目の前には着物を着た少し年老いた男性がいて、胡坐を掻いてこっちをずっと観察していた。腰から刀の柄の部分が見えると言うことは、侍か何かでそういう類の人なんだろうと思う。その人に執拗にジロジロと上から下まで何度も何度も見られる。いい気なんてするもんか。気持ちが悪いくらいだ。世に言うセクシャル・ハラスメントとはまさにこのことを言うんだろう。だけどこうやって見られる理由は分かりきっているし、自分が相手の立場だったのなら決まって同じことをするだろう。相手の男性からすれば、こんな制服でこんなスカートの短い女なんて生まれてこのかた初めて見たに違いない。でもそわそわ、そわそわ、落ち着けないでいる。男性はたまに溜息をついて何かを呟くが、私の耳にはそれすらも入ってはこない。立場を弁えていないわけじゃない。この実態が信じられていないだけ。嘘だろう、嘘に決まっている。多分これは、そうだ、ゆめだ。わるいゆめか何かなんだ。そうだ、そうだよ、そうに決まってる。大嫌いな歴史の授業中に居眠りした罰なんだ。そうじゃなかったら、一体この状況は何だって言うの?
正坐をしていた足が痺れる。麻痺して何も感じない。頭の中も麻痺してるんだろうか。頭の中の不透明なフィルター越しに、男性の顔が映った。そして徐に口走る。
「で、おめェさんは二百年後の日本から来たってェのかい」
「ええ、まあ…そうですね」
こっちもこの事態が信じられていない代わりに、相手の男性も私と同じカオをしてじっと見ていた。頭の上にはクエスチョン・マークが浮かんでる。嘘か真か、嘘か、真か。嘘か、しかしにありえている。真か、ならばこんなことがあってはいけない。どうしよう、どうするべきなのか。分からない、分かってしまった所で心理。
「まァ、怪しいのは確かだがー…、悪い奴じゃあねェようだからなァ」
「…はあ、まあ」
「暫くの間だけでも置いてやっても、構わねェが…」
「えっ、本当ですか!?」
まさか置いて貰えるとは夢想だにしなかった。男性のその返答がまさに奇跡で、驚いた所で勢いよく膝を立てた。瞬間、足に激痛、が走って、言葉を失った。そのまま前に手を着いて悶える。顔を伏せる前に覗えた男性の、私の声に酷く驚いた顔が離れない。
(ああ…、これが世に言うorzのポーズだ…)
「オイオイ、未来の人間はまともに正坐もできねェのかい」
「あ…いや、すみませ…」
「ったく、仕様がねェな」
「まァまァ、アンタ。そんなこと言ってあげなさんな。この子だって不安なんだろう。本当にまァ、転がり込んだ先がウチで良かったねェ、お嬢ちゃん」
呆れたように溜息をついた男性が坐っている後ろの襖が開けられて、奥から奥さんらしき女性が入ってくる。そして男性の隣に坐って自分と向かい合うような形になった。時代劇で見たことがあるような二人だ。多分どこにでもいるような人達なんだろう。
「ウチは宿屋なんよ。だけどねェ、まっさかあの人が人助けするなんて思わんかったわァ」
「そんな言い方は止せ。アイツはああ見えて気ィ利く奴なんだからよ」
「そうかい?」