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◇◆ 彼が盗んだもの 妖怪 ◇◆
 勇気を出して愛するフジコちゃんをデートに誘ったところ、意外にもアッサリ快諾された。
 ということで、当日用の気合いを入れた服を買おうと意気込んでみたけれど、  こういう時に限って現れる厄介な男が一人……

「あ、ダメダメ。そんな短いスカートじゃ、勝負にならないしぃ」
 何の勝負だよ……
「あ、そんなのもダメダメ。首筋を隠さないと、誰かに噛まれちゃう!」
 噛み癖があるのはお前だろ……
「あ、それもダメダメ。それは俺の趣味じゃ……」

 洋服を手に取るたびに、ルパンがダメダメダメダメ連呼する。
 だから、ルパンの受難から逃れようと下着売り場に逃げ込んだけれど、正々堂々売り場へ入ってくるから恐ろしい。
 それどころか、どれもこれも見事なまでのチェック柄なBカップを手にしては
「文子、俺はこれがいいっ!」
 だなんて、大騒ぎするから始末が悪い。
 一体全体、なぜ私がBカップだと知っているのだろう……(素朴な疑問)
 いや、それ以前に、なぜチェック柄なんだ……(さらに疑問)

 ワナワナと震えながら、とりあえずそこらへんの下着を、見もせず掴んで無視を決め込んだ。
 ところがその瞬間、ルパンの絶叫がフロア一体にこだまする。
「キャー! そんなのは、もってのほかよっ!」
「うるっさいな、もうっ!」
 手にした下着をワゴンの中に投げつけながら、歯を剥き出し振り向き怒鳴る。
 けれどメゲナイ男ナンバーワンは、手の甲を顎に添えた、セレブなマダム仕草でシレっと答えた。

「ようやく振り向いたわね? また透明人間になっちゃったのかと思ったわ」
「なってくれればサイコーですね」
 間髪入れずに答えたけれど、なぜかルパンの瞳が妖しく光り出し、私の耳元で低く囁かれる台詞……
「ほほう。なれるものなら、なりたいね」
 そこでルパンが透明人間になったときに、やらかしそうな悪巧みを想像して鳥肌が立つ。

「や、やっぱりルパンは、デッカイままでいいよ」
 右斜め下を見つめながらボソボソと言い出せば
「えー、俺はもうちょっとデッカイほうがいいな……」
 ルパンの視線が、私の頭からつま先までを何度も往復するから、こめかみをピクピクさせて静かに言い返す。
「余計なお世話だっつーの!」

「あ、ちょっとでいいよ? 俺、巨乳は苦手だから」
「って、そっちかよっ!」
「そっちって、どっちだよっ!」
「そっちって言ったら、あっちだろうがっ!」
「んまぁ〜 聴きました奥さん? 最近の女子高生は……」
「それは奥さんじゃなく、マネキンだっ!」

 けれどそこで、マネキンの腕が独りでに上がり、口元に宛がわれたから大変だ。
「ギャーッ! ルルルパン! ルパパン!」
 マネキンを指差し絶叫しながらルパンにしがみつけば、マネキンの手がそっと私の頭を撫でる。
「いやぁぁぁぁ〜っ!」
 そこで私はぶっ倒れ、ルパンの影でマネキンを操る由香に、気付くことはなかった――

               ◆◇◆◇◆◇◆

 大体昔から私は、妖怪よりも妖精が好きだ。(誰でもか?)
 というか、霊や妖怪、悪魔などは信じないタイプだ。(ビバ、リアリスト)
 でも、口裂け女は信じていたような? (あれも妖怪です)
 トイレの花子さんも、信じていたかも? (それも妖怪です)
 あ、あ、赤いチャンチャンコなんて……(ブルブル)
「相変わらず、久島さんは一貫性がないですよね」
 などとワトソンはほざくが、人間とはそんなもんだ。(悟りの境地)
 って、ちょっと待て。なんでワトソンがここにいるの? (記憶なし)

 電車を二度ほど乗り換えて、やってきちゃったワンダーランド。
 まだ私たちが幼稚園だった頃に、開設された意外と大きな遊園地だ。
 近場だし、手ごろだし、小さな頃から度々訪れてはいるけれど、  ここでの思い出がルパン一色なのが腹立たしい……

「文子ってば、コーヒーカップで酔ってさ、回りながら噴射したのよね」
「あれは、お前が異常なほど回転させるからだろがっ!」
「そーいや、文子は入り口で転んでさ、チョコソフトの上に尻もちをついたから、パンツがまるでウン……」
「そのチョコソフトを落としたのはお前だろうがっ!」

 一体、何のためにココへ来たのか。
 さらに、一体ココは、何のアトラクションなのか……
 そんな疑問すら抱くことなく、ルパンを怒鳴りつけながら胸に付けたチケットを係員の人に見せ、ヘンテコな暖簾をくぐる。
 そしてワトソンとフジコちゃんのボソボソツッコミが、  喚き散らしながら前を行く私たちを追う。
「あれ? 久島さんは、お化けが苦手じゃありませんでしたっけ?」
「なぜ? 普段から、化け物と仲良しじゃないの」
「そ、それは否めませんが……」

 もはや、早く歩いた方が勝ちだモードの、競歩大会開催中なアトラクション。
 妙に薄暗いのは気になるが、ルパンの暴露の方が気になるんだから仕方がない。
 これ以上の暴露をされたら、フジコちゃんに嫌われちゃう。
 そんな思いだけが、私の歩幅とスピードを上げていく――(勝ぁ〜つ!)

 やけに薄暗い場内を、ルパンとズンズン進むこと数分。
 そこで、見事なまでの腕振りで私の進路を邪魔するルパンが、狭苦しい通路で叫びだす。
「文子は昔から、お化け屋敷が怖いんですよ〜っ!」
「怖くなんかないっつうのっ!」
「さぁ、みなさ〜ん! 文子を脅かしちゃってくださ〜い!」
「誰に向って言ってんだっ!」

 ところがその途端、何やらヒヤっと冷たいものが、私の頬に宛がわれた。
 こんなものはどうせまた、ルパンの嫌がらせに決まっている。
 だから手でそれを払い除け、ヘンテコな白い物体へ向って、指を突きたて言い放つ。
「お化けごときが、レースの邪魔すんなっ!」

 なぜか不思議そうに首を捻りながら、その場で足踏みをするルパンの隙をつき、 首位奪回を試みる。
 けれど寸でのところで進路妨害をされ、順位不動のレースが再開。
「あ、レースで思い出したっ! ゴーカートの」
「黙れっ!」
 ペラペラが止まらない口を塞ごうと、ルパンの背中に飛びついてみるものの、 手が口にまで回らない。
 だからとりあえず応急処置として、届く範囲の首を、腕でギリギリと締め上げた。
 ところが、ちょっと高くなった私の視界に、天井からぶら下がる、生首が入ってきたから大変だ。

「み、見なかったことにしよう……」
 ガックリと力が抜けて、ルパンの身体をスルスルと滑り落ちる。
そしてそのままルパンのシャツをめくり上げ、Tシャツとシャツの間に頭を突っ込んだ。
当然そこで、全てを理解したルパンの、極上嫌がらせが放たれる……

「まぁ、マイドールったら。相変わらず恥ずかしがり屋さんね」
「うっさいな……」
「ほら、お化けさんたちに、ちゃんとご挨拶をしなくっちゃ」
「いいから、サッサと歩けっ!」
「いいえ、いけません! さぁ、ご挨拶をしなさい!」

 突然、シャツから頭を引き抜かれ、恐ろしい暗闇が私を包む。
「や、や、や、や、や、や、や、やっ……」
『や』の八乗を繰り返しながらルパンの後を追うけれど、目を瞑っているから見えるはずがない。
 それでもようやくルパンを探し当て、安堵の溜息をつきながらシャツをめくる。
 ところがなぜか、めくってもめくっても裾がない。
 何かがおかしいと思い始めた矢先、か細い女性の声が、お皿の割れる音とともに頭の上から囁かれた――

「一枚…二枚…三枚……五枚……」

 何もかも分かっている。(お見通し)
 次の展開だって、読めちゃうね。(サイキック)
 なのに、つっこまずにはいられない。(性分だ)
 さぁ、出でよ人差し指っ!(ビシッとね)
 あれれ? 固まっちゃって動かないじゃん!(これじゃドラえも…)

「四を抜かすな、お菊っ!」
 エイエイオー状態で拳を突き上げ、お化け相手にツッコミを入れる。
 さらに分かっちゃいながら見上げれば、口をひん曲げたお菊さんが、口から血を垂らしながら微笑んだ。
「私を…呼んだ……?」

「ノーーーーーーーーーーーーッ!」

 エドヴァルド・ムンクでも、今の私は描けまい……
 そんな中核的不安系列な絵画の如く固まり続ける私の脇を、ワトソンと愛する人が、のうのうと通り過ぎていく。
「とても的確な、断末魔の叫び声でしたね」
「そうね。お菊の質問に、きちんと返答していたのは認めるわ」
「しかしまた、ここまで怖がってもらえると、お化けの方々も本望ですよね」
「まあね。彼らの時給を考えれば、素晴らしい仕事をしたはずよ」
 そこで、見捨てられてはたまらないとばかりに、愛する人の名を叫びながら、その胸に飛び込んだ。
「フ、フジコちゃ〜んっ!」

 初めて抱きついた愛する人の身体は、とても固く頑丈そうで、思った以上に筋肉満載だ。
 それどころか、その筋肉質な腕が私を軽々と抱き上げ、背中を優しく摩りながら歩き出す。
 そんな頼れるフジコちゃんに腕を巻きつけ、しがみついたまま首筋に顔を埋めた。
「フジコちゃんは、ルパンと同じ匂いがするんだね……って、おや?」

 ようやくお化け屋敷を出ることができて、目に鋭い光が差し込んでくる。
 いつまでもこうして居たいけれど、嫌な予感を払拭するべく、ちょっとだけ顔を傾け確認した。
「フ、フジコちゃん? お顔までルパンにそっくりよ?」
 するとどうしたことか、変顔フジコちゃんが悲しそうに呟いた。
「実は、お化け屋敷の中で、私とルパンくんの身体が入れ替わっちゃったの……」
「えぇ〜っ! って、嘘をつけっ!」

 お化け屋敷を出たならこっちのもんだ。
 ということで、ルパンの体から飛び降りて、素敵なカンフーを炸裂させた。
 けれどリーチが違うから、一発も当たりゃしない。
「汚いぞルパン!」
「しずかちゃんの生まれ変わりと言われる俺が、汚いわけないだろ?」
「しずかちゃんは、死んでません!」

 ところがそこで、愛するフジコちゃんが、溜息混じりに言い出した。
「はぁ。一体私は何の為に、遊園地くんだりまで来たのかしら?」
 その言葉でわれに返り、汚名返上とばかりに、美しい挙手を繰り広げながらジャンプする。
「はい! 観覧車希望! 当然、フジコちゃんと二人っきりで!」

 そこでワトソンの分かりきった分析が、光る眼鏡と共に吐き出された。
「そのパターンですと、僕とルパンくんが二人っきりで観覧車に乗ることになりますね?」
 え? なんか微妙にそれは嫌だ……(なぜだろう)
「いえ別段、僕は一向に構わないのですけれど」
 その含み笑う上目遣いが、余計に嫌だ……(ラブリービーム)
「ではルパンくん、行きましょうか!」
 そ、その、ルパンへ伸ばした手はなんだっ!(エスコートです)

「や、やっぱダメ! 私とワトソンが一緒に乗るっ!」
 伸ばされたワトソンの手を強引に掴み、半分引きずりながら観覧車乗り場へ急ぐ。
 けれど、いつまでもしつこい抵抗を試みるワトソンが、足を踏ん張りながら切り出した。
「いいんですか久島さん? 愛する松島さんが、男性と二人きりだなんて……」

「はぁ? 男性? あれはタダのルパンでしょ?」
 鼻の穴を膨らませ、心行くまでの失笑をその穴から吐き出せば、ワトソンが主要箇所を訂正して言い直す。
「あ、そうですね。では、いいんですか? 愛する松島さんが、タダのルパンくんと二人きりだなんて……」
 そこでようやく、首を斜めに捻り上げ、半口開いて考える。
 そう言われれば、ルパンは私のライバルだったはず……(by 恋敵)
 そんなライバルと愛する人を、みすみす密室へ閉じ込める?(カナリヤバイ)

「や、やっぱダメ! 私とルパンが一緒に乗るっ!」

 ガバッと振り返って叫んだ瞬間、またもや私の体が宙に浮く。
「ぬおっ?」
 驚き叫びながら見下ろせば、ワトソンの眼鏡とフジコちゃんの瞳が、 妖怪チックな輝きに包まれていた――

 あれ? 観覧車って、お化け屋敷じゃないよね?
 何かまた、素敵な過ちを犯したかも知れない後半へ続く……
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photo by ©かぼんや