君を守りたくて
■-1
己の存在をかけた戦いに、敗北した。
そう認識出来るのは、まだ存在を許されているからだ。無様にも許されている。一人練ってきた企てを暴かれ、己の欠点を突き付けられた。
あの四人には解るまいが、これで四人を救う大仕事は完了した。こうなる事は解っていたが、承知の筈だった結果をいざ突き付けられると改めて痛みのような苦しみに襲われる。
思いの全てを見透かされなかった事は、果たして幸運だっただろうか。
時空を遡り、あの時代へ、あの場所へと戻る。姿を彼の知る姿に変えて、宛がわれた部屋へ瞬間移動した。夜も更けており、先に私室へ戻ると告げた後の状態だ。この侭眠ろうと考えたはしたが、無性に心細くなりロックしていた扉を開けた。
隊員達は就寝しているが、基地はまだ祝勝の気配に包まれている。その中を歩くだけで重労働だった。素直に喜べない自身がいるのは何故なのか。これは自身が最も望んだ形で、やり遂げた形ではないのか。
違う。自問にはすぐさま答えがあった。自身はあくまでも道を作ったに過ぎず、その道で戦ったのは自身ではない。寧ろ、自身は逃げていたのではないか。次々と浮かぶ自問は自責に似ている。
朧げで不愉快な思考の侭、ボラージュはジュピターの私室の前に立った。
インターホンが鳴り、ジュピターは読書の手を休めて扉へ向かう。マイクをオンにすると、聞き慣れているが馴染みの無い声がした。
「少し、話がしたい」
遠慮がちな声にある筈の覇気は無い。生気が無いとも感じた。
「ああ、今開ける」
横にスライドして開いたドアの向こうには、確かにボラージュがいた。その目線は下を向いている。常に相手と真っ直ぐに向き合う人物のそれは、妙だとしか思えない。
ジュピターはボラージュを部屋に招き入れ、椅子を勧める。ボラージュは椅子へ沈むように座った。背凭れに身を預け、力無く其処にいる。
ジュピターはボラージュの仕草をただ見ていた。ボラージュは姿勢を正さず、口も開かず、ただ其処にいた。そうしているだけで精一杯だと見える。余裕の無い状態で此処へ来る事を選んでくれた事実こそ有り難いが、明らかな異常だ。
「ボラージュ。どうしたんだ」
つい尋ねてしまったが、答えはすぐに返る。
「疲れたよ」
何の感慨も無く零れたその言葉で、ジュピターは直感した。
「君らしくないな」
「そうか」
「君らしくなくなるのだから、何か大きな事があったんだろう?」
「あったな」
今までの戦いの事を差しての、誤魔化しだった。
塞ぎ込む相手の風通しを良くしようと、ジュピターは口を開く。
「気付いていないとでも?」
風通しを良くするどころか、実際は爆破行為に近い。
「私を、斬っただろう」
ボラージュの顔がみるみる内に青褪めていった。
「どうして、復活したあの時、言わなかった」
不明瞭な弱々しい声に彼は本当にボラージュなのかと疑問さえ湧いてくるが、それ程のらしからぬ声だった。
「英雄をあの場で悪人になんて出来ないだろうに」
「俺の事を、英雄だと思うのか」
「思うさ。君は無意味な事をする人ではないし、実際に世界は救われた。これ以上の証拠が何処にあるんだ」
ボラージュの顔色に少しだけ赤みが差した。途端に彼は声を荒らげる。
「けれどお前はサイボーグだ! ほぼ機械だ! もう人間ではない!」
怒りが僅かにボラージュの背中を押したらしい。怒りさえジュピターには優しかった。
「君が私を斬ったのは、最終的にこの結果になるよう調整した、と言えばいいのかな」
再びボラージュの顔から血の気が引く。その姿が痛々しく、そして生きている証に映り、僅かにジュピターは安堵した。
「何があったのか、何を思っていたのか、話してくれないか」
ボラージュは頭を抱えて身を折り曲げ、声を絞り出す。
「話せない……」
「君の事だから、人に言えないというのは、知られてしまったら消さなければいけないのだろうね」
容易く、的確且つ丁寧に隠し事へ踏み込まれ、ボラージュは呻いた。
ジュピターはボラージュの片手を取り、震えを抑えるように両手で包む。
「ボラージュ。話してくれないか」
ボラージュは小さくかぶりを振った。
「全て話してくれないか」
同じ動きでボラージュは拒否を示したが、ジュピターは止まらない。
「私はさいごまで、君の友人でありたい」
事を聞いて殺されて尚、友人でいてくれなどとは言いたくなかった。だが、他に許してくれる人物などいない。
「済まない……済まない、済まない……」
優しさに甘えてしまう己が悔しく、ボラージュは初めて涙を零した。
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