それは確かに甘くあり


■-1

 近年、一階にも上階の文化が少しずつ取り入れられている。主には祭りの類いだが、祝いや悼みの念以外のものは殆ど存在しなかった。理由としては、昔とはいえ存在した創造神の横暴さ、それへ激怒した者達により神が討たれた事が挙げられる。神を信用しない世となった各階では、信仰は専ら普遍的な存在への感謝に置き換わっていた。
 秋になった一階は此処数年で始まったという、故人の霊魂を迎えると同時に秋の収穫を祝う準備が進められている。大小様々な南瓜の中身をくり抜き、顔を模した穴を開けた中に灯りを仕込んだランタンが多くの店先に設置され始めた。ランタンの由来はあまり浸透しなかったようだが、何の疑問も無く思い思いの飾り付けを行っている。祭りで行われる各種仮装に関しても由来の浸透は薄かったが、祭りの当日には貸衣装を扱う店もある程だ。
 アユルスは新聞の片隅に載っていた解説記事で初めてハロウィンを知る。祭りの初開催前から既に一階を離れていた為、此処最近は店先の南瓜に首を傾げるしかなかったが、漸く疑問も解消された。
 新聞を元の場所へ戻し、休憩室の隅にある席へ着くと机に紙束を置く。紙は魔法書の造本工程で発生した不具合から生まれたものだが、これで作った飾りで掲示板を飾ったところ評判が良く、月に一度の恒例行事と化していた。
 まだ情報は少ないものの、ハロウィンに関するものを作ろうと手を動かす。紙を細かく折って蛇腹状の球体を作ると、黒インクで目と口の部分を描いた。
「わっ、もしかして南瓜のランタン?」
 正面から降ってきた声にアユルスが顔を上げると、机の向かいに同僚のグノリアの姿を見付ける。その瞳の輝きは期待に満ちていた。
「はい。そう見えてくれて良かったです」
「見えるよー、うちもハロウィンめいてきたねえ」
 冗談めかしたグノリアの言葉にアユルスは困った笑顔を浮かべる。
「でも、他にどんなのを作ったらいいか解らなくて……ハロウィンのものって他に何があるんですか?」
「えっ」
 グノリアはアユルスがハロウィンを知らない事実に疑問の声を出したが、その原因に思い当たり言葉へと繋げて誤魔化した。
「……とね、モンスターの一部も入ってるって感じだね。幽霊とか狼男とか、あとは魔女とか黒猫とか、あと蝙蝠とか吸血鬼とか――」
 最後のものを言ってしまった己の失態にすぐさま気付いたグノリアが固まる。過去に吸血鬼とされて町から迫害を受けていたアユルスには禁句であると考えたのだろう。焦りを露わにしたグノリアへ、アユルスは微笑むと小さくかぶりを振った。
「いいんです、有り難うございます」
 アユルスとて架空と現実を混同していないが、実際に受けた酷な仕打ちは嘘になってくれない。それでも平静でいるのは、祭りを正面から楽しみたい心が勝った為だ。グノリアもアユルスの気持ちを汲み、正直な言葉を伝える事にした。
「これ言っちゃうとすっごく微妙に思われるかもしれないけど、アユルス君は多分吸血鬼の格好すっごく嵌まると思う。蝙蝠と貴族を合わせたお洒落なデザイン」
 グノリアから真剣な顔付きで告げられ、アユルスは思わず吹き出す。
「ふふっ、なんか上品な感じみたいですけど、俺に合いますか?」
「きっと合うよ、多分他の人もそう思うんじゃないかな」
 アユルスは他愛も無い会話が出来る事の有り難さを感じつつ、自身の心境の変化に驚いていた。



 帰宅し、家族で夕食を囲むと早速ナユルがハロウィンの話題を出した。
「今度ハロウィンってお祭りがあるんだって。みんなで参加したいんだけど、どう?」
 ナユルも今日行事の存在を知ったらしい。ルイセが掠れた記憶を辿りながら応える。
「そんなものもあったな……。参加するって、どうしたらいいんだ?」
 ルイセも物事を楽しむ余裕が生まれたのは最近であり、家族全員で物事を楽しんだ記憶も少なく、ナユルとのそれは皆無だ。興味を示したルイセへナユルが期待を瞳に輝かせながら答えた。
「みんなお化けとかの仮装して、誰かにお菓子をあげたり、家に貰いに行ったりもするんだって」
「配れる菓子か、クッキーとかだろうか?」
 既に内容で悩み始めているルイセは参加する気でいるらしく、様子にナユルが笑いを零す。
「みんなで作ってみようよ! お兄ちゃんはどう?」
「俺も参加したいな、お菓子作りもやってみたいし」
「やったあ! 有り難う!」
 喜ぶ途中でナユルはふと気付いたような声を上げた。
「あっ、ジダルドさんとルルムもどうかな」
「まあ、あいつらがいいならいいんじゃないか」
 提案にルイセが僅かに渋面を作ったが、それ以上は無い。ジダルドには調子を崩されるだけで嫌悪感は抱いていないルイセに、アユルスはおかしさを覚えて軽く吹き出す。
「ふふっ、じゃあ誘っておくよ」
 以前起こった事件をきっかけとして、ジダルドが町に滞在している間はテレパシーによる連絡が可能であると二人も知るところだ。テレパシーを会得した事のあるルイセ曰く、特殊能力の書き換えも相まって便利すぎるらしい。



 夜になり、アユルスは早速ジダルドとの会話を試みる。一呼吸置いて応答があり、続けてハロウィンへの参加を誘うとすぐさま返答があった。
『行くーっ意地でも行くーっ! 絶対行くから!』
 勢いのある喜びにアユルスは緩む口元を自覚する。
『有り難う。父さんとナユルに伝えておくよ』
『こっちこそお誘いありがとね。こういうの初めてだし、すんごく楽しみー』
 ジダルドとて今までは余裕のある生活を出来ずにおり、娯楽を嗜むにおいてもあまり自由が利かない日々であった事実はアユルスも知るところだ。
『俺もだよ、祭りの日が待ち遠しいな』
『今から眠れなかったりしてねえ』
 弾むような思念へ感じた穏やかさが当日中も続くようにアユルスは願う。小さな願いを支えるものはすぐ近くにあった。



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