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◇◆ The last letter ◇◆
 望月からの手紙が届いたのは、その日の午後のことだった――

「昨夜未明、川崎市の工業地帯で、原因不明の爆発火災がありました。 ケガ人はおらず、火災は午前7時前に鎮火しました。現在、警察と消防で出火原因を調べていて……」

 テレビから流れる朝のニュースに違和感を感じ、横たわっていたソファーから身を起こした。
 腿の上に肘を置き、乗り出すようにニュース映像を観る。
「原因不明の爆発火災があったのに、けが人がいない?」
 アナウンサーが告げる言葉を、そのまま繰り返す。

『けが人がいない』 これは不幸中の幸いであって、本来なら喜ぶべき事柄だ。
 それでも映像を観る限り、こんなにも大規模の爆発火災で、けが人が1人もいないということに、 何か裏があるような気がしてならなかった。
「職業病かな?」
 額を手でこすりながら独り言をつぶやき、鼻で自分をせせら笑う。
 最近はいつもこの調子だ。
 事故を事件だと深読みし、何もかもを疑ってかかる。
 部隊に入隊したものは皆、こうやって猜疑心の塊になっていくと言われるけれど、 司令室長であった平司令官が亡くなり、この座を引き継いで早2年。
 圧し掛かる重圧と、内部の抗争に疲れ果て、気が休まる時がなかった――

 不意に床に転がる携帯が鳴り、無造作に拾い上げで確認すれば『岩間』の文字。
 岩間とは大学時代からの腐れ縁で、唯一自分が背中を見せられる男でもある。

「呉埜、ニュース観たか?」
 開口1番のこのセリフ。
 当然岩間が言っているのは、昨夜の爆発火災のことだ。
「あぁ、今観たところだ」
 そう答えながらリモコンでテレビを消し、またドカッとソファーへと沈み込む。
「なぁ、何か裏があるような気がしてならないのは俺だけかな……」
 ため息交じりの疲れ果てた声を出す岩間に、自分と同じ何かを感じ
「どうやら俺たちは、確実に難病 『職業病』に侵されているな」
 右手の甲を額に押し付けながら、失笑を漏らしてそう言えば、 俺も自分と同じことを考えていたのだと悟った岩間が、つられ笑いをしながら言った。
「そうだな。しかもとびきり重症のやつだ」

 ピピーッ ピピーッ ピピーッ

 ポケベルの電子音が響く。
 当然携帯にも部屋にも盗聴防止装置が施されているが、緊急事態の召集はポケベルが使われる。
「俺のか? お前のか? ちくしょう! 俺だよ」
 岩間も俺も同じポケベルを携帯しているため、その音を聞くと反射的に体が動く。
 自分のポケベルも確認してから、岩間の間違いをゆっくりと訂正した。
「いや、両方だ――」
 岩間は本部司令官でもあるが、SIU東支部の長でもある。
 そして俺は本部の長。
 つまりこの召集は、本部と支部のトップが、同時に呼び出されるほどの事態を意味していた。

「はぁ。いやな病気だ。ビンゴだな――」


 ◆ SIU統括本部――

「昨夜、川崎で起きた爆発火災だが、4名の焼死体が発見された。 マスコミに圧力をかけてそれを伏せたのは、その遺体全てが 先ほど終了したDNA鑑定で、SIUエージェントだということが判明されたからであり……」
 苅野長官の言葉に、本部一体がざわついた。
 けれどそんなざわめきを揉み消すように、声を張り上げ苅野長官が続ける。
「エージェントの名を読み上げる! 西支部、堺 竜彦。九州支部、岡本洋介。 道支部、愛甲忠典。そして東支部、望月大樹の以上4名だ!」

「ちょっと待ってください! 私は望月が、何かの任務についていると聞いてません!」
 岩間が、驚きを隠すことができずに切り出した。
 望月は東支部トップのエージェントで、それはつまり岩間の部下に当たる。
 だから岩間が指令を出さない限り、望月が任務に就くはずがない。
 けれど苅野長官は、くだらないとばかりに岩間の言葉を遮り軽く言った。
「当然だ。彼は極秘任務を遂行中だった」
 岩間の顔がみるみるうちに赤く紅潮し、苅野長官と一触即発の状態へと陥ったとき、 本部通用口が静かに開き、木下大臣が入室した。

「岩間くん、すまない。今回の任務は、私の一存で行ってしまったことだ……」
 大臣の登場とそのセリフで、岩間の顔に冷静さが戻っていく。
 なだめるように、励ますように、大臣が岩間の肩を叩きながら、2人の会話は続けられていたが、 その様子を見て取った苅野長官が、2人を残して今回の任務の詳細を話し始めた。
「我々の任務は、国家の安全を揺るがす組織の壊滅だ。だが、それを遂行するにはAMIKAに対する情報が少なすぎる。 よってこれより、AMIKAの情報収集に全力を挙げる――」

「呉埜くん、5分後に私のオフィスまで来てくれ」
 苅野長官の指示が続く中、岩間との話を終えた木下大臣に声を掛けられた。
 時間を見計らい、本部に備え付けられている大臣専用のオフィスへ向う。
 オフィスに入るとソファーへ座るように促され、言われるがままに腰を下ろす。
 けれど座る自分とは反対に、大臣が立ったままで切り出した。
「君が復帰した事件のことを覚えているかい? あのとき君は、これは罠だと言ったね……」
 忘れるはずはない。だから即答で大臣の問いに答えた。
「はい。爆弾が仕込まれていましたし、明らかに待ち伏せで、情報が漏れていた可能性が高いと思われました」
 両手を背中で組んで、どこか遠くを見つめる仕草で、大臣が静かに言った。
「そう。君の言う通り、誰かが機密事項をAMIKAに漏らしているんだ――」

 『AMIKA』は、アジア最大の裏組織だ。
 麻薬の売買などで資金を潤し、何かの目的の為に各国の軍事機密を盗み続けている。
 復帰した事件とは半年前の事件のことであり、警視庁に拘留され続けていた俺は、 そのとき初めてその組織の存在を知った。
 けれどあの事件以後、俺はこの任務に就いたことがない。
 自分から故意的に、この任務に就くことを避けていた――

「SIUの誰かが、AMIKAとの2重スパイである確率が高かった。 だから私と苅野くんの2人だけで、極秘任務としてエージェントを各支部から選出したんだ」
「つまりそれが今回の事件だと?」
「そうだ。だからますます厄介なことになった――」
 木下大臣の言いたいことが解り、ハッとした。
 大臣と長官の2人だけが関わったこの任務。
 殺されたエージェントの誰かが2重スパイではない限り、大臣か長官のどちらかが2重スパイだということになる。
 若しくは、この2人の極秘会話すら、何者かに盗まれているということだ。

「これが望月くんから送られてきた調査書とこれまでの情報記録だ。それから、彼の最後の調査書には 君へと宛てた手紙が同封されていた」
 机の引き出しを開けて、ファイルとは別の小さな封筒を取り出すと
「悪いが、こんな時だからね。許可なく読ませてもらったよ」
 そう言いながら、その封筒を俺へと差し出した。
 軽く頭を下げながら封筒を受け取り、望月の筆跡で書かれた宛名を指でなぞる。

『呉埜先輩へ』

 司令官ではなく、先輩と書かれた俺の名。
 望月がどんな想いでこれを書いたのかが、ただそれだけで解った。

「事が大きくなりすぎた為に、今回はSIU全体を動かさざるを得ない状況に陥ってしまった。 裏切り者が誰だか解らないままの任務遂行になる。だが全てを分析し、早急な戦略を立ててくれ」
「解りました」

 ファイルを受け取り、形式的な挨拶を済ませてから大臣のオフィスを出た。
 誰に呼び止められることもなく自分のオフィスに戻り、すぐに調査書を読み始める。
 望月らしく事細かに状況が記された調査書と、これまでに集めた情報の数々。
 全てを読み終えたときには、漠然とはしているものの、1つの答えが頭に浮かんだ。

「香りの源か……」
 そうつぶやいてから、デスクの隅に置かれていた望月からの最後の手紙に目を通す。
 そんな俺の元に、苅野長官と岩間が肩を並べてやってきた。
「呉埜、今回の指揮はお前が執ることになったのか?」
 遠回しな言い方で、探りを入れる苅野長官に決然と言い返す。
「いえ、私は当初の予定通りAMIKAの任務には就きません。Y3の任務を続行します」
 俺の答えに納得がいかない苅野長官が、真の目的である質問を投げかけてきた。
「ならば、大臣はなんでお前を呼んだんだ?」
 今回の任務に俺が就くことは、誰にも悟られてはならない。
 それがたとえ長官でも、気心の知れた同僚であってもだ。
 だから丁度手にしていた望月の手紙をそっと持ち上げながら、2人に向って言った。
「望月が、私に宛てた手紙を遺していました。それを大臣から渡されたんです」
「そうか……」
 それだけを言い残し去る長官を尻目に、まだその場に残る岩間へと話しかけた。
「岩間、今回の指揮はお前が執れ。望月の敵討ちをしたいだろ?」
「あぁ、俺もそうさせてくれとお前に頼むためにここに来たんだ」
 そう言い終えた岩間の目が鋭くなる。そしてそのままの目で、俺の手元を見据えた。
「その手紙には、何が書いてあるんだ?」
「――読めよ」
 深い溜息をついた後、岩間に手紙を差し出した。

「こ、これは……」
 手紙を読み終えた岩間の顔が強張り、その先の言葉に詰まる。
「あぁ、どうやら内部に2重スパイがいるらしい。だから俺はお前にしか頼めない。 こいつが誰なのかを、お前に突き止めて欲しいんだ」
 俺に手紙を返した後、両手に顔を埋めた岩間が怒りに震えながら言った。
「全力を尽くすと約束する――」

 岩間がオフィスを後にしてから、手紙の最後の行をもう1度眺めた。

『先輩、先輩なら、この謎が解けますか?』

 手紙を綺麗にたたみながら、ほくそ笑む。
「あぁ、解けたよ。それはお前のこの手紙のおかげだ……」
 意味ありげな言葉をつぶやいて――


プロローグ 2 END
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photo by ©clef