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 降りそそぐ花 5






 ランプが切れてしまった。
 ユメルの体力も限界で、ザークに優しく撫でられながら、とろとろと眠気を感じていた。
「ん……」
 肌の黒いザークが、闇に紛れて悪戯をしてくる。
 目は慣れたつもりだが、夜の隙間から漏れる明かりだけでは、やはり見えない。
「そんなことされると……、やらしい夢、見てしまいます……」
「俺の夢なら見てほしい」
 撫でる手は止まない。眠りを邪魔する気はないのか、軽く触れるだけの行為。
「そうだ。ランプの油と、体を拭ける布ってどこにある?」
「店に降りる段差の……棚……両方」
「中の掻き出しておくから、眠っていいよ」
「やだ……子供産む」
 ザークが抜けないように、足を絡めよう。絡めようと思うが、……意識が遠のいていく。
「それについては……起きたら謝るな」
 ……ザークさんの体温、あったかい……。





 目蓋の上に薄っすらと感じる光。
「起こして悪い。そろそろ出る時間だから」
 ザークが木戸を開けていた。すでに身支度を整えているようだ。
 ユメルも寝巻用のシャツと下着を着せてもらっている。
「おはようございます……」
「おはよう」
 あくびをしながら体を起こし、ベッドの上に座る。
 その首に、ザークがペンダントを掛けてくれる。明るい中、ユメルの肌色にくっきりと映える黒が、健康的な印象だ。
「朝食作ったから一緒に食べよう。立てるか」
「はい、ありがとうございます。……ん」
「急がなくていいよ」
 下半身に違和感があってよろけるが、立てないほどではない。
(今日の配達……、遠い場所のは誰か雇おう。出費だ)
 ザークが差しだしてくれる手に手を重ねながら階段を降りる。
 食卓にはすでに料理が並べられ、二人で椅子に座り、パンを手に取った。
(あ、ズボン……)
 シャツに隠れてしまう丈の下着しか履いていない。まだ寝ぼけている。
 着替えてくる、と言おうとした時、
「謝らなければいけないことがある」
 ザークが先に口を開いた。
「謝る?」
「君と俺の間に子供はできない」
「え……」
 昨日は、可能性はゼロではないと。
「私の体、どこか鬼人族と合わないところが……」
「いや、ユメルが原因ではなくて……。その、昨日まで……、ユメルのこと女性だと勘違いしていて、だから子供ができると言った」
「……昨日?」
「正確には、ユメルの性器を直に見るまで」
「…………」
「ごめん」
 そっか……。
 だからあんなに優しかったんだ。
「これ、お返しします……」
 震える手で、ペンダントの紐を掴み、持ち上げようとするが、
「だめだ!」
 ザークが立ち上がり、その手を握った。
「ユメルはもう、俺のものだ」
「ザークさん……」
「ずっと……、一生、俺のだという証を身に着けていてほしい」
 胸元のペンダントの上に置かれる、ザークの手のひら。
「君が体の全部を見せてくれた後も、いっぱい愛し合っただろう」
「……はい」
「俺にとって、女性であることより、ユメルであることの方が遥かに大事だった」
 彼の手の下で、心臓がとくんとなる。
「恋人のままで、いていい?」
「ああ、恋人で……、それ以上に束縛していいか」
「はい!」
 細めた眦から、涙が零れた。

 キッチンの棚から使っていないナフキンを取って、涙を拭いてくれる。
「ありがとうございます……」
 女性だと思っていたからではなく、元々優しいのかな。
 昨日も、繋がった後、とても優しかった……。
「…………。あの、ザークさん」
 ふと、思い至った。
「繋がった後、裸を見せた後も、その、……子種を搾りとるよう言われた覚えがあるのですが……」
 子供、できないのに。ユメルはその言葉通り、ザークを刺激しようとしたのだ。
 じっと胡乱げな視線を送ると、
「ねだってくれるのが嬉しくて、つい」
 ザークは照れくさそうに答えた。
「……―っ!」
 分かっていてやらせたんだ。恥ずかしさで体が熱くなる。
(あんな、あんな……!)
 本当のことを知らされないまま、あんないやらしいことさせられて、許すわけにはいかない。
「ザークさん……!」
 懸命に憤慨した声を出す。
「許してくれないか?」
 ザークは言葉は弱気だが、ユメルに惚れられていることを自覚している表情で首を傾けた。
 ―許すわけには……、いかないけど……。
 幸せそうに照れるザークを見ると、怒りなどまるで湧かない。
「もう!」
「ああっ……」
 代償としてザークの皿のポテトを奪い、口いっぱいに頬張った。



 ザークは少ない荷物をバッグにまとめ、ユメルも仕事着に着替えた。
「今晩はここに戻ってくる。これからのこと色々話そうな」
「はい。夕食は用意しておきますね」
「楽しみだ」
 玄関を開けると、植木鉢に止まっていた蝶が飛んでいった。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
 はにかみながら手を振り、彼の姿が見えなくなるまで見送った。

 部屋に戻ると、今日は必要なさそうだからと、彼が置いていったマントが掛けてある。
 それだけで、昨夜の疲れが吹き飛んでしまうくらい、喜びが溢れてくる。
「さあ、まずは水やりだ」
 腕まくりして、店を開けた。

〈終〉