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◇◆ 幼馴染の定義 4 ◇◆
 インフルエンザの治癒証明書を振り回しながら、文子が学校へとやってきた。
 なぜスキップ? と言ってやりたいところだが、腰に置かれた左手が可愛いので、 敢えてつっこむのをやめて放置した。
 でもその後ろから、文子の真似をして巨体スキップに勤しむルパンを見て、 あまりにも可愛くないから、やはりつっこむことにした。
「ルパンのかいがいしい介護のおかげで、文子があんな立派にチミっこく……」
 子どもの成長を、感無量で話す母親のごとくつぶやけば、 そのコメントは、スルーできないとばかりにルパンのスキップが止まり、 依然として腰に手を置いたまま、私の方へと振り返る。
「そうなのよ、ちょっと聞いてよ福島の奥さん!」
 結局、ほとんどノロケに近い文子の闘病生活を、ルパンに延々と語られて、 私が倒れたら、あいつもこうやって看病してくれるかと考え、有り得ない妄想だと気づき微妙に凹んだ。

「ルパン?」
 次元が悠長に教室から現れて、親指で教室を指差しながら意味深な笑みを浮かべている。
 ただ名前を呼ばれただけなのに、それだけで何が起きているのかを悟るルパン。
 私へ向かって軽く手を挙げると、そそくさと教室へと去っていった。
 これは『ふみふみアンテナ』と名付けよう。
 教室へ戻ったルパンと入れ違いに、次元が私の元へとやってきて、妙に深刻な面持ちで囁いた。
「由香ちゃん、折り入って話があるんだけど、今日時間取れる?」
 突然の申し出に驚いたけれど、それを悟られることのないように仏頂面で言い返す。
「なんで? なんか用? てか、今言えば?」
 けれどそんな私の嫌悪顔に、全くめげることなく次元が言った。
「いや、参謀会議はここじゃ話せないね」
 ちょっと待て、誰と誰が参謀なんだよ……

 結局なんだかんだと強引に引っ張られ、風早の生徒は絶対に近づかないだろう場所へとたどり着く。
校則と法律違反な場所なのだけれど、次元は一向に気にする素振りなどせずに、妙に慣れた手つきでメニューを広げている。
内心ではバレた時のことを考えて、心臓がドキドキしすぎて苦しいほどなのに
なぜか変な闘争心がこみあげて、私も負けじと(きっと色っぽく)髪をかき上げ平然を装った。
 ガヤガヤと騒がしい薄暗い店内を忙しく回る、黒服のウエイターを呼び止めて、これまた当たり前の様に次元が言った。
「ねぇ? 俺、ジントニックね!」
つまりそういう場所だ。そして私は、ジントニックが何者なのかを知らないくせに
「あ、私も同じもので」
生まれて初めて、自分の口を呪いたくなる程の言葉を吐いた。
 ところが、いつまで立ってもウエイターが立ち去らない。
更におかしいことに、次元がウエイターを見ながらいつまでもほくそ笑んでいる。
嫌な予感が漂って、私の背後に佇むウエイターをゆっくりと見上げれば――

「ワ、ワトソン?」

 いつもの銀縁眼鏡を外し、ワックスでオールバックに流した信じられない髪型。
更に翔也も真っ青な、銀色の変な指輪と腕輪をつけたワトソンが、銀のトレーを片手に固まっていた。
 3人の周りにだけ広がった静寂。それを破ったのは次元で、不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「ずっとお前にはなにか秘密があると思って、調べてたのよ?」
次元のその言葉に、苦笑いをするワトソン。
けれど何か反論をしかけたとき、仲間のウエイターに呼ばれたワトソンは
「また後でね……」
それだけ言い残してホールへと消えた。

 ワトソンがいなくなって初めて、自分が呼吸を止めていたことに気がつき
大きな溜息に似た深呼吸を、何度も繰り返して平常心を取り戻す。
「ね? だから学校では話せなかったのさ」
そんな私を見ながら、相変わらずニヤニヤしたまま次元が話し出す。
「ずっと気になっていたんだよ。ほら、アイツって妙に場慣れしているというかさ?」
「妙に場慣れってどういうこと?」
「ん? ボーリング場でさ、翔也の私服を見て固まらなかったのはアイツだけでしょ?」
 そう言われればそうだ。あのとき、真っ先に翔也へ話しかけたのはワトソンだったはず。
「でもそれだけじゃ……」
そう言い掛ける私を次元が制止する。
「それだけじゃないよ。でもそれは、由香ちゃんが自分で確かめな?」
「な、なんで私が確かめなきゃならないのよ?」
慌てて言い返せば、ゆっくりと弧を描いて次元の唇が上がり
「だって、きみたちお隣さんじゃない」
テーブルに頬杖をつきながら、意味ありげに言った。
 こ、こいつ すべてを知り尽くしてやがる――

 驚きの連続で、お酒など飲んでもいないのに、おぼつかない足取りで帰宅した。
部屋の電気をつけないまま、そっとカーテンを開けて隣を覗く。
 誰にも言わずに内緒にしていたけれど、ワトソンの家と私の家は隣同士。
私が4月に生まれ、あいつが7月に生まれてからというもの、当たり前の様にずっとそばにいた。
いつもどこか自分を押し殺して生きるあいつに苛立って、会えば喧嘩を吹っかけた。
けれどいつだろう。あいつの何も言わない『優しさ』に気がついたのは……
そしてそれに気がついてからは、あいつのあいつらしい生き方が好きになった。
なのに私はこんなにそばにいながら、あいつのことなど何も知らなかったなんて――
 真っ暗なあいつの部屋を眺め、溜息をついたところで携帯が鳴る。
慌てて受信画面を覗けば、あいつからの初めてのメール。
『ふ、福島さん、ちょっとそこのコンビニまで出てこれますか?』
 なぜ文字までドモルんだよ?

 さっき見てしまったことを、口止めするため呼んだに違いない。
そう分かってはいるものの、やっぱり嬉しさがこみ上げてくる。
パタンと音を立てて携帯を閉じ、そそくさ家を後にしてコンビニへと向かう。
 コンビニで待っていたのは、いつもの『ワトソン』で
「こんな時間に呼び出してしまってすみません……」
眼鏡のフレームを上げながら、相変わらずの馬鹿丁寧な口調で話し出した。
「じ、実はその…… いや、あの、つまりですね?」
 何が言いたいのか分かるから、言葉を途中で切って自分の意見を先に言う。
「ああ、あのことなら大丈夫だよ。別に誰にも言わないし、次元も言ったりしないでしょ」
けれど違うとばかりに、左手を親父くさく何度も振って
「え? あ、いや、そうじゃなくて……」
そこまで言うと、ポケットに手を突っ込み
「誕生日おめでとう。すごく遅くなっちゃったけど……」
そう言いながら小さな紙の包みを取り出して、私に差し出した。
 毎年、凝ったバースデーカードだけは、忘れずにくれていたワトソン。
でも今年はそれすらももらえなかったから、すごく落ち込んでいたけれど
初めてのカード以外のプレゼントに、悲鳴を上げて喜びたくなる気持ちを抑え
素直になれない私は、包装紙を破りながら仏頂面で言い返した。
「どうせあんたのことだから、趣味の悪いものに決まって…… えっ?」
 小さなフェルト生地の巾着に包まれた、小さなプレゼント。
言葉にならないまま固まり続ける私に、なぜかビクつきながらワトソンが言った。
「ご、ごめんなさい! でもこの間、久島さんと一緒にそれを見てたから……」
 文子には似合っても、私には似合わないと諦めていた指輪。
小さな色違いの宝石が散りばめられた、すごく可愛らしい指輪。
「だってこれ、すごく高かったんだよ?」
「あ、うん。でも福島さんに似合うなって思ってて、それで……」
 それで? それでなんだよ? あ、もしかして……
「も、もしかして、このためにあのバイトをしていたとか言わないよね?」
「違いますよ、あそこは時給がすごく良いからです。グフ」
 あ、そうなんだ…… てか、即答だよ……
少しぐらい戸惑いを見せてくれよ。などと小声で悪態をつきながら、ふと閃いた。
「じゃ、私もあそこでバイトするから!」
今度の言葉には、さすがのワトソンも少々驚いて、その姿を見ながら小さくガッツポーズを決める私。
 よし、ここで否定してごらんなさい?
けれどワトソンから発せられた答えは――
「あ、それは似合いますね! 福島さんの男装。グフ」
 当然のことながら、間髪いれずに私が叫ぶ。
「普通は『女の子には危ないよ!』なんて否定するだろうが?」
 私よりも小さいワトソンを見下ろしながら、怒りに任せてワトソンの胸倉をつかんで揺さぶる。
そしてその勢いに便乗して、そのままワトソンにKissをした――

 呆気にとられて硬直するワトソンと、してやったり顔の私。
「指輪、ありがとね!」
それだけ囁いた後、未だ固まるワトソンを置き去りにしたまま、逃げる様にその場を去った。
 好きなやつからもらったプレゼントなら、なんだって嬉しい。
でもなによりも嬉しかったのは、こんなに可愛らしい指輪を『私に似合う』と言ってくれたこと。
それだけで、ちょっと女の子になれた気がした。
 Kissのやり方は、少々男気があったけどね……

 学校に指輪をしていくことができないから、チェーンに通してペンダントヘッドにした。
 肌身離さず持っていたい乙女心って感じ?
そして次の日の学校でも、暇さえあれば制服の中から取り出し握り締める私。
あからさま過ぎる私の行動に、文子が気がつかないわけがなく
「あ、由香ってば、抜け駆けしてその指輪買ったなっ!」
指輪を指差し、ギャーギャーと喚き散らす。
「ああ、これだから男に貴金属などもらったことのない人間は……」
上から見下ろす様に文子に言い返せば、ポカンと空いた文子の口。
 普通ここまで言えば、その意図に気付くであろうものなのに、当然ながら文子には伝わらない。
あらぬ妄想をした後、顔を赤らめ恥ずかしそうにそっと耳打ちしてきた。
「由香、男装して買いに行ったの?」
 ルパン? あんた本当に報われないね……

 文子とワトソンが、美化委員の件で職員室に呼ばれ教室からいなくなり
取り残されて脱力する、ふみふみ病患者が1人……
「ああ、オレも美化委員になればよかったよ」
机に突っ伏して、次元にブツクサと愚痴をこぼしている。
「まあね、ダブルふみふみが美化委員って、世も末な響きだからな」
どうでもいいと言った具合で生返事をする次元。
けれどなぜか、その次元の返事が気に入らず、話に割り込み文句を言った。
「文子はともかくとして、ワトソンは几帳面でしょ?」
 次元と私を交互に見た後、片眉をあげながらルパンが言った。
「福島、おまえって、重度のふみふみ病だね」
ルパンが何を意味してそう言ったのかが解るから、頬がカッと熱くなる。
言い返そうとするけれど、真っ白になった頭には言葉が何も浮かばずに押し黙れば
「幼馴染の定義だけどさ、最後はハッピーエンドにしてね?」
そんな私を面白そうに見ながら、立ち上がり様ルパンがそっと耳元で囁いた。
「当然でしょ? というか、とっくのとうにハッピーエンドにしてあるよ!」
 私の叫び声に驚くルパンに、わざとらしく親指を突き立ててニヤっと笑う。
ルパンの顔が幼い子どもの様に輝いて、大きな口を開けて笑った後
やっぱりわざとらしく親指を突き立てて、私へというより、全世界へと叫んだ――

「幼馴染バンザイ〜〜!」


END


 〜その頃のワトソン&文子〜

「く、久島さん、なにか今、嫌な叫び声が聞こえませんでした?」
「ワ、ワトソンにも聞こえたの? なんかゾゾゾって悪寒が……」
「僕、今になってようやく久島さんの気持ちが分かる様になりましたよ……」
「え? どんな?」
「び、微妙な気持ちです!」
「は? なんだそりゃ?」
「えぇ? あぁルパンくん…… 君はあまりにも可哀想だ……」
「え? なんでルパンが出てくるのさ? 可哀想なのは私でしょ?」

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photo by ©Four seasons