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◇◆ Who's bad! 3 ◇◆
 玄関の鍵を閉めてチェーンを掛け、靴を脱ぎながら電気を点ける。
 ただいまと言ったところで、誰からも返事はない。否、逆あったら怖いけど。
 真っ暗な、誰一人居ない秘密基地。勢いで来てしまったものの、あんな悪夢を見た翌日の、家族が居ない部屋は恐ろしい。
 多分、私は一生、あの家から出て行かない。結婚できるかどうかは別として。
「うぅ、さむっ」
 部屋の中だと言うのに、相当寒い。暖房はあるけれど、何よりも先にお風呂へ入りたい。何かこう、自らが焼き鳥になった気がする匂い加減?
 ということで、玄関脇の扉を開けて、いそいそと風呂場に直行した。

 先日、自分のコスメを、此処へ持ち込んでいる。ただ単に、持ち帰るのを忘れただけだが、今日はその物忘れの激しさに、感謝せずにはいられない。
 途中のコンビニで、ショーツとストッキングを購入した。店員さんが男性だったから、恥ずかしかったけれど、脱いだ下着を、また穿くよりは増しだ。
 パジャマはないけれど、この弟のスウェットを借りてしまおう。怒ったりはしないはずだ。多分。
 けれど、裸になって気がついた。湯船にお湯が溜まっていないのは、何故でしょう……
 やはり私は、一人暮らしには向いていない。そう確信しながら、しつこいほどシャワーを浴びた。

 寒さと格闘しながら暖房を付け、寝室の電気を点けたところで掛かる声。
「…美也…?」
 悲鳴を堪えて振り向けば、巨大ベッドの中で、何かが蠢いている。
 それでも、この声と、ここに居ても可笑しくない人間といえば一人しかいない。
「りょ、亮ちゃん?」
 何で家に帰らず、此処にいるのか戸惑ったものの、弟の顔を覗きこんで、その理由が解った。
「ど、どうしたの、その顔っ!」
 右目の周りが、妖怪チックに腫れ上がる弟の顔。多分、瞼を持ち上げるこそすら困難だろう。

「練習試合で、余計なこと考えてたら負けた……」
 弟が、ふて腐れ気味に呟いている。試合があることは、数日前に聞かされていた。
 例の週末飲み会を、土曜にして欲しいと頼まれてもいた。それでもこれは予想外だ。
 私は試合を観戦したことが一度も無い。負けたことも数多くあると、以前弟は言っていた。
 けれど、ここまで腫れ上がった弟の顔を、目にしたのは初めてだ。
「今、冷やす物を買ってくるか……」
 慌てて立ち上がる私の手首を、弟は眼を開くことなく感覚だけで掴み止める。
「平気。骨に異常はないし、薬も塗ってあるから、ほっとけば治る」

 その言葉は、嘘でも遠慮でもなさそうだった。
 現に、軟膏が施されているのだろう。濡れたように、腫れた皮膚が艶光っている。
「余計なことって、何を考えてたの…危ないなぁ」
 ベッド脇に膝を付き、瞼に掛かる弟の前髪を、そっと払う。
 すると、苦笑いを浮かべて、弟が小さく呟いた。
「だって、男と飲み会するって聞いたから……」
 どうやら、あの鈍感女は、弟の気持ちにも気づかず、他の男と飲み会に出かけたらしい。
 弟の気持ちは痛いほど解る。そんな気持ちでリングに上がっても、集中などできるはずがない。

 どうも悩み相談を受けてから、弟の好きだという女が気に入らない。
 頑張れとは言ったものの、遣ること為すこと腹が立ち、つい、その女への罵りが口から零れる。
「その女が、ぶっ飛ばされればいいのにっ」
「そんなことしたら、美也、死んじゃうよ」
「私は死なないよ。なんなら、私が殴ってやってもいいよ?」
「相変わらず、絶好調だね……」
 そうだ私は絶好調だ。その女に負ける気もしなければ、負ける気など毛頭ない。
 いつかきっとその女に、この姉鉄拳で、鉄槌を下してやる。

 けれど、この私の鉄拳に怯んだらしい弟は、愛する人を守るために話をすり替えた。
「で、どうだった、飲み会」
「ん? あ、本間から聞いたの? ツクネを二本もおまけしてもらっちゃった」
 美味しかったそれを思い出し、思わず唇を舐める。こんなことなら、弟にもお土産に持ち帰ればよかったと考え、序にテイクアウト事件のことも思い出す。
「あ、聞いて! 私、初めて見ちゃったよ、本間の求愛ユサユサダンス」
「ユサユサダンスはどうでもいいけど、本間さんは、誰に求愛したの?」
 どうでも良くはない。至って、一番重要な箇所だとさえ思う。
 それでも、こんな状態の弟を、詰問するのは残酷だ。だから水に流して、弟の問いに答えた。

「ナナワだよ。ビデオ屋の店員さんなんだけどね?」
 きっと混乱しているのだろう。弟は目を閉じたまま、訳の解らない言葉を投げ返す。
「美也は、七和が何者か知らずに、飲み会へ行ったんだ」
「え? 知ってるよ? 秀和大の学生さんで、ビデオ屋の」
 そこまで告げたところで、弟が掌でそれを制し、私の上から言葉を被せた。
「七和は俺の二つ上で、あの七和製薬の御曹司くんだよ」
 その言葉に、酷く驚いた。だからそれをそのまま伝えれば、弟がまた苦笑いを放つ。
「お? 亮ちゃん、七和と知り合いだったのか!」
「そっちに気が行くのか。ま、美也らしいけど」

 どっちに気が行けば満足なんだ。そんなことを心で呟くものの、ふと思い出す。
「そう言えば、萩乃ちゃんも、そんなこと言ってたな……」
 七和製薬と言えば、数々の商品コマーシャルを世に放つ、大手の会社だ。
 特に目薬のコマーシャルは有名で、私も目薬を差すとき、決まってそれを真似たりする。
「七和は有名人だからね。金も容姿も知能も揃っている男?」
 確かにお金は有るだろう。さらに、秀和大なのだから、知能もあるはずだ。
 それでも、ここだけは譲れない。
「そんなことないよ! 克っちゃんや亮ちゃんの方が、かっこいいもん!」

 弟が目を閉じたまま、くすりと笑って、私の手を握る。
「でも、美也は七和に誘われたんでしょ?」
「うん。まぁ、三両目全員が?」
 けれど弟は、又もや今度も、肝心な箇所をスルーしながら、話を展開させて行く。
「七和が自分から誘うことは稀なんだよ。誘わなくても向こうから寄ってくるから」
 だから私も負けじと、自分のしたい話だけを口にする。
「というか、御曹司なのに、何でバイトなんかしてるのさ?」
「そこまでは、俺も知らない。でも、美也は七和のお眼鏡に叶ったってこと」
「あの、伊達眼鏡? なんだか、魔法の匂いがするね」

 そこで弟は、心底疲れきったような溜息を、深く長く吐き出した。
「りょ、亮ちゃん、大丈夫? 少し眠ったほうがいいよ」
 上掛けを持ち上げ、肌蹴た弟の肩まで、すっぽりと掛け直す。
 けれど弟は手でそれを払い除け、依然として裸の肩を露にしながら私に尋ねた。
「それで、なんで美也は此処へ来たの?」
 そう言われれば、その経緯を、まだ弟に話していなかった。
「それがさ、本間がナナワに、自らテイクアウトを希望してだね?」
「本間さんが、七和に求愛ダンスをしたわけね?」
「うん、そうそう。それで、邪魔者は早々に退散したの」
 話がうまく伝わり、嬉しさに声が弾む。そんな私の頬に、弟が手を当て囁いた。
「……美也」

 そこでまた、大きな溜息を吐きながら、弟が苦痛に顔を歪め始める。
「なんか、安心したら、途端に痛みだした」
「だ、大丈夫? ほら、ちゃんと掛け」
 懲りずに上掛けを引き上げたところで、数年ぶりに聞く珍しい言葉を、弟が放った。
「美也、お願い…今日だけ、抱っこして……」
 この言葉を聞くのは、本当に何年ぶりだろう。否、何年では足りないかも知れない。
 小学校低学年以来、弟が口にしなくなった言葉。逆に私が放つと、途端に怒り出した言葉。
 当然、断るわけがない。二つ返事で了承し、ベッドの中へ自分の身体を滑り込ませた。

「イテっ」
 抱きしめた途端、弟が痛みに声を上げる。腫れ上がった皮膚を、洋服で擦ってしまったらしい。
「ご、ごめん。ごめんね。気が効かなくて……」
「いや、いいよ。傍に居てくれるだけで、安心できるから」
 そんな弟の台詞に、きゅんきゅんと胸が詰まる。
 母性本能ではなく、姉性本能が疼き、ベッドから抜け出しながら呟いた。
「ちょっと待ってて。今、洋服脱ぐからね」

 ブラのワイヤーが当たったら、痛いだろうと考え、キャミソール一枚で、ベッドの中に潜りこむ。
 けれど、抱きしめると丁度悪い具合いに、縫い目とレース部が亮の瞼に当たりそうだ。
 そこで、肩紐を腕から抜き、レース部を内側に折り曲げ、準備完了。
 亮の首の下へ腕を滑り込ませ、そっと頭を引き寄せて、胸の中へ抱きとめた。
 今ほど、自分の貧弱な胸を呪ったことはない。こういうときにこそ、ユサユサで癒してやりたかった。
「ごめんね…ユサユサじゃなくて……」
「何で? 俺は美也がいいんだよ」
「で、でも、やっぱりさ、」
「美也の全部が好き。甘い匂いも、柔らかさも、この髪も…俺は、美也じゃなきゃ厭なの」

 私の胸に顔を埋め、ふるふると首を動かす亮を見下ろしながら、そのくすぐったさに笑みが浮かぶ。
「亮ちゃん、赤ちゃんみたい。ずっとずっと、このままでいてくれればいいのに」
 亮が可愛くて仕方がない。裸ではなかったけれど、小さい頃は、こうやって私が添い寝した。
 右手の親指を吸い、左手は私の髪を掴んで放さなかった亮。
 目覚めて私が居ないと、私の名を、泣きながら呼び続けた亮。
 何時ごろからか、私の差し出す手を、悉く振り払うようになり、俺は赤ちゃんじゃない、子どもじゃないと、どんどん私から離れて行った。
 淋しかった。もう私など必要ないと言われている気がして、とても淋しかった。
 そんな亮が、また私の胸の中に居る。
 指は吸っていないけれど、昔と同じように私の髪を掴み、頬を摺り寄せる亮が居る。

「くぅ、あぁっ…りょ、亮ちゃ…」
 いきなり、胸に吸いつかれて、全身が緊張する。きゅんと胸の輪が縮み、痺れる刺激に声が漏れた。
 けれど亮は、両瞼を持ち上げることなく、平然と言い切る。
「赤ちゃんなら、おっぱい吸ってもいいんでしょ?」
 亮の左手は依然として私の髪を掴み、右手はキャミソールを掴んで固定しながら、無心に頂を吸う。
「りょ、りょうちゃ、赤ちゃんは…舌、…つかわな」
「だって、母乳が出ないんだもん」
「あ、あたり、ま…え……んくっ」
 さらに、飽く迄も優しく、けれど、それだと解るほどしっかりと、亮が乳首に噛み付いた。
「ひゃんっ!」

 噛み付いた後、直ぐに唇を胸から離した亮は、恨めしそうな口調で文句を垂れる。
「ああぁ。美也を抱きたかったな……」
 密着した身体が高まりを感じ取り、その自己主張する高まりが齎す快感を、想い至らせて中心が疼く。
 拙い。私も抱かれたいなんて思った自分が、拙い。
 それでも今日は無理だ。歩行すら困難を極めそうな状態の亮では、小さな振動でも苦痛が伴うだろう。
 だから今日は大丈夫だ。こうやって抱きしめ、私が亮を守ってあげるんだ。
 ところが、そんな想いに輪をかける、不思議な言葉を亮が呟く。
「美也の、感じる姿が見たかったのにな」

 亮の抱き方は、何かが違うと想い続けていた。
 私はいつも、自分の快楽を求めて抱かれる。多分、今までの彼氏たちも同じだったはずだ。
 自分の欲求を満たすため、互いの肌を重ねる行為だったと思う。
 けれど、今の言葉でようやく解った。亮は、自分の快楽よりも、相手の快楽を優先させて抱く。
 だから亮に溺れる。身体が、また抱いて欲しいと懇願するんだ。
 私は、そんなことを一度も考えたことがなかった。そう思うと、何やら酷く歯痒い。
 頼りにされたいだとか、癒してあげたいだとか、大層な原義を掲げているくせに、相手の立場になって考えたことがない。

 そこでふと思う。私は亮を感じさせていただろうか。
 確かに亮は、私の中で爆ぜてくれた。それでも、それとこれとは話が違う。
 亮の感じる姿が見たい。私が齎す快感で、喘ぐ亮の姿を見てみたい……
「み、美也?」
 考えも無く、身体が勝手に動いていた。
 するりと上掛けの中に潜り込み、ボクサーパンツに手を掛ける。
 驚いた亮が、上掛けを剥ぎ退ける。それでも、そんなことすら気にならない。
 現れた亮の高まりに、ぼそと話し掛けながら、そっとそれを握り締めた。
「じょ、上手じゃないの。……で、でも、我慢してね」

「…っ、美也……」
 堂々と聳り立つそれを片手で握り、先端をぺろっと舐め上げる。
 意思を持つ高まりは、ただそれだけでぴくんと揺れ、私の興起を刺激し、感奮させた。
「美也、だめだって、」
 高まりの意思とは裏腹に、亮が拒絶の言葉を吐きながら、私を退けようと手を伸ばす。
 そうはさせない。私で感じて欲しいんだ。
 だから、亮の手が私の頭に届いた瞬間、括れまでを咥え込み、強く吸い上げた。
「くっ…美也、やめ」
 亮の動きが止まる。私の頭に手を置いたまま、煩悶の表情を浮かべて歯を食いしばる。
 そんな亮の表情が、堪らなく嬉しい。ちろと見上げていた目を高まりに向け直し、舌を動かした。

 高まりに、縦縞の筋が浮かび上がる。その筋をなぞるように、下から上へと舌で舐めた。
 何が良くて、何が駄目なのか、言葉は無くとも、ちゃんと亮の身体が私に囁いてくれる。
 隠しても駄目だ。私には解る。亮は、括れが弱いらしい。
 だから徹底的に括れを攻める。唇を這わせ、舌で弾く度に、亮の口から鋭い吸気が漏れた。
 それと同時に、先端の小さな穴から、透明な婬が一滴零れ出る。
 愛しげにそれを舌で掬い、小さな笑みを湛えて正味した。
「…美也…っ」

 糸引く婬を指で裁ち、ゆっくりと高まりを口に含む。
 最後まで咥え込みたい。それでも喉が詰まり、苦しさに涙が浮かぶ。
「ごめんね…全部は無理みたい……」
 一旦、口から引き抜き、私の唾液に塗れたそれを、手で優しく上下に擦りながら謝った。
 亮がそんな私の頭を撫で、息とも声とも呼べぬ音で私の名を囁く。
「美也……」
 不甲斐無い。何もかも上手くできない自分が、悔しくて仕方がない。
 それでも止めたくない。亮の感じる姿が見たい。亮の感じる声が聴きたい。

 涙目のまま、高まりを咥え直す。ゆっくりと頭を上下させて、唇でそれを擦った。
 少し、吸い上げながら擦ってみる。すると亮が揺れる。気持ちが良いと私に伝えている。
 だから、もっときつく吸い上げる。勢いをつけ、徐々に速さを増して行く。
 唾液が零れ、ぬちゃぬちゃと淫逸な音を奏でて、私の聴覚を刺激する。
「美也、やめっ…」
 私の頭を押える手に、力が籠もる。それでも止めない。止めたりしない。
 信じられないほど硬く怒張する高まりを呑み込み、狂ったように頭を揺らし続けた。

 亮がもがく。それを阻みながら、舌を絡めて高まりを吸い上げる。
 観念した亮の動きが止まった。そして、ただ一言、私の名を呼び、亮が爆ぜた。
「…ぁっ、美也っ」
 口内に、熱い液体が迸る。喉の奥にまで飛び散るそれに咽せ、私の口から白濁した婬が零れた。
 それでも零れた婬を指で掬い、口の中へ押し入れ、全てを懸命に飲み込んだ。
「美也、ごめん。ごめん……」
 泣きそうな声で、亮が何度も謝っている。何故、謝られるのかが解らない。
 だから、ようやく婬を飲み込み、空になった口で問う。
「なんで、なんで謝るの?」

 爆ぜても尚、未だ屹立する高まりから、新たな婬が、微かに漏れていた。
 余すことなく拭い取ろうと口に含み、きつめに吸い上げれば、大きく身体を震わす亮が悲鳴を上げる。
「うっ、み、美也、やめっ!」
 咄嗟に、口から高まりを抜き、驚いて亮を見上げると、亮が照れながら呟いた。
「イった後のそれは、刺激が強すぎ……」
 その言葉には、何か納得するものがある。そう言われれば私もそうだ。

 達成感に酔いしれ、満面の笑みでベッドを這い上がる。
 それなのに亮は、歯を食いしばり、不甲斐無い自分に憤りを覚えて言葉を吐く。
「ごめん。俺、何も返せない……」
「そ、そんな積もりで、したわけじゃないよっ」
「解ってる。解ってるけど、俺が厭なの」
 項垂れる亮を見て、胸がきゅんとした。堪らず亮を胸に抱き、髪を撫でる。
「私はこれがいいの。これが良かったの」
 それでも納得しない亮は、最後の言い訳を呟いた。
「このお返しは必ずする。だから今日だけ、今日だけ許して」
「亮ちゃ…ん」


 胸に温かい息を感じながら、茫洋とした世界を漂っていた。
 白く靄の掛かったその世界で、どこからか、引き摺るような足音が聞こえ始める。
 目を凝らし、足音の主を探す。すると、ゆっくり浮かび上がる一つの影。
「ほ、本間?」
 影の正体を悟り、名を呟きながら歩み寄る。ところがその瞬間、本間が激しく踊り始めた。
 ユサユサと胸を揺らし、ズザズザと足を引き摺り、本間が踊る。
 そして、金色に眼を光らせ、本間が叫んだ。
「ゥアオッ!」

 絶叫しながら、慌てて飛び起きた。
 暗闇の部屋の中は、気持ち悪いほど静まり、自分の鼓動しか聞こえない。
 けれどそこで、眠そうな声が隣から漏れた。
「ん、美也、どうしたの……」
 だからその声主に向かって、ぼそと呟く。
「ほ、本間が、ユサユサ、ゥアオッ! って……」
 すると相手は、両腕を広げ、私をその中へ招き入れた。
「美也おいで…抱っこ……」

 何故こんなにも、この胸の中は安心できるのだろう。
 できるできないは置いといて、私は頼るよりも頼られ、甘えるよりも甘えられる方を好む。
 だから、自分から抱きしめることは多々あっても、抱きしめてもらうことは少ない。
 それでも、この胸には抱きしめて欲しいと願う。
 まるで自分が、小さく、か弱き者になった気分がして、ちょっと嬉しい。
 今までずっと、克っちゃんだけが、その役目を担っていると思っていた。
 小さい頃から、克っちゃん以外に頼ったことがないから、そう思うのかも知れない。
 それなのに私は、克っちゃんよりも、この胸を選んだ。この胸は一体、誰の胸なのだろう……

「くぅぅぅっ……」
 これは紛れもなく金縛りだ。身体がびりびりと痺れ、ベッドに縫い付けられたように動かない。
 遠くでぴちゃぴちゃと、水の音がする。ぬるっとした生き物が、私の身体を這っている。
 怖い。肌が粟立ち、産毛が逆立つ。金縛りはさらに酷くなり、痺れが震えとなって弾けた。
「んああぁぁっ!」
 絶叫を上げる私の前に、金色の眼が浮かび上がり、くぐもる濁った声で命令する。
『五から十までの、好きな数字を言え――』

 動かない身体で、懸命に抵抗を試みるけれど、妖しく光る金色の眼が、私を逃さない。
 恐怖に慄きながらも、本能が、答えなければならないと私に告げている。
 だからぶるぶると震え、つっかえながら、思いついた数字を言葉にした。
「は、は、八で……」
 金色の眼が一瞬にして見開かれ、そして、ゆっくりと細められて行く。
『よかろう。ではお前に、八回の苦悶を与えてやろう』
 そこで、鋭い何かが、視界の隅に入る。恐怖の余り息が止まった。
 殺される。ほろほろと涙を零し、懇願の絶叫を上げた。
「お願い、やめてーっ!」

「ぐぁぁっ」
 中心を貫くその刺激に耐えかね、目を見開き、身体を仰け反らせたところで、夢から覚めた。
 真っ先に眼に飛び込んできたのは、巧笑を浮かべる亮の顔。
 必死で亮にしがみつき、悪夢の怖さを必死で伝えるものの、最後まで伝えることのできないまま、違う刺激に身体が仰け反った。
「りょりょ亮ちゃん! こわ、こわっ、んあぁっ」
 起き抜けで、頭が全く働かない。それでも身体は悦び、勝手な絶頂を勝手に迎える。
「ああっ、やっ、な、なに? い、いや、やっ、……んあああぁっ!」
「頑張れ美也、あと、七回だよ」

 無理だ。全く解らない。亮の言葉も、何が起きているのかも、さっぱり解らない。
 びくびくと身体を震わせながら、亮の顔を懸命に覗きこむ。
 青い痣は在るものの、目の上の腫れは、嘘のように引いている。
 そんな細かい具合が解るほど、今の部屋は明るい。ということは、朝を迎えていて、あれは夢で……
「はうっ! んんんああぁ」
 それでも、考えさせてはもらえない。峻烈な刺激が舞い込み、悶え苦しみながら絶頂を繰り返す。

「美也のイク顔、可愛い……」
 少しだけ息を荒げ、亮が囁く。初めて掛けられたその言葉に驚き、部屋が明るいことを思い出す。
 途端に羞恥心が込み上げて、慌てふためきながら、腕で身体を覆い隠した。
「りょ亮ちゃん、やめっ、はずっ、み、見ないでっ!」
「何で? やだよ、もったいない」
 腕を捕らえられ、振動がふるふると胸を揺らす。そんな胸を亮が愛しげに舐めた。
「だめっ、やっ! 恥ずかしいから、やめ、…ああっ」
 恥ずかしさを押え切れない。それでもそれ以上の快楽が身体を突き抜ける。
「な、何で…ど、どうして…いやぁぁぁっ!」


 訳が全く解らないくせに、とりあえず八回、イキました。ある意味私は凄いです。
「お返しするって言ったもん」
 などと、弟は言いますが、お天道様の下、こんな行為に励んだ自分が許せません。
 大体、どうしてこんなことになったのでしょう。これはきっと、本間の呪いだと思います。
 本間がユサユサと踊らなければ、私はこんな目に遭わずに済んだはずです。
 そう言えば、本間はあの後、どうなったのでしょう。七和を食ったのでしょうか。
 否、確実に食ったでしょう。あのユサユサ求愛ダンスに打ち勝てる男など、早々居ないはずですから。

 貧乳の求愛ダンスでも、その効果はあるのか、少し試してみたいです。
 克っちゃんで試したら、憤慨されそうなので、七和を実験台にしてみようかな。
「そんなことやったら、殺す」
 弟は、そう息巻いて言いますが、殺せるものなら殺してみろといった心境です。
 それでもやはり、七和で試すと、本間のそれと比べられそうなので、潔く辞退しようと思います。
「ねぇ美也、俺で試してよ」
 と、申されても、弟で試したところで、その効果が検証できません。
 何かこう、萩乃ちゃんに抱きつく理由が欲しい、私に似ている感が否めないからです。

 萩乃ちゃんと言えば、石岡さんならどうでしょう。
 飢えという言葉が似つかわしくないお人柄ですし、あの方を落とすことができたら本望です。
 なぜなら私は、石岡さんと結婚すると決めておりますし、既成事実を作ってしまえばこちらのものかと。
「美也? いい加減にしないと怒るよ?」
 目の前に、凄む弟の顔があっても、私は怯みません。
 萩乃ちゃんを手に入れるためなら、どんとこいです。
「いい加減、現実逃避はやめましょう」
 私の髪を梳きながら、弟が囁いていますが、それは無理です。キスをされても、私は屈したりしま……
「亮ちゃ、んっ、だめっ…ふぅっんん」

 だ、誰が悪いのっ! あ、あたしだよ……多分。  
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