神田が死んだ。
ラビは冷たくなった彼に縋り付いて泣いた。
ラビのそんな悲痛な声を、僕は初めて聞いた―――――






ただ貴方を助けたいと思った




「・・・っく、・・・う・・・・・・っ」
声をあげて泣き叫ぶ彼にも、顔を伏せてしゃくりあげる彼にも、僕は何も言えなかった。
長いこと泣き続ける彼の傍にいたのに、掛けていい言葉を探し出すことすらできなかった。
それほどに、ラビは痛々しい空気をまとっていて、声も姿も何もかもが悲しみに包まれていた。
泣き声に紛れて時折聞こえてくる“彼”の名前には、悲しみの他に隠すことのない愛情がこもっていて・・・それが余計に周りの者の胸を締め付けた。
彼の愛した人はもう帰って来ないのだと、彼の声がそれを残酷に示していた。
僕にはそれが怖くて堪らなかった。
このまま彼が神田と共に逝ってしまうような気がして。
ここに何も残さないまま、心ごと神田の元へ逝ってしまうような気がして。
神田が―――――仲間がいなくなっただけでもこんなに辛くて苦しいのに、愛する人がここからいなくなってしまったら、僕だってもう立ってなんかいられないと思う。
見境なんか失くして、何をするかなんて分からない。自分でも自分を止められないと思う。
それなのに・・・ラビは本当になくしてしまったのだ。愛する人を。
だったら、今すぐにだってどうにかなってしまったっておかしくはない。
おかしくはないんだ。
「ラビ・・・」
僕の願いが、僕の口から勝手に零れていく。
「生きて・・・・・・」
零れ落ちてからハッとした。
こんなこと、僕が言っていいことなはずがない。
ラビが望むのは神田と共にあることで、これは僕なんかが口を挟んでいいことなはずがないんだ。
「っ・・・」
僕は居た堪れなくなって、その場から逃げ出してしまった。
ラビが、僕の言葉を聞いていたのかどうかは分からないのだけれど。




次の日、ラビは平然とした顔で僕の部屋に挨拶に来た。
泣きはらした重い瞼は2人とも隠せるはずもなかったけれど、何故かラビは笑っていた。
昨日は心配を掛けてすまなかった、もう大丈夫だから。
笑って、いつもの口調でいつものようにそう告げた。
そんなラビの様子が逆に不安で、ラビが部屋を出て行った後、僕は追いかけるように彼の部屋へと足を運んだ。


コンコン
ラビの部屋を軽くノックする。中からの返事はない。
不在、なのだろうか。
ドアノブに手を掛けると、無用心にも扉は開いた。
少し覗くだけ・・・ラビに申し訳ないと思いながらも、不安が先にたって僕はそのまま扉を開けてしまった。
そこには―――――床に倒れこむラビの姿があった。
――――っ!!ラビ!!」
僕はすぐさまラビに駆け寄り、背中から彼を抱き起こした。
「あー?あれんーどうしたんさー?」
ラビの意識があることにひとまず安堵し、同時に、鼻に掛かる独特のにおいに気がついた。
(これは・・・お酒・・・?)
慌てて辺りを見回すと、5本・・・いや、6本ものビンが転がっていることに気付く。
そしてラビのすぐ傍にも、もうほとんど空になっているビンと、お酒と思わしき液体の入ったコップがあった。
ずっと、飲んでいたのだろうか。
先程自分の部屋を訪れたラビは、表面的には普通に見えた。
けれど・・・・・・
言いたいことは山ほどあるのに、何から言っていいのかも、何なら言っていいのかも分からず、僕は唇を噛み締めた。
それに気付いたのか、ラビがそっと僕の肩に触れる。
「何言やぁいいか分からねーってツラだな」
薄く、自嘲気味に笑う。
「心配掛けて悪ぃ」
自分がこんな状態なのに、僕を気遣おうとする彼の努力が苦しくて、僕は不用意にも涙を流してしまった。
「ア、アレン!?」
彼は慌てて起き上がり、僕の顔を覗き込む。
「ごめん、なさい・・・・・・」
僕は涙を拭い、息を整えた。
「でも、こんな時にまで僕に気を使わないでください!こんな・・・お酒なんか飲まないと自分を保てないくせに・・・っ!」
声が上擦る。
ラビが、僕の頭を抱えて、そっとその胸に抱き寄せた。
「ごめんな・・・けど、あんま見られたくないんさ。弱ってるところなんて・・・」
「いいじゃないですか、こんな時くらい!!こんな時でもなきゃ、貴方はいつだって1人で抱え込もうとするんだから!!」
ラビの言葉を遮り思ったままを叫ぶ。
彼のそれがブックマンを継ぐ者として正当な行動であることは分かる。
それでも、こんな時くらいは、せめてこんな時くらいは、誰かに頼って欲しかった。それが僕じゃなくてもいいから。
また涙が出てきてしまいそうになり、僕はラビにしがみついて必死に泣くのを堪えた。
「そう・・・言うなよ・・・・・・」
ラビの肩が震える。震えが、伝わってくる。
「1人で抱え込まないんだったらどうすればいいって?俺だけが悲しいんじゃないさ!それなのに・・・いつまでも俺ばっかりが泣いてるわけにもいかねーじゃんか!!」
ラビの悲痛な言葉に、目の前が暗くなる。
どうすればいい?
こんな、ラビの悲しみを癒す方法なんて僕は知らない。
知ってればとっくにやってる。
僕がラビにできること。
ラビが今すべきこと。
そんなの、神田のために泣くことくらいしか思い浮かばないんだ・・・
「僕に・・・できることはありますか?」
「・・・気ぃ、使うなよ」
叫ばずにはいられない心情を隠すように、低い声でラビが言う。
頑なに助けを拒むのは、ブックマンという名前の重みを表しているのだろうか。
そんなもの、今だけでも忘れてしまえばいいのに。
「僕は、貴方を助けたいんだっ!」
勢いに任せて顔を上げると、すぐ近くに戸惑いに揺れる瞳があった。
その瞳を捕まえて、手を伸ばす。
頬に触れると、その唇が耐え切れなくなったように歪んだ。
「ラビ・・・辛いのを我慢したって、いいことなんかありませんよ・・・?」
僕もきっと、笑おうとして笑えていない。
それでも、我慢なんてしなくたっていいんだ。
お酒に逃げるくらいなら、弱さを吐き出してくれた方が安心する。
安心して、泣ける。
ラビも、僕も。
「・・・ユウが・・・・・・いないんさ、どこにも・・・」
「うん・・・・・・」
搾り出すように呟かれた言葉はそのまま嗚咽に変わる。
それを弱さと呼ぶのなら、きっと人間なんてみんな弱いんだ。いつだって強くある必要なんかない。
僕らはそのまましばらく悲しみを分け合って泣いた。
互いの涙が渇きを癒し、心に開いた穴に溜まっていくように。









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とりあえず、こんなネタばっかり書くの好きでごめんなさいv(あはー;)
一応これが正当なバージョンなのですが、この話には実は黒バージョンというものが存在してまして・・・見てみたいという強者様はこちらへどうぞ(笑)



2006/3/2


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