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◇◆ Aphrodisiac ◇◆
「ベル、寝るときは、必ず部屋に鍵を掛けるんだよ」
「アル、あのね?」
「内側から、しっかりと掛けるんだよ」
「あの、あの、あのね?」
 アイちゃんの部屋の一室で、どこまでも点検に夢中のアルは、何度問いかけても私の声など耳に入らないらしい。
 不自然に無視をされている気もするけれど、そうじゃないと祈りたい。

「鈴ちゃんのお兄さん、大事な妹さんは、自信を持って僕がお預かりしますから、安心してくださいね」
 それでもそうやって、語尾を可愛く伸ばしながらアイちゃんが話しかけると、アルは点検作業の手を止めて、疑わしげな顔でアイちゃんを見る。
 なんで私の声は聴こえなくても、アイちゃんの声は聴こえるのだろう……

 結局また、眉毛コンタクトで何やら無言の会話をやり合う二人。
 そしてそれが一段落すると、依然として目を合わせようとしないアルが、私に向かって捲くし立てる。
「あ、それから、こいつから飲み物をもらっちゃダメ。怪しい薬が入っているといけないからね。だから俺が用意したものか、 自分で買ったものだけを飲むこと。ということはあれだ、この部屋専用の冷蔵庫がいるね。あ、それと……」
「ア、アル、そうじゃなくてね?」

 なんだかんだと文句を言う割りに、私がアイちゃんの部屋に間借りすることだけは、なぜか嫌々ながらも勧めるアルと、 いつものように強引な手腕で話を展開させるアイちゃんに、抵抗を試み続けて数時間。
 確かに私は行く当てなどどこにもないけれど、それでも出逢ってから間もないアイちゃんの部屋に、転がり込むなんて厚かましすぎる。
 だから懸命に意思を伝え続けても、同居契約は本人を無視して勝手に成立し、そして今に至る。

 さらに、腕時計などしていない腕を捻りながら、アイちゃんがサラっと言い放つ。
「鈴ちゃんのお兄さん、もうこんな時間ですけど、どなたかと会うお約束があったのでは?」
 アルはそんな話をしていただろうか? だなんて首を傾げたところで、今度はアルの慌てた叫び声。
「あっ! マズイ、そうだった! じゃ、ベル、鍵は掛けるんだぞ!」
「うん、あ、え、ア、アル?」
 こうして、慌てふためくアルが瞬く間に去り、私は挙手したまま、玄関のドアを見つめて固まった。

「お兄ちゃん、帰っちゃったね」
 のんきにそう言うアイちゃんが、私の頭を撫でようとして手を翳す。
 けれど、その手は頭を撫でることなく下ろされて、代わりに極上営業スマイルを浮かべて言い出した。
「鈴ちゃん、片付けは明日から徐々にやることにして、今日は疲れただろうから、ゆっくりお風呂にでも入っておいで」
「いや、だから、アイちゃん、あのね?」

 あくせく両手を振り続けて、お願いだから私の話を聞いてくれと懇願するけれど、見事なエスコートでかわされ、気がつけば脱衣場に佇む私。
 そんな私の髪を指差して、げんなりしながらアイちゃんが言った。
「最低でも、十回はシャンプーしてね」
「え? そ、そんなに臭いの私?」
 焦って髪の束を掴み、その臭いを嗅ごうとすると
「除菌だよ。アルファード菌が、ついてるでしょ?」
 意味不明な言葉をつぶやくアイちゃんが、それを最後に扉を閉めた。

 アルファード菌って、一体何だろう?
 アルのことを指しているのは確かだけれど、それよりも、アルは自分の名をアイちゃんに告げたっけ?
 腑に落ちないことだらけなのに、言われるがまま服を脱ぎだしたりしたら、きっと世界一の大バカ者だ。
 けれどそこまで考えて、思い留まった。結局私には、行く当てもお金もない。
 友達のところに、数日くらいなら厄介になることは可能だろう。
 それでも、長くお邪魔しているわけにはいかない。
 既に美大への進学も決まっているし、高校卒業まで、あと一ヶ月もない。
 こんな状態だから進学はあきらめるとしても、せめて高校だけは卒業したい……

 明日から仕事を探さなきゃ。
 住み込みとか、寮付きとか、先生に事情を説明して助言をもらおう。
 だから今日だけ。今日だけ、アイちゃんの好意に甘えて、ここに泊めさせてもらえばいい。
 そこまで考えがまとまって、これなら私は世界一の大バカ者ではないと、納得しながら服を脱いだ。

 アイちゃんちのお風呂は二度目だけれど、湯船に浸かるのは初めてだ。
 だから湯船に張られたお湯の色と、むせ返るほどの薔薇の香りと、そこに浮かぶ薔薇の花びらにたじろいだ。
 ア、アイちゃんは、どこまでも少女趣味なんだな……
 それでも、そのゴージャス加減に乙女心はグイグイ惹かれ、ニヤニヤしながら足を浸けた。
 思いきり足を伸ばし、偉そうにふんぞり返って極楽、極楽。
 両手で真紅のお湯をすくい上げ、シンクロっぽく、つま先をお湯から出しては引っ込める。
 けれど妙なことに気がついた。
 浮いた花びらが身体に触れるたび、ビクビクしちゃうのはなぜだろう……

 やっぱり神経が相当過敏になっているのだと、自分自身に言い聞かせてお風呂から上がり、 いつの間にか用意されていた自分のパジャマに、アイちゃんは手際がいいと感心しながら驚くことなく袖を通す。
 そしてタオルで髪を拭き拭きリビングに足を踏み入れて、のんびりと寛ぐアイちゃんに切り出した。
「ごめんねアイちゃん、いつも迷惑をかけちゃって……」
「迷惑だなんて、思ってないよ?」

「そんなことより鈴ちゃん、鈴ちゃんの元気がでるように、僕がマジックを披露しようと思います」
「マジック?」
 可愛らしくコクコクと肯くと、徐にハチマキのような長い紐を取り出して、アイちゃんがピンピンと引っ張った。
「種も仕掛けもないですね? では鈴ちゃん、両腕をそろえて出してください」
 言われた通りに両腕を突き出すと、私の手首にそれはもう頑丈に、その紐をアイちゃんが巻きつける。
「痛くない? 大丈夫? 引っ張ってみて」
 アイちゃんにそう言われて、腕をグリグリと動かしてみるけれど、ちょっとの隙間もなく縛ってあるから
「全然取れません!」
 マジシャンに選ばれて、ステージに登った観客のごとくキッパリと言い返す。

「では、この紐を、一瞬にして鈴ちゃんの腕から外して見せましょう!」
 ギャラリーなどどこにも居ないのに、多分観客席だろうと思われる方を向いて、アイちゃんが叫ぶ。
 そんなアイちゃんにつられて、私までそっちを向いてそれに答えた。
「えー! それが出来たら、アイちゃんすごいよ!」
 そしてワクワクしながら事の成り行きを見守っていると、 口でドラム音をダカダカと刻むアイちゃんが、紐の端っこを握り締め、勢いよく引っ張った――
 おおっ! お…ぉ?

「あ、取れないや」
「ア、アイちゃん?」
「あれ、ダメだぁ……」
「えぇ? もしもし?」

「もうこうなったら、この紐を切るしかないや。僕の寝室にハサミがあるから一緒に行こうね」
「い、いや、アイちゃん、私はここで待って……」
 何か、すごく嫌な予感がする。
 それなのに、未だ縛られたままの腕を見下ろすと、なぜかキュンと胸が高鳴った。
 胸の先端は、何をされたわけでもないのに既に固く尖りだしていて、下着に擦れてさらに尖りだす。

 最後まで言い終わらないうちに、縛られたままの私をアイちゃんが抱き上げた。
 アイちゃんに触れられた部分が、カッと熱くなって、 ただの膝の裏なのに、腰なのに、胸を吸い上げられたときのような、刺激が体を突き抜ける。
「あっんっ……」
 抱き上げられただけで、思わずこぼれる喘ぎ声。
 そんな私をにこやかに見下ろしながら、陽気なアイちゃんがサラリと言った。
「アルお兄ちゃんは、オバカさんよね。媚薬の使い方は、飲むだけじゃないのにね」
「アイちゃん、それどういう…ぐひゃん」

 指を動かしただけでピクンピクン揺れてしまう私を見て、何かを閃いたようにアイちゃんが言い出した。
「鈴ちゃん、マジックが失敗しちゃってごめんね。お詫びに、疲れを癒すマッサージをするよ」
 言葉は謝っているくせに、口調は全く悪びれていない。
 それどころか、キラキラ輝く瞳は、新しいおもちゃを手に入れた子どものようだ。
 こんな状態でマッサージなどされたら、脇腹を擽られ続けるのと変わりない苦しみを味わうに決まっている。
 だから不自由な手をブンブン振って、その申し出を拒絶した。
「い、い、いいいです。遠慮しておきま……はうっ」

 アイちゃんが、優しく私の肩を揉む。ただそれだけなのに、身体は激しく仰け反り悲鳴を上げる。
 まるで身体の全てが性感帯だ。こんなことを続けられたら狂っちゃう。
 どうにかこの状況から逃れようと、暴れもがく私の腕をアイちゃんが持ち上げて、ベッドのポールに腕の紐を引っ掛けた。
 途端に、当然身動きが取れなくなって
「ア、アイちゃん? う、腕が動かない!」
 そんな分かりきったことを叫ぶ私に、キラキラ瞳を続行中のアイちゃんが爽やかに言い返す。
「そんなこと気にしないで、リラックスしてね」

 アイちゃんが、私の開襟パジャマのボタンを外し、露になった上半身を指先でなぞる。
 肋骨に沿って指を這わせられ、低周波を当てられたように、ビクンビクンと跳ね上がる私の身体。
 そんな指の動きを止めないまま、アイちゃんの口が、胸の先端を包み込んだ。
「んああっっ!」
 突き抜ける刺激が襲い掛かり、頭の中に稲妻が光走る。
 その強烈過ぎる刺激に耐えられず、狂ったように身を悶えて抵抗するけれど、 身体をガッチリと押え込んだアイちゃんの、舌の動きは止まらない。

「鈴ちゃんは、左のおっぱいの方が感じるんだよね」
 語尾に星マークがついちゃうような、確信をこめたアイちゃんの言葉。
 けれどそんな言葉に、反論できるほどの余裕などどこにもない。
 右の胸は指で摘まれて、左の胸の先端は舌で転がされ、唯一動く首をブンブンと横に振って喘ぎ鳴く。
「やっ…ああっ…いやっ、やめっ…やぁっ!」
 なのに、ペチョペチョとわざと音を立てて、執拗に左胸を吸い上げ転がすアイちゃんの口。
「もうダメっ! あぁっ…やめてっ…おかしくなっちゃ……」
 視界がキュンと狭まって、もう自分の心臓の音しか聴こえない。
「あっ、ダ、ダメっ……」
 そして、うわ言のようにそう言った瞬間、アイちゃんが尖った先端を小さくかじった。
「んあああっっーっ!」

「鈴ちゃん、おっぱいだけでイッちゃったの?」
 カクンカクンと規則正しく痙攣する私に、アイちゃんがニヤニヤしながら囁いた。
「ち、チガッ……アイちゃん、お願いだからこれを……」
 頬が熱くなるのを感じながら否定をしてみるものの、アイちゃんの舌が、またもや私の胸を舐め始める。
「んあああっ!」

 胸だけで何度も絶頂を迎えさせられて、これじゃ拷問だと半べそをかき始めると、 なんの予告もなく、アイちゃんが自分自身を私の中に沈めこんだ。
「ぐんっ…あっアアァッ!」
 ボンバーな私の身体はその一瞬で弾け飛び、そんな私を見下ろしながら、困ったようにアイちゃんが言い出した。
「鈴ちゃん、まだ入れただけだよ? これじゃ、僕がイけないよ……」
「ご、ごめんなさい!」
 顔を手で覆い隠したいけれど、依然として万歳をしたままの私の腕。
 そんな私の気持ちを察してくれたのか、アイちゃんが縛り続ける紐に向かって手を伸ばした。

 アイちゃんが片手で紐の端っこをピンと引っ張ると、スルスルっと簡単に紐が解けていく。
 マジックの成功に手を叩いて褒めるべきなのか、取れないって嘘をついたことを怒るべきなのか、そんなことを考える力もなくなって、 ようやく解放された腕をアイちゃんの首に巻きつけた。
 けれどアイちゃんが、鼻と鼻を擦り合わせながら、ちょっと怒ったように命令する。
「今日はもう、鈴ちゃんはイッちゃダメね?」
「え…あ…む、んっ…む、んんっ」
 何語なのか分からない言葉で懸命に言い返すけれど、通訳が居ないから、当然アイちゃんには伝わらない。
 そしてピッタリとくっついたまま、アイちゃんがゆっくりと腰を動かしはじめた。

 クチュクチュと淫らな音を立てて、なぞるようにゆっくりと動くアイちゃんの腰。
 スローなテンポで刻まれるそのリズムでも、もう身体は爆発寸前だ。
「あっ……む、無理っああっ…」
 けれど私の変化を感じ取ったアイちゃんが、ギュッと私を抱きしめて言い放つ。
「我慢して。ダメ。我慢」
 だから私も身体にギュッと力を入れて、アイちゃんの背中に回す腕にも力を入れて、引火の鎮火を試みる。
 それでも、我慢しようと必死に我慢して、我慢に我慢をしても、襲い掛かる最上級の気持ち良さには耐えられない。

「うぅ…うぅっ…うっ…んっ…あっ…」
 私の声のトーンが変わるたびに、アイちゃんが意地悪な言葉を耳元で囁く。
「ダメダメ。イッちゃダメ」
「あっ…お、おね…おねがっ…うぅっ、んぅっ」
「ダーメ。我慢」

 もう限界だ。もう我慢できない。もう絶対に無理だ。
 ゴマアザラシみたいに、キューキュー鳴きながらアイちゃんを見つめて懇願した。
 するとアイちゃんが、腰の動きを止めないまま、そっと囁いた。
「鈴ちゃんは、誰のもの?」

 その言葉を聴いて、突然心の中から溢れ出す記憶。
『ベル、お前は誰のもの?』
 抱かれる度に、何度も何度もエースが囁き続けた言葉……

 途端に強く深く突き上げられて、大きく目を見開き叫んだ。
「んあっっ!」
「アルの前で、泣いただろ?」
 目の前で囁く人が、アイちゃんなのかエースなのか分からない。
 それでも溢れ出す記憶は、その囁き声にも反応する。

『俺だけに感じて、俺だけに悦べ。そして、俺の前だけで泣け……』

 そうだ。エースはいつもそう言った。
 私が泣き顔を見せてもいいのは、エースだけだと……
 だから私は、エースの前でだけ泣いた。
 アルにも、ハープにも、泣いているところを見せなかったんだ……

「お前は誰のもの? お前は、誰の前だけで泣くの?」
 強く激しく腰を打ち付けながら、エースの声が私に問いかける。
 記憶なのか現実なのか、夢なのか妄想なのか、何一つ確信できないままその名を叫ぶ。
「あっ…あっ…エ、エースっ…エース!」
「そう、お前は俺のもの……」
「んアァァーッ!」
 その言葉に壊れるほど心臓が高まって、身体を重ね、唇を重ねて乱れ散った――


 朦朧とした意識の中に、キュラキュラ笑顔のアイちゃんが、ひょっこり現れ言い出した。
「ああーあ、鈴ちゃんが、約束を破っちゃった」
 自分が、イッちゃったんだと悟るまで数十秒。
 ようやく事実に気がついて、今更ながら慌ててアイちゃんに謝った。
「あぁ…ご、ご、ごめんなさいぃ……」

 分かればそれでいいんだとばかりに、小さくウンウン肯くアイちゃんが、人差し指を私の鼻に押し当てながら命令する。
「もう絶対に、約束は破っちゃダメね?」
「は、はい……」
 その勢いに負けて、ちゃっかり返事をしちゃった後で、後悔と疑問が浮かび上がる。
 あれ? 約束ってなんだっけ?
 いや、それ以前に、なんで私が謝っているんだろ……
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photo by ©防腐剤