※『一人では遠い夜』のノンカット裏要素有りバージョンです。自分で自分に責任を持てる方だけご観覧くださいますようお願いいたします。(でも正直 表と違うのは後半の最初だけです;)



















「よお植木、久しぶりやな!」
「・・・佐野!?」
どこか暗く沈み込んでいる植木とは対照的に、明るい声で再会を喜ぶ佐野。
「ここいら辺におるて聞いてな。わざわざ会いに来た」
佐野はそう言ってにやりと笑った。
・・・植木からしてみれば何のことやら話がさっぱりわからないといったところなのだが。
「佐野が、オレに?何で?」
植木のもっともな質問に佐野が頷く。
そして佐野は唐突に植木にこう申し入れた。
「オレな、いっぺんでえぇからお前とちゃんと戦ってみたかったんや。やから来た」
佐野はあろうことか植木に戦いを申し入れに来たのだと言う。
そのためにわざわざ来たのだと。
「・・・別に、いいけど」
植木としては、特に断る理由も見つからないのでこの場合“どうでもいい”といった意味合いが強かったのだが、佐野はそれを植木の挑戦だと受け取る。
「お、乗り気やないか。ほんなら一丁お手合わせ願おうやないか」
2人の間に一陣の風が吹き抜ける。
いつもならここで止める森も、今はこの場にいない。
緊張が高まる。
遠くから子どものじゃれあう声が聞こえてきて、それが合図となった。
植木の顔面めがけて殴りかかる佐野。
そして、見事にあっけなく、植木はその場に倒れ込んだ。






一人では遠い夜




「どないしたんや、植木!」
「何が」
「お前が・・・そない弱い奴やとは思ってへんかったわっ」
・・・いきなり戦いを申し込んで弱いも何もないと思うのだが、最初からそれしか頭になかった佐野にはその理不尽さは理解できていない。
「・・・」
黙り込む植木。
いつもならここで「そんなこと言われてもよぉ」の一言もあるものだが、今回はそれすらもない。
さすがに、佐野も植木の様子がどこかおかしいことに気がついた。
「何や、あったんか?」
―――――何か。
何もないと言えば何もない。特別今日、何かがあったわけではない。
けれど、少し前のあの出来事は、今も植木に暗い影を落としていた。
「植木・・・?」
言おうか言うまいか迷って、口を開けてはまた閉じる。
その逡巡は佐野にも伝わり、しばらくの間、その場に沈黙が流れた。
やがて、迷った末に植木は、佐野に全てを話すことを決めた。
――――コバセンが、いなくなったんだ」
「・・・何やて?」
植木の放った言葉はすぐに理解できるものではなく、佐野はその意味を問い質した。
「だから、コバセンがいないんだ。どこにも・・・」
植木はそう繰り返す。言葉通りの意味だと佐野にわからせるために。
けれど、意味がわかったところで、それは到底理解できる内容でも理解したい内容でもなかった。
「いないて・・・何でや!」
神候補がいなくなる理由なんて考えられるほどしかない。
そしてそのどれもが、あまり趣きの良いことではなかった。
案の定、植木が告げた言葉は植木の様子がおかしいことに見合う内容のもので、それには佐野も納得せざるを得なかった。
「コバセンは、地獄に堕ちた」
「!?」
「ロベルトとの戦いの時、オレを庇って・・・」
神候補が戦いに手を出せば、それはルール違反だ。ルールを破ったものは罰せられる。
それは佐野も知るところであって、それが犬丸であったらと思うと、背筋が寒くなる。
自分ですらそう思うのに、植木はどうだったというのだろう。
愛する人が、自分のために目の前からいなくなるのをどうすることもできずに見送った植木は、どれだけ寒い夜を越えて来たのだろう。
「神候補のくせに・・・オレなんかを庇ったせいで・・・」
植木の声が震える。
その声には、後悔と怒りの感情が込められていた。
止められなかった悔しさと、自分への怒り。
「オレなんて放っておけばよかったんだ!!」
けれどそんな感情を小林が望んでいないことは佐野にも想像できる。
自分だって、もし誰かを助けたことでその誰かに死ぬほど苦しまれたら辛い。
―――――苦しまれるために助けたはずじゃないだろうに・・・
「・・・そないなこと、言うもんやないで」
そんな言葉でこの苦しみが癒されるとも思わないのだけれど。
それでも佐野にはそうしてやることしかできなかった。それが植木には、届かなくとも。
「だって・・・オレのことなんて気にしなければ、コバセンが地獄に堕ちることだってなかったんだ・・・!」
植木は自分を責める。
「オレのせいで・・・!!」
「植木・・・っ!!」
佐野は、どうしたら植木を解放してやれるか必死で考えていた。
良い考えなんか浮かばないけれど、それでもこの哀しい魂を救いたくて、必死で考えた。
そして気付いた時には、佐野は植木を抱き締めていた。
「っ・・・?」
驚く植木。
佐野自身も、自分が思わずとってしまった行動に割り切れない思いを感じている。
「佐野・・・?」
「植木・・・・・・」
体勢をずらして、植木の顔を見る。
植木の瞳の中に自分が映っているのが見えて、それから、何かが外れる音がした。
「佐野・・・――――っ」
不安そうな植木の目の横に軽く口付ける。
植木は一瞬怯んだが、嫌がる様子はない。
もう一度、と今度は吸うように瞼に口付けた。
「ん・・・」
植木が小さく声を漏らすのを聞いて、佐野はもう自分が止められないことを悟った。
「植木・・・」
「な、何するんだよ佐野っ」
「なぁ、一人じゃ寂しぃんやろ?」
「っ・・・」
触れられたくないところに触れられて、思わず泣いてしまいそうになる。
「ずっと、一人で泣いてたんとちゃうんか」
「そんな、こと・・・っ」
ねぇよ、と言いかけた言葉が、途中で途切れる。
泣くのを堪えて必死に留まる。
泣きたくない。泣いちゃだめだ。
そんな植木のギリギリの感情を悟って、佐野は尚も優しく言葉を重ねた。
「一人で、泣くもんやないで。一人は辛い」
「っ・・・」
そんなことはわかっている。わかりきったことだ。
一人で泣く夜には、もう耐えられない。
「なぁ、オレが一緒にいたる。お前の傍に。せやからもう一人で泣くんやめや」
「佐野・・・っ」
優しい言葉は、植木の心を解かすには充分なものであった。
寒い夜を一人で越えて来た、凍りついた心を解かすには、充分過ぎるほどの魅力を備えていた。
「オレが・・・忘れさせたる」
忘れたくなんかない。そう思う傍ら、忘れられたらどんなに楽だろうと逃げ出しそうになる自分がいる。
忘れてしまったら辛いはずなのに、忘れることの魅力は、植木を引きずり込もうとしてならない。
「佐野・・・っ」
「オレが、忘れさせたるから・・・」
同じ言葉を繰り返して、植木が落ちるのを待つ。
時間の問題だ。植木には、もう一人の夜は耐えられない。
「やから、なぁ・・・オレにしときや」
植木の頬を涙が伝う。
それは諦めか、謝罪か。
佐野の腕の中で、植木は微かに頷いた。
忘れさせてくれる腕を信じて。














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