「名が欲しいのならば差し上げます。けれど、あなたはミーアさんでしょう?そして私はラクス・クライン。それは変わりませんわ」 この時は、ラクスさまはなんてお優しい方なんだろう、ニセモノのあたしを許してくれるのかとただ思っていたのだけれど。 もしもミーアさんが生きていたら、その1 病院で目が覚めたら、目の前にラクスさまがいた。 「・・・ラ、クス、さま・・・?」 「目が覚めましたか?」 ラクスさまの隣には、アスランではない男の子。 アスランは? 「アスランは今ここにはおりませんわ」 その人は?何故そんなにも寄り添うようにしているの? そう尋ねようとしたけれど、何か憚られるような気がして何も言えなかった。 「とにかく、ミーアさんが無事で良かったですわ」 そう言って微笑むラクスさまは確かにあたしの憧れたその人で。 そう思ったら、謝らずにはいられなかった。 「ラクスさま・・・ごめんなさい、あたし・・・あたし・・・」 その続きが中々言葉にできない。 “悪気はなかったんです”?ラクスさまが帰ってくるまでの代理としてみんなに希望を与えることができればそれで良かったんです、って? そんな虫の良いこと、あたしにだって言えない。 だってあたしが悪いんだって分かってるもの。あたしが途中から間違えたんだって。 最初は、そりゃあ本気でそう思ってた。ラクスさまの代わりとして、みんなのためにって。 でもいつの間にか、あたしがみんなを救ってるって、あたしが、ラクスさまがやらないからあたしが、やってあげてるんだって。そう思うようになって。 そして、こんな結果を招いてしまった。 だからこれは自業自得。ラクスさまに怨まれたって疎まれたって、全部あたしのせい。 分かってるから、何も言えなくなった。これ以上ラクスさまに嫌われたくなんかない。 「大丈夫ですわ」 凛とした声が、あたしを包む。 「貴女は悪くありません」 そう言って微笑むラクスさまは、まるで本当の女神さまみたいで。 「自分の過ちに気付けるのならば、これから良い方へと変わっていけます。だからそんなに気負わないで、もう自分を許してあげてください」 ――――――泣いてしまうかと思った。 ラクスさまの言葉が優しすぎて。それがあたしにはもったいないような気がして。 でも次の瞬間あたしは直感した。 あたしはやっぱりラクスさまを怒らせてしまっていたんだなぁって。 「それでですねミーアさん。貴女はこれからどうしたいですか?」 ラクスさまはそれが本題なのよっていう風に目の色を変えた。 「え、どうって・・・」 「だから、このままラクス・クラインとして歌い続けたいですか?それとも他の道を探しますか?」 矢継ぎ早に質問を重ねる。 「私と共に2人で歌っていくということもできますが・・・」 ちらりとあたしを見るその目に、そんな図々しいことはまさか言わないわよね?という圧力を感じる気がする。あたしが萎縮しすぎてるだけだろうか。 とそこへタイミング良く・・・というか何と言うか、アスランが現れた。 「ミーア・・・目が覚めたのか。よかった」 「アスラン!」 あたしは勢い良く起き上がろうとして・・・全身に走った痛みにここが病院であることを思い出した。 「っ・・・」 「大丈夫か?」 アスランが慌てて駆け寄ってくる。嬉しいけど・・・本物の婚約者の前でまでそんな態度をとっていていいんだろうか。 ラクスさまを見ると、何も気にしていないような顔で隣の男の子と話をしている。いつもこうってことかな? 「とにかく、君が無事で良かった」 そう言って微笑うアスランからは、前みたいなつっけんどんな印象は受けない。 あたしを・・・認めてくれたってことなんだろうか。 「それで・・・君はこれからどうするんだ?」 アスランのその質問に、待ってましたとばかりにラクスさまが言葉を重ねる。 「ちょうど今その話をしていたところですの。ね、キラ」 キラ、と微笑みかけられた男の子は、曖昧な表情で笑った。 「うん、でも目が覚めたばかりでいろいろ話し込むのもあれだし、僕たちはそろそろ行くね」 きょとんとした顔のラクスさまの背を押すようにして、その男の子が部屋を出て行こうとする。 「ああ、じゃあ俺も・・・」 「アスランはここにいてあげて。いきなり一人にされたんじゃ不安になるだろうし」 「は?キラ・・・」 ラクスさまとその男の子はアスランの言葉を待たずに外へと出てしまった。 狭い個室に残されたのは、アスランとあたしの2人だけ。 そりゃあ、ラクスさまがいると緊張しっぱなしだし、アスランならあたしのことも少しは知ってるから残ってくれるんならありがたいんだけど・・・あたしにはあの男の子が何を考えてアスランを部屋に残したのかいまいち分からなかった。 だって、アスランはラクスさまの婚約者なんじゃないの?いくらなんでも女の子と2人っきりにさせるのってまずくない? ・・・って、あたしが言えた義理じゃないけど。 「あの、アスラン?」 「ん?何だ?」 アスランはあの男の子の言う通り、ここにいてくれるつもりらしい。 あたしの横に椅子を持ってきて腰掛ける。 そんなに優しくされると、何だか勘違いしてしまいそうだ。 「ラクスさまと、一緒にいなくていいの?」 そりゃあ別に四六時中一緒にいる必要もないんだろうけど・・・それにしたって会話が少なすぎない? あたしが遠慮がちに聞くと、アスランは顔を曇らせて歯切れ悪く話した。 「ラクスは・・・その、いいんだ」 「いいって?」 そしてあたしは決定的な一言を聞かされる。 これってまだ誰も知らないことなんじゃないの? 「俺達はもう婚約者でも何でもないから」 思考が止まる。 それって、どういうこと? 「言葉のままの意味だよ。俺じゃあ彼女には釣り合わなかったんだ」 「うっそぉ」 「悪いけど、こんな嘘つけるほど簡単な問題じゃないから」 アスランの言葉からは半ばヤケのようなものを感じる。 本当に、本当なんだ。 「婚約者じゃないって・・・ラクスさまに振られちゃったの?」 考えなしに聞いてしまってから、しまったって思う。 いつもそう。頭より先に口が動いちゃうんだよね。 でもそんなあたしの不躾な質問にもアスランは律義に答えてきた。 「そうだ!・・・好きで婚約解消したわけじゃない」 少しむくれて言うアスランは、何だかいつもよりも拗ねていじけた子どものようだ。 「いつ?」 また考えなしに口が動く。 「ラクスが・・・スパイの手引きをしたって聞いて・・・」 「ス、スパイの手引き?!」 「ああ、いや、悪いことをしたわけじゃないんだ。多分。ただザフトにとってはラクスの行動は反逆だとしか捉らえられなくて・・・」 未だに納得のいかないことのように話す。ザフトにとって反逆でも、アスランにとってはそうじゃなかったってことなのかな? 「その時の“スパイ”がキラ・・・さっきいただろう?あいつだ」 「キラ・・・」 「そう、キラ・ヤマト。俺の幼なじみで・・・彼女は今あいつと付き合ってる」 あたしの思考はまたまた止まった。 だって、それってどう考えてもそのキラって人のためにラクスさまはスパイになったってことで・・・アスラン勝ち目ないじゃない。 「アスランは・・・あの、いいの?それで」 あたしの質問に、アスランは答えない。 でも、表情で語ってるっていうか・・・アスラン、なんか、未練ありありなのね。 「ねぇ、アスラン」 何を・・・言おうとしているんだろう、あたしは。 言葉が見つからないまま尋ねる。 「あたしは、ラクスさまじゃないけど・・・代わりにだったらなれるわ」 アスランが驚いたようにこっちを見る。 そして、すぐにむっとしたように眉を顰めた。 「誰も、誰かの代わりになんかなれない。それは君だって嫌というほど身に染みたところじゃないのか?」 低い声。ホントに怒ってるんだ。 「うん、ごめんなさい・・・」 怒られるのは当然だと自分でも思う。 でも、それだけじゃないんだけどな。 あたしは多分、自分で思っているよりずっと、本当にアスランのことが好きなんだと思う。 それを許してもらえるかどうかはわからないけど。 誰に許してもらえばいいのかも、わからないんだけど。 「ごめんなさい・・・」 元に戻りたいとも思わない。 けれど、今のままじゃどこにもあたしの居場所なんかないんだってわかってしまった。 あたしは――――――どうすればいいんだろう・・・ |