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◇◆ Regalo 1 ◇◆
 今月に入ってからというもの、彼の様子が何かおかしくなっていた。
 相変わらず温和な仮面をかぶり、優しく私に接してくれるのだけれど、深く何かを思うような上の空な状態が続く。

 そんなとき、イタリアの浅海さんから電話があった。
 私が喜ぶものを送ったなどと、いつものように豪快に笑いながら屈託なく話した後、不意に浅海さんが切り出す言葉。
「今月は、寛弥の様子がおかしいだろ?」
 その言葉で、彼の様子がおかしくなるのは、今年だけではないことが解る。

「美寛さんの命日ですしね……」
 彼の母親である美寛さんの命日が、もうすぐやってくるから沈んだ声を出せば、浅海さんがそれを簡単に否定する。
「いや、あいつの場合は、ミヒロ云々というよりも、マツキのことでしょ」
「え?」
「大切なものを失ったことのある人間は、同じ恐怖に遭遇することが何よりも怖い。 アナフィラキーショックなんだよ。スズメバチに刺されると、一度目は耐えられても、二度目はショック死を引き起こすことがある。 抗体があるからこそ、体がそれに耐えられないんだ。あいつの場合もそれと同じさ……」

 美寛さんが亡くなったのは、彼がまだ十歳の頃だった。
 その頃のことを、彼は何一つ私に告げることはないけれど、彼の祖母である高遠さんが、彼の経験した全てを、涙ながらに話してくれたことがある。
 それを聴いて、私はたまらず声を上げて泣いた。
 それでも彼は幸せだと思う。こうやって、遠く離れていても心配してくれる浅海さんや、すぐ近くで見守ってくれている、高遠さんが居るのだから。

 その日彼は、浅海さんからの贈り物である大きなもみの木を、肩に担いで帰宅した。
 余りにも性急で、余りにも乱暴な彼の抱き方に、驚いて泣き出してしまったけれど、 泣いていたのは私ではなく彼なんだと悟ったとき、その不安を拭い取ってあげたいと思った。
 どんな言葉を彼に投げかけたとしても、本当の痛みを知らない私の言葉など、彼には届かないだろう。
 それでも、言わずにはいられなかった。抱きしめずにはいられなかった。
 彼の悲しみを、吸い取ってしまう魔法があればいいのに……

 その日以来、何かを吹っ切ったように彼の様子が元に戻りつつあるけれど、全てを彼任せにするのではなく、私にも何かできないかと考えた。
 丁度クリスマスも近いことだし、彼を喜ばせるプレゼントはできないだろうか?
 そんな想いを抱きながら実家へと向かい、すこぶる元気そうな新月をテラスに誘い出す。

「ねぇ新月、一番嬉しかったプレゼントって何?」
 一面ガラス張りの、温室のようなテラスの中で、手土産の焼き菓子を取り出しながら新月に問えば
「うーん……思わず驚いて、こう、叫んじゃうようなやつかな?」
 考え込みながらテーブルに片肘をつき、頬杖を繰り広げる新月がそう答えた。
「そ、そんな凄いの貰ったんだ……」
「い、いや、それは言葉のあやみたいなもので……」
 訝しげる私の視線を避けるように、新月が話の展開を試みる。
「どうせまた、寛兄のことでしょ? 本人に直接聞けばいいのに」
「聞いたんだけどさぁ……なんかこう、いつもはぐらかされちゃうんだよ……」
 そう新月に答えながら、思考は昨日の夜に飛ぶ。

「ねぇ寛兄! 何か欲しいものはある?」
「そうですねぇ、満月さんが居ればそれで充分ですから」
「それじゃダメ。もっとちゃんとした物で!」
「では、Luna pienaでは?」
「結局一緒じゃ……んふっ…」

「何を一人で赤くなってるのよ?」
 新月の声で我に返れば、片方の口先を引きつらせた新月の顔が飛び込んでくる。
「い、いや、あの、その、ちょっとね……」
 目の前で忙しなく両手を振ってみるものの、何もかも見透かしたような新月の言葉は続く。
「どうせ、『満月さんが居ればそれで』とか言われちゃって、そのまま記憶なしなんでしょ」
 す、するどい……
「だったらさ、満月じゃない満月になっちゃえば?」
「は?」
「真逆の満月! 我ながら最高の閃き!」
 なんだそれ? と、聞こうとした矢先、武頼くんがテラスに現れたから、話はそのまま宙ぶらりんになった。
 相変わらず喧々囂々とバトルを繰り返す二人を横目に、のんきに紅茶を飲みながら悶々と考える。
 私の真逆って、どんなのだろう……

 ものすごく嫌々そうに、車で私を送ってくれると言い出した武頼くんに対抗し、 ものすごく図々しく車に乗り込んだ帰り道。
「ねぇ、私の真逆って、どんなのかな?」
 後部座席から身を乗り出して、唐突にそう言えば
「お前の真逆は新月だろ?」
 飛び出した私の頭を、左手で後部座席へと押し戻す武来くんがそっけなく答える。

「じゃ、じゃ、新月ってどんなの?」
 ついまた身を乗り出して切り返せば、やっぱりまた、後部座席へと押し戻す武来くんが適当に答えた。
「見えない月だろ?」
「それはシンゲツであって、シヅキじゃないじゃん!」
 そこで武頼くんの口から、呆れ果てた溜息がひとつ。
 完全に怒鳴られると思いきや、聴こえるか聴こえないかの小さな声で武頼くんがつぶやいた。
「主導権を、握りたがる女……」

 その言葉で閃いた。
 いつもとは真逆な私で、彼を驚かせてしまおう!
 けれどそんな私の顔を覗きこみながら、苦虫を噛み潰したような顔で武頼くんが言う。
「やめとけよ、どーせまた寛兄に弄ばれて終わるぞ?」
 なんでみんながみんな、彼のことだと解るのかが不思議だが、とりあえずその場の勢いで反論した。
「今回は、そんなことないです!」

 赤信号が青に変わり、前に向き直った武頼くんが、失笑を漏らしながらつぶやいた。
「どうみても、お釈迦様の掌で遊ぶ孫悟空に見えるけどな」
「寛兄は、猿じゃないでしょ?」
「なに言ってんの? どう考えても、お前が猿だろ」
「ちょっと、それはあまりにも私に失礼じゃない?」
 運転席のヘッドレストを、後ろから小突いて文句を言えば、不敵な笑みを浮かべた武頼くんが、切り札を言い放つ。
「よく言うよ。大体お前、寛兄の眼を見ただけで、トロトロ〜ンとした顔になっちまうだろ?」

 聞き捨てならない台詞だが、その言葉でまたもや閃いた。
 目さえ見なければ、私は平気なんだ。目さえ見なければ……
 なんだか単純明快だぞ? 早速、今日の夜、作戦を決行しよう!



※ Luna piena(満月・マツキの愛称) / rilassa(寛ぐ・寛弥の愛称)
   Sono sempre accanto a te(ずっと君の傍にいるよ) / Regalo(贈り物)

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photo by ©clef