Plein Soleil

 問題の下着を広げながら、確かにあまり下着らしくはないか、と薪は認めた。
 生地が厚手のパイル地で、あまり体のラインが出ないようになっている。肌の色も全く透けない。ウエスト部分にはゴムが入っているが、調節用の紐が前で結ばれている。端の方は、縁が丸くカーブしながら小さくスリットが入っていて、隅にブランドのロゴマークがワンポイントとしてプリントされている。裏には小さなポケットまでついていた。あくまで飾りのポケットで、中に物は入らないが。
 そう言えばこれを購入したとき、同型で別タイプの生地に、デニム地のように見えるものもあった。あれなど、普通にそのまま外出しても通報されないかもしれない。もっとも成人男性が外で太ももを出して、許されるかという話だが。
 隣から青木が覗き込んで来る。
「さっきのと色違いですか、それ」
「ああ」
「こっちのは白いラインが入っているから、ランニングパンツみたいにも見えますね」
「そうか?」
 今薪が手にしているのは濃紺色である。先ほど履いていたものは、シャワーに行ったときに洗濯機に放り込んだ。着替えに似たような袖のない服を取り出したら、青木に「それだけはやめてくれ」と懇願された。それで今はTシャツと膝丈のハーフパンツを着ている。
「しかしお前の感性がよく分からないな」
「え?」
「お前は僕が下着を着けていないと勘違いしてああなったんだよな? じゃあこれが下着だと分かっていたら、あそこまで興奮しなかったということになる」
「はあ、まあ……」
「だがこれが下着であろうとなかろうと、僕が身に着けているのが布きれ一枚であることに変わりはないだろう。なんでそんなに差が出るんだ?」
「そ、それは……つまり……」
「つまり?」
 青木は口ごもりながら、フェチズムがどうのこうのと説明し出した。しかし、薪には彼の言っていることの半分も理解できなかった。要点が全くまとまっていないのだ。もしこれが仕事関係の報告なら、とっくに怒鳴りつけていただろう。
「分かった、もういい。とりあえずお前の前では二度とこれを履かないし、肩も足も出さないようにする」
 薪はそう宣言して、下着をタンスの引きだしにしまい込む。青木はがっくりと肩を落としていたが、薪は見ない振りをした。

 リビングに行くと、座卓の上に先ほどまでアイスだったものが残されていた。その後始末をしていると、後からやってきた青木が声をかけてきた。
「薪さん、コテージの方にキャンセルの連絡入れておきますね。今日はやっぱり無理ですよね。二時間以上車に乗りっぱなしになるし、薪さんの身体が辛いでしょうから」
「……そうだな」
「すいません。俺の方から誘ったのにこんなことになってしまって」
 薪は返事をせず、黙々とテーブルの上を拭く。青木は心配そうにこちらを窺っていたが、やがてポケットから携帯を取りだした。その時、薪は彼に聞こえない程度に小さく舌打ちした。
「……もうお前とは二度と出かけない」
「えっ」
 薪の言葉を聞いて、青木が慌てて飛んでくる。そして薪の前で正座をして、弁解を始めた。
「薪さん、ごめんなさい。俺が悪かったです。謝って許してもらえることじゃないって分かってるけど、本当に俺、申し訳ないと思ってて……」
「煩い」
 普段の習性が染みついているのだろう、その一言で青木はぴたりと口を閉じた。それでも悲し気に見つめてくるのを視界の端に捉えながら、薪は彼を無視し続ける。
 そしてぽつりと言った。
「……嘘つき」
「え?」
「星が見られるって言ったくせに……もうお前とは二度と出かけない」
 そう言い放つと、薪は立ち上がって、キッチンに行った。シンクに水を流して、布巾を洗う。アイスの油分で、汚れはなかなか落ちなかった。薪は胸の怒りをぶつけるように布巾をぎゅっと絞る。
 彼は薪が何に対して怒っているのかを、全く理解していない。それが腹立たしかった。
 薪の肩に手を回しながら、あれをしようこれをしようと色んな話をしてきたのは彼ではなかったか。散々こちらの気を持たせた挙句、いざ薪が重い腰を上げた結果がこれなのかと言いたい。全く無責任にも程がある。こんな思いをするぐらいなら、二度と彼とは約束したくなかった。
「……薪さん」
「なんだ」
「もしかして、結構楽しみにしてくれてたんですか? 今日のこと」
 薪は答える代わりに、ふんとそっぽを向いた。
 自分が可愛くない性格であることは自覚しているし、もちろん彼だってそれを知っている。知った上で付き合っているのだから、たとえ薪が本当の気持ちを素直に打ち明けなくても、それは薪のせいではない。向こうで勝手に察するべきなのだ。
「あ、あのっ、俺、急いで車回してきますから、今から行きませんか?」
「キャンセルするんじゃないのか」
「まだしてません! 絶賛予約中です!」
 青木が携帯を高々と掲げる。
「別に僕はどっちだって構わないんだが」
「でも、俺は行きたいです。薪さんと一緒に遊びに行きたいです。薪さんのお身体に負担がかからないよう、丁寧に運転します。助手席にクッションもう一つ敷きます。だから……俺のわがままに付き合ってください」
 そこまで聞いて、薪はようやく顔を上げる。キッチンカウンターの向こう側から、必死そうな眼差しがこちらを見つめている。薪は渋々口を開いた。
「……お前が、どうしてもって言うなら」
 その途端、青木はぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ俺、急いで車取ってきますね」
「急がなくていいから安全運転しろ。法定速度をちゃんと守れ。でないと僕は行かないからな」
「はいっ」
 元気のいい返事と共に、彼は家を飛び出していった。薪は玄関に行き、彼の開け放していったドアを施錠する。そしてキッチンに戻ると、冷蔵庫を開けた。
 中から取りだしたのは三段重ねの大きなお弁当箱。一人暮らしの自分には不要なものを、今日のためにわざわざ購入したのだ。どの段にも、青木の好物がぎっしりと詰められている。
 今から出発すると、向こうに着くのは夕方前になる。それでは遅いだろう。だがここで食べていくと、到着が遅れてしまう。途中のサービスエリアで休憩したときにでも食べるのがベストだろうか。青木なら持ち込みできる場所を知っているかもしれない。彼に相談してみようか。
 そんなことを考えながら、薪は寝室に行く。そしてクローゼットを開けて、一番手前のハンガーにかかっている服──前日から用意していた服装一式に手を伸ばしたのだった。


END

これも一つのギブアンドテイクが成立した関係。

コメント

あやさん

薪さんてアウトドアとは無縁な感じですよね。
小学生の時から澤村さんの世話をしていて遠足とかも行かなかったかも。
鈴木さんに誘われて出かけることはあったでしょうけど。
でも、本当は星空を眺めたり自然に触れるのが好きそう。1巻では外で寝てたりしたし。
薪さんには青木といろんな所へ行って思い出をたくさん作ってほしいです。
旅先のえっちもロマンチックで良いし(#^^#)
ちゃんとお弁当も用意してたくせに別に僕はどっちでも構わないなんて言う天邪鬼なとこがほんと可愛いです。
ああ、青木になりたい!
エロ可愛いお話をありがとうございました。

> 小学生の時から澤村さんの世話をしていて遠足とかも行かなかったかも。

うう、切ないですね……。
確かに時間の余裕が取れなかっただろうし、修学旅行とかも行けてなさそうです。
薪さん自身はそれを平気と思ってるかもしれませんが、
やっぱり今からでも楽しい思い出をたくさん作ってほしいですよね。

> 旅先のえっちもロマンチックで良いし(#^^#)

絶対思い出になりますよね〜。
まあさすがに今回は回数的に打ち止めだと思うのですが(笑)、
それでも夜は一緒のベッドに入って眠ったんじゃないかなと思います。

> 別に僕はどっちでも構わないなんて言う天邪鬼なとこがほんと可愛いです。

うんうん、素直じゃないのが薪さんの可愛いところ!
最終的に薪さん頷いてくれたけど、
例えば青木が薪さんの性格を見透かして「しょうがないなあ」みたいな感じを出したら、
絶対行かなかったと思うんですよね。
原作でも青木の素直さに薪さんが救われてる部分があって、
その代わり青木のどんな無茶もわがままも薪さんは受け止めてくれて、
そういうところが青薪って素敵だなあと思います。

> ああ、青木になりたい!

わあ、最高の褒め言葉です……!
どうもありがとうございます。このお話書いて良かったー!^^

 

lilithさん

甘〜い〜甘〜い〜笑顔に溶けていたい・・・(ラルクのHONEYより)
薪さんの気持ちを代弁しました
前の話からの感想ですが、シャワーで悪戯めいたこととは・・・
青木は一体何をしていたんだね* ̄д ̄*l
エロいの想像しちゃいました。そして体を許してる薪さん・・・・
デートプランを青木にゆだねる薪さんが彼氏彼女って感じでいいですね
でもしっかり主従関係成立してるっていうのがいい。
肩に手を回されながらっていうのが色んなシチュ妄想出来ますね
湯船の中でも、ソファでも、ベッドでH終わった後で手を握りながらでもいいですし
惚れた弱みですね〜薪さん・・・・・・
そしてデートの後はコテージで熱い一夜を・・・・* ̄д ̄*

> 薪さんの気持ちを代弁しました

確かに、甘い笑顔を浮かべるのは薪さんより青木でしょうね。
そして薪さんはそんな彼の笑顔にひそかに見とれてしまうんだろうなあ。うう、可愛い……。

> 青木は一体何をしていたんだね* ̄д ̄*l

そらもちろんエロいことですよ!(きっぱり)
シャワーで汗を流すにしては、やけにねちっちく薪さんの身体を触りまくったんですね〜。
薪さんは疲れてへとへとだったので、もうされるがままでした。
散々した後だったから「もういいか」的な。
「それにしてもやけにこいつ元気だな」と内心呆れつつ……(笑)。

> デートプランを青木にゆだねる薪さんが

薪さんオフの過ごし方とか下手だろうなあと思って。
青木に全部決めてもらった方が楽なんじゃないかなって。
そういう薪さんの心情を理解して、青木もわざと主導権とってるんだろうと思います。

> ベッドでH終わった後で手を握りながらでもいいですし

うわあ、それ超かわいいです……!
薪さんに今回の話を持ちかけた日から、毎日のように計画を話していたので、
きっとそんな一幕もあったんでしょうね。
素敵なシチュエーション、ご馳走さまです!!

 

なみたろうさん

はあああん薪さん〜拗ね方が女子〜!!
可愛い可愛い可愛いですよ?(´・ω・`)
結局ものすご楽しみにしてたんですねぇ…前日からお料理とかせっせとしてたんですねぇ…。
もう、わんこはこんなに実は可愛い人を食べ散らかして、でもその原因は薪さんで、
男のフェチズムやご自分のフェロモンを全く理解してなくて、あぁ。
なんて凸凹コンビ。(自分でエロいと思った)(笑)

よいものを拝見出来ました。とっても楽しかったです(//∇//)
また、連載お疲れさまでした!
お休みすんだらまた次を楽しみにしてます!

> 結局ものすご楽しみにしてたんですねぇ…

そうなんですよ〜。前の日仕事終わりに、
青木に「明日楽しみですね」ってこそっと耳打ちされて、
「ん?……ああ、明日だったか」みたいな気のない態度でいたのに、
実は一週間前から地図で場所確認したり、お弁当の内容考えてたりしたんですよ!
そしてサプライズのお弁当にもちろん青木は大喜びです。
奴の背後でしきりに尻尾が振り立てられるのを見て、薪さんはほっとしましたとさ☆

> もう、わんこはこんなに実は可愛い人を食べ散らかして、

本当に青木ったらなんて役得なんでしょう!
この後も行きしな、助手席に薪さんが座ってくれて、
信号が赤の時にはちらっと横顔を見たりなんかして、
喉乾いたって言ったら飲み物を差し入れてもらえて、
そしてサービスエリアではお手製のお弁当が食べられるんですよ。
何この世界一の幸せ者! どれだけ傅いて尽くしまくったってお釣りが来ますよね。

> なんて凸凹コンビ。(自分でエロいと思った)(笑)

ちょっ、それただの一般名詞!(笑) もーなみたろうさんったら。
さては周りのあらゆるものが青薪に見える病気にかかってますね?
分かるんですよ、私も同じ不治の病に罹患してますから。
治療は不可能なので、諦めてください^^

 

しづさん

いやん、もう!! 沈丁花さん、ツンデレの演出、上手すぎ!
前の日から洋服用意しちゃうとか、悶絶です。
そんなに楽しみにしてたのに、キャンセルされたら怒るの無理ないですね。
なのに、楽しみにしてたことを欠片も気付かせない辺りww これぞ薪スタイルw 
青木さん、カワイソウ、でも幸せな奴だなおい!
くー、薪さん、かわいい、かわいい、かわいいよー! カワイイ薪さん、大好きだー!
沈丁花さん、ありがとう♪♪♪

薪さんは絶対ツンデレですよね〜。それも相当難易度の高い。
原作では本人のいるところでは絶対デレを見せてくれませんが、
お付き合いしたらこれぐらい分かりやすくなってもいいのではないかと……。
というかですね、薪さんが分かりやすくならないと、青木がデレに気づかないのですよ!
思考回路が単純だから!
だから薪さんも最後の最後には素直にならざるをえないという……。
ほんと幸せなやつです。青木は。
こちらこそ読んでくれてありがとうございました!
しづさんと話す時は、なぜかいつも青木の話ばかりですが、
私だってかわいい薪さん大好きなんですからね?(笑)

 

 (無記名可)
 
 レス時引用不可