数十分前、私は普段通りに学校で歴史の授業を受けていた。毎度毎度思うことながらとてもじゃないけどつまらなくて、案の定いつものように転寝をしていたらいつの間にか眠り扱けてしまっていた。そしてはっと気付いたように顔を上げると、この通りの道のど真ん中に突っ立っていた。理由が分からない。道行く人は私をこの世のものとは思えないような目付きで自分を見、そして避けるように私の傍を駆け足で通って行くのだ。そんな扱いは初めてだったし、毎日を普通に過ごしてきた自分にとって、それは腸が煮えくり返る所じゃないくらい腹立たしかった。だけど怒りの矛先を向ける所が分からない。ただそこに、ただ茫然と立ち尽くしながら、私はきっとナニかを待っていたのだろう。

 その瞬間甲高い女性の悲鳴が後ろから聞こえた。振り向くと右手に小刀を高く掲げて走ってくる男性の姿が目に映る。左手に抱えるは財布らしきもの。盗人かと思った頃には時既に遅し。
「邪魔する奴は叩っ斬るぞ!」
 と、周りの人間を脅し、
「さもないとこの娘を殺すぞ!」
 と、私の首元に小刀を突き付け叫んだ。だけど意味はない。だって私はココの人間ではなかったから。そう思うと急に怖くなった。周りのにんげんの目というものは、凄く、凄く冷たいものなんだと、その時初めて知った。そんな奴は知らんと言うのがその気持ちのくせして、そのこころは早く殺せとでも言っているかのようだった。初めて、人間の本当のこころの奥にに触れた感じがした。寒気がする。それを通り越して悪寒。背筋が凍るような冷たさだった。誰一人として振り向かない、関わらない、知らんぷり。
「何してる!ソイツを捕まえてよッ!」
 と、財布を盗まれた女性が言った。そのこころは。
 ソンナ奴、死ンダッテ構ワナイジャナイ。
 この命より、財布の方が大切。金の方が大切。正論に違いない。そして悟った。今まで頑張って生きていた自分は、一体何だったんだろう、と。一体何のために必死で生きていきたんだ。頑張ってきた、必死だった?それは本当だったのか。否、違う。日常をなぞるだけの毎日。代り映えのしない時間。同じ時間に起き、同じ時間に家を出て、同じ学校へ行き、同じ机と椅子に坐って、同じ時間帯に勉強する。溜まったもんじゃない。だけどそれなりに、幸せ、だった。生きていられる。今、呼吸をしていられる。それだけで、幸せだったんじゃないのか。そして思い出してしまった、この時代が、いかに貧しかったか、を。明日、死ぬのかもしれない。そんな恐怖は味わったことがなかった。だけど、この時代では現実で、ありえている。私には分からない。だけど未来のにんげんは、過去を知っている。それがこんなにも残酷なのか。そして同時に知ってしまった。自分がどれだけ場違いなにんげんなのかを。そしてこんなことなら、毎日をそれなりに楽しんでおけば良かったと。こんなゆめのせかいで命を落とすことになろうとは、天地がひっくり返っても、絶対に、絶対にないと分かっていたのに。
 だけど涙さえ落ちなかった。そうか、私はこの国の未来の日常に絶望していたんだ。
 もう、帰れなくとも、帰らなくともイイ。そんなことをふと考えた。
 
運命のうた 弐