青く淡い転送魔法の光に包まれ反射的に目を閉じてしまうといつのまにか身体の浮遊感はなくなり、地に足がついたと感じた次の瞬間、目の前はもうプロンテラ大聖堂の前だった。
あれほど心地よかった森の中から一変した首都の賑やかさに肌をふるわせ、一瞬で転送先へと向かうことができるワープポータルをなんて便利な魔法なのだろうと感心し、自分を送り届けてくれた洋介神父へ感謝しながら、その手に握りしめられた合格を告げる書類に視線を落とす。
あとは大聖堂内でアコライトの転職担当を担うマルシス神父にこれを提出し、神父より祝福を授けられれば念願のアコライトである。
(ああ!もうすぐ転職なのね!)
逸る気持ちを押さえつつ、少女は大きく深呼吸をしたのち大聖堂の扉を開いた。
大聖堂のなかは静まり返り、まっすぐ伸びた赤い絨毯を目で追えば、ステンドグラスから柔らかな光に照らされた祭壇が神々しく輝いている。
ちょうど祈りを捧げていたのだろう、祭壇前で跪いていた一人の男性のプリーストが気配に気付いた様子でゆっくり立ち上がり、振り返ると空色の瞳に少女を映した。
「おや…?君も祈りを捧げに来たのかい?」
照らされる淡い光のなか、プリーストは穏やかな笑顔を浮かべる。
凛と響いた声は優しく少女の耳に心地よく届き、それはまるで自分を待ちわびていたかのような予感を感じさせる声だった。
「あ、あの、いえ…私はこれから転職で…」
本で描かれる天使のような整った顔立ちに思わず見とれていたことを認識した少女は、自分がすっかり頬を染めていることに気が付くと視線を外すのがめいっぱいで、その様子を微笑ましく思ったプリーストの青年は「ふふ、そうなんだ」と目を細めて答え、少女の方へ歩みを進める。
その歩き方も穏やかで、歩くたびに揺れる金の髪は手入れが行き届いているのが遠目でも分かるほど美しかった。
(なんて綺麗な向日葵色の髪…瞳は晴れた日の青空みたい…)
祭壇前ではステンドグラスによる光で遮られてよく見えなかったが、近づいてくるにつれさらに鮮明になる顔立ちに息を飲まずにはいられない魅力があり、長い睫毛、向日葵のような鮮やかな黄色い髪、春の空のような瞳を持つ青年に少女は釘付けになっていた。
「アコライトに転職ということはマルシス神父だね、ぼくが案内しよう」
まるで執事のように丁寧な動作で少女の手を取ったプリーストは「ついでおいで」と、ノービスの少女を導くように転職を担当する神父の部屋まで導いたのだった。
彼に案内された個室ではマルシス神父が窓の向こうを気にする素振りをしつつ、手に持つ書面へ視線を落としている最中であった。
「神父様、転職希望者ですよ?」
穏やかなプリーストの声に気付いた神父は顔を上げ少女の姿を確認すると、安堵ともとれる笑顔を浮かべた。
「おお…!丁度、洋介神父から伝書鳩が着いた所です!」
うれしそうなマルシス神父を見たプリーストもうれしそうに顔を綻ばせ、素直に他者の幸せと喜びを分かち合える人柄に少女は息を飲む。
(あ、この人…笑顔がほんとうに似合う人なんだ…)
己に目を奪われていることに気付いたプリーストは少女へ「さあ、神父様の所へ」と促し、すっかり呆けていた自分に気付いた少女は頬を染めながら慌ててマルシス神父のもとへと急ぎ、初々しい様子のノービスに笑顔を向けるマルシス神父はこの瞬間を待ちかねたようにビレタを掲げ、少女に跪くように告げると祝福の言葉を唱え始める。
後ろからあのプリーストに見られていると意識すれば恥ずかしくもあったが、それでも念願である転職への期待は胸いっぱいに満ち、心は喜びで弾けそうだった。
(私、とうとうアコライトになるんだわ…!)
マルシス神父がロザリオを少女の頭にかざし、契約の言葉を求める。
「聖職者となる汝の名を、愛する神に捧げよ」
少女は目を閉じ、凛とした声で応える。
「ナル・リアス」
答えたと同時にナルと名乗った少女は祝福の光に包まれ、ノービスからアコライトへと姿を変えた。
まるで物語のような出来事は夢見心地であり、マルシス神父からビレタを頭に載せられたことにより、ナルはようやく現実だと実感した。
「おめでとう、ナル!これでアナタも神の使いです!」
「ありがとうございます!」
神の使いだなんて仰々しく聞こえるが、ようやく念願のアコライトになれた事実は嬉しくてたまらないし、己の身に起きた祝福に頬を染めていれば背後から拍手が聞こえ、驚いたように振り向くとプリーストが優しそうな笑顔でナルを見ていた。
「ふふ!これからが大変だろうけど、頑張ってね!」
笑顔を向けられたナルはなんだか恥ずかしくなってしまい「はい…」と答えるだけで精一杯だった。
転職を終えたナルがマルシス神父より賜ったのは「世界各地を見て周り、自信の成長へと繋げる」という教えとビレタのみだった。
アコライト用の制服は万が一があっても大聖堂にくればいつでも再支給されるそうで、たとえ破損したとて心配はいらないとのこと。
(うぅ…大聖堂の駆け出しって、放任主義というか…)
ノービスの頃は手厚い支援物資があったため、それを少しばかり期待していたナルは気を落としていた。
とりあえず支給されたビレタを頭に載せてみるが、ナルの青い髪に赤いビレタは少し派手に見えるような気がするし、姿格好が変わっただけで支援魔法を覚えてゆく順番も手探り。
「はぁ…」
不安が目に見えるかのようにため息を吐き出したナルの青い髪が首都の風に撫でられ穏やかに揺れた。
(さて、これからどうしようかしら…)
今までの目標であったアコライトへの転職は果たし、その先のことはまだ先であると考えていなかったのが裏目に出てしまい、結果、放り出されてしまった形のナルに当てなどなく、プロンテラに広がる賑やかな露店街を遠くから眺めるだけであった。
「そこのアコライトさん、すこしいいかな?」
後ろから聞き覚えある声がして振り返ってみれば、大聖堂で世話を焼いてくれたプリーストがナルに手を振りながら向かってくるではないか。
「あれ、さっきの…」
「やあ、先ほどぶりだね、折角だからこれを渡そうと思ってね」
首を傾げたナルに手渡してきたのは、アコライトやプリーストが使う杖でも扱いやすさで有名なアークワンドであり、他の職業であるマジシャンなども使えるために流通量も多く、また価格も初心者にも手が出しやすい一般的な杖だった。
「これを私に…?」
思ってもいなかった申し出に瞬きをしていると、プリーストは頷いて笑顔になる。
「うん、流石にビレタだけじゃ、どうにもならないでしょう?」
手渡された杖をよく見ると、なにやらモンスターのカードが二枚封じられていることに気付く。
「え、これってドロップスカードでは…?」
カード刺しの装備品といえば基本高級品であり、そのカードによっては戦局をひっくり返してしまうほどの力を秘めていると言われており、武器や防具の質よりも封じられたカードの能力によっては一生遊んでくらせるほどの価値となる物もあるという。
初めてカードの効力を受ける装備品を手にしたナルは途端に怖くなり、思わずプリーストに突き返してしまった。
「こ、こんな高級品!い、頂けません…ッ!!」
しかしプリーストは腰に忍ばせた新たなアークワンドを取り出し、ナルが見比べることができるように見せてくれた。
「ほら、こっちのが精錬値が高いでしょう?」
よく見比べれば先ほどナルに渡したものはオリデオコンと呼ばれる武器を強化する結晶が五つと刻みこまれており、プリーストが新たに見せてくれた杖には七つ刻んであるのが分かった。
「オリデオコンを七つも!」
精錬値と呼ばれる値は高ければ高いほど武器や防具の真価を発揮するが、そもそも強化するための結晶自体が貴重なものであり、また強化の失敗によりアイテムが損なわれることもあるため、その値が高い物ほど希少価値は跳ね上がる。
いくら駆け出しのナルであってもそれは知っており、まさかこのような形で価値の高い杖を目にするなど思ってもいなかった。
「うん、だからもう使わない杖なんだよ、それ」
昔から「武具は使い手を選ぶ」とされ、師より弟子が貰い受けることがあると耳にしていたが、よもや自分が縁もゆかりもない人から杖を貰い受けるなど想像に遠く、さらに武器に関しては使い込まれた物ほどいいとも聞く。
「ぼくがしばらく使っていた杖だから魔力の流れも安定してるし、使い勝手もいい杖だからさ」
「あの、本当にいいんですか…?」
遠慮をせざるをえないだろうナルに、プリーストは快く頷く。
「ふふ、そんなに遠慮しないでもらってくれると嬉しいな?」
まるで子供をあやすようにナルの頭を優しく撫でたプリーストの優しさに、もう返すに返せなくなったナルは深く頭を下げると心を込めて感謝を言葉を伝えたのだった。
それから二人はとりとめない話をしつつ、露店街を一緒に歩くことにした。
プリーストの彼は、その名をファル・スカイと言った。
「退魔のお仕事をしてるのだけど、ちょっとばかり名前が広くてね…」
そういうと、ファルは人差し指を口元にあてて「ナイショだよ」と付け加えた。
プリーストとアコライトで歩くと対比もよく、その黄金比がまるで恋人のデートのように思えてきたナルは恥ずかしそうに頬を染める。
(でも、ファルさんカッコイイし、とても素敵…!)
自分の傍らを気遣いつつ歩くファルの動作のひとつひとつがこそばゆく、穏やかな雰囲気のまま南十字路へ差し掛かった、その時だった。
「モンスターだ!誰かが古木の枝を折ったぞ!!」
人々の絶叫とともに爆発が起こり、今まで平和だった露店街が一瞬にしてモンスターの巣窟へと早変わりする。
古木の枝により強制召喚されたモンスターは理性を欠き、手当たり次第に近くの人間へと襲い掛かっているではないか。
「うそ、どうしよう…!」
飛び交う怒号。
逃げ惑う人々。
武器を手にし立ち向かう冒険者。
そのすべてが日常よりかけ離れた光景で、ナルは恐怖のあまり腰を抜かし、その場に座り込んでしまった。
「すぐに戻るからここにいて!いいね?」
うろたえるナルの頭を撫でたファルは渦中となった爆発の中心へと飛び込んでいってしまった。
「ま、待って!ファルさん!」
置いて行かれる恐怖はこの状況下ではあまりに絶望的で、自分もついて行こうとしたが震える足は言う事を聞いてくれなかった。
周りにいた力に自信のありそうなナイトや、ブラックスミス、またウィザードまでもが次々に飛び込んでゆく。
(なんて勇敢な人たちなの…!)
敵味方の区別なく、モンスターを殲滅すべく戦闘を繰り広げるそこは確かに戦場だった。
震える瞳でナルが見たもの、それは聖なる浄化の光景が顕現した瞬間であった。
「マグヌスエクソシズム!!」
ファルの声が聞こえたと同時に光の柱が立ち上り、闇の眷属たちが消え行く様を見た。
闇の眷属以外のモンスター達も渦巻いてこそいたが、それは他の職業の冒険者達により間もなく片付けられ、騒ぎが収まれば今度はアコライトやプリースト達の出番。
瀕死の重傷の者は回復魔法でみるみる生気を取り戻し、負傷者も瞬く間にその傷を癒す。
今なおざわめき立つ十字路は救護を求める声で溢れている。
(ああ…私…まだ、ヒールも使えない…)
あろうことか腰を抜かし、救護の施しすらできない自分の至らなさに、ナルは悔しさで俯く。
震えるナルの近くに居た女アルケミストが足を引きずり、ようやっとといった様子で声を掛けた。
「ごめん、ヒールもらってもいい?」
「!」
まさかアコライトの魔法をひとつも扱う事のできない未熟な自分を求めてくる人がいることに驚き、ナルは声を失ってしまった。
しかし転職したての事情など一切知らないアルケミストは、それは不思議そうにナルの顔を覗き込んでくる。
「あ…もしかして、魔力切れかな?」
「あの、ちがくて…私…」
言葉が詰まり、声が震える。
先ほどファルからもらったアークワンドをつよく握りしめ、なんとかヒールが使えないことを伝えようと声を鳴らした、その時。
「サンクチュアリ!」
ナルを中心にした辺り一面に新緑を思わせる癒しの光が溢れ、その光に包まれたアルケミストの足の傷はみるみる癒え、もはやそこに傷があったことなど分からぬほどに本来の肌をすっかり取り戻す。
ナルが見上げればそこにはファルが杖をかざしており、癒しの魔法を使った主であることを証明していた。
「わぁ!ありがとう、顔のいいお兄さん!」
すっかり傷の治ったアルケミストはピョコピョコ跳ねると、二人に手を振り人混みの中へと姿を消した。
手を振り返していたファルは涙をこらえるナルに気付き、杖をしまうと優しくその頭を撫でた。
「お待たせ、大丈夫だった?」
ファルの優しい声色に、ついに我慢の限界を迎えた涙はぼろぼろと溢れて頬を濡らす。
その様子にファルはすこしばかり驚いた様子だったが、すぐに目を細めて微笑む。
「大丈夫、ヒールなんてすぐ使えるようになるから」
ファルの言葉はナルの心の内を見抜いたそれであり、ナルはついに子供のように泣き出してしまった。
「わ、わたし…、ファルさんみたいになりたい…!」
「おやおや…!それじゃあ、ぼくの弟子、第一号だね!」
師は弟子の涙を優しく拭うとその手を取り、プロンテラの地にしっかり立つよう促すのだった。