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第0話 はじまりのはじまり

誰かに必要とされ、その期待に応えること。
それは幼い自分にとって、形を成さない小さな希望だった。
人はそれを夢だといったが自分では果たしてそれが該当するか悩ましいもので、ようやくそうだと言い切れたのは旅の途中のアコライトの立振る舞いと奇跡の業をみた時だったと思う。
他者を慈しみ施しを与える姿は美しく、まさに伝承の天使のようだった。
自分もアコライトになりたいのだと決意し、育った聖カピトリーナ孤児院を旅立つ頃には少女は十八歳を迎えていた。


首都プロンテラより西、魔法都市ゲフェンへ向かう道は湖からの風が吹き抜け、晴天と相まって良い日和。
広がる草原を抜け、バイオリンを奏でて踊るロッカーの群れを追い越し、少女は木が生い茂る林へと足を向けながら、手にした地図に羅針盤を宛がい現在地を確認してみる。
 (方角は合ってるけど、試験官の神父さまはどこかしら…)
彼女が出会い求めるのは各地に配置されているアコライトへの転職試験官を務める神父の一人、洋介神父であった。
つい先刻、大聖堂よりノービスからアコライトへの転職試験を言い渡された彼女は幸いなことに、プロンテラから最短でいける神父へ合格証明の判を貰うため、こうしてはるばる歩いてきたのだ。
他にもアコライト転職希望者はいたが、ある者は砂漠の都市の名を上げられ顔色を悪くしていたし、他にもマンドラゴラが自生する森の先に向かわねばならない者もいるなか、安全かつ最短である試験官にあたった自分がどれほど恵まれているのかを噛み締めふたたび地図に目を落とす。
 (この辺りで間違いはないはずなんだけど…)
悩ましそうに辺りをうかがう頼りなさげな表情を目の前に流れる小川のせせらぎが反射し、眩し気に目を細めながら彼女はため息をつく。
迷うような道ではないはずであると己に言い聞かせ、穏やかな小川の音に耳を澄ませばぽよぽよと聞き慣れない音が耳をかすめる。
 「んえ?」
なにごとかと足元を見やれば草陰より緑色の透き通ったゼリー状の生物が姿を現し、なんとも愛くるしいつぶらな瞳でノービスの少女を見上げていた。
 「ポポリンだっけ…、確かポリンと同じで何でも食べちゃうんだよね…」
彼女はノービスが冒険者として旅を始めた際、初心者訓練所で手に入れたモンスターカードをポリンに食べられ二度と手に戻ることはなかった苦い思い出を持っており、ポポリンの柔らかそうな姿と害のない顔付に緊張の糸が張り詰めたのを感じた。
そういえば、プロンテラ大聖堂の神父より「ポポリンには注意をするよう」警告されていたことも頭に浮かび、いくら大人しいとはいえ危害を加えれば反撃をしてくるだろうし、彼女の腕前ではまだまだ危険な分類のモンスターでもある。
なるたけ刺激しないようしずかに後ろに下がり、ポポリンの動向を伺えば自分に執着する様子は見られず、これならやりすごせそうだと判断した彼女は申し訳なさそうに声を掛けることにした。
 「ごめんね、あなたが食べられるような物はもっていないの」
言語こそ通じないだろうが意味が分かったのかポポリンは困ったような顔を浮かべ、草陰へと飛び跳ね姿を消してしまった。
なんとかやりすごせた事に安堵し、改めて地図に目を落とす。
 (さあ、転職試験の神父様を探さなくちゃ!)
目的地のすぐ側まで来ていることは間違いないため、彼女は辺りを散策して探すことに決めた。
 (こういうときって、頭より体を使った方がいいこともあるわよね!)
自信を奮い立たせ気持ち新たに小川沿いに歩いていけば、大きな木の下に、小川を越えられる程度の小さな橋が掛かっているのが見える。
このまま小川に沿っていけば湖まで出ることになろうだろうが、それもまた冒険だと気持ちを落とすことなく橋を目指して近付けば、橋の先に先客が居るらしくノービスの少女はもしやと目を凝らす。
どうやら男性であり、出で立ちこそ大聖堂の関係者とは思えなかったが、腕に巻いている転職関係者用の青いリボンが目に止まり、やがてそれは確信へと変わった。
 「あの、もしや洋介神父様でしょうか?」
 「お、来たな!アコライト転職希望者!」
洋介神父と呼ばれた男は少女の姿を見ると笑顔をうかべ、その手に持つ合格印を見せながら手招きした。
神父などというのだからてっきりプロンテラ大聖堂に勤める老齢の司教や司祭を想像していた少女は、あまりに若い青年神父の姿に驚かされ、自分の未熟さを再認識する。
 (私、街中の試験だったら気付けなかったかも…!)
何故この洋介神父だけがゲフェンへ続く道程で試験を行っているのか、それはきっと自分のように手軽な試験だと高を括って望めば出会うことすら難しい相手であり、人通りの少ない道程だからこそ自分と向き合わねば探し出すことすらできない試験内容に、改めて試験の意味を知った気がした。
書面を渡せば迷いなく合格を意味する判を押してくれ、洋介神父はブルージェムストーンを取り出す。
 「さあこれで試験には合格だ、大聖堂前へのワープポータルを出してあげよう」
触媒のブルージェムストーンは呪文とともに砕け散ると少女の足元に青い魔法陣が顕現し、ノービスの少女は感謝の言葉とともに魔法陣の光の中へと姿を消した。
洋介神父は微笑ましい様子で彼女を見送り、次の転職希望者を待つべく腰を下ろすとロザリオを握る。
 「新たな神の使いの誕生に、心からの祝福を…」