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第1話 呼ぶ世界

世界は光の海に満たされ、目覚めぬ朝を待つ。
ゆらゆらと揺れる泡のそれぞれには個々の世界があり、その世界を守る王がいる。
そんな無限にある世界を渡り歩くことができる運命の黒猫は、今はまだまどろみに身を委ね目を閉じていた。
遠くから聞こえるのは波の残響によく似た音で、少女はその規則的な音に夢を預けているように見える。
少女の名前はシュレディンガー。
世界から認識され、また彼女も世界を認識し、互いの存在を証明しあうことで生きる不思議な少女であった。
『泡沫』と呼ばれる世界の外側でまどろむことは非常に心地よく、光の海にて身を委ねることは彼女の大好きなもののひとつだ。
覚醒と夢のあいだ、その隙間にある意識が誰かの声を捉えた。
 (…いま、声がしたような…?)
それは起こりえないことで、光の海で自分以外の声がするなどありえないことだった。
しかしそれは空耳などではなく、ふたたび彼女の耳に届く。

 ─ たすけて ─

まるで目覚まし時計にたたき起こされたように、シュレディンガーは目を開いて辺りを見回した。
そこは変わらぬいつもの光の海。
やはり自分以外がここに存在するなど出来る訳がない。
 (気のせいにしては鮮明だった…)
聞きまちがいではないことを確かめるべく、頭から生えている黒いネコミミをぴんと尖らし声を探る。
わずかな音も聞き逃してはならない、そう思った。

 ─ おねがいだ、だれかたすけてくれ ─

 「やっぱり!」
今度こそ捉えたのは、誰かからの助けを求める声。
無限にあふれる気泡の数々、その中につめられた世界たちへとシュレディンガーは意識を向ける。
希望をつめた泡たち、その世界を飛び回る性質をもつ彼女が選択すべき世界はまちがいなく声の主がいる世界。
彼女が選んだのは翡翠色の光沢を宿した美しい世界だった。
 「ここね、さっきの声がした世界っ!」
指先を伸ばし、彼女は間違いなくそれを確信した。
これは彼女にとってはじめての経験。
自分が世界を選ぶことがあっても、世界から自分が選ばれることなど、今だかつてない大事件。
ときめきにも似た心の揺さぶりを持て余しながら、シュレディンガーは自分を呼ぶ世界へと飛び込んだのであった。