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◇◆ 幼馴染の定義 2 ◇◆
● 幼馴染の定義 第8章
『 双方の親から ちゃん付けで呼ばれる 』

「あら ふ〜ちゃん! お買い物?」
 色気もそっけもないTシャツにスウェットという出で立ちで、首をポリポリ掻きながら、 500mlの牛乳パックドリンクを選ぶ私の肩を叩く人……
 声を聞いただけで誰なのかがわかるから、ちょっと顔を引きつらせて振り返る。
「あ、なんだ恭子ママかぁ。こんにちは」
 わざとらしく解らなかったフリをしてみれば
「ふふん。休日だっていうのに、ふ〜ちゃん暇そうねぇ?」
 痛いところを冗談交じりに突いてくる、この人こそ海東のお母様。
 てか、その手首のスナップで豪速球が投げられそう……
「えっと、これからちょっと出かけようかな? と思っていてですね?」
 何かものすごく嫌な予感がして、適当に逃げに入れば、 私の頭の先からつま先までを、何往復も目で追いながら言い返された。
「えぇ〜っ? その格好で? ふ〜ちゃん、それじゃ あなた男できないわよ?」
 あのルパンをこの世に排出した人だから、毒舌なのは仕方がない。
 だけど『男』って直球はやめてください……
 そして、そんなあなたの息子とキスをする、私を許してください……

「あ、そうだ! 弥生ちゃんいる? 暇してた?」
 弥生(やよい)というのは、うちの母親の名前。
 もう四十歳を超えたお年頃なのだから、いい加減『ちゃん付け』で呼び合うのはどうかと思うが、二十代からのお友達だから、未来永劫この呼び方は変わらないのだろう。
 逆らうのも怖いしね……
「うん。居たよ? お父さんが釣りに行っちゃったから、家で黙々とプレステやってた」
 しつこいけれど、四十歳を過ぎても、現役バリバリでゲームをこなす主婦っていうのもどうかと思うが、二十代からの趣味だから、未来永劫この趣味は留まりそうにないだろう。
 しかも格闘技系ゲームってどうよ?
「そうなんだぁ! ふ〜ん。そっかそっか♪」
 気のない返事をしているくせに、何気なさを装い手に取った商品は、我が母親大好物のシュークリーム。
 しかも、四個をカゴに収めるところなぞ、一人二個計算の我が家行き決定?
「ふ〜ちゃんは? 何か食べたいものある? 恭子ママが特別に買ってあげる♪」
 今月は、お小遣いがピンチだから、その言葉は魔法のように私に降り注ぐ。
 いや、ダメダメ! 絶対罠に決まってる!
「そんなそんな! 滅相もございません」
 両手を勢いよく交差させて振り、少しずつ後ずさりをしてみると
「なんでも買いなさいって! その代わり、ちょっとお願いが……」
 ほうら やっぱり!

 お、押し付けられた……

 ホニャララは風邪ひかないと言うはずなのに、こんな季節にインフルエンザになぞかかる人間がいるのか。
 結局、恭子ママに買ってもらった、ジュースとプリンとおにぎりと――
 コンビニの袋をブンブン振りながら、家とは逆の方向へ歩く私。
「ルパンのインフルエンザが移れば、学校を堂々と休めるわよぉ?」
『何か買ってあげる』よりも強烈で鮮烈なその言葉の誘惑に負け、いそいそと海東宅へと向かった。


● 幼馴染の定義 第35章
『 双方のご近所さんまで自分のことを知っている 』

「やだ、文子ちゃん! 綺麗になっちゃってぇ♪」
 剪定し終わった庭の木の残骸を竹箒で掃く、海東宅隣のおばさんに声をかけられた。
 今時、竹箒なんてまだ売っているんだね。お願いだから、『レレレのレ』って言ってみて。
「こんにちは、お久しぶりです。徹くんは元気ですか?」
 ちなみに徹(とおる)とは、私たちより三歳上のガキ大将だった人間であり、このおばさんの息子でもある。
「元気よぉ! 大学行っちゃってからは、ちっともこっちに帰ってこないけどね」
 自慢と嫌味の混じった息子の話。一流と呼ばれる大学に徹が合格したという話題で、つい最近まで盛り上がっていたこの町内。
 つかまったら、長くなりそうだぞ?
 体は海東家の玄関に。首だけをおばさんに向けての意思表示。
「じゃ、また……」
 ぺこりと頭を下げて、いそいそと玄関に向かう私を引き止める声。
「あ、そうだ 文子ちゃん! そういえばさぁ……」
 ほうら やっぱり!

 つ、つかまった……

 おばさんのおしゃべりが、優に二十分は経過したところでようやく解放された。
「母さん、二十分も話してるぞ! 文ちゃんだって用事があるんだろうに。悪かったねぇ」
 徹の二十年後を想像させるおじさんが、サンダルをつっかけて玄関先までやってきた。
 気が付いていたんなら、もっと早く出てきてください……
「これ、お詫びのしるしな」
 ペコちゃんの顔が描かれた棒つきキャンディーを、私に渡して頭をなでる。
「いやだ、パパ! 文子ちゃんはもう高校生なのよ? そんなもの渡して!」
 くだらない疑問だけれど、おじさんはおばさんのことを『母さん』と呼ぶのに、 おばさんはおじさんを、そうして『パパ』と呼ぶのだろう……
 でも聞けないけど。
 この機を逃したら脱出不可能だと即決し、二人に手を振り玄関へと急ぐ。
 背後で「え〜〜〜っ!」と叫ぶ、おじさんの声は聞こえなかったことにしよう――


● 幼馴染の定義 第19章
『 双方の飼い犬に懐かれている 』

「シーっ! 静かにっ! わかった。わかったから、そんなに興奮しないでって!」
 玄関を開けた途端に、腰ごとしっぽを振ったダックスフントの『ミー』に襲われる。
 静かにしろと言っている、私の声が一番大きい気がするのはなぜだろう?
 目が合うたびに、ひっくり返っておなかを見せるミーをその都度なでながら、 やっとの思いで靴を脱ぎ、玄関を上がる。
 一歩足を踏み出すごとに、私の足の間をミーがすり抜け、踏んでしまいそうになり困惑。
「ミー、危ないって!」
 そうやって見下ろせばまた目が合って、おなかをみせてひっくり返るミーを、またなでる羽目に。
 仕方がない。落ち着くまで遊んでやるか……

 お、落ち着かない……

 逆に、興奮度が更に高まっちゃったご様子?
 顔中をミーの唾液に包まれて、疲労困憊。廊下という場所で寝転んだ。
 ところが、無抵抗になった私はつまらないとばかりにおしりを向けると、 軽い足取りで、リビングへとミーが去っていく。
 意外と薄情なのね?
 ようやくモッソリと立ち上がり、目の前にある階段へと突き進む。
 なんだか、トライアスロンよりハードだ ――


● 幼馴染の定義 第27章
『 双方の家の間取り・電気スイッチ位置を把握している 』

「あ、また電気つけっぱなしだよ。もったいない!」
 息せき切って、ようやく上り詰めた階段。
 右向け右をした後、二階の廊下を見れば電気がついている。
 海東宅の階段には、日差しが取り込めるように大きな窓と吹き抜けがあるので、日中は電気など不必要。
 けれど、あまりにも日差しが強いため、電気がついていることに気が付かないのが欠点だ。
 二歩ほど先に進み、目的のスイッチをパチンを反対側へ押す。
 左上が階段の電気で、その下が廊下。右上は二階の洗面所の電気で、その下がトイレ。
 別に何度も押したことがあるわけじゃないけれど、幼少のころの記憶は意外にも忘れないものだ。
 けれど、電気のスイッチを見て、急に思い出した。
「あ、トイレしたかったんだっけ……」
 コンビニの袋を廊下に置き去りにして、パタンと扉を閉めた。
 もちろん電気はつけません。もったいない!
 ふぅ。スッキリ ――


● 幼馴染の定義 第14章
『 双方の家に飾られた家族写真に自分も写っている 』

「お? 懐かしい〜! この頃は私のほうがデカかったのに……」
 微妙に語尾が落ち込みながら、廊下に飾られた写真に見入る。
 海東の父親は一眼レフマニアで、小さい頃からアフォのように連続シャッターを切っていた。
 リビングのオープンケースには、歴代の一眼レフが飾り並べ立てられていて、語りだすと妙に熱くなる曲者で、うんちくが、はじまった! と思ったら、家族は蜘蛛の子を散らすようにその場を逃げ出し、 その瞬間を見逃してしまう来客者が、痛手を被る寸法だ。
 でもうちの父親も同類で、釣りのことになると喋ることを止められない。
 趣味は違えど似たもの同志。だから、父親同士も仲がよかったりする。
 依然 コンビニの袋を振り回しながら、幼稚園最後の運動会風景を捉えた写真を眺める。
 頭に紙でできた星型の飾りをかぶり、両手にポンポンを持って笑う海東と私。
 この頃は、ちょこっとだけ私のほうが大きくて、私のほうが偉かった!(ハズ)
 則巻という名前をお友達にからかわれて、メソメソと泣いていた海東を、 励まし、勇気付け、助けてあげた、女神の様な存在だ!(きっと)
 それをどうしてあいつは覆し、逆にからかわれるようになっちゃったんだろう……(記憶なし)
 あぁ、なんかもう頭にきた! このまま帰っちゃおうかな?(逆恨み)

 けれどそこに、海東の部屋と思われる場所から小さな物音が聞こえてきた。
 そして、わずかなうめき声も……
 なぜかざわざわと胸騒ぎ。
 海東の苦しむ顔が目に浮かび、慌てて部屋に飛び込むのであった ――

 END

 〜 その頃の海東 〜
 遅いっ! 徹のおばさんの『文子ちゃん』って声が聞こえてから、 何時間 待てばあいつはオレの部屋にやってくるんだっ!
 まったく文子のやつはコレだからっ!(でも可愛いけど)
 部屋に着たら、こうして、あぁして…… グゥ。
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photo by ©かぼんや