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◇◆ The tenth story 2 ◇◆
◆ 高遠和枝の日記 2

8月7日

 寛弥を日本へと送り出してから早4年。
武頼も日本では中学生になる年になりました。
そんな私の元へ 寛弥が顔を見せてくれたのです。
夏休み、浅海さんと共に学習を兼ねてこちらに来たとのこと。
 久しぶりに会う寛弥は、柔らかく微笑む技術を得た様で
能面が、微笑みに変わっただけの機械的な表情……
けれど浅海さんとは、親子というよりも、師弟関係を築き上げた様で
日に日にとげとげしくなりつつある武頼のことも
本物の兄の様に軽くあしらい、そんな寛弥に懐く武頼。
この4年間、後悔をしてばかりだった私が、少しだけホッとした瞬間でもありました。
 数時間、ぶらりと懐かしそうに街を散策した寛弥が、本物の笑みをたたえて戻ってきて
結局 ここには留まらず、ホテルへと戻った寛弥の後を追う様に
1人の女の子が、屋敷の前に佇んでいました。
その女の子が、少し大きくなったシヅキちゃんだと悟った私は
声をかけようと彼女の元へ急ぐけれど
途中で、形相をした武頼に行く手を阻まれて
「ばーちゃん、あんな女を相手にするなよ!」
あまりの凄みがある武頼の勢いに逆らえず、結局何も話せないまま
去っていく彼女の背中を見送ったのでした――


2月2日

 私たちが日本に帰国して3年目の節分の日。
寛弥が、升に詰まった大豆を手に、我が家を訪れてくれました。
ちょうどその日、姪っ子の喜美代も我が家に遊びにきていて
道すがら喜美代を車で送ってやって欲しいと頼むと、二つ返事で快く了解してくれました。
 成人式のお祝いに寛弥に何か贈ろうと思い立ち
少しずつだけれど、打ち解けてくれている様子なあの子にそれとなく尋ねれば
「では、お言葉に甘えて、指輪をいただけますか?」
そんな申し出をされて、逆に驚きました。
けれどやはりあの子らしく、高価なものはいらないと言う……
まるで何かを挑戦されている様で、安易なものは贈れずに考え込んでいた矢先
あの子の持つ、携帯の着信音が 『月の光』 だということを知り
未だにイタリアでの何かを、胸に秘めていることを垣間見た気がして
横浜に拠点を置く、銀細工専門店に指輪を注文依頼しました。

「Luna piena」

指輪に刻まれた文字を指でなぞりながら確かめて
一瞬だけ見せた寛弥のなんとも言えない顔……
もしかして、見当違いのことをしでかしてしまったのではないかと躊躇う私に
「ありがとう……」
そう言って初めての涙を見せた寛弥の顔が忘れられません。
 その指輪を、寛弥は今日も左手の薬指にはめていました。
そこで何かが閃いた気がしたのだけれど、その何かがわからないまま
寛弥と喜美代を送り出す私。
 送り出した玄関先で、異国の雰囲気を携えた少女が立っていて
最初は、私の目の錯覚かと思ったけれど
私に気が付いた栗色の髪の少女が、にこやかに笑いかけてきて
その可愛らしい笑顔に、過去の記憶が一致したのです。
「マツキちゃん!」
そうやって少女に走り寄る私の目に、もう1人の少女の姿が映りました。
黒髪の、今にも泣き出しそうな少女。
あぁ。全ての謎が解けていく……
この2人は姉妹だ。似てはいないけれど、背丈からしてきっと双子だろう。
そしてこの黒髪のシヅキちゃんが寛弥の想い人。
シヅキちゃんもまた、寛弥を想う人……
寛弥が日本へ旅立つときに残した手紙。
いつこの日が来てもいい様にと、一語一句漏らさず覚えた言葉。
あの言葉の意味がようやく分かった私は
シヅキちゃんを見つめながら、呪文の様に告げました。

「あなたの胸に揺れるものが全てを知っている……」

けれど、その言葉にショックを受けて、驚くほどに青ざめるシヅキちゃん。
寛弥の想いだけが、宙ぶらりんになったまま――


2月4日

 マツキちゃんだけが、また我が家を訪れました。
小さな花の絵が描かれた小さなノートを持って……
シヅキちゃんが書き記したという、そのノートの中身を読んで
胸が張り裂けそうになりました。
この2人は、なんて長い年月をかけて、たった1人の相手を想い続けるのでしょう……

「あなたの胸に揺れるもの」
これは寛弥がイタリアを旅立つときに、シヅキちゃんへ預けたロケットのこと。
そう。あの子はあの時、『預けただけ』 と言った。
だからそのロケットの中に、引き取りに行く時を記し、彼女に託したのでしょう。
けれどシヅキちゃんは、肝心なロケットを失くしてしまった。
そこに私から、寛弥の伝言だと 追い討ちの言葉をかけられてしまう。
この言葉を聞いて、もう2度と寛弥と会うことは出来ない。そう自分を悔やみ
シヅキちゃんは自分で自分の記憶に、鍵をかけてしまった……
 心配そうな瞳で、私を見つめ続けるマツキちゃんに、今何歳なのかと尋ねれば
12歳になったばかりだと答えてくれた。
年は明けている。だからタイムリミットまで後5年――


12月5日

 双子の女の子たちが18歳を迎えるまで、あと15日。
この5年間、自分なりに出来る限りのことをしてきたつもりではいました。
けれどある日を境にして、寛弥がグレーの瞳を隠す様になり
きっと、シヅキちゃんと何か関わりがあってのことだろうと思いながらも
様子を遠くから見ているだけしかできない自分が歯がゆくて
出過ぎた真似だと思いつつ、シヅキちゃんのお父様へと電話を入れました。
最初はマツキちゃんとのイタリアでの思い出を語り
様子を窺いながら、シヅキちゃんのことに触れようとすると
なぜかお父様は、何度も聞き返してくるのです。
「本当にそれは、マツキのほうですか? シヅキではなく、マツキ?」
私の頭も段々混乱しはじめて、何かがおかしいと思ったとき
「えぇ。満月と書いてマツキ。新月と書いてシヅキと読むんです」
そうお父様がおっしゃって、受話器を取りこぼしそうになりました。

だから、だから Luna piena……

 もう、寛弥の出方を窺うだけでは間に合わない。お節介と蔑まれても構わない。
全ての謎が解けた想いで、未だ混乱するお父様に伝えました。
「私の孫と満月ちゃんを幸せにしてやりたいのです……」

 けれどそれと同時に、武頼がこの件に大きく関わっているとも直感しました。
姉妹の名前が入れ違ってしまったのは、武頼の記憶が招いたことなのだから。
全てを思い出させなければ。そう心に固く誓い、帰宅した武頼へと言いました。
「今度の土曜日なのだけれど、用事を頼まれてくれないかしら?」
あぁ。私の娘たち…… 天国から見ているのであれば
どうか私に力を貸してちょうだい。あなたの息子たちの幸せを祈って――
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photo by ©clef