螺旋のように廻る心 「キラ」 「アスラン!もう出歩いて大丈夫なの?」 よろよろと、包帯だらけの姿で艦内を歩くアスランに、キラが驚きの声をあげる。 「まだ寝てないとダメだよ。ほら、部屋に戻ろう?」 アスランの横に立ち、体を支えながら、キラは強制的にアスランを部屋へと向かわせた。 ベッドに横たえられ、情けない様子でアスランが一人ごちる。 「しっかり、しないとな・・・こんなんじゃ迷惑が掛かるばかりだ・・・」 その言葉にはキラも異論はないらしく、言葉を付け加える。 「そうだよ。また1人でウロウロしてどっかで倒れられたりしたらこっちが困るよ」 キラのその言葉には、アスランを心配している気持ちがこもっているのが分かるので反論のしようがない。 したところで3倍に言い返されるのがオチだ。 アスランは逆らわず、キラの言うことを大人しく聞くことにした。 「どっか行きたいんだったらね、僕かカガリ・・・ってか、そうだよカガリに面倒見てもらえばいいじゃない」 「キラ?」 キラの言うことはもっともなのだが、その言葉にはどこか不満が含まれていた。 「カガリ、すごく心配してたんだからね」 「ああ・・・」 何だろう、確かにキラの言うことは分かるのだが、何か腑に落ちない。何か引っ掛かる。 「キラ・・・・・・」 そのもやもやとした翳りが何なのか尋ねようとした瞬間、扉の向こうから別の声が聞こえてきた。 「キラー?どこにいらっしゃるんですのー?」 「ラクスっ」 その声に呼ばれて、慌ててキラが扉を開ける。 「キラっそちらにいらしたんですの?」 嬉しそうな声。嬉しそうな表情。 こんなラクスは見たことがなかった。少なくとも、自分の前では。 「ごめん、アスラン。僕行くねっ」 言葉と同時に扉が閉まってからも、2人の会話は聞こえてきた。 「ラクス、どうしたの?僕に何か用だった?」 「いいえ、キラの姿が見えないので、かくれんぼでしょうかと思いまして」 「かくれんぼって・・・」 「次はキラが鬼ですわね」 そんな他愛もない会話を、幼馴染と元婚約者との会話を、1人残された部屋で、アスランは複雑な心境で聞いていた。 「キラ?どうかなさいましたか?」 言いながらラクスの顔が横に傾くのをぼんやりと見て、ようやくキラは自分が長い間ラクスの顔を見つめ続けていたことに気がついた。 「あ、ご、ごめん!」 反射的に謝るが、ラクスの方はそのことについては何も気にしていないように見える。 見られ慣れている、ということだろうか。 (・・・ちょっと、それって、悔しい) 今目の前にいるラクスは自分のことを見てくれている。 それは分かっているはずなのに・・・人間の心というものは複雑なものである。 しかも、キラが今考えていた内容を思い返してみると、悔しいなどとは随分自分勝手な言いようなのではないだろうか。 再び黙り込んでしまったキラの前で、ラクスはキラを覗き込むように首を傾げた。 「アスランも――――」 不意に口から零れた人物の名に、自分が思うより深い愛情があったことに気付く。 「アスランも、よくそうして私を見ていましたわ。どこか、遠くを見るような目で」 言いながら、意図せず目を伏せる。 どうしてだろう。後ろめたいことがあるわけでもないのに。 「ラクス・・・・・・」 ラクスが何を思って今アスランの名前を出したのかは分からない。 けれど、アスランを呼ぶその声からは、惜しみない愛情が確かにあることを感じとれた。 「ラクス」 「はい」 「僕は、謝らなくちゃいけないことがあるんだ」 それはずっと前から思っていたことで、でも今は言いたくないと隠し続けてきた言葉。 この言葉は、ラクスを裏切ることになるのだろうか。 「僕は・・・」 「はい」 ラクスはキラの言葉を穏やかに受け入れている。 それはキラが何を口にしても変わらないことだった。 「きっと、僕は、フレイ以上にもカガリ以上にも、君を・・・・・・誰かを愛することなんてできないと思うんだ」 自分のために死なせてしまった人。 血の繋がった最愛の人。 どちらもキラの中では大きく、揺るがない存在を占めている。 「だから僕は、どうしても君を傷――――」 キラの唇を、そっとラクスの指が触れる。 そうしているラクスの顔はとても穏やかで――――― 「それでも」 揺るぎない、瞳。 「キラは私を、キラの中に認めてくださるのでしょう?」 穏やかに微笑むその仕草は、どこか母親のような強さを秘めていた。 |