ラクス・クライン






父、シーゲル・クラインからの呼び出しは急なものであった。
「どうなさいましたの?お父様」
初めて訪れる父の仕事場。彼女の周りには評議会の議員らが・・・中には後の婚約者であるアスラン・ザラの父、パトリック・ザラもいた。
「ラクス・・・・・・」
シーゲルは言いづらそうに口ごもり、しきりに目線を泳がせている。
その様子に痺れを切らしたのか、最終的に口を開いたのはパトリック・ザラであった。
「ラクス・クライン」
「はい?」
「君には、プラントの希望になって欲しいのだよ」
プラントの人々に希望を与える存在に。
乾いた心に潤いを与える水の役目を。
「それは・・・・・・私に、希望を演じろと、そういうことですか?」
「ラクス・・・・・・っ」
プラントのための犠牲として。
政治のための生贄として。
「お父様・・・・・・」
父が望んでこの計画を受け入れたわけではないことはすぐに見て取れる。
何より、父のこの辛そうな顔は。
もう私しかいないのだ、とそう感じさせるには充分すぎるほどの演出であった。
「分かりました。私で宜しければ・・・プラントの皆様のお役に立てるのであれば」
凛とした声に反して、限りなく穏やかな微笑みだと、誰もがそう感じた。
そしてそれは、この計画を彼女に任せたことは成功だったと、そう思わせる強さを秘めていた。
けれど・・・・・・では、彼女の心は誰が癒すのか。
ラクス・クラインは、このときまでは確かに、ただ歌が好きなだけの極普通の幼い少女であったはずなのに―――――


プラントの“希望”は、予想よりも遥かに容易く人々の心を包み込んだ。
歌うことは彼女の使命となり、徐々に、彼女は歌うことでしか認められなくなっていった。
そのことに心を痛めたシーゲルと、パトリックの思惑が合致した。
「ラクス、お前に婚約者ができたよ」
娘の心を癒してくれる者を、娘を気遣ってくれる者を。
そう望むシーゲルにとって、パトリックの出した“婚約者”という話は魅力的であった。
娘を、ラクス・クラインとして認めてくれる者であれば誰でも良かった。
歌姫に傾倒していない者であれば誰でも良かった。
――――そうして、アスラン・ザラはラクス・クラインの前に現れた。
けれどこれは、政略結婚。
それでもこれは、父の望み。
別に父の言いなりになるつもりはなかったけれど、自分の望みが無い以上、誰かの望みを叶える方が自分の存在意義を保てるような気がした。
だから、これは私の望み。
好きとか嫌いとか、そんなことはこれから考えればいい。これから、好きになればいい。
だから私は、アスラン・ザラと結婚する。
これが、私の意志。
「こんにちは、アスラン」
だから、何も辛いことなど無いのだと・・・・・・――――――


キラ・ヤマトとの出逢いは、偶然であった。
楽しかった。
もっと一緒にいたかった。
この儚い存在を、傍で守りたいと思った。
けれど自分が“希望”を演じている以上、プラントから逃げてはいけない。
その思いが彼女をプラントへと戻らせた。
何より、キラがそう望んだから。
プラントへ戻るほかに選択肢は無かった。
けれど・・・・・・
違う、と思った。
傍にいて守りたいのは、見知らぬプラントの人々でも、目の前にいる婚約者でもない、と。
そうか、これが・・・・・・恋―――――
「・・・私、あの方好きですわ」
口にしたら、よりその想いは深くなって。
思考がキラに奪われていく。
どうしてキラは地球軍に?
どうしてアスランはキラと戦うの?
どうして、戦いたくないのに剣を持つの・・・?
その問いのそれぞれに自分の中で答えが出そうになった頃、ラクスは再びキラと出逢った。














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