Plein Soleil

 身体の上にタオルケット一枚掛けた状態で、薪はうつらうつらとしていた。時折肌の上を微風がなぞる。部屋の隅で扇風機が回っているのだ。室内の温度も、ちょうど暑くも寒くもないぐらいに調節されている。青木が設定してくれたのだろう。
 そのうち玄関の方で何か物音がした。気になって起き上がると、部屋に青木が入ってきた。
「もう終わりましたよ」
「何が?」
「クーラーの修理です。ちょうど今修理の人が帰りました」
「ああ……」
 修理業者は予定より早く到着したらしい。時計の針は正午過ぎを指していた。自分では軽く目を閉じただけのつもりだったが、思ったより長く眠っていたようだ。
「勝手に応対しちゃってすいません。薪さんよく寝てたから、起こすのが忍びなくて」
「いや、助かった。代金は立て替えてくれたのか?」
「はい。領収書はテーブルの上に置いておきました」
「分かった」
 ふと横を見ると、ベッドサイドに水の入ったコップがあった。
「あ、それ、起きた時に喉乾くかなって思って、用意しといたんです。でももう温くなっちゃいましたね。入れ直してきます」
「替えなくていい。常温の方が胃を痛めないからいいんだ」
「そうなんですか」
 コップを取って、温くなった水を飲む。あまり美味くはなかったが、やはり身体が水分を欲していたようで、するすると飲み干してしまった。
「お代わり持ってきましょうか?」
「いや、いい」
 視線を上げると、青木が物言いたげな表情でこちらを見ていた。彼がどう話しかけようかと迷っているのは分かった。だが上から見下ろされているのは、一方的に見られているようで居心地が悪い。薪が「座ったらどうだ」とベッドを示すと、青木は遠慮がちに端の方に腰かけた。
「あの……」
 彼は何度か口を開いたり閉じたりした後、恐る恐る尋ねてきた。
「お体は大丈夫ですか? どこか痛んだりだるかったりするところはありませんか?」
「別に」
 薪はそっけなく答える。本当のことを言うと、まだうっすらと肌がざわつくような感じがしていたが、それを素直に彼に教えるのは癪だった。
 薪の返事を聞いて、青木はほっとしたように微笑む。しかしすぐに表情を改めて、「すみませんでした」と頭を下げてきた。
「そのことならもういい。さっき謝っただろう」
「あ、いえ、そっちのことじゃなくて」
 そう言うと、彼は天井をちらりと見た。彼の視線の先には、今も無音で駆動しているクーラーがあった。
「この部屋のクーラーは壊れてないこと、俺気づかなくて、薪さんに暑い思いさせちゃって……」
 なんだそのことか、と薪は思った。
 この部屋に入ると、薪は真っ先に室温を下げようとした。しかしリモコンが見つからなくて、クーラーをつけることができなかったのだ。余裕のない状態の青木をいつまでも待たせておくわけにもいかず、仕方なくそのまま始めてしまった。
「俺がものすごく焦ってたから……薪さん、俺に気を使ってくれたんですよね?」
「別に、そういうわけじゃ……」
 薪は口ごもる。青木の言うことを認めると、自分が彼に甘いことまで認めてしまうようで嫌だったが、そうじゃないと否定すると、自分もしたがっていたということになってしまうので、なんとも答えづらかった。
「そういえば、リモコンはどこにあったんだ?」
「ベッドと棚の間に落ちてました」
「そうか」
 たまに寝る前にリモコンを操作して、手元に置いたままにしてしまうことがある。それで寝ている間にベッドから落としてしまったのだろう。どうしてさっき気づかなかったのだろう。おかげで散々汗をかかされてしまった。
 青木の興奮は一度では治まらず、薪は何度も彼の求めに応じさせられた。ことが終わって本日三度目のシャワーを浴びる頃には、ほとほと疲れきってしまった。
 そういえばそのシャワーの際にも、青木はやけにべたべたと薪の身体に触りたがっていた。ただ触るだけでなく、悪戯めいたことまでされた。その直前まで何度も抱き合って、彼の欲求を解消させてやったにもかかわらずである。
 薪は片膝を抱え込むようにして座り直した。そして青木に話しかける。
「今日のお前、なんかおかしかった」
「あ、はい……」
「欲求不満だったのか?」
「よっ……」
 青木は不本意そうな表情をする。しかし薪が真顔で見つめ返すと、ふいと視線をそらして俯いた。薪は首を傾げて、更に下から顔を覗き込む。すると彼はぽつりと呟いた。
「だって薪さんがあんな格好してたから……」
「あんな格好?」
 そう言われても、薪にはとんと心当たりがない。実のところを言うと、チャイムが鳴らされた時点で、まだ下着しか身に付けていなかったのだ。彼が来たので咄嗟にその辺にあったものを上に着たのだが、それが何かまずかったのだろうか。
「薪さん、いつもはあんなにしっかり着こんでるのに、今日に限って腕も脚も丸だしの見せ放題で……そりゃくらってなりますよ。正直、裸よりエロかったぐらいなんですから……。その上、下着もつけてないって分かったら、もう誘われてるとしか……」
 青木は意味の分からないことをぶつぶつと呟いていたが、その中に聞き捨てならない言葉があった。薪は眉をひそめる。
「おい、人を露出狂みたいに言うな。第一、下着ならちゃんと履いてただろうが」
「え?」
「そういえばお前、ソファで散々尻を触ってたな。あれ、下着の下に下着を履いていないのか確かめてたのか。何を馬鹿なことを」
 薪はとことん呆れ果てた。彼が一体何を考えているのか分からなかった。
「お前、下着は二枚重ねするタイプだったのか?」
 青木が服を脱ぐところはこれまでにも何度となく見ている。しかし、彼がそんなおかしな真似をしているのは一度も見たことがない。それとも単に自分が見過ごしていただけなのだろうか。
 すると、青木は慌てて否定した。
「ま、まさか、そんなことしませんよ。……え? ってことは、つまりあの水色のショートパンツが……」
「ショートパンツ? その言い方はおかしいだろう。正しくはショートトランクスだ」
 青木の言い間違いを訂正する。すると、彼は急に脱力して項垂れた。膝の上に両肘をついて、手で顔を覆い隠してしまう。
「なんだ……俺の勘違い……」
 薪の視点からは彼の後頭部しか見えなかったが、耳が真っ赤になっていることだけは、かろうじて分かった。

コメント

あやさん

ああ、やっと謎が解けました(想像力無さすぎ)
青木は薪さんがノーパンだと思ったのか^^;
薪さんはヒラヒラしたトランクスを穿くイメージじゃなかったし。
薪さんから誘われるのもほとんどないでしょうから青木は嬉しくて暴走しちゃったんですね。
でも、仕切り直してさせてもらえたからよかったね!
おっさんのパンイチは見苦しい(うちの旦那も夏はズボン穿かない)
けど薪さんならスラッとした脚に釘づけですよね。
青木の勘違いに気づいたら薪さん、ますます可愛く思いそう^^

> 薪さんから誘われるのもほとんどないでしょうから青木は嬉しくて暴走しちゃったんですね。

石鹸の匂いがする薪さんを抱きしめたら、思いのほかお尻が柔らかくて、
青木どきっとなっちゃったんです。
しかもその後お尻を撫で回したら、薪さん全然拒否しないし(笑)。
その時の青木の内心の葛藤はこんな感じでした。
「え、これって……そういうこと、なのか? 風呂に入ったのもそのため……?
いやいや、まさか。落ちつけ、俺。薪さんはそんな人じゃないだろう。
第一まだこんな明るいうちからなんて、薪さんの性格上絶対ない……
ああ、でも修理の人が来るの昼からって言ってたっけ。じゃあ時間はあるか……。
……って、そういうことじゃなくて!
あ、でもお尻触らせてくれる……てか、いつもより体温高くないか?
じゃあやっぱり、そうだと思っていいんだろうか……。うっ、いい匂い……」
こののち青木プッツン。
次に気が付いた時には、目を真っ赤にした薪さんに睨み付けられてましたとさ☆

 

しづさん

そうか! パンイチか!
わたしもノーパンだとばかり思ってたー。

我が家では休日になるとシャツとパンツだけで家の中をうろうろする男を「パンツ星人」と呼ぶのですが、
薪さんがそういう姿で人前に現れると言う可能性が浮かばず、失礼な想像をしてしまいました。
沈丁花さんの薪さん、原作まんまだから。全然想像つかなかった。

ところで、オットはわたしの前ではパンツ星人なのですが、義母の前ではちゃんと服を着るんです。
薪さんはそこまで気を許してるってことですね、家族以上ですね、青木さん。よかったね。
首尾よく事が運んだことも併せて、良かったね(^^

> わたしもノーパンだとばかり思ってたー。

わーい、引っかかってくれてありがとう〜。
ところで私、ノーパンについてはさほど関心がなくて、
世間の人がパンツを履かないことにどうしてあそこまで騒ぐんだろうって常々不思議だったんですが、
今回薪さんがノーパンになることを真面目に考えたら……そりゃ大変だなって思いました。

> 薪さんがそういう姿で人前に現れると言う可能性が浮かばず、
> 薪さんはそこまで気を許してるってことですね、家族以上ですね、青木さん。

パンツ星人……なかなか楽しいエピソードで(笑)。
そうですね、旦那さんにとってのしづさんと言うほどいいポジションかは不明ですが、
パンイチでもいいやって思えるぐらいの距離感には進展してるんでしょうね。
あと男同士の気安さかな。薪さん、男の自分の身体に青木が興奮するとか思ってなさそうです。
青木もどうせお行儀のいい発情の仕方しかしないだろうから、
そこまで危機感を持たなかったんでしょう。
まあ今後はガードが堅くなるとは思いますが。哀れ、青木。

 

kahoriさん

いつも以上に甲斐甲斐しく世話する青木君(端っこに座る所とか!)から申し訳なさが伝わってきて、
やたら可愛らしいです(^^)
これじゃあ薪さんも怒れませんね。というか、薪さんが悪いですからねー!!
青木君に引き続き薪さんのパンイチも読めて大満腹でした!ご馳走様です(^^)
ノーパンと絡めてくるとは沈丁花さんの下着に対する考察深い!
長編連載としてとても楽しく読ませて頂きました!
毎回萌えどころあってどこもおいしかったようー♪( ´▽`)
薪さんまた膝を立てて可愛い仕草してますけど(←無意識の誘いポーズにみえる)
現在のお召し物はどんなだろう。
青木君なら膝小僧みえてるだけでご飯食べれそう。
現状の曖昧な青薪のままメロディの連載ストップは勘弁して欲しいですよね。
season0が終結する時も本編最後以上に感動的に描いて欲しいですが、
もう2人の関係は主題として見せるほど深く描かないのでしょうか。
でも読者はみんな気になってるから...続いてほしいですね!

> これじゃあ薪さんも怒れませんね。というか、薪さんが悪いですからねー!!

そうですよね。アホなペットをちゃんとしつけるのも飼い主の義務ですからね。
でも薪さんって仕事に関しては鬼のように厳しいけど、
それ以外のプライベートでは緩そうというか、
特に自分から主張したり執着したりすることが少なそうに思えるんですよ。
だから青木にこうしたいああしたいって言われたら、基本流されてそうな気がします。
たとえば今回の旅行だって「青木が行きたがってるから」付き合おう、
エッチするのも、旅行に行けなくなったら「青木ががっかりしそうだから」やめといた方がいいんじゃないか、
みたいな、どこまでも青木の意志を優先しそうな気がするんですよね。
多少保護者の目線が入ってるかなって気はします。年上の余裕とでも言うか。
それなら薪さん自身の希望はどこにあるんだって言ったら、
「青木と一緒にいたい」って、ただそれだけなんじゃないかなあって。

> 毎回萌えどころあってどこもおいしかったようー♪( ´▽`)

ありがとうございます! 私も書いててめっちゃ楽しかったです〜。

> 薪さんまた膝を立てて可愛い仕草してますけど(←無意識の誘いポーズにみえる)

そこは原作1巻のポーズを意識しました。青木に貝沼の話をしてたシーンです。
あの時の薪さんは見た目も若々しくて、少年めいて、すごくミステリアスでしたよね。
特に無垢な瞳で青木をじっと見つめるところなんか、何を考えてるか分からなくて、どきっとしました。
私の思うプライベートの薪さんというのが、あの時の薪さんが一番近いんですよ。
薪さんああいう顔して青木のそばにいるんじゃないかなって。
無表情で、無口で、でも黙って青木に寄り添っているような、そんなイメージなんです。

> もう2人の関係は主題として見せるほど深く描かないのでしょうか。

私はむしろ、清水先生が二人のその後を書く気になったから、
いったん終わらせたはずの連載を続けたんじゃないかって思ってたんですが……。
でも、秘密の休載期間中にも「Deep Water」を書かれてたから、
もしかしたら単純に事件ものが書きたいだけなのかもしれませんね(笑)。
私個人としては、二人をくっつける意思があるのならはっきり描いてほしいし、
そうでないエンドなら、ぼかしてほしいなって思ってます。
すごく我儘な読者の意見なのですが^^;

 

なみたろうさん

な、な、なるほど!
ノーパンじゃなくてパンイチ!?(≧▽≦)
うんうん薪さんボクサーパンツ派かと思ってた!でもそうですよね、
女子だって一枚だけTバック持ってたりしますからね、たまにトランクス、とかもあり得るな。
それで青木、薪さんがトランクスはいてたらショートパンツに見えるって
それどんだけ女の子扱い!?←いや私も思いましたすいません。
あと妄想ですけど、キスする時に膝の上に座っちゃうのも青木が仕込んだんですかね?
だったらやっぱり青木の自業自得(笑)
そしてわんこの気が済むまで何度も(!)させちゃう薪さんもあまあま〜。
大っ好きだなこいつらお互いのこと大っ好きだな!!ハアハア
今日もありがとうございました。
あっ、発売日が待ち遠しくて同時に来るのが怖いの、わかります!

> 女子だって一枚だけTバック持ってたりしますからね、たまにトランクス、とかもあり得るな。

なるほど、勝負トランクスだったわけですね。本人の意図とは別に。
だって結果的にわんこ釣れましたもんね^^

> それで青木、薪さんがトランクスはいてたらショートパンツに見えるって
> それどんだけ女の子扱い!?←いや私も思いましたすいません。

確かに岡部とか今井がトランクス履いてても、そういう風に考えませんよね。
そう思うとショートパンツに見えてしまった青木って、結構スケベ野郎ですね(笑)。

> キスする時に膝の上に座っちゃうのも青木が仕込んだんですかね?

仕込んだというより座高の差という自然発生的理由ですかね。薪さん、合理的なひとだし。
ところで、青木の膝は薪さんのためにあると思いませんか? 私は思います。
だって身長差が27cmなんですよ? これはもう膝の上に乗った時に、
目線が同じ位置にくるための身長差といっても過言じゃないと思うんです。
今回は向かい合わせの体勢だったんですけど、横座りで座るのもいいなあ。
いちゃいちゃするのもいいし、うっかり眠っちゃった薪さんを横抱きにしてベッドに運んであげたりとか。
青木の膝の上で薪さんがそれぐらい寛げたら素敵だなと思うんです。

> 大っ好きだなこいつらお互いのこと大っ好きだな!!ハアハア

それは元(原作)から☆

> あっ、発売日が待ち遠しくて同時に来るのが怖いの、わかります!

やっぱそうですよね!
次号が楽しみで楽しみでしゃーないんですけど、発売日の前日はいつも憂鬱になるんですよ。
ああ、明日で楽しみが終わっちゃうのかなあとか、
続きがあってもしばらく休載だろうなあとか、休載の期間が一年以上だったらどうしようとか。
まあそういうことで悩めるのもリアルタイムで作品追いかける楽しみの一つなのかも知れませんが^^;

 

 (無記名可)
 
 レス時引用不可