「その小娘を殺して何になるんだ」
その時に助けてくれた、人。それが奥さんの言うあの人であり、この男性の言うアイツなのだ。その人は私が盗人に首根っこを掴まれた時、野次馬を蹴散らして颯爽と現れた。菅笠を被って顔はよく見えなかったけど、声からして若い人なんだろうと思った。私を助けて一体何の得になるんだろうとその時思ったけど、その人は脇目も振らずましてや怖気付いたりすることもなく、ただその盗人と対峙していた。
「それは肝っ玉の小さい奴がすることだ、離しな」
と、一歩、また一歩と踏み出してくる。その出で立ちと風貌、殺気を読み取ったのか、盗人は相反して一歩、また一歩と後退りをする。その人は脇から大太刀を抜いた。切っ先が太陽の光に反射して、煌く。この目で刀を見るのは、生まれて初めてだった。この世で目にしたどんなものよりも輝いて見えた。銃刀法違反で捕まらなければ、自分だっていつか持ちたいと、ずっと心のどこかで思っていたものを、今日初めてこの目で見れた。盗人は自分を菅笠の人に投げ捨てるようにして押し付け、そのまま逃げて行った。なんて情けない奴だと思ったけど、刀を見たら誰だって怖気付くだろう。だってそれは人を殺める凶器だ。肉を引き裂き、骨を砕く道具だ。今回は助けて貰った側だから良かったけど、自分が盗人の立場にあったなら、必ず腰抜かしていた所だろう。そしてきっとその刀の餌食になっていた。
「―――あの、その人は今どこに?」
「上にいるんじゃねェか?こちとら用がある時にしかアイツにゃ関わらねェんでよ」
「…え?」
予想外の返答だった。
アイツと呼ばれる人は大丈夫かと私の手を取ってくれた。誰もが蔑むような目で見ていた私だったのに。菅笠を被っていて顔は判別できなかったけど、きっと普通の目で普通に接してくれていたんだろうと思う。だって掴んだ掌は温かかったから。だって大丈夫かと言ってくれた声は酷く優しかったから。そしてその人に連れられてやってきた所がここ。てっきりここが住んでいる家かと思っていたのに、どうやら違うらしい。奥さんは呆れたように夫を見た。
「いやな、いい奴にはちげェねェんだが、読めねェ奴でよ。ここが宿屋だと知ってんだろうけど、ここに居坐ってんだ、これが。しかも家賃払えねェから店手伝わせてくれねェかと言ってくんだろ。身寄りもねェらしいから仕方なく承諾しかんだがな」
「アンタが優しすぎるんじゃないのかい。そんな人は早く追い出せばいいのに」
「おめェはアイツと仕事してねェから、んなことが言えるんだろうがよ。アイツァ過去に何かあったにちげェねェ。俺ァそう思う」
奥さんの言った、転がり込んだ先と言うのが、本当にここで良かった。多分あの菅笠の人も同じことを思ってるんだろう。だからここに連れて来た。おやっさん、コイツを見てやってくんねェかとこの男性に突きつけられた時は、なんて理不尽な奴だと半ば頭に来ていたのに。ちゃんと考えてくれた。だから感謝したいんだ。まだありがとうも何も言ってない。
「…上に、いるかもしれないんですよね」
「多分いるわよ。あの人、仕事以外は部屋に籠りっ放しだからねェ」