白く聳える異形の塔を旋回し、黒チョコボの羽音が痩せた地に降りる。潤沢なトロイアの森を見た直後だけに、櫛葉を頭冠に頂いた真っ直ぐな幹の並びが寂しく見える。足元には背が低く腰の強い草が据わる堅い地面。海風の潮は山脈に阻まれて届かない。山脈から常に吹き下ろす風は乾燥している。山から海の方へ吹き抜ける風向きのせいで、海に充分近いのに潮の匂いがしない。 
 景色が全体的に灰靄がかった、荒涼に感じる風景。しかし、先頭を歩く男にとってかけがえのない故郷の大地だ。 
※チョコボを返す 帰ったら腹いっぱい食えよ!と見送ったエッジは、満面の笑顔で一行を振り返った。 
「さてと! お前らにも美味い飯たらふく食わせてやっからな、楽しみにしとけよ!」 
「エブラーナ料理か……どんなものだ?」 
「おっ、知らねぇか? 博識なカイン様ともあろう御方が、エブラーナ料理を知らねぇとァ……ってこたぁまさか、お前らもか〜?」 
 エッジは大仰な身振りで子ども達を顧みる。双子は果たして興味を宿した瞳で首を振った。 
 それは、期待にこの上なく添う反応だったのだろう。エッジは先にも増してニヤニヤと上機嫌な笑みを浮かべた。 
「あーらららぁ〜勿体ねえ! 俺に言わせりゃ、エブラーナ料理を食ったことが無ぇ奴ぁ、少なく見積もって人生のざっと三分の五以上損してんぜぇ。」 
 このしたり顔の講釈師に、計算が合わないなどと目論見通りの食い付きを口にした日には、すぐさま景気よく背中を張り飛ばされるのだろう。カインは慎重に相槌を控える。 
「まっ、知らねぇのも無理はねえか。エブラーナ料理は何せ、材料からして特別の格別、他の国じゃあ手に入らねぇ逸品ばかりだかんな〜。よしっ! ここはオレ様の面子に掛けて、エブラーナ料理の真の随まで堪能させてやんねぇと!」 
 鼻高々のエッジを前に、とてつもない不安が頭をよぎる。 
 ※いま、材料が違うっつったぞ 普通に考えれば、それは地産品とか、何らかの事情でその土地でしか手に入らない食材であることを予想させるものだ、が。 
※エッジの食に対する勇猛果敢さには、日頃から着目していたところだ。 悪食ではないが、とかくエッジは何でも口にすることを恐れない 食に対する飽くなき探究心 もしその姿勢がエッジという個人の性格に依るものではなく、エブラーナの国民性として通ずるものであったとしたら――? (常日頃から、エッジは見慣れない物でも平気で口にするなーと関心してたが、もしそういう好奇心というか挑戦心がエッジという個人の性格に依るものではなくエブラーナ人の”国民性”に由来するもんだったとしたら、もしかしなくてもエブラーナの食卓ってカオスになってるんじゃね?) 
「――てわけで、エブラーナ料理を一言で表すならズバリ、混沌建築! これよ!」 
 できれば講釈全部聞き流したかったが、そんな日和見をたった一語の衝撃が許さない。きれいに均された脳裏に、無数の疑問符が押し寄せる。 
「まずは何を置いても『串刺し』を食わにゃ話が始まらねえ。でけぇ旋盤で木っ端微塵挽きにした肉を箱に滅法詰め込んでこう、長ぇ柵に重ねて刺してよ、ああ、これが『串刺し』の由来な、ンで、草の芽と実と枝を合わせ挽きにした粉まぶして、四方八方から熱した煉瓦でジュージューやっつけちまうワケだ! 良い具合に中まで火が通ったら、瓜をぶちこんだ発酵乳を隙間無くたっぷり塗ったくってよ、かぶりついた日にゃあお前、これが美味ぇの何のって――」 
 脳裏一杯埋め尽くした疑問符を薙ぎ倒し、更に衝撃の説明がなだれ込んで来る。一体エッジは食卓に何を召還するつもりなのだ。 
「勿の論、ガキ共の好きそうな甘味もお任せってなモンよ! 『強練り』つってな、黍糖と卵の黄身を除いた残りと、炒って割った木の実をゴッタゴタのギッタギタによっく混ぜ合わせてな、花から絞った製油を一差し、練りに練りを加えて練り上げてやるワケだ。これがまた美味いの何の、あーでも気をつけて食わねぇと歯が抜けっちまうかんな。」 
※歯が抜けるだとう!? 
※「おっ、そういやカイン、トーフ食ってねえんだよな? 似たやつがあるんだがよ、『こうごり』つってな、ファブールのやつよりちぃと固ぇが、味は――」 
「ありがとうよく分かったもういい。」 
 思い浮かんだ数々の台詞のうち、愛想のある順に三つ読み上げる。これ以上不安が増大する前に説明を止めておいた方が無難だ。願わくば、彼が楽しみにしている故郷の味が人類に消化可能な代物でありますように――百聞は一口に如かずとかなんとか舌好調、故郷の味談義に一人花咲くエッジを横目に、カインは子供達を振り返る。 
「パロム、ポロム、俺が安全を確認するまで食事に手を付けるなよ。もし志半ばで倒れたら、長老に遺憾を伝えてくれ。」 
「う、うん。」 
 異国の食卓に挑む覚悟を決めた男の哀愁漂う孤高の背中に、双子は神妙に頷く。 
 ルンルンと軽やかな旋律を頭のてっぺんから吹き出しそうなほど上機嫌なエッジの先導で、森から山際の細い道を通って城を目指す。景色にとけ込むようにしてひっそりと山際に立つ城が視界に見えた。 
「殿下のお成り!」 
 野を歩く一行の姿を認め、見張り台から号令が下る。門が開くと鮮やかな黄土の内庭が開けた 日差し避けの白いゆったりとしたクロークを頭から膝下までの長さ 腰ですぼめた 格好の兵の整列が中庭を彩る。 
「殿下!」 
「殿下、お帰りなさい!」 
 居並んだ兵が口々に述べる歓迎が城壁に反射し轟音を奏でる。凱旋した王に向けられる親愛の眼差し。そこに緊張はあっても、その緊張は畏怖から来るものではない。 
「皆、変わりねぇか?」 
 ちゃらんぽらんとした足取りを改めることなく、飄々と兵の中心に歩を進めるエッジは、慣れた様子で兵の顔一つ一つに目を配っていく。決して気取らないながら威厳を備えた仕草。 
 殿として門をくぐった足がふと止まる。兵垣の向こう、真正面に見える本丸の砦は大きく欠けたまま、未だ復興は半ばにさえ達していないことを物語っている。むべなるかな、この城は、※入江?の入り口を塞ぐような形 海水の浸食によって出来た天然の地下洞を利用した広大な地下城 地上施設はほぼ飾り 
 故に城落としの際は、飛空挺による上空からの爆撃に加え、上級大将直々の指揮の元、大規模な焦土攻撃という徹底した強行策が取られた。それでもなお、国民皆兵のエブラーナは手強く、兵力投入は三次にも渉った。熾烈を極めたエブラーナ城開放戦は、クリスタル戦役を通じて人口比最多の犠牲者を出した。 
 民の歓迎に手を振り応える男の背を見る。その背は、多くの民の拠り所――紛れも無く、王の背中だ。 
「よぅ?」 
 欠けた足音に気付き、エッジが振り返り大きく手を振り招く。 
「おいおい、馳走を目前にためらうのは大阿呆だぜ、早く来いよ!」 
「ああ……。」 
 苦笑して覚悟を決め、一歩を踏み出す。自分の入国を急かす彼の胸中に実際は何が埋まっていようと、彼の胸先三寸だ。そして――虫の良い話であることは重々承知だが、※せめて、「今件を解決するには力が必要だ」と言ってくれたその言葉通り、今件が収束するまででも生かしておいてくれる寛大さを望みたい。 
 一行はホールに通され、中庭で名残惜しむ足音が徐々に薄れる。 
「さてお出ましだぜ、口煩ぇのが――」 
 エッジの眼差した先に、各自持ち場へと戻る人垣の流れに棹差す人影。腰に巻かれた三重のサッシュを眼差したエッジは、おや、と目を瞬いた。 
「殿下、ご無事で何より! ご連絡の件滞り無く。宴の支度も整っております!」 
 ※エブラーナ式の深礼をした際、クロークの背に染め抜かれた階級章が見えた。※彼はバロン軍でいえば師団長に相当する位にあるようだ。 
「よぅ、爺はどうしたい?」 
「はッ! 家長殿は上忍三名を伴い、露払いに行かれました!」 
「あー……年寄りが冷や水浴びやがって。」 
 エッジは後ろ頭をがりがりと掻き付けた。さも呆れたというように肩を竦め、一行に振り返る。 
「お前らはゆっくりしててくれ、何なら城中どこ見てくれても構わねぇ。よぅ、こいつらをいっとう上等な部屋に案内してやってくんな。」 
 返す刀で師団長に世話を頼んだエッジは、一人踵を返す。 
「エッジ、何処へ?」 
「爺さん迎えに行ってくらぁ。あンの世話焼き爺、バブイルを偵察しに出掛けちまったみてぇでよ。」 
 エッジの曰くじいやと言えば、彼を我が子も同然にも目に掛けている老翁だ。当然といえば当然だが、エッジは事前に帰国の旨とその内実を連絡していたのだろう。とすればなるほど、翁がエッジの少しでも役に立つため動いたのも無理はない。 
「俺も行こう。」 
 カインは同行を申し出た。エッジに面倒を負わせた張本人である自分が、安穏と城で寛いでいるわけにはいかない。 
「オイラも!」 
「私も参ります!」 
 双子もすかさず手を挙げ、じいや出迎え隊は総勢四人の大部隊となった。 
「……そんじゃ、皆様お誘いあわせの上で参りますかねぇ。」 
 特にメンバーの同行を止める理由はない。出向き損の部下に来賓のための祝宴準備を念押したエッジは、風向きを測り、懐から煙玉を取り出した。 
「あらよっと!」 
 威勢良く立ち上がる煙が一行を風に乗せ野を駆ける。煙が晴れた後に、岩肌に溶け込む洞窟の入り口が現れた。 
「じいー! 殿下様がご帰国なさってやったぜー!」 
 岩庇に両手を吊り下げたエッジは、内部に向かって大声を張り上げる。エッジに続き、三人もそれぞれに暗闇へ向けて呼びかけた。 
「隊長のじっちゃーん!」 
「じいや様ーっ!」 
「翁、引き上げだ! 戻ってくれ!」 
 とりどりの声音が複雑に反射し、木霊しながら奥へ響いていく。無造作に見える岩肌に工具の振るわれた僅かな痕跡を認め、カインは感心した。この集音効果は自然の産物ではなく、計算されて施されたものらしい。前回訪れた際は知る機会が無かったが、面白い作りだ。 
「ったくこんな狭ぇ洞窟ン中でよ……おい、じい! とっとと帰ぇってきやがれ!」 
 子供達の喉を休ませた後も、しばらく二人で交互に声を掛けてみる。しかし、待てど暮らせど一向に応答の気配が無い。 
 エッジの言う通り、それほど広くはなかった筈だ。最深部から歩いて戻っても、いい加減に姿が見えても良いだけの時間は経っている。エッジの身を案じる一心で、自ら兵を率いバブイル最上階まで追いかけて来たほどの忠臣が、君主の呼びかけに一向応じないわけがない。 
「進んでみよう。」 
 カインはサックから取り出した簡易ランプに火を灯す。ランプの光を複雑な凹凸で光を削ぐ切り出しの岩面に向ける。長く火を灯されていない燭台が岩肌に不気味な影を落とす。 
 地表からバブイル地下一階まで、およそ四階相当の高さを、数箇所の階段に加え全体として緩やかに登っていく洞窟を道なりにしばらく歩く。かつて難民がキャンプを張っていた今は無人の広間を過ぎ、角を曲がったところで、先頭を行くエッジの歩みが止まった。 
「どうした?」 
 問われたエッジは無言で靴先を退ける。カインが光を注すと、床にまだ新しい血痕が浮き上がった。 
 流れてまだ間もない血の色が、一行の気分を臨戦態勢へ塗り替える。双子は素早くそれぞれ保護者の間近に着く。頭に手を被されたパロムは、驚いて保護者を見上げた。常に無い振る舞いをした『隊長』の顔は、薄闇に紛れて見えない。 
 
 血痕を辿り道を引き返す。血痕は壁沿いに旧難民キャンプ(居住エリア)へと一行を導いた。エリアに足を踏み入れた瞬間、何ともいえない雰囲気が一行を包み込む。張り詰めた空気の中、カインは灯りを引き絞る。真っ直ぐな光線は、血痕の行く末を左壁に連なる二つ目の扉へと描いた。 
※諜報に長けたエッジが皆を蝶番側へ下がらせ ハンドサインでランタンを渡してもらい エッジはランタンを扉の正面に置いた。ランタンの鎧戸を開けてから、つま先で扉をそっと蹴る。 灯りを注しても、室内で動く気配はない。エッジは苦無を抜き、磨かれた表面に室内の様子を映す。慎重に代理鏡を返すエッジ 彼に諜報を任せたのは失策だったとカインが気付いた時には既にエッジの足が地を離れていた。扉を音高く蹴り開けるエッジ 
「鬼さん、こちら!」 
 無謀な単騎行を阻むべく伸ばしたカインの腕は、開く扉に阻まれた。 
「じいを頼むぜ!」 
 置き台詞に異を唱える間もなく、三体の影を引き連れたエッジの後ろ背が通路の闇に消える。 
「バカ野郎が!」 
相棒の短絡を戸枠に叩いたカイン。起きてしまったことは仕方ない・もう後の祭り 室内に飛び込み、倒れてるじいや回収 
 椅子の傍ら、壁に凭れた人影。手向けた灯火が夥しい血に塗れた顔を照らし出す。双子は揃って最悪の事態を予測し息を呑んだ。カインが生死確認を取る カインはじいやを素早く肩に担ぎ上げる 動かせば出血は免れないが、治療を行うにも外へ出た方がいい 
「行くぞ、先導頼む!」 
「「りょうかいっ!」」 
 ポロムがランプを持ち、パロムは勇ましく短剣を構え、エッジの後を追って駆け出す。 
 
後続を振り切らないぎりぎりの距離で洞窟を抜け、海岸から十分距離を開けた拓けた場所に誘導したエッジは、足を止めた。両腕に余る人数を相手に遮蔽物の無い場所では不利なのは承知の上だ。その上更に、もう一つの不利が重なる。自覚している自分の中の迷い――彼らを敵と見なすか、被害者と見なすか、依然として判断の決定打が見つからない。計算と心情の両面から後者の道を選びたいが、しかし。 
――面倒は本職に任せるか 
 頭脳労働担当が現場に到着するのにそう長くは掛かるまい。ひとまずは現状維持とし、帯から鞘ごと引き抜く。 
「で、追っかけて来たってことァ――」 
 大人しく助けられるつもりは毛頭無いのだろう。エッジの言は一瞬先を正確に予見した。両方向から挟みかかる刃を、足底で軽く弾き束ねて鞘に流し落とす。 
「ったく、ジッとしてやがれ!」 
 出鱈目に寄越される剣筋を鞘と足で易々捌く。動きはまだ人間のものだが、その刃に意思はない。恐らくは身体に残る修練の記憶のみに支えられた、影法師のような動き――まるで忍者を見様見真似た出来損ないだ。 
 包囲を嫌い戦線を時計軸に回す足が、腰を屈めた椰子の幹に躓く 移動の一瞬止まったところへ襲いかかる斬撃 一撃目を払い薙ぎ、受け流しによって力の逃げた肩を蹴やって後続にぶつける 攻撃者らの姿勢を崩したことで、射程範囲の穴となったその頭上を越え、広い場所に出て仕切りなおすため、幹を蹴って体を跳ばす 全く自然な流れの動き 故に、跳躍が悪手であったと気付いた時には既に体は宙にあった 制動の利かない空中に投げ出された体に向け、残る一人の口が開いた。発される声は最早人のそれではない――奇妙な伸びが空気を揺らがせる。 
「ファイア!」 
 『波』の発生に先んじ、黒魔導師の起こした爆発が棒立ちの的を突き飛ばした。すかさず、竜騎士の振るう長柄が崩れた足を掬い前倒させる。為す術無く地を舐めた敵の口元の土が『波』に混ざり舞い上がった。 
 到着した騎兵隊の間近に着地したエッジは、剣翼の手羽で追水紋を描いて向き直り、パロムを中央に据えた鏃陣の空席を埋め完成させる。 
「じいは?」 
「ポロムが治療を。様子はどうだ?」 
「芳しいとは言えねぇな。」 
ゆるゆると新たな局面を認識しつつある感染者の顔を順に嘗める。 
※ゆらゆらと揺れるそれらは、一様に顔の上半分が異常なほど膨れ上がっている。※いちご舌 日の光が、それらの口で蠢くものの正体を浮かび上がらせる。 この『症状』には見覚えがある――カインとパロムは実際に、エッジとポロムは後に描かれたスケッチによってだ。飛空挺で遭遇した操舵士とよく似ている。頭蓋が分割していない状態だから、まだ”軽度”と言えるだろうか。口からはみ出した触手が闇に不気味な模様を描くように蠢く様は生理的嫌悪を催させる。 
 日の光の下に見る顔は、無残に壊れた中にもかつての名残を多く留めている分、より惨い。 
「形だけでも人である内に葬ってやるのがせめても情けか――」 
 鞘を帯に戻し鯉口を切るその手を、カインに肘で押し止められる。 
「治療法は必ず見つかる、石化させよう。」 
「そうかい……ンじゃ、そうしますか!」 
 慈悲深い決定にエッジは口元を解く。到着を待っていた甲斐があったというものだ。 
「パロ、カインの動きを追え!」 
「りょうかいっ!」 
指示を受けたパロムが拳を突き出し、両手首合わせて三輪の魔力環を装う。石化の魔力で編まれた銀に光る腕輪は、緩やかに回りながら秘めた効果の解放を待つ。 
「影縛り!」 
返す刀に捕物開始の狼煙を上げるエッジの手から、影から削りだしたような色の鉤針が飛ぶ。 
影縛り――鋼線で結ばれた二本一対の鉤針を用いる忍術。人差し指と中指で一方を挟み、もう一方を親指で弾き回転を加えて投げ付け、敵の四肢を絡め取り動きを妨げる。バロンでも使われる狩猟具の重石付投縄に似ているが、小型である分、取り扱いに熟練を要する。 
 熟練者の手から放たれたそれは、危なげなくその真価を発揮した。踝を周回し、しっかりと鋼線に絡めた鉤針は、影の落ちる地面に深く刺さり自由な移動を許さない。穂先の接合部を提げ突出したカインは、敵の寸前で宙を折り込みその頭上を越えた。目前より消えたことにも気付かぬ内に、背に軽い蹴りを加え反動で後ろに振れた腕を素早く槍の柄で掬い羽交い絞める。 
「ブレイク!」 
少年の手首に巻き付いていた魔力環の一輪が解放される。威力充分、狙い過たず、腕にあった敵が見事な石造りと化す。まずは一体。 
「次ィ!」 
いち早く影縛りを抜けた一人をエッジの体当たりが場より引き離す。入れ替わり場に戻ったカインは、未だ影に縫い止められた一人の手首を掬い、脇を支点に柄を回してもう片方の腕も絡げ取る。 
 少年の魔力が結んだ石像を、先と同じく慎重に草地に倒す。風切り音と共に間合いに飛び込んできた”何か”が肩を揺らした。 
「ッとぉ、――」 
エッジの声に気を取られた瞬間、肩当てに再び衝撃を覚える。咄嗟に地を突いた槍を支点とし振り上げた左足底に、肉を蹴る重い感触が来た。気配を遠ざけたのも束の間、再び目前に差し迫った刃を屈んで避ける。 
 早い――思わず漏れた言葉。あのエッジをして動きのコントロールを一瞬とはいえ奪われるとは。 
 矢のように間合いを射抜いたエッジの裏拳が眼を覆うグロテスクな浮腫を叩き剥がす。鮮血に塗れた面立ちはまだ若い――エッジと同じくらいだ。 
※とかく、相手の間合いは手の内をよく知るエッジに任せ、自分は迂闊に踏み込まず中距離を保って支援に回るのが効率的だろう。つまり、普段とは逆の役割をそれぞれ担う。エッジが前衛、カインが後方支援 
※後ろから見ていると普段は見えないエッジの剣術スタイルがよく見える。両利き手のそれぞれに刃とその鞘を携えた変則二刀型。鞘を巧く盾に矛にと使い捌くのも見事だが、目を引くのはやはりその太刀筋。 
 刃先に反りの加えられた浅曲刀で、有効射程内を隙なく無数の刃紋で埋め尽くす――普段多彩な手数に紛れて見えない、これがエブラーナに於ける基本的な剣術なのだろう。目的に応じ、多種多様な武具を使いこなす忍者。刀もまた然り、数多ある道具の一つに過ぎず、その目的は――血を流させることだ。斜めに寝かせた鋭利な刃を滑り込ませるように斬りつけ、広範囲の肉を削ぎ切る。狩りや戦に用いる剣術とはまるで違う、純粋に対象を殺傷するために構築された術。 
――パロムに剣術を教えたがらなかった理由はこれか 
 意識の隅に合点を得る。こんな術を手に付ければ、いずれ誤りの内に人を殺めてしまいかねない・取り返しの付かない事態を招きかねない。 
※エッジの深慮への感心はひとまず、まずはこの局面を終わらせることだ。恐るべき殺人剣術だが、鋭利さ故に脆い。緩い曲線を持つ薄く研がれた刃先は、形状と厚みの両面に於いて壊れやすく、薄鋼を断つ硬度を持たない。加えて、相手はエッジに比べればその腕は鈍く、さらに本調子ではない。動きを封じるのが目的という足枷があっても、人数でも技量でもこちらに分がある。 
 前面のエッジが捌いた太刀流れの隙から臑への命中打を入れ、勝手違いに気付く。苦痛に対する防御反応を計算して組み上げられた拿捕術は、今回のように痛覚を遮断・極端に鈍された相手には通用しない。無傷での捕獲を捨てたカインは、骨を折るに十分な長さに槍を持ち替える。狙うは彼ら最大の武器――その両腕。 
大振りを斜の刃面に流し込まれ伸び切る肘に、外からの打撃を加える。さすが腐っても忍者か、敵は外から加わる力に逆らわず体を回転させることで打撃を散らしてしまう。敵がこちらに掌を向ける。その手から見えない気配が放たれた 槍風車を回して音を断つ (槍回して空中で叩き落とし) 風切羽にかしゃんかしゃんと脆い音が弾けた 光砂のような細かい破片が革篭手の甲に当たる この音は硝子か? 
カインが飛び道具を引き受けた格好となった隙に懐へ切迫したエッジが相手の忍刀の柄を叩き上げて弾き飛ばした。すかさず、浮いた忍刀を槍の穂先で更に遠くへ打ち飛ばす。弾数制限の無い武器を失い、続くは消耗戦、矢弾の雨はそう長く降るまい――返す石突きで空き手側から横薙ぎを入れる。槍の回転に合わせる形で後ろへ飛び打撃を避けた敵が懐を手繰る。詰め過ぎた距離を退く爪先を掠めて、掴み出された綾紐から燃え上がる業火が視界を寸断した。 
赤幕の垣間に揺らぎ見えた敵の袖から覗く一対の銀振り子――エッジが砂漠で使用した、広範囲に毒針を降らせる道具だ。カインは水平ジャンプで炎を突っ切りタックルで地面に引き倒す。だが間に合わない。 
エッジが咄嗟にその手のミスリル刀を投げ、回転する刀が雨筒の軌道を変えた。 
上空の丁々発止から海に落ちた雨筒に視線を取られた一瞬、喉元に突きつけられた黒鉄に慌てて上体を跳ね逸らす。天地逆転した視界にエッジの姿。その手に懐刀が閃くのが見える。 
「エッジ止せ!」 
「パロム!」 
 掌に刺した切っ先を地まで踏み抜き、敵の動きを縫い止める。 
「ブレイク!」 
 少年の手首に長く留まっていた魔力がこの瞬間に解放される。 
「しょげしょげもばもばに比べりゃ、掌に穴空くくらいどってことねーだろ。」 
それでもやや申し訳なさを帯びた声が、石になった刀の柄を足の爪先でとんとんと叩いた。 
 
 石像郡は、二人がかりで目印となる木の傍へ移動させる。城への回収は後ほど改めて人員を派遣すればいいだろう。石と化しているから、露天に寝かせておいたところで獣等に食われる心配はない。 
「調子はどうよ?」 
エッジじいやの様子伺い ポロムはしょんぼりと頭を垂れる 
「どうした?」 
 ポロムは両手に咲いた深紅葉を愕然と広げて示す。 
「ケアルが効かないんです……すみません、私の力では……。」 
※けなげに介抱につとめる少女のハンカチは、すっかり濡れきって用をなさない。エッジは懐から取り出した新しいハンカチを代わりに持たせる。 申し訳なさげに俯く少女の傍らに腰を落としたエッジは、小さな癒し手の肩を抱いて労う。 
 木に凭れ掛かった老爺の顔に葉の陰が落ち、固化した血と斑をなす。老爺の呼吸は浅く長い。意識混濁状態のようだ。顔に張り付いたものを無理に引き剥がした跡に被せたガーゼみたいなものに染みる血は、依然としてじわりじわりとその領土を広げ続けている。 
「いくら爺たって、如何せん癒りが遅ぇわな。」 
 暗い予感がエッジの声を曇らせる。体内に侵入したステュクスが人為的な治癒促進を無効化しているのか――老爺の枯れた身体の中で、ステュクス寄生が着実に進行を広げているのだろうか。 
 依然続く老爺の出血がポロムの手に負えるものでない以上、ここに居続ける意味はない。しかし―― 
「仮に感染しているとしても、今のところ怪我が再生する気配はないようだ。出来れば城へ戻って詳しく診たいが……。」 
カインは城主の意向を窺う。ややあって注視にようやく気付いたエッジは、思案顔を傾けた。 
「城へ入れていいモンかね?」 
「それを判断してくれ。」 
 言われ、あぁと呻いたエッジは頭をがしがしやる。常に二手は先を読んでいるこの男らしからぬ余分な問答。 
 辛いのだろう――恐らくは、傍から見えるその表情から窺えるよりもはるかに。飄々とした掴み所のない男だが、その情の篤さは戦闘姿勢からも十分に伺えて余りある。戦闘が終わって初めてその働きに気付くことがままあるほど支援能力に長けているのは、気の配りの実に細やかな証だ。 
「よし、爺連れて引き上げだ。危険な兆候が見えたらすぐに石化させるってことで。」 
「それがいい。」 
エッジと合わせて四本の腕材を担架に組み立てる。気色を失い乾いた老爺の体は軽い。まだなお滲み出る血が城への道を黒く染めた。 




LastModify : February/27/2016.