しないで…あ、んっ…なんだか、…また変に、なっちゃう…」
「まだ、だ」
「え?」
「俺は、まだなんだ」
散々妙な状態が続いたためか、いつもとペースが違ってサディアスは少し焦っている。
クロードの頬にまた赤みがのぼった。
しどけなげに腕を伸ばして彼の躯を抱き直す。
「……ごめんね」
クロードが謝る筋合いではない。
「サディアスも、はやくきて…」
彼女は、彼の動きにあわせるように腰を優しく応えさせはじめた。
しばらくそれに耐えたあと、柔らかな背を力一杯抱きすくめ、サディアスは歯を食いしばって呻いた。
「く…!」
「サディアス……」
やっと訪れた射精の間、彼女は彼の頭を抱いて細い喉元に置かせてくれていた。

こんな女が抱けるのなら、すこしぐらい理不尽だろうが焦らされようがなにほどの事はない。
深い疲労と満足の中、サディアスはそう思った。




広い寝台に敷かれていた毛布のあちこちに服が散らばり、ブラウスが枕元に放り出されている。
裸のままの二人は互いの腕にそれぞれの黒髪と赤毛を預けてぐっすりと寝入っていた。
部屋の気温は低いのだが、毛布と互いの温もりのおかげで、たぶん風邪をひくことはないだろう。

宿の下の街路でしつこく歌っていた最後の酔っぱらいも、いつの間にやら退散したようである。
静かに更けていく夜は、まだかすかに冬の名残をとどめていた。






おわり


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