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◇◆ Ace ◇◆
 汗がダラダラ流れた身体に、温めのお湯がすこぶる気持ち良い。
 立ったまま、くくりつけられたシャワーを頭から浴びて、恥ずかしさを堪えるように唇を噛む。
「なんてことを口走ってしまったんだろ……」
 そんなセリフをブツブツ唱える私の向こうから、ガラス越しにアイちゃんの声が聞こえた。
「鈴ちゃん、僕のシャツだけど、これでよければ我慢して着てね」
「あ、ありがとう!」

 結局あの後、バンバンに告白されるシーンを激白している途中、ヒクヒクと顔面を引きつらせたアイちゃんが囁いた。
「鈴ちゃん、シャワーを浴びてスッキリしたらどうかな?」
 その言葉でようやく正気に戻り、なんてことを話していたんだと私まで引きつった。
 アイちゃんが、引きつっちゃうのも仕方がない。
 自分が妄想するマンガの世界の話を、さも現実の話のようにたんまりと聴かせた後、これまた妄想で告白されたことを嬉しそうに話す女って……
 あぁ、本当に、どうしちゃったんだろ私。
 アイちゃんと逢うと、なんだかおかしなことばかりやらかしちゃう気がするよ。

 それでもいつまでもここに逃げ込んでいることは出来ないから、重苦しい溜息をつきながら蛇口を戻し、お風呂のドアをそっと開けた。
 フカフカなバスタオルで身体を拭いて、アイちゃんが用意してくれた真っ白いシャツを素肌に纏う。
 脱衣所でゴウンゴウン回っている洗濯機の中には、今まで私が着ていたブラウスと下着が見えた。
 脱いだ洋服を、洗濯機に入れてねってアイちゃんが言うから遠慮なく入れちゃったけれど、 考えれば考えるほど、私って厚かましい女じゃない?
 あぁ本当に、アイちゃんがいい人でよかったよ……
 じゃなかったら、いくら大きなシャツとはいえ、下着もつけずに徘徊するなんてことできないもんね。

 アイちゃんの香りが漂うシャツオンリーで、のんきにリビングに戻ると、申し訳なさげにアイちゃんが言い出した。
「ごめんね。女の子の下着はさすがに置いてないんだ。僕の下着なんかつけたくないだろうし」
「ううん、こっちこそ迷惑をかけちゃってごめんなさい」
「それは気にしないで。鈴ちゃん、ソーダとかサッパリしたものを飲まない?」
 口の中がカラカラだったから、その言葉を聴いただけで、口の中がシュワッと弾ける。
 梅干を見ただけで、唾がたくさん出てきちゃうのと同じ原理だな。なんて考えながら陽気に答えた。
「ありがとう。いただきます!」

 シャワーとソーダのおかげで、さっきまでの暑さが嘘のように引いていく。
 それでも言いたくてたまらない病は、まだまだ健在らしい。
 遠慮も何もあったもんじゃない。アイちゃんに聞かれること、問われること全てに、ペラペラとこの口が勝手に喋りだす。
 とういうかなんというか、頭の隅で、いつも止めに入ってくれるストッパーがいなくなっちゃった感じ?
 だからまたアイちゃんが質問をしはじめたときにも、考えなく言葉がポンポン飛び出していく。

「鈴ちゃんが、落ち着いたところで質問です。鈴ちゃんは、バンバンのことが好きなの?」
「ううん、バンバンは、ハープの弟だから仲良くしているだけだよ?」
「じゃ、鈴ちゃんの好きな人は、クラスの男子?」
「違うよ。私の好きな人はね?」

 そこまで言いかけて、慌てて両手で口を押えた。
 正直言ってアイちゃんと知り合った今、本当にその人のことが好きなのかが自分でも分からなかった。
 私が好きだった人。私が振り向いて欲しかった人。
 それは現実の世界に居ない人だから。でもアイちゃんは、現実にこうしてここに居る。
 しかも、ミントの香りがする息が、かかっちゃうほど傍にいる……

「鈴ちゃんの好きな人は?」
 そんなに近くまで顔を寄せなくてもちゃんと聞こえるのに、斜めに顔を傾けたアイちゃんが、目を細めて囁いた。
 未だ両手で口を覆い隠し、答えるもんかと首を横に振り続けると、今度は唇を突き出すアイちゃん。
「知ってるんだよ? 夢の中で、僕を呼んだでしょ」
 アイちゃんが、何かを言っている。でも私の頭の中は、アイちゃんの唇でいっぱいだ。
 いつの間にか口から外れていた両手をダランとぶら下げて、唇でいっぱいの私の脳みそと、喋りたくて仕方がない私の口が、 とんでもないことを言い出した。
「ア、アイちゃん、あの、あ、あたし……」
「なあに?」
「キスしたいの。アイちゃんとキスしたいの!」

 一瞬、アイちゃんの眉毛がピクッと動いたけれど、すぐにいつもの笑顔が表れて、私に確認の意を告げる。
「いいけど、止まらなくなっちゃうよ? それでもいいの?」
 何が止まらなくなっちゃうのか、わからるようでわからない。
 それでも目先のおいしそうな唇欲しさに、私が囁く言葉は
「いいの。アイちゃん、キスして……」

 お店で見た夢のように、そっと優しくアイちゃんが私の唇に触れる。
 触れては離れ、そしてまたそっと触れるその優しいキスに、自分から薄っすらと口を開いた。
 私の唇を包み込むように覆って、下唇をなぞるアイちゃんの舌先に、ゾクゾクする快感を覚えながら声にならない溜息を漏らす。
 けれど不意にアイちゃんの動きが止んでしまったから、閉じていた瞼を持ち上げた。
 そんな私の瞳の中を、エスプレッソ色の瞳が覗きこむ。
「鈴ちゃんの瞳は、ココア色なんだよね。その色、すごく好きだよ」
 そんなこと、誰にも言われたことがない。
 瞳の色がわかるほど、こんなにも誰かと近づいたことがないから。
 それでもそんなキザなセリフが、ストライクゾーンに入った。
 胸がキュンキュンしてたまらない……

 アイちゃんが私の下唇を優しく吸い上げる。
 柔らかい唇の感触に、フワフワと酔いしれて目を閉じれば
「あ、ダメ。閉じないで」
 私の口の中に、アイちゃんが囁いた。
 言われるがままに、アイちゃんの瞳を見つめながらキスを交わす。
 想像通りの温かくて優しいアイちゃんのキスに、固くなっていた身体の力が抜けていく。
 ちょっとだけ唇を離したアイちゃんが、おでこに、頬に、首筋に、そっとそっと流れるようなキスを降らせる。
 そして唇に戻ってきたアイちゃんの唇は、優しさから情熱に変身した。

 アイちゃんの指がシャツのボタンに伸びて、深まるキスとともに片手で器用にそれを外していく。
 隠す布が何もない私の胸の先端は、アイちゃんに見られてしまっていると思うだけでキュッと絞られ固く尖る。
 たまらずアイちゃんの髪に指を差し入れるけれど、アイちゃんの唇は首筋を滑り、鎖骨を滑り、待ち構えるように尖った先端をそっと覆った。
 夢で見たときと、何もかもが同じ。
 ビリビリと感電したように、先端から広がる刺激。
 舌で転がされるたびにピクンピクンと身体が囁き、囁くたびにアイちゃんの動きが止まってしまうから
「やめないで……」
 泣きそうになりながら、そう囁いた。

 アイちゃんが私を抱き上げる。
 夢の中のエースと、全く一緒のお姫様抱っこに、エースとそっくりな見上げた先の顔。
 それでも全然違う。これが憧れ続けていた、本物のお姫様抱っこだ。
 今日は朦朧となんかしていない。これが夢じゃないのは解っている。
 これから初めて男の人に抱かれるんだ。なのになぜか余裕のある私の気持ち。
 アイちゃんの肌を、私の身体が知っている。
 夢と同じだから? 違う、もっと、もっと昔に……

 着ていたシャツを頭から脱ぎ取ったアイちゃんが、ゆっくりと私に覆いかぶさってくる。
 腕を伸ばして首に巻きつけ、その温かい肌に顔を埋めた。
 けれどアイちゃんの左肩に残る深い傷を目にして、動揺が心に広がる。
「ア、アイちゃん、その左肩の……」
 なのに最後まで言い終えることができないまま、動揺よりも身体に広がる衝撃に、頭の中が白くなって
「あんっ……んっ…」
 仰け反りながら喘ぎ声を漏らした後は、もう何も考えられなくなった。

「今日は媚薬を塗ってあげない。おしおきね?」
 そんなことを言いながら、アイちゃんの指が私の中に滑り込む。
 一本じゃない。夢よりも太い指が、クチュクチュと音を立てて私の中をかき回す。
「っぐぅ…んっ…あぁっ」
 仰け反る私の下に腕を差し入れて、胸を口に含みながら、夢と同じ場所をピンポイントで擦るアイちゃんに
「い、いやっ! だめ……イ、イっちゃうの…そ、そこ、イっちゃうの」
 恥ずかしげもなく懸命に懇願するけれど、止まるどころか早まっていく指の動き。
「うん。知ってるよ」
 そう囁かれたときはもう、頭の中はグチャグチャで、悲鳴に近い喘ぐ声が部屋にこだました。
「あぁっ! あ…あ…んっ…んっ…あ、あああぁっ!」

 必死に呼吸を整えようとする私の唇に、アイちゃんが唇を押し当てて、舌を抜き差ししながらキスを繰り返す。
「んっぐ…んっ…んふ……」
 心臓がドキドキしたまま、とろけるようなキスを浴びて、アイちゃんにしがみつこうとすると
「まだダメ。今日はまだ入れてあげない」
 耳元でそう囁いたアイちゃんが、スルスルと私の身体の下に下におりていく。
 それと同時に私の両足が折り曲げられて、トロトロと私の中から溢れ出す液体を絡めてから、アイちゃんの指が私の中に差し込まれる。
「んんっ!」
 またあの衝撃がやってくるんだと身構えたところで、もう片方のアイちゃんの指が、私の中心をキュッと持ち上げ開いた。
 花弁を開かれて、剥きだしになった小さな突起を吸われるその感覚は言葉にできないほど強烈で、そこに内側から私の中を擦る指の刺激が加わって、壊れそうなほどの感覚が私を貫いた。
「んんあぁっ! やっ…いやっ! あぁぁぁっ!」

 世界新記録で、ゴールしちゃったに違いない。
 それでもその強烈な快感には、数秒ですら身体が耐えられない。
 なのにまたアイちゃんが、同じ快感を休むことなく与え続けた。

 グッタリと力が抜けて、腕を持ち上げることすらできそうにない状態。
 目はうつろで、なにもかもがぼやけて見える。
 けれどアイちゃんが、甘くてとろけちゃうような声で、耳に息を吹きかけながら囁いた。
「俺のことが好きだって言えよ」
 そのアイちゃんらしかぬ言葉遣いにエースを連想して、ぼやけた目でアイちゃんを見上げるけれど、 視界不良のまま、アイちゃんが一気に私の中に硬い塊を沈めた。

「ぐぅぅあっ……っ!」
 夢と同じ痛みが甦る。溢れるほどの粘液が包み込んでくれていても、引き攣るような痛みは健在だ。
 それでも深く飲み込んでしまった後は、あれほどの痛みはやってこない。
「痛い?」
 こぼれる私の涙を吸い上げながら心配そうに問うアイちゃんに、首を何度も横に振って、大丈夫だと声にならない声で囁いた。

「身体が覚えているよ」
 私の耳元にそうつぶやいてから、アイちゃんの腰の動きがゆっくりと早まっていく。
 そんなアイちゃんにしがみついて、指よりも、何よりも勝る快楽に溺れていった。
 アイちゃんが私と直角になるほど仰け反って、おなか側を擦り突きあげる。
 狂ったように首を横に振り、しがみつくもののなくなった私は、腕を上げてベッドのポールを握り締めた。
 爆発寸前に私が叫んだ言葉。夢と現実が入り混じったおかしな言葉。
「いやっ…あっ…ああっ…あああっ…エース、エースっ! あああっ!」

 靄が掛かった私の頭の中に、アイちゃんの優しい声が遠くから聴こえる。
「全く、鈴ちゃんは誰に抱かれているんだか……」
 完全に力の抜けている私をひっくり返して、おなかを持ち上げ腰を浮かせると、 今度は後ろからアイちゃんが私の中に突き刺した。
 途端に蘇る激しい感情。
「んあぁっ!」
 枕に顔を埋めて、大声で叫び狂う。
 アイちゃんの腰が、私の腰にぶつかる規則正しい音がパンパンと響く。
「あっ…やっ…やっ…んっ…やっ…もうダメ…いやっ! あぁぁぁっ!」
 絶叫とともに身体がカクンカクンと震えはじめ、それを見てとったアイちゃんが、また私の身体をひっくり返す。

 そこからはほとんど記憶がない。
 足を持ち上げたり、下ろしたり、形が変わるたびに絶叫を繰り返し、身体の骨まで溶けてなくなっちゃったようにグニャグニャだ。
 それでも最後に、アイちゃんが漏らした言葉だけは覚えている。
「っ…ベル……」
 ビクンビクンと揺れながら、ドクンドクンと私の中にアイちゃんが生温かいものを注ぎ込む。
 そのたびにヒクヒクと痙攣する私の胎内は、その全てを飲み干した。

「エース……愛してるの……ずっとずっと」
 言いたくてたまらなかった言葉を吐き出して、それを最後に私は深い眠りに落ちた。
 だからその後、アイちゃんが囁いた言葉を知らないままだった。

「俺もだよ……」
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photo by ©かぼんや