随に漂う


■-4

 翌朝、ホテルにて朝食を取った後にチェックアウトし、また各々の生活へと戻らなければならない時が来る。一階とは大きく階の異なるノチアとは長い期間の別れになると予想され、ナユルが淋しげな表情を見せた。
「また会いましょう。それまで元気でね」
「はい。ノチアさんも、元気でいてくださいね」
 精一杯の笑みを向けるナユルへノチアが満足そうに微笑む。その様子にアユルスは安堵を覚えつつ、ノチアへ軽く頭を下げた。
「本当に有り難うございました、凄く楽しかったです」
「こちらこそ。とっても楽しかったわ、有り難う」
 アユルスへ笑いかけるノチアはふと、ジダルドへ向き直る。
「ジル。三人を大切にね」
「勿論。そうする以外無いしね?」
 直接的な言葉にアユルスとナユルが照れたように口元を緩めた。その仕草がまた微笑ましさを呼び、ノチアが楽しげに笑う。
「ふふっ、じゃあ二人を家まで、お願いね」
「任せてよ」
 テレポートの為にジダルドの腕へ掴まるアユルスとナユルが、思い思いにノチアへ声をかけた。
「じゃあ、また!」
「ノチアさん、またね!」
「ええ、また」
「じゃあいくよ。……またね!」
 穏やかに手を振るノチアは、テレポートの直前にジダルドの満足げな笑顔を見る。弟の見付けた幸福にノチアも満足しながら、また己が生活へと戻っていった。



 瞬間広がる夕方の見慣れた光景で一階へ帰ってきたと悟り、アユルスとナユルは僅かに寂しげな表情になる。
「そんな顔してるとルイセおとうさまが心配するよ?」
 背後のジダルドが二人の頭を軽く撫でるが、振り向いたアユルスは困ったように苦笑した。
「ジダルドだって」
 指摘にジダルドは小さく笑う。最近は殊更表情が素直になってしまったようだ。
「アハハ、まあそうだよね、楽しかったからね。でもさ」
 素直でいて良いのだと思えるようになったのも最近の事である。ジダルドは自らと二人の淋しさを宥めるように続けた。
「また会えるように頑張ろーって、頑張る為に元気でいようって思うんだよね」
 ジダルドの言葉にアユルスとナユルも頷く。天を見上げても見えない上へ思いを馳せ、各々がまた日常を懸命に過ごすのだろう。



 夕食時、アユルスとナユルの土産話をルイセは和やかに聞いていた。
「お前達、羨ましいくらい満喫してきたんだな」
「じゃあ次はお父さんも行ってみる?」
 ナユルの提案にルイセは言葉を濁す。
「あー……いや、俺は気にするな」
 返答へ首を傾げるナユルの横でアユルスが苦笑を浮かべた。
「父さん、ジダルドに頼るのが照れ臭いんだよな」
 図星を指され、返答に困ったルイセは唇を引き絞ってから告げる。
「まあ、な」
 ジダルドから茶化される未来が容易く見えてしまい、ルイセは苦笑いしか出来なかった。



 夕食後、家事や雑事を一通り終えた頃には夜となり、それぞれが自室で寛ぐ。
 ルイセは歴史書を手に取ると、十六階に関する記述のあるページを開いた。その昔は四天王と呼ばれた怪物の一人である朱雀に世界全体を壊滅させられたらしい。其処から幾年もかけて復興し、今やアユルス達のように娯楽を楽しめるようになったようだ。十六階の人々の根気強さに今ばかりは感謝するしかない。
 其処でふと部屋の扉をノックする音が聞こえ、続けてアユルスの声がした。
「父さん、ちょっといいかな」
「ああ、入っていいぞ」
 本を置いて返事をすると、そっと扉が開く。アユルスは後ろ手に何かを持っているが、表情に危機感が無いところ心配するような事ではないのだろう。
「父さんにお土産があるんだ」
 告げながらアユルスは細長い小箱を差し出した。土産があった事を意外に思い、ルイセは目をしばたたかせる。自身への土産など気にせずとも良かったが、それを告げるのは野暮であると判断し、素直に小箱を受け取った。
「有り難う、アユルス」
「うん。開けてみてよ」
 アユルスに促される侭に小箱を開けると、中にはペンダントが見える。そのトップには見慣れないものが象られており、目と思しき箇所に深い青色をした石が填め込まれていた。
「これは……」
「タツノオトシゴっていう魚の仲間で、縁結びや夫婦円満の象徴なんだって。あと……」
 アユルスは僅かに悲しげな表情を見せたが、やがて続ける。
「もし、母さんが父さんに選ぶなら、これかなって思って……」
 ルイセは目を見開き、次には何処か照れたように細めた。
「有り難う。大切にする」
 ルイセは微笑むアユルスへ、アユルスの想いの中にいる亡き妻の實鷺へ応える。その温かさに今も救われているのだろう。



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