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◇◆ The trap 2 ◇◆
「堀内の右半身に、残渣反応があった。だから最初は、堀内が犯人に応戦したんだと思ったんだが……」
 わずかな沈黙の後、木村がこめかみを揉みながら苦悩の表情を浮かべた。
 木村の口調で、その先の展開は聞かなくても解る。
「肝心の、堀内が撃った弾が見つからない?」
 先回りするように、解答を促せば
「そうだ。そしてご丁寧に、自分を撃ったはずの銃は堀内自身が握っていた」
 そう言いながら、証拠保存のためのジッパー付き袋に入れられた銃を、金属製の鞄から取り出し俺に手渡した。

「リボルバー?」
 透明な袋越しに見るその銃は、明らかにSIUでは旧式と呼ばれるものだった。
 リボルバーとは、銃本体に蓮根のような形の回転式シリンダーが付いた銃のことで、装弾数は大抵が6発。
 装弾数が少なく、連射のできないこのタイプは、銃撃戦が予想される任務では不適当とされ、今はもう使われていない。
「あぁ、S&WのM37だ。シリンダーに残った薬莢は38口径」
 S&WのM37。装弾数5発のこの型を、護身のために保有している部署がある。
「拘留室警備の銃か……」
「そうだ。警備部は全てリボルバーを使用しているが、この型は拘留室警備だけだ」

「堀内自身の銃は?」
 持つ持たないに関わらず、エージェントや組織員は、自分に扱いやすい銃を携帯することが許されている。
 堀内は、現地司令官としてエージェントと共に現場に出向くことが多いため、当然自身の銃を所持していた。
「どこにも見つからない。だが、岩間の登録銃が見つかった」
「岩間の?」
「あぁ、ワルサーPPKだ。ほとんどのやつらがベレッタM92を所持する中、こいつを登録しているのは岩間だけだ」
 そうだ。支部長になる以前から、岩間はこの銃を愛用していた。
 他のエージェントたちのように、最新型に変えなくていいのかと問う俺に
「馬鹿だな、この銃は、かの有名なジェームズボンドが使用している銃なんだぞ?」
 そうやって、笑いながら言い張る岩間を思い出す。

 裏切り者だと思われた堀内が殺された今、この状況下で考えられる犯人は岩間だけだ。
 けれど俺の中で納得がいかない。動機だ。岩間がなぜこんなことをしたのか、その動機が見当たらない。
 そんな俺の物思いを壊すように、突然木村が言い出した。
「しかし、ここまでくると滑稽だな」
「なにがだ?」
「なにがってお前、お前は堀内がモグラだと解っていたんだろ?」
 その言い方に、木村自身も、堀内が裏切り者だと断定している響きを感じ
「なぜお前はそう思う?」
 木村の問いに答えることなく、逆に問い返せば
「堀内の両手に妙な粉が付いていた。これは既に分析に回してある。 それと2種類の血痕だ。一つは当然堀内のものだが、もう一つは誰のものか分かっていない」
 そう言いながら、俺を血痕のある場所まで誘導しはじめた。

 堀内の倒れていた場所とは、正反対の位置に零れる数滴の血痕。
 銃で撃たれたにしては、少なすぎる血痕。けれど、かすり傷では多すぎる血痕。
 俺にはこれが、何による衝撃で落ちたものかを悟るほどの知識はない。
 けれど一滴の血痕の飛沫から、行動を予測することのできる木村にとって、これは証拠に繋がる。
「そしてこれだ。堀内の上着の隠しポケットから、こんなものが」
 木村がそう言って俺に見せたものは、密閉された試験管の中に詰まった赤い液体だった。
 その液体は紛れもなく血液で、木村は試験管と血痕を交互に見やりながら、肩を竦めて言った。
「不可思議な形の血痕と、不審な試験管」
 その言葉で、ようやく気がついた。
 十中八九、もう一方の血痕と、この試験管の中身は岩間のものだろう。
 全ての罪を岩間に擦り付けるために、堀内が用意した偽装工作の一部だ。
 だから木村は、滑稽だと言った。
 この程度の偽装工作で、科捜班を欺くことができると考えた堀内に対しての、嫌味を込めた言葉だ。

 大きく深い溜息をついた後、頭上に広がる青空を見上げながらつぶやいた。
「岩間を拘留室から連れ出したのも、堀内だろうな」
 そんな俺の言葉に木村は小さく頷き、珍しく自分の予測を告げた。
「拘留室警備が二名射殺されているだろ? おそらくそれが、堀内の発射残渣だ。 だが俺は科学者だから、証拠が出揃っていない今はそれを肯定することはできないが……」
「ああ、解っている」

 堀内が、裏切り者だったと確信することはできた。
 けれど依然として謎は残り、そして心を燻らせる。
 堀内が岩間に罠を仕掛けた。だが肝心の岩間は未だ見つかっていない。
 更に岡田は、堀内の遺体に、複数の骨折跡が見受けられると言った。
 そんな芸当をできる人間など、俺には岩間しか思いつかない。
 堀内に抵抗し、逆に岩間が堀内を殺したのか?
 だったらなぜ、死んだ堀内に銃を持たせるような真似をしたんだ。
 そんな逃げるような真似を……

「それから、肝心なことをもう一点。芝の上だけに、靴跡を採取することは不可能だと思われた。ところがだ」
 血痕近くの場所の、芝が抉られている箇所を指差しながら木村が続ける。
「踵の高い、女性用の靴跡だ。ミュールとか、ヒールとか、そんな感じの」
 セーフハウスに居た女性は、香里しかいない。
 だからこそ、細く深く抉られた芝を見下ろしながら、木村の言葉に動揺した。
 けれどそれを木村に悟られることなく、そっと唾とともに飲み込む。
 それと同時に、その場に座り込んでいた木村が徐に立ち上がり
「だがここまで深く痕をつけるには、こんな具合に、後ろ手に倒れなければ無理だ」
 そう言って背を限界まで反らせ、つま先を浮かせる体位をとった後、両手を持ち上げ言い放つ。
「まるでマトリックスさ」

 香里が、そんな芸当をできるはずがない。
 考えられることは、ただ一つ。何者かに、背後から拘束されたということだ。
 そんな俺の考えを裏付けるかのように、木村が続けた。
「その女性は、身体をねじって抵抗したんだろうな。芝がカーブを描いて抉れている」
 抵抗する香里を想像し、怒りが抑えきれずに眉間に皺が寄る。
 そして、声を震わせたまま一言だけ吐いた。
「二人か……」
「あぁ。堀内を撃った者と、このヒールの女性を拘束した者の二名が居たはずだ。 だがそれしか解らない。繊維一本落ちてやしない。あるのは堀内と三宅、それから彼女の居た痕跡だけだ」

 香里と再会してからというもの、感情を押し殺すことが難しくなっていた。
 今の俺の感情など、鋭い木村には容易く読み取れるだろう。
 案の定、そんな俺を見つめて木村が眉根を寄せる。
「呉埜、お前……」
 けれどそこで、タイミングよく俺の携帯音が鳴り響く。
 組織に入って初めて携帯という代物に感謝しながら、着信ボタンを押した。

「呉埜だ」
「あ、呉埜っち? 中庭の西にある茂みの中を探してみて。犬形のロボットがあると思うんだ」
 番号を確かめず出た割に、相手が誰なのかはすぐ解った。
「三宅からだ。西側の茂みを探してくれと言っている」
 隣に佇む木村にそう告げると、無言で頷く木村が、その方角に歩き出す。
 三宅との会話を再開しながら、そんな木村の後を追った。
「メインコンピュータの方は、どうなっている?」
「任せてよ。ちょっと前に復旧させたよ!」
 明るく言い放つ三宅の言葉に、安堵の溜息をつきながら木村とともに茂みをかき分ける。
「これは一体……」
 ロボットだと聞いていたにも関わらず、本物の犬の死骸だと思うほどのそれを見つけて、一瞬言葉を失った。
 俺と同様に、それを見て一瞬固まる木村。
 けれど、電話の向こうの三宅だけは、相変わらずの口調で話し続けていた。
「見つかった? とりあえず、詳しいことは後回しにして、それを僕のところまで届けてよ」

 このロボットが重要な証拠を握っているなど、その時の俺には想像もつかなかった――
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photo by ©かぼんや